第9話 原作どおりに進まないんだけど
気がついたとき、僕たちは瓦礫の下にいた。教会が崩壊した衝撃で、周囲には大量の瓦礫が積み重なっている。普通なら、こんな状況に巻き込まれれば無傷では済まない。僕はすぐに魔力を広げ、ニカンドロ、リズ、司祭の三人を包み込んだ。落下してくる瓦礫をすべて魔力で受け止める。これで大丈夫。誰も怪我をしていない。
「全員、無事?」
「俺は大丈夫だ。リズは?」
「私も大丈夫です。司祭様も……」
「う……」
司祭も意識を取り戻した。よかった。少なくとも、ここまでは何とかなった。
問題は脱出だ。僕は短剣を抜き、目の前に積み重なった瓦礫を切り崩していく。大きな石を斬り、崩れた壁をどかし、外へ続く道を作る。ニカンドロも手伝おうとしたけれど、「ここは僕に任せて」と言って先に進んだ。しばらくして、瓦礫の向こうから光が見える。
「出口だよ」
僕たちは順番に外へ出た。
そして、僕は言葉を失った。教会が、完全に崩壊していた。壁も、屋根も、塔も、ほとんど原形を留めていない。さっきまでそこにあったはずの建物が、大量の瓦礫へと変わっている。
「……なんで」
思わず声が漏れた。
原作では、こんなことは起きない。教会は崩壊しない。司祭から話を聞き、教会の裏側に隠された秘密を知って、それから事件を解決していく。少なくとも、僕の知っている原作ではそうだった。
どう考えても、おかしい。
「レイス?」
「……なんでもないよ」
ニカンドロに声をかけられ、僕は笑って誤魔化した。
そのときだった。
「……すごいわね」
背後から声がした。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。手には魔法使いの杖。崩壊した教会を冷静に観察しながら、周囲に残った魔力を調べている。
「君は?」
ニカンドロが尋ねる。
「ネッサ・ヴァレリア。魔法使いよ」
その名前を聞いた瞬間、僕は固まった。
知っている。
原作に登場する魔法使いだ。もちろん、原作ではこんなところで出会わない。もっと先でニカンドロたちと合流するはずだった。
まただ。また原作からズレた。
「……妙ね」
「何が?」
リズが尋ねる。
「これだけの崩壊なら、普通は生存者がいても重傷者が出る。なのに、あなたたちは全員無傷」
まずい。僕は何でもないように笑った。
「運がよかったんじゃないかな」
「運?」
「うん。たまたまだよ」
ネッサは僕を見る。
「……本当に?」
「本当だよ」
僕は笑顔を崩さない。けれど、ネッサは納得していないようだった。その視線が、僕の身体を上から下まで観察している。まるで何かを探しているみたいだ。
「あなた……」
「うん?」
「何かした?」
「何もしてないよ」
即答する。ネッサはしばらく僕を見つめたあと、何も言わずに視線を逸らした。危なかった。魔法使いというのは、どうしてこういうところが鋭いんだろう。
そのとき、ネッサが瓦礫の中から黒い石を拾い上げた。
「これは……」
黒い石には、わずかな魔力が残っている。ネッサが触れた瞬間、その表情が変わった。
「魔族の魔力……?」
ニカンドロが反応する。
「魔族?」
「ええ。しかも、かなり濃いわ」
僕も石を見る。そんなもの、原作には出てこなかった。教会と魔族が繋がっていたなんて設定もない。ネッサはさらに魔力を探るように目を閉じる。
「この魔力、どこかへ流れてる」
「どこに?」
ニカンドロが聞く。ネッサはしばらく黙っていた。そして、遠くを見る。
「……魔王領」
その言葉を聞いた瞬間、僕の思考が止まった。
魔王領。
原作で魔王軍が本格的に動き始めるのは、もっとずっと先だ。ニカンドロが力をつけ、いくつもの事件を乗り越えたあと。そこからようやく魔王軍との戦いが始まる。
それなのに今、この世界ではまだ序盤なのに魔王軍が動いている。
「どうなってるんだ……」
そのとき、遠くの空で巨大な魔力が膨れ上がった。黒い光が一瞬だけ空を染める。
ニカンドロが顔を上げた。
「なんだ、あれ……」
ネッサも空を見上げる。
「魔王軍が動いたわね」
僕は黒い空を見つめた。原作では、まだこんなことは起きない。僕の知っている原作から、世界がどんどん離れていく。




