第6話 勇者と一緒に、冤罪を晴らします
ニカンドロはすぐに斬りかからず、通路の幅を確かめるように半歩下がった。敵が横に広がれないことに気づいたのだろう。先頭の1人を相手にしながら、後ろの兵士たちが一度に攻め込めない位置を保っている。
いい判断だ。
けれど、先頭の兵士はニカンドロよりも戦い慣れていた。剣を受け流され、ニカンドロの足が石床を滑る。兵士が体勢を崩した彼へ踏み込んだ。
僕は指先で小石を弾いた。
小石は兵士の膝に当たり、踏み込んだ足がわずかに沈む。
「なっ!?」
ほんの一瞬の隙だった。
ニカンドロは倒れそうになった兵士の剣を受け流し、柄で手首を打った。剣が床に落ちる。続けて足を払うと、兵士は背中から石床に倒れた。
「よし!」
ニカンドロの顔に、手応えをつかんだ喜びが浮かんだ。
そのまま次の兵士が斬りかかる。ニカンドロはさっきよりも落ち着いて相手の剣を見ていた。刃を正面から受け止めず、少し角度をつけて受け流す。相手の腕が伸びたところへ踏み込み、剣で切り裂いた。
「俺だって……、守れるんだ!」
ニカンドロは息を切らしながらも、リズたちの前から退かなかった。
うん。ちゃんと成長している。
ただ、残りの兵士たちも黙ってはいなかった。1人がニカンドロを正面から引きつけ、もう1人が壁際を回ってリズたちへ向かおうとする。
そちらへ行かせるわけにはいかない。
僕は暗闇に紛れて壁際を走り、一瞬で兵士の背後へ回った。手首を軽く打って剣を落とさせ、膝裏を蹴る。倒れる体を支えながら口をふさぎ、そのまま壁際へ寝かせた。
残りの1人が異変に気づいて振り返る。
僕は床に転がっていた剣を兵士の足元へ滑らせた。兵士がそれを踏んで体勢を崩したところで、背中を押して壁にぶつける。鎧が大きな音を立て、兵士はその場にへたり込んだ。
これで、ニカンドロの相手は最後の1人だけだ。
「ニカンドロさん!」
リズの声が響いた。
最後の兵士が、ニカンドロの隙を狙って斬りかかっていた。その軌道へ、指先から細い魔力を伸ばす。風が刃を横から押した。ほんの少し。それだけで剣の軌道がずれ、ニカンドロの肩を外れる。誰にも気づかれない。それでいい。ニカンドロが勝つために必要なところだけ、影から手を貸す。
「なにっ!?」
ニカンドロは迷わず踏み込んだ。そして斬る。
地下牢に静けさが戻った。
「……勝った、のか?」
ニカンドロは倒れた兵士たちを見回し、信じられないという顔をした。
「みんな、怪我はないか?」
「私は大丈夫です……」
リズは答えたものの、視線はニカンドロではなく僕に向けられていた。
「……レイスさん」
「どうしたの?」
「いえ……、何でもありません」
リズはそう答えたけれど、納得している顔ではなかった。クロノもまた、格子のそばで僕をじっと見つめていた。
「……あんた、何者なんだ?」
「ただのシーフだよ」
困ったな。どうやら、少しばかり目立ってしまったらしい。僕はごまかすようにニカンドロの肩を叩いて笑った。
「やったね、ニカンドロ! みんなを守れた!」
「いや、俺だけじゃない。レイスがそばにいてくれて心強かった。なんだか、少し戦い方が分かってきた気がする」
ニカンドロは自分の手を見つめた。さっきまで震えていた手は、今はしっかりと剣を握っている。
「俺はもっと強くなれる」
……うん。その意気だ、未来の勇者。僕が裏から支えていることに気づかないまま、君が強くなってくれればそれでいい。
「さて、脱出しよう」
ところが、階段へ向かおうとしたところで、クロノが声を上げた。
「待ってくれ。俺を助けてくれるのはありがたい。でも、俺が無実であることを誰も証言してくれないだろう。教会は俺を本当の犯人だと言い続けると思う」
ニカンドロがうなずいた。
「君の話が本当なら、診療室にいた人たちが証言できるんだろ?」
「ああ。でも、みんな教会に逆らうのを怖がっている」
「俺たちが話をきいてみよう。二人は先に逃げてくれ」
