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105/109

第105話:書面

 種蒔きから二百五十九日目の朝、大空洞に入った。


 採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。


 第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。


 第三耕地は今日の頃合いではなかった。三か所に水をかけた。


 岩の隙間の霧花草は今日は葉を閉じていた。採取はしなかった。


 水場を通りかかった時、水に指先を入れた。今日も温かかった。


(書面が来るとすれば、そろそろのはずだ)


 小屋へ戻った。



 乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。弱火を保った。


 この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が七百十三本になっていた。一時間ほどで通常品五本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が七百十八本になった。混合品が五十五本になった。


 棚を整えた。


 午の時間が過ぎた頃、外に人の気配があった。


 扉が叩かれた。


「レイン・ホルツさんでしょうか。書面をお届けに参りました」


 若い男の声だった。


 扉を開けた。教会の印を持った若者が立っていた。封蝋のある紙包みを差し出した。


「ダンジョン管理規則の規定全文でございます」


 受け取った。


「受け取りました」


 若者は一礼して立ち去った。


(来た)


 扉を閉めた。紙包みを開いた。折りたたまれた紙が数枚あった。


 机の上に広げた。字が細かかった。最初の一枚から読み始めた。


「ハナ王国ダンジョン管理規則」。条文が第一条から順に並んでいた。


 第七条。「ダンジョン施設において製造・採取された薬草・薬品の販売に際しては、当該施設の登録及び認定を受けることが望ましい」


(望ましい)


 第十二条。「認定を受けていない施設からの仕入れを行う商人に対しては、必要に応じて仕入れ先の変更を指導することができる」


(することができる)


 第十八条。「施設の内部確認を拒否した場合、認定審査の継続が困難となる場合がある」


(場合がある)


 「望ましい」「することができる」「場合がある」。どこにも断定の言葉がなかった。


(義務ではない。でも義務のように使える言い方だ)


 外に足音があった。扉が叩かれた。


 ミアだった。


「書面来たか」


「はい。今日届きました」


 ミアが入った。机の上の紙に目を向けた。


「読んだか」


「今読んでいたところです」


 ミアが紙を手に取った。一枚ずつ目を通した。早かった。


「わかった」


 紙を置いた。


「義務に見えるが義務ではない。全部そういう書き方だ」


「はい」


「返事するつもりか」


 少し考えた。


「しません。受け取ったことは伝えます。それだけです」


 ミアが少し間を置いた。


「正しい」


 短く言った。それだけだった。


「師匠に話しておく。ドゥルガさんにも知らせておけ」


「はい」


 扉が閉まった。


(受け取りました。それだけ書けばいい)


 机の上の紙をもう一度見た。折りたたんで、棚の端に置いた。



 夕方、シルバの小屋へ向かった。紙包みを持っていった。


「今日昼前に書面が届きました。規定の全文です。読みました」


 シルバに紙を渡した。シルバがゆっくりと読んだ。


 長い間、シルバは何も言わなかった。炉の木がくすぶっていた。


「……義務に見えて義務ではない書き方だな」


「はい」


「返事する気があるか」


「しません。受け取ったことだけ伝えます」


 シルバがゆっくりと顔を上げた。


「それで良かった。返事を書けば——この書き方では、こちらが認めたことになる。受け取ったことだけなら、何も認めていない」


「はい」


「ドゥルガには伝えたか」


「まだです。明日伝えます」


「伝えておけ。セイロスにも」


「わかりました」


 短い間があった。


「——揺れなかったか」


「はい。書面が来ることは分かっていましたから」


 シルバが炉の方に視線を向けた。


「知っていたから揺れなかったわけではない。知ったうえで続けてきたから揺れなかった。その違いを覚えておけ」


(その違い)


 炉の火が揺れた。外は暗くなっていた。



 夜、経営の書を開いた。


「言葉の形を整えた要求が来た時、その中身を見るより、要求の向きを見ることが先だ。義務のように見える言葉でも、義務でなければ答える必要はない。断るより、受け取っただけにしておく方が、余計なものを与えない」


(書面が来た。読んだ。返事はしない。受け取ったことだけ伝える。ミアが来てくれた。シルバも知っている。それだけのことだ)


 棚を見た。通常品が七百十八本。混合品が五十五本。


 明日も採りに行く。

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