新しい玉座
王も、王太子も、リディエンヌも失ったヴァルデンツは、指揮官を失った軍として、程なくして、リンドヴェールとの間に休戦を結んだ。そこへ、死んだはずの娘が、正統な血を引いて生きていたという知らせが届く。
空いた玉座に、リュシオラは、ザイデルンの後ろ盾を得て、若き女王として立つことになった。
娘が国を継いだその日、長かった任務は、ようやく、完遂を見た。
*
その夜、久しぶりに、深く眠った。
夢の中で、私は、これまでの全てを、俯瞰する場所に立っていた。リディエンヌの死も、王太子の毒も、リュシオラの偽装死も――全てが、一枚の絵図の上に並んでいた。どの駒も、無駄なく置かれていた。何一つ、偶然はなかった。
これでようやく、終わる。十七年、イレブンの命を人質に取られ続けてきた、この長い任務が。
夢の中で、私は、声を上げて泣いた。悲しみでも、喜びでもない、ただ、長い緊張から解き放たれた涙だった。
目が覚めても、その涙の感触だけは、しばらく頬に残っていた。
*
王妃の椅子は、私がそのまま座り続けることになった。娘がまだ若く、玉座に慣れるまでの後見として。誰も、それに異を唱える者はいなかった。異を唱えられるだけの力を持つ者は、もう、この国のどこにも残っていなかったから。
裏通りで震えていた子供が、今、二つの国にまたがる玉座の傍らに座っている。
*
帝都からの正式な決定で、イレブンは、番号を捨て、正式な名と地位を与えられた。そして、私付きの護衛騎士として、玉座の傍らに立つことを許された。誰に憚ることもなく、白昼堂々と。
その名を、私は今も、あえて口にしない。彼が、私にだけは、最後まで番号で呼ばれることを望んだからだ。
*
戴冠の式が終わった、静かな夜のことだった。
イレブンは、しばらく黙っていた。
「――長かったな。ずっと、辛い思いをさせた。すまなかった」
短い言葉だった。それだけで、十分だった。魅了で歪められることのない、彼自身の言葉だけが、そこにあった。
その言葉に、私は、久しく忘れていた涙を流した。裏通りで拾われた日から、山小屋の一夜から、十七年。ようやく、私たちは、誰にも脅かされない場所に、辿り着いた。
*
玉座の間の窓から、リュシオラが、居並ぶ廷臣たちに向けて、初めての勅を発する姿が見えた。
その光景を、私は、イレブンと並んで眺めていた。私の騎士として、彼は、いつも一歩後ろに控えていたが、こういう時だけは、隣に立つことを許していた。
「――幸せか」
「分からない。ただ」
私は、玉座の間で堂々と言葉を紡ぐ娘を見ながら、続けた。
「今は、誰も、奪いに来ない。それだけで、十分だった」
イレブンは、何も言わず、私の手を握った。その手の熱さだけが、確かな、本物だった。
窓から差し込む陽の中、彼の髪が、蜂蜜色に輝いていた。裏通りで拾われたあの夜、彼がくれた名前の意味を、私は今、ようやく、心の底から嚙みしめていた。
――黄金の戦士。
それは、彼の色であり、彼が選んで隣に置き続けた、私の名前でもあった。誰にも奪われることのない場所で、誰にも侵されることのない名前を抱いて、私は、これからも生きていく。




