第105話:書面
種蒔きから二百五十九日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。
第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。
第三耕地は今日の頃合いではなかった。三か所に水をかけた。
岩の隙間の霧花草は今日は葉を閉じていた。採取はしなかった。
水場を通りかかった時、水に指先を入れた。今日も温かかった。
(書面が来るとすれば、そろそろのはずだ)
小屋へ戻った。
*
乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。弱火を保った。
この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が七百十三本になっていた。一時間ほどで通常品五本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が七百十八本になった。混合品が五十五本になった。
棚を整えた。
午の時間が過ぎた頃、外に人の気配があった。
扉が叩かれた。
「レイン・ホルツさんでしょうか。書面をお届けに参りました」
若い男の声だった。
扉を開けた。教会の印を持った若者が立っていた。封蝋のある紙包みを差し出した。
「ダンジョン管理規則の規定全文でございます」
受け取った。
「受け取りました」
若者は一礼して立ち去った。
(来た)
扉を閉めた。紙包みを開いた。折りたたまれた紙が数枚あった。
机の上に広げた。字が細かかった。最初の一枚から読み始めた。
「ハナ王国ダンジョン管理規則」。条文が第一条から順に並んでいた。
第七条。「ダンジョン施設において製造・採取された薬草・薬品の販売に際しては、当該施設の登録及び認定を受けることが望ましい」
(望ましい)
第十二条。「認定を受けていない施設からの仕入れを行う商人に対しては、必要に応じて仕入れ先の変更を指導することができる」
(することができる)
第十八条。「施設の内部確認を拒否した場合、認定審査の継続が困難となる場合がある」
(場合がある)
「望ましい」「することができる」「場合がある」。どこにも断定の言葉がなかった。
(義務ではない。でも義務のように使える言い方だ)
外に足音があった。扉が叩かれた。
ミアだった。
「書面来たか」
「はい。今日届きました」
ミアが入った。机の上の紙に目を向けた。
「読んだか」
「今読んでいたところです」
ミアが紙を手に取った。一枚ずつ目を通した。早かった。
「わかった」
紙を置いた。
「義務に見えるが義務ではない。全部そういう書き方だ」
「はい」
「返事するつもりか」
少し考えた。
「しません。受け取ったことは伝えます。それだけです」
ミアが少し間を置いた。
「正しい」
短く言った。それだけだった。
「師匠に話しておく。ドゥルガさんにも知らせておけ」
「はい」
扉が閉まった。
(受け取りました。それだけ書けばいい)
机の上の紙をもう一度見た。折りたたんで、棚の端に置いた。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。紙包みを持っていった。
「今日昼前に書面が届きました。規定の全文です。読みました」
シルバに紙を渡した。シルバがゆっくりと読んだ。
長い間、シルバは何も言わなかった。炉の木がくすぶっていた。
「……義務に見えて義務ではない書き方だな」
「はい」
「返事する気があるか」
「しません。受け取ったことだけ伝えます」
シルバがゆっくりと顔を上げた。
「それで良かった。返事を書けば——この書き方では、こちらが認めたことになる。受け取ったことだけなら、何も認めていない」
「はい」
「ドゥルガには伝えたか」
「まだです。明日伝えます」
「伝えておけ。セイロスにも」
「わかりました」
短い間があった。
「——揺れなかったか」
「はい。書面が来ることは分かっていましたから」
シルバが炉の方に視線を向けた。
「知っていたから揺れなかったわけではない。知ったうえで続けてきたから揺れなかった。その違いを覚えておけ」
(その違い)
炉の火が揺れた。外は暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「言葉の形を整えた要求が来た時、その中身を見るより、要求の向きを見ることが先だ。義務のように見える言葉でも、義務でなければ答える必要はない。断るより、受け取っただけにしておく方が、余計なものを与えない」
(書面が来た。読んだ。返事はしない。受け取ったことだけ伝える。ミアが来てくれた。シルバも知っている。それだけのことだ)
棚を見た。通常品が七百十八本。混合品が五十五本。
明日も採りに行く。




