第3.6話 すれ違いの連続
ニカンドロがいない。当然だ。俺があいつを追放したのだから。
それでも、俺は探していた。
「くそっ……どこに行ったんだ、ニカンドロ!」
街の大通りを歩きながら、俺は頭を抱えた。
仲間たちは、もう付き合いきれないとばかりに去っていった。ニカンドロを探す俺を見て、正気を失ったんじゃないかとまで言われた。
失礼な話だ。
俺は正気だ。正気だからこそ、こんなにも焦っている。
前世で見た追放もののアニメ。あの手の作品では、主人公を追い出した側が後悔する展開が定番だった。
ニカンドロがその主人公だと決まったわけじゃない。そもそも、この世界がアニメと関係しているのかさえ分からない。
だが、もしそうだったら?
俺は将来、仲間を追放した愚かな男として笑いものにされるのではないか。
「いや、まだ間に合う。今なら謝れば……。いや、謝るだけで済むのか? 追放を取り消せばいいのか? そもそも、あいつは俺の謝罪を受け入れてくれるのか?」
考えれば考えるほど、答えが出ない。とにかく、ニカンドロを見つける。それが先だ。その辺のやつに話しかける。
「おい、黒髪の青年を見なかったか? 背はこのくらいで、剣を持っていて……」
「ああ、剣を持った若い男なら、さっき通ったよ」
「どっちに行った!?」
「さあな。向こうだったかな」
そいつが指さした方向へ、俺は走った。
通りを抜け、角を曲がり、露店の並ぶ道へ飛び込む。
いない。
念のため、近くの店にも聞いて回った。
「黒髪の青年ですか? うちで串焼きを買っていったお客さんならいましたけど」
「それだ! どっちに行った!?」
「えっ? あっちですけど……」
指さされた方向へ駆け出す。
「ニカンドロ!」
男が振り返った。
「……誰だ、お前?」
「なんでもない、人違いだ」
通りの先にいたのは、串焼きを片手に歩く見知らぬ男だった。黒髪ではある。剣も持っている。背丈だって似ていた。しかし別人だ。
落ち着け。もっと確実な方法を考えるんだ。
俺は道の端に寄り、街の地図を広げた。ニカンドロが向かいそうな場所を考える。冒険者ギルド。武器屋。宿屋。食料品店。
まずは冒険者ギルドだ。あそこなら、ニカンドロのような冒険者が出入りする。情報も集まる。
そう考えてギルドへ向かうと、入口の前で見覚えのある後ろ姿を見つけた。黒髪。剣を背負った青年。服装もニカンドロっぽい。いた!
「ニカンドロ!」
俺は駆け寄り、青年の肩をつかんだ。
「おい、何をする!」
ものすごく不機嫌そうな顔をしている。しかもニカンドロと違って強そうだ。
「……すまん」
「次やったらぶん殴るぞ」
俺は逃げるように一旦ギルドを離れた。
早くニカンドロを見つけなければ、俺の未来が危ないのに。
……俺の未来?
何を言っているんだ。
あいつが本当に追放ものの主人公だったとしても、俺がざまぁされるとは限らないだろう。そもそも、あいつが主人公だという根拠もない。
「セイラム。お前は勇者候補だろう。もっと堂々としろ」
自分に言い聞かせた。それでも一応、ニカンドロとは友好的でいた方が得だ。俺はギルドの中へ入った。しかしギルドを見回してもニカンドロはいない。
受付の女性に事情を説明する。
「黒髪の青年を探しているんだ。ニカンドロという名前で、最近まで俺のパーティにいた」
「ニカンドロさん、ですか?」
「知っているのか!?」
「いえ、お名前を聞いたことがあるような気がしただけです」
「そうか……」
受付の女性は申し訳なさそうに喋り出す。
「個人の行き先については、こちらからお伝えできません」
「いや、俺はただ、話がしたいだけなんだ。謝りたくて……」
「ご本人が望まれていない場合は、こちらから連絡を取ることもできません」
「それは、連絡拒否をするためにここへ来たと言うことか」
「えっと……、個人情報ですので」
やっぱりニカンドロは生きている。そしてわざわざ連絡を拒否する手続きをとった。ニカンドロが、わざわざそこまでするだろうか。ニカンドロと一緒にいるという男のしわざだ。
しかしニカンドロが俺と会いたくないと思っていたら、ギルドに頼んでも無駄だ。ニカンドロが新しいパーティーを申請していないかきいたが、それも答えられないと言われた。
今度は宿屋だ。あいつがどこかに泊まっているなら、宿屋の主人が知っているかもしれない。最初に入った宿屋では、何も分からなかった。二軒目でも駄目だった。三軒目でようやく、主人が思い出したように口を開いた。
「そういえば、黒髪の青年なら、さっき歩いていたな。三人で」
「三人?」
「ああ。そいつと一緒に、シーフっぽい男と神官もいたと思うぞ」
俺は息をのんだ。
新しい仲間か?
