第10話 魔王城まで来ちゃったんだけど
教会が崩壊したあと、町は大混乱になった。突然、教会が跡形もなく崩れたのだから当然だ。兵士たちが集まり、瓦礫の撤去が始まり、僕たちはその場で事情を聞かれることになった。司祭は保護され、僕たちも教会の地下で何があったのかを説明する。ただし、魔族の魔力が残っていることについては、ネッサが詳しく話してくれた。
「この魔力は、普通の魔法じゃないわ」
ネッサは黒い魔石を手にしたまま言った。
「魔族が使う魔力よ。それも、かなり強い」
僕は黙って魔石を見る。
教会が魔王軍に利用されていた。それ自体は、十分にあり得る話だった。というか、原作通りだった。ただ展開が異なる。
ニカンドロが言った。
「魔王軍が何かを企んでいるなら、放っておけない」
「ニカンドロさん……」
リズが心配そうに彼を見る。そのときだった。
「俺も行く」
セイラムが口を開いた。
「……え?」
ニカンドロが振り返る。セイラムは、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「俺がニカンドロを追放した。そのせいで、お前まで今回の事件に巻き込まれたのかもしれない。だったら、最後まで俺も付き合う」
原作では、ここでセイラムとニカンドロは完全に決別する。
セイラムは勇者候補として自分の道を進み、ニカンドロは新しい僕ら仲間たちと冒険を続ける。そしてざまぁする。二人がこんな形で再び一緒に行動するなんて、僕の知っている原作には存在しない。
「……分かった。一緒に行こう」
ニカンドロが頷いた。
「ニカンドロ……」
「今回のことは、俺たちだけの問題じゃないからな」
セイラムは少し驚いた顔をしたあと、静かに頷いた。
「ありがとう」
僕は頭を抱えたくなった。
どうしてこうなった?
セイラムは追放した相手を追いかけてくるし、ニカンドロは普通に受け入れるし、ネッサは原作より早く仲間になりそうだ。
原作から外れすぎだろ。
それでも、魔王軍が動いている以上、僕も放っておくわけにはいかなかった。僕たちは魔王城を目指すことになった。
その直後だった。
「伏せて!」
ネッサが叫んだ。
空から黒い光が降ってきた。僕は反射的に魔力を広げてシールドを張る。
轟音。地面が大きくえぐれ、砂埃が舞い上がった。
「な、なんだ!?」
ニカンドロが剣を抜く。僕は周囲を見回した。攻撃された。しかも、狙われたのは僕たちではない。
「司祭様!」
リズが叫んだ。黒い光は司祭を狙っていた。僕はすぐに司祭の前へ移動し、もう一度魔力の壁を作った。二発目の攻撃が飛んでくる。防ぐ。三発目。防ぐ。
攻撃が止まった。
「……今の」
ネッサが周囲を見渡す。
「向こうは、私たちの位置を把握している」
僕も同じことを考えていた。魔王軍は僕たちを見つけている。そして、司祭を狙っている。
「どうして司祭を……?」
リズが呟く。僕には分からない。原作では、こんな戦いは起きない。教会の事件が終わったあと、ニカンドロたちは次の目的地へ向かうわけだが、こんなところで魔王軍から狙撃されることなんてない。
ニカンドロは真っ直ぐに僕を見る。
「すぐにでも魔王を倒しに行こう」
駄目だ。それは駄目だろ。原作では、魔王城へ行くのはもっともっと先だ。こんな序盤で行く場所じゃない。だが僕たちは、魔王城を目指すことになった。
それからの旅は、決して楽なものではなかった。魔王領へ近づくほど、魔王軍の襲撃は激しくなっていく。森を抜ければ魔族。山を越えれば魔物。夜になれば、黒い影が襲ってくる。
だけど僕がいる。敵の気配を先に察知し、敵の動きを止める。魔法で足を縛り、攻撃の軌道を逸らし、隙を作る。
「今だ、ニカンドロ!」
「分かった!」
ニカンドロが駆ける。そして最後の一撃を叩き込む。敵が倒れる。
「やった!」
ニカンドロが嬉しそうに笑った。
「また倒せた!」
「うん。かなり強くなったね」
僕はもう現状で満足することにした。世界は原作から外れている。外れまくっている。でも、ニカンドロが成長しているなら問題ない。僕がやることは変わらない。未来の勇者を、英雄にする。それだけだ。
セイラムは途中でいい具合にリタイアして街に戻っていった。ナイス。
そうして長い旅を続けた僕たちは、ついに魔王領の奥へと辿り着いた。
目の前に、巨大な城がそびえ立っている。黒い外壁。空へ伸びる無数の塔。城そのものから放たれる、重苦しい魔力。
魔王城。
「……ここが」
ニカンドロが呟いた。リズも息を呑む。ネッサは城全体を観察している。僕は、ただ黙って魔王城を見上げていた。
ここまで来ちゃったか。
本来なら、ここへ来るまでにはもっと多くの物語がある。
ニカンドロはもっと成長している。いくつもの事件を乗り越え、その果てにようやく魔王城へ辿り着く。
それが原作だった。なのに、もう僕たちは今ここにいる。
「行こう」
ニカンドロが言った。僕たちは魔王城へ入った。長い回廊が続いている。黒い石造りの壁。等間隔に並んだ燭台。床に刻まれた紋様。
僕は足を止めた。
「……」
知っている。全部、知っている。前世で何度も読んだ。原作の魔王城。その描写と完全に一致している。僕はゆっくりと周囲を見回した。
この先の展開も、もちろん僕は知っている。
原作どおりなら、この場所で僕は死ぬ。ようやく、自分の役目が来た。僕は英雄の引き立て役になる。




