王妃の椅子、呪えない娘
戴冠の式典で座らされた椅子は、思っていたよりも冷たかった。
喪が明けて一年、私はヴァルテールの後妻に迎えられた。私とリュシオラの存在は、とうに城中の知るところだった。魅了にかかりきったヴァルテールは、後妻の私だけでなく、実の子だと信じて疑わないリュシオラのことも、公にした。これでようやく、私は、日陰の身から抜け出したことになる。
式の後、控えの間の鏡に映る自分の姿を、私はしばらく見つめていた。裏通りで震えていた子供の面影は、もう、どこにも残っていなかった。
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戦略室からの言伝ては、それきり、しばらく途絶えた。
沈黙が、かえって恐ろしかった。イレブンの生死を示す唯一の手がかりが、途絶えたということだ。夜ごと、独房で朽ちていくイレブンの姿を想像しては、眠れない夜を過ごした。
半年ほど経って、ようやく短い言伝てが届いた。
『現状維持でよい。次の指示まで待て』
それだけの文面だった。それでも、イレブンがまだ生きている証だと思うと、嬉しかった。
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リディエンヌ――ヴァルテールの前妻との娘――に、初めて会ったのは、リュシオラと同じ歳の頃だった。
銀の髪に、菫色の瞳。母親譲りの顔立ちをした、聡明そうな娘だった。私を見る目に、警戒の色は薄かった。継母として振る舞う私を、素直に受け入れようとする気配すらあった。
その健気さが、かえって癇に障った。
「――継母様。今日は、良いお天気ですね」
薔薇の生垣の陰から、そう声をかけられた。午後の陽が、リディエンヌの銀の髪を白く光らせていた。蜂の羽音が、すぐ近くで低く唸っていた。私は、その澄んだ目を見て、内心、値踏みをした。この子供も、魅了で言いなりにできるかしら。正統な血を引くリディエンヌも、その兄の王太子も、どちらも邪魔だった。今のうちに、多少なりとも印象を歪めておく方が、後々のためになる。
私は、彼女の目を、まっすぐに見た。心の中で念じた。わがままを言って、暴れてみなさい。皆が、あなたという王女に、失望するように。
何も、起きなかった。
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もう一度、試した。今度はもっと強く、念を込めて。
リディエンヌは、不思議そうに小首を傾げただけだった。
「――継母様? どうかなさいましたか」
「――いいえ、何でもないわ」
私は、動揺を押し隠して、微笑んでみせた。だが、内心は、激しく波打っていた。
これまで、効かなかった相手は、わずかだった。ザイデルンでは、実の父と、異母兄弟たち――血の繋がりで、多少なりとも説明がついた。そして、イレブン。あの人だけは、血の繋がりもないのに、生まれつき効かないという、唯一の例外だった。だが、この国に来てからは、魅了が効かない人間になど、一人も出会わなかった。それなのに、血の繋がりもないこの子供にまで、イレブンと同じことが起きている。忌々しい。
*
その夜、寝室で、私はヴァルテールに、それとなく尋ねた。
「――リディエンヌ様の御髪や瞳の色は、王妃様譲りだと伺いましたが、他に、何か、特別な血筋の話などは」
「守りの血統だ、と聞いている」
ヴァルテールは、何気なく答えた。
「エルヴィーネの家系に、代々伝わる加護らしい。呪いの類を、生まれつき弾く体質だとか。迷信のようなものだと思っていたが」
私は、その夜、眠れなかった。魅了が使えない、という一点だけで、私の中で、その子供の存在が、急速に膨れ上がっていった。
*
いつか、この子供を壊してやりたい。魅了が効かないなら、他の手段で。社会で。物理で。
窓辺に立って、庭園の暗がりを見下ろした。昼間、蜂の羽音がしていたあたりは、もう何も見えなかった。




