第5話 シーフの僕、勇者と牢獄へ忍び込む
月明かりの届かない屋根の上を走り、壁を伝って窓枠に飛び移る。見張りの視線が外れたところで建物の中へ入り……。というのは俺の妄想だ。
もちろん原作通りに俺は進める。
「……ニカンドロ。どうして君もいるの?」
「レイスを1人で行かせられるわけないだろ」
振り返ると、ニカンドロが剣を握って立っていた。周囲を警戒しているつもりらしいけれど、足音は大きいし、曲がり角をのぞく前に体が半分出ている。シーフとして見れば、直したいところはいくらでもある。
それでも、彼がここに来た理由は分かっていた。クロノを助けるために、僕が危険を冒している。だから自分もついてきたのだ。
「僕はシーフだよ。こういうことには慣れているから、宿で待っていてもよかったのに」
「お前が慣れてるかどうかは関係ない。仲間を危険な場所に1人で行かせたくないんだ」
なるほど。主人公らしい心がけだ。
原作のニカンドロも、こういうところは変わらない。勇者になる人間には、力だけじゃなくて、こういう部分も必要なのだ。
「……分かった。じゃあ、僕から離れないでね」
「おう!」
彼に活躍してもらう場面がこのあとくるけど、うまくサポートしなければ。そんなことを考えていると、向こうから小さな声が聞こえた。
「待ってください!」
振り返ると、白いローブを着たリズが息を切らして立っていた。いや、原作でもそうだから知ってたけど。
「リズ!? どうしてここに?」
「やっぱり私も行きます」
「危ないから、リズは宿に戻っていたほうが……」
「嫌です」
リズはニカンドロの言葉をさえぎった。声は震えていたけれど、その目はまっすぐ僕たちを見ている。大切な弟が地下牢に閉じ込められているのだから、黙って待ってなんていられないよね。
「分かった。ただし、危なくなったら僕たちの後ろに隠れてね」
「はい」
僕たちは見張りの位置を確かめながら、地下牢へ続く階段を下りていった。見張りは事前に僕が眠らせている。
地下からは、湿った土と古い鉄のにおいが漂ってくる。廊下の先には格子扉が並び、その向こうに何人もの囚人が閉じ込められていた。
その一番奥に、目的の人物がいた。
「クロノ!」
リズが格子に駆け寄った。
床に座り込んでいた少年が、驚いた顔でこちらを向く。姉と同じ淡い金色の髪をしているが、頬はこけ、手首には手錠の跡が赤く残っていた。
「姉さん!? どうしてここに……!」
「クロノ、よかった……!」
リズは格子をつかみ、今にも泣き出しそうな顔で弟を見つめた。クロノは姉の無事を確かめたあと、ようやく僕とニカンドロに気づいた。
「……そいつら、誰?」
うん。そりゃ驚くよね。僕だって、初対面の人間が突然地下牢に現れて「助けに来た」なんて言い出したら、まず疑うと思う。
「俺はニカンドロ。こっちはレイスだ。君を助けに来た」
「私が森でゴブリンに襲われてたのを助けてくれた人たちなの。2人とも、クロノを助けるために力を貸してくれたんだよ」
その言葉を聞いて、クロノはようやく僕らを信頼する気になったらしい。
「悠長にしてる暇はないけど、司祭について知ってることを教えてほしい」
クロノが格子を握る指に力がこもる。
「俺は司祭様を殺してなんかいない! あの日、司祭様から呼び出されたんだ。だけど、部屋の前まで来たら扉に鍵がかかっていた。中から返事もなかったから、そのまま戻ったんだよ!」
「じゃあ、司祭の部屋に入ったと証言した人がいるのはやっぱり嘘か」
ニカンドロが言った。
「ああ。しかも、重要な書類を盗んだって言われた。俺はそんなもの、見たことすらないのに!」
クロノが無実なのはもちろん原作を読んでいるから知っているんだけれど、重要書類はどこにあるんだろうね。ま、黒幕が隠し持ってるか。
「そのあと、君は何をしていたんだ?」
「夕方からずっと、教会の診療室で熱を出した見習いの看病をしていた。夜になってから司祭様に呼ばれたんだ。でもすぐに戻った。診療室には修道女もいたし、見習いだって何人もいた。俺がそこにいたことは、みんな知ってる! なのに……」
「だったら、その人たちに話を聞けばいい。クロノが本当にそこにいたなら、それが分かるはずだ」
ニカンドロがはっきりと言った。
「俺は逃げない。ちゃんと調べてくれても構わない」
クロノの声には、まだ怒りが残っていた。けれど、その奥には、ようやく自分の話を聞いてくれる人間が現れたことへの安堵もあった。
うん。原作通りのいい流れだ。ニカンドロ自身が相手の話を聞いて、何が正しいのか考える。その積み重ねが、彼を勇者にしていく。
「ところで、どうやってここから出すの?」
クロノの視線が、僕たちの手元へ落ちた。格子扉には頑丈な錠前がついている。鍵がなければ、普通は開けられない。
「それなら任せて」
僕は腰の道具袋から細い金属片を取り出し、錠前へ差し込んだ。
ガチャリ。
数秒もかからず、鍵が開いた。
「……え?」
クロノが口を開けたまま固まっている。
「すごい……。今、鍵を壊したんですか?」
リズも目を丸くしていた。
「壊してないよ。開けただけ。シーフなら、このくらい普通だよ。とにかく、ここを出よう。話は外で――」
「誰だ! 地下牢にいるのは!」
階段の上から怒鳴り声が響いた。続いて、金属の鎧がこすれる音が近づいてくる。原作だと、少なくとも5人はいたはず。全員が武装している。
ニカンドロはリズとクロノの前に出て、剣を抜いた。
「ニカンドロさん……!」
「大丈夫だ。俺がこいつらを斬る!」
ニカンドロは、明らかに怖がっていた。剣を握る手も少し震えている。それでも2人を守るために前へ出た。
これだ。これこそ、未来の勇者の姿だ。
ただし相手は5人。今の彼が正面から戦えば、力負けするのは目に見えている。だから僕が、少しだけ手伝おう。バレないようにね。
「侵入者だ! 全員、捕らえろ!」
先頭の兵士が剣を振り上げた。




