第1話 原作の追放イベントを見届けます
「……これはまさか、異世界転生というやつか」
目を覚ました僕は、最初にそう思った。身体が小さい。腕も短いし、足も短い。起き上がろうとしても思うように身体が動かない。
「あー……」
声を出してみる。
「あぅ」
……うん。どう考えても赤ちゃんだ。
前世の最後の記憶を思い返してみる。僕は自宅で、いつものようにWeb小説を読んでいた。寝る前に少しだけ読むつもりだったのに、気づけばかなり遅い時間になっていて……。そこから先の記憶がない。そして目を覚ましたら、赤ん坊になっていた。
異世界転生。
まさか自分が経験することになるとは思わなかった。
それから僕は、この世界で少しずつ成長していった。最初に覚えたのは、自分の名前だった。
「レイス」
母親が何度も僕をそう呼ぶ。その名前を聞いたとき、少しだけ引っかかった。けれど、まだ気にしなかった。異世界には普通にありそうな名前だし。
ところが、ある日。僕は自分の苗字がイグニスだと知った。その名字を、僕は知っている。前世で僕が何度も読んだWeb小説に登場する設定と一致している。
レイス・イグニス。
そして両親の名前まであの作品と同じ。
偶然かもしれない。そう思おうとした。けれど、その後に聞いた国の名前や街の名前、魔物や勇者についての話まで、前世で読んでいた物語と一致していった。
「……まさか」
僕はようやく理解した。
前世で大好きだったWeb小説。
『勇者パーティに「無能」と追放された雑用係、たまたま抜いた呪いの剣が伝説の聖剣だった件〜ただ静かに暮らしたいだけなのに、魔王軍を壊滅させたら国を挙げて大英雄と崇め奉られてしまいました〜』
僕は、その世界に転生したのだ。
レイス・イグニス。主人公ではない。つまり勇者でもない。物語の途中から主人公たちと行動を共にする、シーフの脇役だ。そして魔王との決戦で死ぬ。
「……最高じゃないか」
普通なら絶望するところだろう。
でも僕は違った。僕は、この作品の大ファンだった。何度も読み返した。好きな場面は全部覚えている。レイスが仲間たちを逃がすために魔王の前に残り、最後まで笑って戦うあの場面なんて、何度読んでも泣いた。
だからこそ、僕は決めた。
原作どおりに進めよう。
僕は主人公じゃない。脇役だ。でも脇役には脇役の役割がある。原作のレイスとしての人生を全うし、美しく散ってやろうじゃないか。
「まずは……、シーフの特訓だ」
ところが、そこには一つ問題があった。
「レイス。お前は剣士になれ」
父の言葉だった。ここで剣士になってしまったら、原作と違う。それだけは絶対に避けたい。
「男なら剣を持て。俺も剣士だ。お前にも剣の才能があるに決まっている」
「えー、興味ない」
「そう言わずに、一度振ってみろ」
父親から木剣を渡された。仕方なく振る。
「……どうだ?」
「普通」
「普通?」
父親が少し悲しそうな顔をした。
……まずい。
別に父親を悲しませたいわけじゃない。僕がシーフを目指していることを理解してもらう必要がある。……いや、別に理解してもらう必要もないか。
「分かった。練習する」
「本当か!」
父親の顔が明るくなる。それから僕は、毎日のように剣の練習をした。父親の前では真面目に剣を振る。型を覚える。剣術の基礎も教えてもらう。父親は満足そうだった。
「ずいぶん上達したな。将来は立派な剣士になれるぞ」
「……そうだね」
笑って答える。
そして父親が寝静まった夜。僕はこっそり部屋を抜け出した。
短剣を握る。気配を消す。足音を殺して歩く。物陰から物陰へ移動する。罠を作り、解除する。鍵を開ける。暗闇の中で周囲を探る。
「こっちが本命」
