第零話 邂逅
村は燃え落ちた。
夜気は冷たく、吐く息は白く散る。
それでも足元には残り火が赤く燻り、焦げた柱の熱が頬を刺した。
焼けた藁に血の臭いが混ざり、思わず袖で鼻を覆う。
黒ずんだ塊が、地に散らばるように、そこら中に横たわっている。
少年は冷めた目でしばし見降ろすと、近くの焼け残った材木に腰を掛けた。
(なんで、人は人を殺さなきゃなんねぇんだろう……)
燃え盛る村をぼーっと見ながら、ふとそんなことを考えた。
自分の汚れた掌に視線を落とし、何度か手を閉じたり開いたりを繰り返す。
人を斬る時の感触、泣き叫ぶ声。それらが未だ、手に、耳に、脳に焼き付いて離れない。
掌には、煤と血で汚れていた。それは、爪の間にもびっしりとこびりついて染まっている。
少年が膝を抱えて、ぽつりと呟いた。
地に転がっている小太刀がふと、目に付いた。
小太刀にべとりとはりつくなまめかしい赤に、炎が気味悪く揺らめき反射する。
「いつまでこんな事が繰り返されるんだ。もう、終わろっかな……。こんな世界。生きるだけ無駄だ」
そう言うと、小太刀を手に取り、首元に刃を添えた。
目は虚ろで、死に対する恐怖さえ、すでに麻痺してしまっている。
躊躇など、毛頭ない。
「坊主、ここで何をしている」
シャンと何かが耳をつき、地に杖を突く音がする。
ふいに背後から低い声が落ち、少年はびくりと身体を震わせた。
草を踏む音で近づいてくるのがわかる。男が被っているであろう笠が風に鳴る。
男に問われても、少年は応えない。
「…………」
男は立ち止まり、黙って少年を見下ろした。
「どうした?」
「……村を、見てたんだ」
「村を?」
少年は静かに頷く。
「人なんて一瞬で死ぬ。一瞬で村も燃えてなくなる。あっけないよな……」
男は淡々と話す少年の横に並んでしゃがみ込み、同じ目線で燃え盛る村を見た。笠を頭から取ると、頭をガシガシと掻きむしった。
小汚い僧だった。
ボロボロの袈裟に、あちこち焦げた跡がある。荷物は斜めに掛けた風呂敷一つ。だが、錫杖だけは、やたらと重厚だった。
「で? お前も死のうとしていたのか?」
男は少年が持つ小太刀を指さした。
少年はしばらくの後、小さな声で答えた。
「この村は、俺たちが潰したんだ。……疲れたんだ。こんな生き方に」
少年は、そこいらに転がる仲間の骸に目をやった。
風が吹く度に火の粉が舞い、灰が舞う。
パチパチと燃え盛る音だけが、やたら大きく耳に残り不快だった。
「それは、お前の意志だったのか?」
「いや……?」
男は燃え盛る村を見ながら、ぽそりと呟く。
「お前さ、どうせ死ぬなら、死んだつもりで俺についてこないか?」
男の言葉に少年はゆっくりと男の顔を見た。
「この戦はな、赤坂という国が仕掛けて回っている」
「知ってるよ。そんなこと。だから何だよ」
少年は、「自分には関係ない」と言わんばかりに、ぶっきらぼうに返す。
「今のままじゃ、いずれ日ノ本は……。どうだ? 俺達と一緒に国一つ潰さねぇか?」
(は? なんだ? こいつ。頭イカれてんのか?)
そんな男の考えを、夢物語か何かというような馬鹿にした目で蔑む。
男は本当だと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべる。
「お前、本当にそう思ってんのか?」
「あぁ」と男は短く応え、話を続けた。
「俺たちは、そのために仲間を集めている。どうせ死ぬんだ。その命、俺に預けろよ」
半ば呆れ気味に言う少年に、男は真剣に応えた。
少年は、今更、死など怖くはなかった。
だが……。生きることは、怖い。
少年は聞いた。
「お前、何者だよ」
「俺? 俺は、国に故郷を潰された、しがない庶民よ。そういうお前は?」
「俺も同じだ。野盗に成り下がった、ただの庶民だよ」
男の切り返しに、少年も応える。
そして、しばし少年は炎を見つめた後、独り言のように呟いた。
「本当にこの国を変えることができるってんなら、ついて行く方が面白いかもな」
少年は半信半疑にそう言うと、死ぬのをやめた。




