第11話 原作ではここで僕が死ぬはずなんだが
魔王城の回廊を進んでいると、突然、背後から強烈な魔力が膨れ上がった。
「……!」
振り返る。次の瞬間、壁の一部が吹き飛び、黒い魔力を纏った何かがこちらへ飛んできた。僕は簡単に避けられた。けれど、ここで避けるわけにはいかない。原作では、ここでレイスが負傷する。僕はわざと反応を遅らせた。
「――っ!」
黒い魔力が左腕を切り裂いた。鮮血が飛び、床に赤い跡を残す。痛みはほとんどない。自分で傷の深さを調整したのだから当然だ。戦闘を続けることはできる。でも、見た目には十分な傷になっている。
「レイス!」
ネッサが魔法で倒す。
「大丈夫。ちょっとかすっただけだよ」
僕はそう言いながら、左腕を押さえた。そして、ゆっくりと壁に背中を預ける。これでいい。あとは、原作どおりに僕がここに残ればいい。
「ごめん。僕はここまでみたいだ」
深さも、出血量も計算してある。戦えないほどではない。でも、仲間を置いていく理由としては十分だ。……完璧。これで原作どおりに僕だけが残ればいい。
「レイス! しっかりしろ!」
ニカンドロが駆け寄ってくる。
「大丈夫。ちょっと休めば動けるようになるよ」
「そんな傷で何を言っているんだ。肩を貸すから一緒に行こう」
「いや、僕がいたら君たちの足を引っ張る。先に行っていてくれないかな」
「置いていけるわけがないだろ!」
……あれ? おかしい。原作では、ここで僕は一人になる。なのに、ニカンドロは離れようとしない。リズまで僕の傷を調べ、ネッサまで僕をじっと見ている。
「本当に、その怪我だけなんですか?」
「うん。大したことないよ」
「嘘です」
即答だった。ネッサも「あなた、自分だけが残ろうとしているでしょう」と言う。まずい。どうして分かるんだ。僕はただ、原作どおりに死にたいだけなのに。いや、正確には死にたいわけじゃない。原作のレイスがここで死ぬから、僕もそうするだけだ。
僕はこの物語が好きだった。レイスの死をきっかけにニカンドロが最後の力を振り絞り、魔王を倒して英雄になる。あの展開が好きだった。だから僕は、この瞬間をずっと待っていた。ここまでニカンドロを鍛え、仲間を集め、魔王城まで連れてきた。あとは僕が退場するだけだった。なのに……。
「レイスさん。お願いです。私たちと一緒に来てください」
リズが僕の手を握る。ネッサも僕の腕を離さない。
「あなたを一人にするつもりはないわ」
「俺もお前を置いていかない」
ニカンドロまで言った。
「お前が動けないなら、俺たちもここに残る」
「それじゃあ、魔王を倒せないよ」
「それでも構わない!」
困った。ものすごく困った。僕がここで死ななければ、ニカンドロはどうなる? 勇者になれない。原作の感動的な結末も消える。僕が積み上げてきたものまで全部無駄になる。それだけは嫌だ。
……でも、どうしてこいつらは、そこまで僕を気にするんだ?
原作のレイスは、こんなふうに引き止められていなかった。そもそも、原作の僕とこいつらは、こんな関係じゃなかったはずだ。
「……頼むから、先に行ってくれないかな」
その瞬間、回廊の奥から重苦しい魔力が流れ込んできた。空気が震える。僕は思わずそちらを見る。
来た。魔王だ。
……いや、待って。まだ三人ともここにいる。どうするんだ、これ。僕が一人で残るどころか、全員まとめて魔王と戦う流れになっている。原作と違う。完全に違う。そして回廊の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「人間ども。よくぞ、ここまで来たな」
低い声が響く。




