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裏通りの娘は、二度と跪かない ~継妃グリゼルダside~  作者: 鷹居鈴野


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王を弔う夜

 開戦の混乱は、私にとって、またとない好機だった。


 指揮系統が乱れ、誰もが戦況にばかり目を向けている今なら、疑われずに済む。


 *


 その頃、不穏な噂が耳に入った。既に社交界から葬られたはずのリディエンヌが、下女の娘――ルティアという名だったか――と、密かに接触しているという。


 二人が何を探っているのか、調べさせるまでもなかった。王太子の死因だ。


 あの病は、ただの病ではなかった。母のエルヴィーネと同じ手口で、長く毒を盛り続けた末の死だった。国境の任地に追いやった後も、薬湯に手を加える経路だけは絶やしていなかった。リディエンヌとルティアは、二つの死に、同じ毒の匂いを嗅ぎ取り始めていた。


 放っておけば、いずれ、母の死にも、兄の死にも、私の関与が見つかる。開戦の混乱は、その始末をつけるための、またとない好機でもあった。


 リディエンヌは、程なくして、帰らぬ人となった。表向きは、戦時下の混乱による事故と記録された。誰の差し金かを知る者は、宮廷のどこにもいなかった。知っているのは、私と、イレブンだけだった。


 *


 同じ頃、ヴァルデンツの王の寝所にも、影が差した。


 十一年、彼の妻を演じた。閨を共にし、彼が差し出す偽物の寵愛ちょうあいを、受け取り続けた。その年月の重さを、今更、量る気にはなれなかった。


 誰が手を下したかを、私は、あえて尋ねなかった。


 翌朝、王の急逝が城中に触れられた時、私は、喪服を纏いながら、驚いた顔を作ることに何の苦労もいらなかった。もう、驚くことなど、何一つ残っていなかったから。


 *


 王も、王太子も、玉座ぎょくざの継承において最大の障壁だったリディエンヌも、既にいない。それでも、まだ、私には、確かめなければならないことが一つだけ残っていた。


 密使からの言伝てに従い、私は、供も連れずに城を抜け出した。国境の外れ、人目のない山道。そこで、私は、娘と再会した。


 旅装に身をやつした娘は、以前より、少し痩せていた。それでも、その目には、生きる強さが宿っていた。


「――お母様」


 抱き合う間も惜しんで、私は、娘の手を握った。


「よく、無事で」


「イレブン様が、迎えに来てくださいました」


 娘の視線の先、木陰から、イレブンが姿を現した。任務用の変装を解いた、生きた彼の姿だった。蜂蜜色の髪。空色の瞳。――皮肉なものだと思った。昨夜、息を止めた王と、そしてこの娘とも、寸分違わず同じ色合いをした男が、今、私の目の前に立っている。


 *


 国境を越える馬車の中、私は、娘に、伝えるべきことを伝えた。


「あなたは、ザイデルンとヴァルデンツ、二つの国の、王族の血を引く娘よ。どちらの血であっても、恥じることは何もない」


 私は、懐から、あの銀の指輪を取り出した。十七年、誰にも見せずに、肌身離さず持っていたものだった。誰にも認められることのなかった紋章を、リュシオラの手のひらに、そっと握らせた。


「これは、その証。あなたが、玉座に座るに足る血を引いていることの、何よりの証よ」


 娘は、しばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「――はい、お母様」

今回は挿絵です。


挿絵(By みてみん)

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