第7話 原作の展開を壊すんじゃねえよ
教会の地下へ続く階段を、僕たちはゆっくりと下りていた。クロノは家に先に帰ってもらった。ここから先は何があるか分からない。クロノまで危険な目に遭わせる必要はない。
ということで、ニカンドロと僕とリズは階段を下りていく。いよいよ大詰めだ。やがて、地下の奥に一枚の扉が見えてきた。
鍵がかかっている。
「任せて」
僕は腰を落として、鍵穴を覗き込む。細工は単純だった。シーフとしては、これくらい開けられないほうがおかしい。道具を差し込み、少し動かす。
カチッ。
「開いたよ」
「すごい……」
リズが目を丸くする。
「これくらい、シーフなら普通だよ」
扉を開ける。その先には、いくつかの牢が並んでいた。ほとんどは空だ。ただ、一番奥の牢だけが違った。頑丈な鉄格子。その奥に、人がいる。
薄暗い地下牢の中で、その人物は身動き一つせずに座り込んでいた。ここに誰かが閉じ込められていること自体、教会が何かを隠している証拠だ。
「……誰かいるぞ」
ニカンドロが足を止めた。僕は牢の前まで歩き、鍵を確認する。これも開けられる。
カチッ。
鉄格子を開ける。中にいた男が、ゆっくりと顔を上げた。
「誰だ……」
その顔を見た瞬間、リズが息をのんだ。
「司祭様……?」
ニカンドロも目を見開く。
「そんな……」
当然だ。僕らは司祭は死んだと聞かされている。なのに、その本人が目の前にいる。
「生きてたのか……」
ニカンドロは信じられないものを見るような顔をしていた。リズも口元を手で覆っている。僕は驚かなかった。でももちろん驚いているふりをする。原作どおりのリアクションをしないと盛り上がらない。
このあと、教会の裏で何が起きていたのかが明らかになる。
司祭は苦しそうに咳き込む。
ニカンドロが一歩近づく。
「司祭様、何があったんですか?」
「私を襲ったのは……、この教会の」
そのときだった。
「ニカンドロ!」
地下通路の奥から声が響いた。
「……え?」
ニカンドロが振り返る。リズも振り返る。僕も振り返った。
そこに立っていたのは、ニカンドロを追放した勇者候補のセイラムだった。
「やっと見つけた!」
「…………」
僕は固まった。
いや。待って。なんで?
司祭が生きているのは原作どおりだ。だから驚かない。問題はこいつだ。セイラムがここにいる。原作には、こんな展開はない。
「セイラム……?」
ニカンドロも驚いている。
「どうしてここに……?」
「ニカンドロを探してたんだ!」
セイラムは息を切らしながら駆け寄ってくる。
「やっと見つけた!」
その表情には、ニカンドロを見つけたことへの安堵がはっきりと浮かんでいた。
そしてニカンドロの目の前で、いきなり頭を下げた。
「すまなかった!」
「え?」
「本当にすまない! 俺が悪かった!」
セイラムが、そのまま土下座した。
「ニカンドロ、頼む! もう一度、俺たちのところへ戻ってきてくれ!」
「いや、ちょっと待て!」
ニカンドロが困惑する。リズも何が起きているのか分からず、セイラムとニカンドロを交互に見る。
突然現れたと思ったら、いきなり土下座。しかも、追放した相手を連れ戻そうとしている。ニカンドロが混乱するのも当然だった。
僕はというと、それを通り越して頭の中が真っ白になっていた。
こいつ、何してんだ?
原作では、ここでニカンドロは教会の秘密に踏み込む。このあと、僕たちと一緒に事件を解決していく。元パーティなんて、ここには出てこない。
ましてや、セイラムが土下座して謝るなんて。そんな場面は、僕の知っている原作には存在しない。
「……ふざけんな」
思わず声が漏れた。
「レイス?」
ニカンドロが僕を見る。僕はセイラムの肩をつかんだ。
「おい」
「え?」
「ちょっと来い」
「いや、俺はニカンドロに――」
「いいから来い」
僕はセイラムを引っ張った。
「ちょ、ちょっと待て! 俺は本当に謝りたくて――」
「分かったから!」
地下通路へと戻る。
ニカンドロたちから少し離れたところまで来て、僕は足を止めた。ここなら、ニカンドロたちには聞こえない。扉を閉めて、僕はセイラムに詰め寄った。
「……お前さ」
「な、なんだよ」
「原作の展開を壊すんじゃねえよ」
「……は?」
セイラムが目を丸くした。
僕の言葉が理解できないらしい。そりゃそうだ。でも僕にとっては、冗談でもなんでもない。
「こっちはな、ちゃんと順番どおりに進めてんだよ」
「順番……?」
「そうだよ」
僕はセイラムの胸ぐらをつかんだ。
「追放したなら、追放した側らしくクソでいろよ」
「え……」
「なんでここで土下座するんだよ。なんでニカンドロを連れ戻そうとするんだよ」
「いや、だって俺は……、ひどいことを」
「知らねえよ」
自分でも驚くくらい、声が低くなっていた。
「……」
セイラムが黙り込む。僕は胸ぐらをつかんだまま、セイラムを睨んだ。
「原作では、ニカンドロはお前と決別するんだよ。お前が余計なことするたびに、全部ズレんだろうが」
セイラムの身体が固まった。その顔には、怒りよりも困惑が浮かんでいる。当然だ。僕が何を言っているのか、セイラムには分からない。だけど、それでいい。
僕の頭の中には、原作の展開がはっきりと残っている。
ここから先に起きることも。ニカンドロがどう成長していくのかも。だからこそ、余計なことをされると困る。せっかくここまで、原作どおりに進んできたのに。
どうしてセイラムだけが、勝手に話を変えようとするんだ。
セイラムはしばらく僕を見つめていた。やがて、その顔に何かを察したような色が浮かぶ。
「やっぱり、この異世界って、ラノベ原作なのか……?」
「…………は?」
僕の手が止まった。
こいつ、今なんて言った?




