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まほろば  作者: amagaeru617
兆し之段

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第壱話 骸衆(むくろしゅう)

 ——五年後。


 月明りが淡い光を照らしていた。

 風が吹くたびに、湿った焦げた木がぱちりとなる。

 鼻をつくのは血と煙の匂い。けれど、もう生きた人の気配はない。

 斬られた村人の骸も、道の端にひっそりと転がっていた。

 草のこすれ合う音がわずかにした。

 茂みの奥から、じっと辺りを凝視する何者かがいた。

 闇に溶け込むような藍染装束の影が五つ。鬼を型取った半面頬で顔を隠し、月明りに目を細める。

 焼け跡には、まだ熱が残っていた。

 足元で燻る火を避けながら、少年は小さく顔をしかめる。


「お前らぁっ! グズグズすんなっ! さっさと貰うもん貰ってずらかるぞっ!」


 少年は後ろに続く仲間たちに、小声で怒鳴るように声をかけた。


「うぅ……。ほんま、この匂い無理やぁ」

「俺もあかん」

 

 その声を隠すかのように、夜虫の羽音がかすかに重なった。

 同じ顔が(ふた)つ。

 ぱたぱたと手で顔を仰ぐ。面頬から少し見えるそばかすは、少年のあどけなさを醸し出す。

 少年の背後で双子が「うぇぇ……」と呻いている。半面頬をつけていても、臭いは誤魔化しきれないらしい。


火緒(ひお)火弦(ひづる)。お前ら。いつになったら慣れんだよ。もう何回漁りに出てると思ってんだ?」

「せやかて。刹兄(せつにい)。この匂いに慣れてる刹兄の方がおかしいと思うわ」

「ほんまやで。鼻がおかしくなっとるんとちゃう?」


 火緒と火弦と呼ばれるこの双子。

 いつも火緒が喋れば、火弦が後を追うようにして補足を入れてくる。息が合っているのか、合っていないのか。刹は立ち止まり、双子に言われた”鼻がおかしい”という言葉に、すんすんと臭いを嗅いでみた。

 焦げた臭いが鼻につき、息を吸うたび喉の奥がむかつく。


「いや、やっぱ俺、おかしくねぇ」

「刹兄、早よう」

「いつまでそんなとこにおるん」

 

 双子は刹を置き去りにし、周囲を気にするように辺りを見回しながら、先へ進んでいた。

 それを見た刹は、不機嫌を露わにする。


「あいつらが言ったんじゃねぇかっ」


 刹も足音を立てぬよう、双子の後を追った。

 

 ――まだ、温かい。


 革足袋の底が、ほんのり熱を帯びている。

 黒く焼けたものが、そこいら中に転がっていた。

 刹がふと横を見ると、ふわふわとしたひよこのような髪の毛が、ゆらゆら揺れているのが目に入る。

 まだ背もさほど高くはなく、年端も行かぬ少年だった。

 煙たさに耐えきれないのか、思わずむせていた。


(さく)、無理すんな。苦しかったらちゃんと言えよ」

「う、うん。大丈夫」


 ふいに、焼けた梁の下敷きになった骸が視界に飛び込んできた。その骸の下には、幼子が一緒に下敷きになっている。

 朔は、そこに目を向けた。


「あーあ、逃げ遅れたんやろ?」

「いちいちそんなん気にしとったら、身ぃ持たへんで」

「わかってるよ……」


 朔は視線を落としたまま、双子に小さく返事をした。


「朔、双子の言う通りだ。ここでの目的は、使えるもんを貰って帰ること。それ以外は気にしなくていい」


 刹が朔の肩にポンと手をやる。

 刹の言葉に朔は一度だけ強く瞬きをして、無理やり視線を振り切った。

 家の壁に身を隠しながら、向こうを覗いていた双子が何か危険を察知し、伝えてくる。

 

「刹兄。ヤバいで」

「先客がおるわ」


 双子の低い言葉に、皆が歩みを止めた。

 村の真ん中辺りで、野盗らしき複数の者たちが家々を漁っているのが目に付いた。

 

「ちっ。あいつら。見てるだけで胸糞悪い」


 刹は軽く舌打ちし、目を細める。

 

「刹兄って、いっつも野盗見ると、あからさまに嫌な顔するよなぁ。なんかあるん?」

「昔、野盗に襲われて死にかけたとか?」

「うっせぇよ。めんどくせぇだけだ。お前ら、少し黙ってろよ」

 

