表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏通りの娘は、二度と跪かない ~継妃グリゼルダside~  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/17

人質

 国境の道端で、私は半日近く、座り込んで待った。


 紙片に書かれた通りだった。他に、行く当てもなかった。日が傾き始めた頃、黒塗りの馬車が一台、音もなく近づいてきた。中から降りてきたのは、室長だった。


「――イレブンは」


 挨拶も抜きに、私はそう聞いた。


「地下の牢だ。お前たちが小屋で暖を取っている間に、身柄は確保させてもらった」


 室長の声には、感情の色がなかった。


「二人纏めて始末する手もあったが、生憎あいにく、お前が任務を完遂する限り、あの男には使い道がある」


 *


 馬車の中、室長は、小さな薬瓶を、私の目の前に置いた。


「――あの男には、もう飲ませてある」


「飲ませた、って」


「遅効性の毒だ。あと十日で、心の臓が止まる」


 息が、喉の奥で止まった。


「解毒薬は、これだ」


 室長は、瓶をひとつ、指先で弄びながら言った。


「ヴァルデンツの王太子ヴァルテールを、本気で籠絡ろうらくしろ。中途半端な色仕掛けでは足りん。あの男の心を、完全に掌の上に乗せてみせろ。それができて、初めて、解毒薬を渡す」


「十日で、そんなことが」


「できなければ」


 室長は、私の言葉を遮った。


「解毒薬は、渡さない。あの男は死ぬ」


 *


 室長は、窓の外へ目をやった。


「――会わせて。せめて、一目だけでも」


「駄目だ」


 即答だった。


「地下の男に会わせて、また要らんことを考えられても困る。会えるのは、任務を完遂してからだ。それまで、あの男が生きているかどうかは――お前の働き次第だ」


 反論する隙は、与えられなかった。


 *


 馬車を降りる間際、室長は、小さな布包みを、無言で私の手に握らせた。


「持っていけ」


 開けると、母から奪われたはずの、あの銀の指輪だった。意味を尋ねる間もなく、室長は、馬車の扉を閉めた。


 紋章を、指先でなぞった。この血のせいで、私は裏通りで生まれ、この血のせいで、戦略室に拾われた。そして今、この血の半分すら知らない相手に、命懸けで取り入りに行こうとしている。


 自分の人生が、自分の意志で選んだものが、一つもないことに、今更ながら気づいた。


 名前も、拾われた先も、これから会う相手も、全部、誰かに決められたことだ。唯一、自分で選んだものがあるとすれば――イレブンと、山小屋で過ごした、あの一夜だけだった。


 その一夜のせいで、こうなった。それでも、後悔はしなかった。


 *


 国境の丘から、ヴァルデンツの灯りが見えた。


 遠く、小さな光の粒が、夜の中に散らばっていた。あの光の中の一つに、まだ見ぬ王太子がいる。私が籠絡し、利用し、いずれ裏切ることになる相手が。


 罪悪感は、なかった。あるとすれば、それはイレブンの身の上に対してだけだった。


 私は、指輪を握りしめた。


「――十日。それだけあれば、十分」


 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。誰かに向けた言葉というよりは、これから始まる十日間の、最初の一歩だった。


 馬車は、朝を待たずに、国境を越えた。

今回は挿絵です。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