僕はシーフとしての訓練を続けた。僕には原作を守るという明確な目的がある。シーフとしての力は、必ず必要になる。
そしてまた数年が経った。僕は原作のレイスと同じように、シーフとしての技術を身につけていた。剣もそこそこ使える。けれど、僕にとって剣はあくまで保険だ。
本命はシーフ。にしても、強くなりすぎた気がする。まあいいか。
そしてついに、原作の本編が始まった。僕は遠くから、一人の少年を見つめていた。
ニカンドロ・ゼーファ。
原作の主人公。未来の勇者。僕が前世で何度も読んだ物語の中心人物。そして彼は、原作どおりに勇者候補のいるパーティで活動していた。
「順調だ」
僕は物陰から様子を眺めていた。これまでのところ、完全に原作どおり。ならば、この先も問題ないはず。ついに原作でも印象に残っているあの場面がやってきた。ニカンドロはダンジョンの奥地で追放されるのだ。
「お前は役に立たない」
「雑用しかできないなら、このパーティーにいる意味がねえ」
「出ていけ」
僕は、少し離れた場所からその様子を見ていた。胸が痛む。当然だ。パーティーメンバーからあんな言葉を浴びせられて、平気でいられるわけがない。
けれど僕は動かなかった。まだ僕が出る場面じゃない。ここは我慢。原作どおりでなければ。
「……頑張れ」
小さく呟いた。
勇者候補とされるセイラムの拳が飛んだ。
「ぐっ……!」
ニカンドロの身体が地面に倒れる。
「お前みたいな無能、ここで野垂れ死ぬのがお似合いだ」
蹴りが入る。
ニカンドロは必死に身体を起こそうとする。
「やめろ……」
「何だ? 反抗するのか?」
また殴られる。
「…………」
僕は拳を握った。原作では、この場面はそこまで詳しく描かれていなかった。もっと簡潔に、追放されたことだけが描かれていたはずだ。
だから僕は知らなかった。ここまで酷いことをされていたなんて。
「…………」
助けたい。でも、ここで出ていくと原作と違う展開になってしまう。それだけはできない。僕は原作ガチ勢なのだ。
どうせこいつらは、ゆくゆくざまぁされる。
ニカンドロが殴られる。蹴られる。それでもなんとか必死に耐えた。全部を見届け、ようやく彼らがニカンドロの元から立ち去った。
「…………」
僕は物陰から出た。さも今見つけたかのように、地面に倒れているニカンドロへ近づく。
「どうしたの、大丈夫!?」
腫れた顔で、ニカンドロが僕を見る。
「僕はレイス」
「レイス……?」
「うん」
僕は用意しておいた鞄から、一本の瓶を取り出した。
「これ、飲んで。ポーション」
少しエリクサーも混ぜている。
ニカンドロが目を見開く。飲ませてあげると、みるみるうちに傷が消えていく。腫れていた顔も、切れていた唇も、身体中の傷も、きれいに元通りだ。
「どうして……」
ニカンドロが僕を見る。
「どうして俺を助けてくれるんだ?」
「どうしてって、たまたま見つけて。放っておけないよ」
「でも俺は……、無能だ」
君がそう思ってるのを僕は知ってる。でも本当は勇者になれる素質があるよ。
「俺は雑用しかできない。戦えない。役に立たない。だから追放された」
ニカンドロはうつむいた。
「俺には、何もない」
「そんなことないよ」
僕は即答した。
「君は未来の勇者だ」
「……え?」
「君は、絶対勇者になれる」
なんせ、主人公なのだから。僕は君を陰から支える脇役だ。だから君が勇者になるまで、僕は君の隣にいる。……まあ、最終的には君を置いて先に死ぬんだけど。
僕の言葉を聞いたニカンドロは、しばらく黙っていた。
「……ありがとう」
原作には無かったセリフだけど、原作だって全ての会話を書いているわけではない。言うべきことは言ったし、多少セリフを追加してもいいはずだ。
てことで、僕はとても満足していた。