 双子がにやにやと笑いながら、刹を茶化す。


「それよりも、刹。()るの? ()らないの?」

  

 一番後ろをついてきていた(あずさ)が、あどけない表情で刹の顔を覗き込みながら訪ねる。高いところで結われた、栗色の柔らかな髪が風になびく。その少女のような目に、 刹は渋い顔をしながら辺りを見渡した。

 近くに人影が無いことを確認し、小声で素早く指示を出す。


「はぁ。ほんっと、めんどくせぇ。あいつら赤坂の残党じゃねぇみてぇだ。ただの流民かそこいらの野盗だろ? 無駄に、殺すこたぁねぇ。とりあえず、双子と朔はあの辺漁れ。俺と梓はこっちの方を漁る。めぼしいもの拾ったら、さっさとあの森にずらかれ。見つかんなよ」

「もし、見つかったら?」


 梓が刹に、指示を仰ぐ。


「そん時、決めるっ!」


 皆は声を発することなく、ただ頷き音もなく持ち場に着く。

 双子と朔は、焼け焦げた家の跡を素早く物色にかかる。


「やりぃっ! もーらい!」

「火緒、雑に扱いなや。割れてまうわ」

「火緒声が大きい!」


 朔は「しぃー」っと双子の一人・火緒に向けるが、気にする様子もなく麻袋の中にひょいひょいと物を詰め込んでいる。


(あいつらうるせぇなあ)


 刹は双子と朔を気にしながら、比較的綺麗な家の中を漁った。

 壁を背に、野盗たちの目につかないよう努めた。


 梓は、使えそうな反物や欠けた食器、(ざる)などを袋に急いで詰めた。


「刹。米がある」

「持って走れる分だけにしとけよ」


 刹と梓は麻袋に、米を担げる分だけ急いで詰め込む。


「よし! ずらかるぞ!」

 

 刹が言ったその時だった。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 朔が腰を抜かすほどの大声を上げ、よたよたとその場で踊っているのが見えた。


「何やってんだっ! 朔っ! 静かにしろっ!」


 刹が慌てて駆け寄り、小声で朔を怒鳴りつけた。

 暗闇に目を凝らしよく見ると、顔に何やら黒い物体が張り付いている。

 その声に驚いた野盗達が、一斉にこちらを振り返った。

 松明を掲げ、走り寄ってくる。

 明かりに照らされ、皆の姿が顕になった。

 皆思わず、腕で顔を隠す。


「お前ら、最近この辺りを漁っている骸衆(むくろしゅう)とかいう奴らかっ!」

「ほう。俺らを知ってるのか。有名になったもんだな。そういうお前らは、野盗になり下がった奴らか?」


 敵を牽制しながら、刹は手で双子に合図する。

 ジタバタしている朔の腕を双子が慌てて引っ捕まえ、森へと一目散に走った。


「あっ! お前ら! 『弔い』忘れんな!」


 双子と朔は、刹の声に走りながらも軽く振り返り、片手で村に向かい拝むと、野盗どもの叫びが一段と甲高く裏返った。

 物をいただく感謝と、骸への弔いを手早く済ませる。


「逃がすかっ! 身ぐるみ全部置いていけっ」


 野盗たちは、鎌や鉈などを手に襲い掛かってきた。


 (あの武器……。流民流れか)

 

 刹は腰から小刀を抜くと、野盗が振りかざしてきた武器を軽く弾いてゆく。

 

「あー、ほんっとめんどくせぇ。梓っ!」

「うん」


 刹の声が闇夜に鋭く響き、梓がそれに応えると、すぐさま人差し指をくわえ、風上を確認する。

 梓は懐から扇子を取り出し、軽く仰いだ。

 扇子から細やかに出る粉が風に乗り、野盗たちの周りを漂った。

 刹はすぐさま身を翻して飛び退き、梓の脇に並ぶ。

 すると、野盗たちは急にふらふらと力なくその場に倒れこみ、寝てしまった。


霞扇(かすみおうぎ)の術」


 梓が静かに、誰に言うでもなく告げる。


「命に別状はないから、しばらく眠ってて」

「ふう。庶民は殺しても何の得もねぇからな」


 梓は刹を見て、「ふふ」と軽く笑う。

 