ニカンドロは迷わず答えた。
「……ありがとう」
僕たちはクロノが話していた診療室を訪れた。みんな眠っている。僕はそのうちの一人を起こした。修道女は、僕たちを見るなり顔をこわばらせた。僕はその女性の口をふさぐ。
「危害を加えることはしません。クロノは司祭を殺していないと言っています。あの日、診療室にいた人たちに話を聞きたいだけです」
ニカンドロが説明しても、修道女は首を横に振った。
「教会の決定に逆らうことはできません。どうかお帰りください」
「でも、もしクロノが犯人じゃなかったら? 無実の人を裁くのが本当に正しいことですか」
ニカンドロの声は強かった。
修道女は答えなかった。けれど、その目が一瞬だけ廊下の奥へ向いた。僕はその視線を見逃さなかった。廊下の奥には、診療室の記録を保管する小部屋がある。扉には鍵がかかっていたが、そんなものは問題にならない。
ニカンドロが修道女に話を続けている間に、僕は廊下の影へ移動した。鍵を開けて小部屋へ入り、棚に並ぶ記録を確かめる。
見つけたのは、診療室の勤務記録と薬品の受け渡し帳だった。
事件当日の記録には、クロノが夕方から夜にかけて診療室で看病をしていたことが記されている。薬を受け取った時間も、見習いの容体を確認した時間も、クロノの証言と一致していた。
さらに、薬を運んだ修道女の署名も残っている。
これなら、クロノの話を裏付けられる。
小部屋を出ると、ちょうどニカンドロが修道女に頭を下げているところだった。
「お願いします。俺たちは、ただ本当のことを知りたいんです」
修道女は唇をかみしめた。
「……あの日、クロノは確かに診療室にいました。私が薬を届けたときも、熱を出した見習いのそばにいました」
「これで証言もとれたね」
彼女は小さくうなずいた。
僕たちはリズとクロノの元へと急いだ。
リズは泣いていた。クロノも、ずっと張りつめていたものが切れたように、姉の肩へ顔をうずめていた。
「クロノ君の無実は、これで証明できます」
僕は記録を見せた。
「本当にありがとう。ニカンドロさん、レイスさん。あなたたちがいなかったら、弟は……」
「よかったな、クロノ。これからは、無実の罪を着せられないように気をつけろよ」
ニカンドロが笑って言うと、クロノは涙をぬぐいながらうなずいた。
「……ああ。あんたたちには、一生感謝する」
ニカンドロは照れくさそうに頭をかいた。
うん。今回も予定どおりだ。
「レイスさん?」
リズに呼ばれて顔を上げると、彼女は僕をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「……いえ。教会について、以前から気になっていたことなんですが」
その顔には、まだ疑問が残っているようだった。リズは少し迷ってから口を開いた。
「司祭様が亡くなる前、教会に見慣れない人が出入りしていたんです」
「見慣れない人?」
ニカンドロが聞き返す。
「はい。顔は見ていません。ただ、その人が来た日は、司祭様が地下へ向かっていたそうです」
「地下?」
ニカンドロが眉をひそめた。僕も少し遅れて、驚いた顔を作る。
「教会に地下なんてあるの?」
完璧な演技だった。僕は知っている。この教会の地下に何があるのか。誰がそこにいるのか。原作ではこの章の終盤、命懸けで戦うことになる場所だ。
もちろん、そんなことを口にするわけにはいかない。今の僕は、何も知らないレイス・イグニス。ただのシーフで、たまたま事件に巻き込まれただけの少年だ。
「……私も詳しいことは知りません。ただ、昔から地下には近づくなと言われていました」
「そうなんだ……」
僕は少し考えるように顎へ手を当てた。知っている。全部、知っている。でも何も知らない。僕はそういう顔をして、リズの話を聞き続けた。原作を守るためなら、これくらいの演技はできる。
「ニカンドロ、どうする?」
「ここまで関わった以上、全てを明るみにしよう」
「分かった」




