第103話:場所の記憶
種蒔きから二百五十三日目の朝、大空洞に入った。
採取ポイントで三本を摘み取った。根元の青白い発光は変わらなかった。布袋に入れた。
第一耕地に進んだ。二株が今日の頃合いだった。指で押して弾力を確かめてから摘み取った。
第三耕地は今日の頃合いではなかった。三か所に水をかけた。
岩の隙間の霧花草は今日は葉を閉じていた。採取はしなかった。
水場を通りかかった時、水に指先を入れた。今日も温かかった。
(今日はドゥルガさんが来る)
小屋へ戻った。
*
乾燥台に今日の五本を並べた。炭に火をつけた。弱火を保った。
この三日の間に積み上がっていた分を確かめた。乾燥台分を加える前の通常品が六百六十八本になっていた。一時間ほどで通常品五本と混合品一本が仕上がった。棚に加えた。通常品が六百七十三本になった。混合品が四十七本になった。
棚を整えた。昼すぎ、外に荷馬車の音がした。
「レインくん」
ドゥルガだった。日焼けした顔に白い髭。荷台には布にくるまれた荷物があった。
「いらっしゃいませ」
「今日は顔を見るついでに話がある。少しいいか」
「はい」
ドゥルガが小屋に入った。棚を一度見た。
「六百七十三か。混合が四十七。着実だな」
「昨日の分が今日仕上がりました」
ドゥルガが椅子に腰を下ろした。
「教会の話を少し聞いた。先日二人来たそうだな」
「はい。施設の実地確認をしたいと言ってきました。中には入れませんと答えました」
「断ったか。それでいい」
ドゥルガが少し間を置いた。
「ロウン街道で一件、話が入った。三つ向こうの集落の薬草採りが実地確認を受け入れた。調べに来た者が二人、施設の中に入って一刻ほど確認した。翌週、仕入れ先を変えるように言ってきた。断ったら、取引先に圧力がかかったらしい」
(仕入れ先を変えるように)
「教会が仕入れ先を変えろと言ったのですか」
「そうだ。教会を通して仕入れるように、ということだろう。断った者は今のところ続けているが、取引が少し減ったと聞く」
「わしが前に話した薬師の事例と同じ形だ」
ドゥルガが続けた。
「段を踏んで来る。まず書面。次に確認。その次は仕入れ先への圧力だ。お前が断ったことで、次の段に進む前の話になっている。それが一番よかった」
「中に入れなかったのは正しかったんですね」
「そうだ。それと——セイロスからも文が来た。静かにしていろ、という内容だったと思うが、念のために伝えておく」
「はい」
少し間があった。
「量はどうだ。六百七十三は、来月末にセイロスへ回すのか」
「来月末に百五十本をセイロスさんに渡す予定でいます。残りは手元に置いておくつもりです」
「セイロスとも話しておけ。このあたりの事情が落ち着くまでは、余分な動きを増やさない方がいいかもしれない」
「わかりました」
「一つ確かめたいことがある。書面が来た時、どうする」
「シルバじいさんと相談してから答えます。すぐには返事しません」
ドゥルガが少し目を細めた。
「それでいい。早まるな。シルバじいさんはよく分かっている人間だ」
ドゥルガが立ち上がった。
「今日は顔を見に来た。取引は来月また来る時にする」
「ありがとうございます」
「——ガルドの孫がここまでやるとは、ガルドも思っていなかったかもしれないな」
そう言って、荷馬車の方へ戻っていった。
(ガルドも思っていなかったかもしれない)
しばらく、その言葉を繰り返した。
*
夕方、シルバの小屋へ向かった。
「ドゥルガさんが来ました。ロウン街道で実地確認を受け入れた薬草採りが、仕入れ先を変えるよう言われた話を教えてもらいました。中に入れなかったのは正しかったと言っていました。書面が来た時も、すぐに返事するなと」
シルバが炉の前でゆっくりと顔を上げた。
「ドゥルガが確認に来たか」
「はい」
短い間があった。
「一つ、話してもいいか」
(話してもいいか、と聞いた)
「はい」
「石工のことだ。一人、心当たりがあると言っていた」
「はい」
「ガルドが若い頃に一度だけ話した者がいる。石の仕事をしていた。ガルドが霧穴に来る前の時期の話だ。名前は——アレン、という者だった。それだけ聞いた。場所に詳しい者だとガルドが言っていた」
(アレン)
「霧穴の奥に来ていた石工が、その人ですか」
「わからない。だが——ガルドが霧穴に来る前の時期に石の仕事をする者と関わりがあった。溝の年数とも、合う」
「その人はどんな人でしたか」
「それ以上は聞いていない。ガルドは話をはぐらかした。——ただ、一度だけ言ったことがある。石の仕事は場所の記憶を残す仕事だと。場所を残すために石を刻む者がいると」
(場所の記憶を残す)
「場所の記憶、というのは——」
「今はそれだけだ。急ぐな」
シルバが炉の方に視線を戻した。
「次に溝を写してきた時に、また話す。何が見えてくるか、わしにも確かめたいことがある」
「わかりました」
「今日のドゥルガの話と、石工の話。どちらも記録に残しておけ」
「はい」
炉の火が揺れた。外は暗くなっていた。
*
夜、経営の書を開いた。
「場所には記憶がある。その記憶を残した者がいて、後から来た者がその記憶を読み解く。一人では完成しない仕事がある。続きを誰かが担う仕事がある」
(シルバがアレンという名前を言った。石の仕事をする者。場所の記憶を残すために刻む者。降下通路の六十五歩目と七十歩目に、その者の刻みがあるとするなら——霧穴は、誰かが整えた場所だった。祖父が来る前から、誰かがここを知っていた)
棚を見た。通常品が六百七十三本。混合品が四十七本。
明日も採りに行く。