「刹ってほんと、優しいよね」

「いや、赤坂だったら間違いなく()ってたけどな」


 刹は警戒を解き、手に持っていた小刀を腰の鞘に戻す。

 刹と梓は手を合わせ、村の方角へ一礼する。

 それが終わると、素早く荷物を手に取り、双子と朔が逃げ込んだ森へと急いだ。

 

「ほんま……、なんなん! 朔っ!」


 火緒が汗を拭う。

 ハァハァと息を切らしながら、火弦も朔の顔にへばりついている丸い物に目をやった。

 朔も息苦しそうにしているものの、顔についている物が恐ろしいのか動けないでいる。

 刹と梓が合流し、朔に目をやった。


「大丈夫か?」

「う、うん。なん……とか……」


 刹が朔に声をかけるも、もごもごと籠ってなんとも聞き取りづらい。

 

「なんだ? それ」


 刹が朔の顔についている物をひっぺがすと、それは「ぎっぎっ」と威嚇するかのように鳴いた。

 刹が無造作に掴みあげた途端、そいつは指に思い切り噛み付いた。


 「いってぇーッ!」

 「うわっ」


 朔も驚いて後ろへよろけ、そのまま尻もちをついた。

 刹は思わず痛みで手を振り回すと、そいつはびゅんと宙を飛び、再び朔へと突っ込んでいく。その黒い物は朔の頭に着地すると、手足が髪に絡まりバタバタともがき出した。


「いたたたたたっ!」


 爪に引っ張られた髪が痛くて、朔は半泣きで頭を抱えた。

 恐る恐るそいつに手を伸ばす。


「え? なに!? なんか、もっちりしてて柔らかいんだけど……」


 怖がる朔に、双子がすぐさま近寄ってきた。


「なんなん? そのちっこいの! めっちゃ可愛いやん!」

「ももんがの子供やな。やけど、白いももんがなんて珍しいんとちゃう?」

「え? ももんがっ!?」


 驚く朔に、火緒ははしゃぎながら朔の髪に絡んだ爪を外し、火弦はその白いももんがをじっと見つめた。

 

「こんの小動物がぁッ! 鍋に入れて食ってやろうかッ!」

「はいはい。じっとして」


 指を噛まれた怒りで荒らげまくる刹が、腰の小刀に手をかけるも、梓がその指に布を巻きながら宥める。


「あれ? 震えてる」

 

 朔はももんがが身体を丸め、震えているのに気づいた。よく見ると片方の後ろ足が垂れ、毛の間に赤い色が滲んでいる。


「……怪我してる」


 朔が、ももんがの怪我に気が付いた。

 

「どれ? どれ?」

「あ、ほんまや。血ぃ出とるな?」


 火緒がももんがの足を触ろうとするも、痛いのか「ギコギコ」と小さく鳴き威嚇する。

 朔はじっとももんがを見つめていた。


「痛くないよ」

 

 黒い大きな目がじっと朔の顔を見上げたかと思うと、「しゅー、しゅー」と、か細い声を漏らす。


「なんだ、こいつ。俺には噛みつきやがったくせに」


 刹は面白くなさそうにももんがをキッと睨むと、ももんがは刹に向かい再び「ぎっぎっ」と威嚇した。

 朔が指先でそっと背中をなぞると、ももんがは小さく身をすくめ、それからまた「しゅー、しゅー」と喉を鳴らした。


「怖かったんだよね……」


 朔は優しく手のひらを体に当てると、小さな心臓がドクドクしているのがわかった。

 

「あ、そうだー」

 

 梓が両手をパンと合わせ、わざとらしく思いついたかのように朔に話しかける。


「名前、決めないとねっ」

「連れて帰ってもいいの!?」


 朔は、思わず顔を綻ばせる。


「ね、いいよね。刹」

「勝手にしろっ」


 梓の圧に断れず、刹はしぶしぶ了承した。

 朔は、ももんがを見下ろした。

 ももんがは意味も分からず、キョトンとした顔をしている。


「えっと、えっと……。じゃぁ、(よすが)があって出会ったから……よすが。よすがにする!」

 

 よすがは意味もわからず、ただ「しゅー」と鳴き、どうやらお気に召したようだった。朔はよすがを懐に入れると、大切そうに抱えた。

 その様子を刹は、つまらなそうに眺めていた。


「よすが……ね。何の縁があるんだか……」

26.06.07 加筆修正しました。

26.06.20 加筆修正しました。

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