いや、早すぎる。追放されてから、まだそれほど時間は経っていないはずだ。だが、追放ものの主人公なら、都合よく新しい仲間と出会っても不思議ではない。
俺の脳裏に、前世で見たアニメの展開が浮かんだ。追放された主人公が、新しい仲間と楽しく冒険する。元の仲間たちは、主人公の実力に気づかないまま、少しずつ追い詰められていく。最後には、主人公が大活躍する姿を見て激しく後悔する。
「……まずい」
俺は宿屋の主人につかみかかりそうになり、慌てて手を引っ込めた。
「そいつらは、どっちに行ったんだ!?」
「ええと、露店の並んでいる通りだったかな」
俺は再び走り出した。
露店の並ぶ通りは、人であふれていた。食料品を売る店、衣服を売る店、旅道具を扱う店。あちこちから呼び込みの声が聞こえる。
俺は人混みの中を進みながら、黒髪の青年を探した。
すると、通りの向こうに3人組の冒険者が見えた。
黒髪の青年とシーフっぽい男、白い服の少女。
人混みのせいで顔までは見えない。だが、黒髪の青年は剣を背負っている。歩き方も、どこか見覚えがあるような気がした。
「おい、待て!」
俺は3人組のほうへ向かおうとした。
ところが、目の前を荷車が横切った。
「すみません、通りますよ!」
「どけよ! クソが!」
荷車を避けて反対側へ回り込む。その間に、3人組の姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。
「あぁっ……!」
俺は周囲を見回した。右にも左にも、それらしい姿はない。いや、まだ近くにいるはずだ。そう遠くへ行けるはずがない。
俺は通りの端から端まで走った。露店の隙間をのぞき、横道を確認し、通りを歩く人々の顔を片っ端から確かめる。
だが見つからなかった。
その頃、ニカンドロたちは通りの反対側を歩いていた。
「レイス、次はどうするんだ?」
「そうだね。ひとまず、必要なものをそろえようか」
「私も手伝います」
ニカンドロ、レイス、リズの3人は、買い物を済ませながら次の行動について話していた。
すぐ近くの横道を、セイラムが駆け抜けていく。
ニカンドロは走り去る人影を見て、わずかに首をかしげた。
「……今、誰かに呼ばれた気がしたんだけど」
「気のせいじゃない?」
レイスは何でもないように答えた。ニカンドロは少し考えたあと、うなずいた。
「そうだな」
3人はそのまま歩き出した。
セイラムが角を曲がるたび、ニカンドロたちは反対側の道を歩いていた。セイラムは知らない。自分が必死になって探している相手が、ほんの数十歩先を歩いていたことを。そしてニカンドロも知らない。自分を追放した男が、街中で知らない人に何度も頭を下げながら、必死に自分を探していることを。
「……危ない、危ない」
レイスだけが知っていた。レイスはたくみにニカンドロとリズを誘導してセイラムとはちあわないようにしていた。
「ちくしょう。……もう帰りたい」
弱音が漏れた。だが、帰るわけにはいかない。ニカンドロをこのまま放っておけば、俺は将来、あいつに復讐されるかもしれないのだ。
いや、復讐されると決まったわけじゃない。
でも、もしそうだったら?
「……ニカンドロ、頼むから戻ってきてくれ」
空を見上げた。神様がいるのなら、どうか俺を助けてほしい。俺はただ、ざまぁされる未来を避けたいだけなんだ。




