魔法の力の種明かし
氷と炎がぶつかり合う死闘の末、俺はなんとかクルーガー大佐を無力化することに成功した。人智を超えた力を使って、そう易易と立っていられるものはいない。無力化することは難しいことではなかった。
だが、彼を軍の捕虜として引き渡すことはしなかった。
戦線から離れた放棄されたトーチカ(コンクリート陣地)の暗闇の中。俺は血まみれの大佐を鉄柱に縛り付け、その目の前に立っていた。
「……なぜ、チップの存在を知っていた」
俺の問いに、クルーガー大佐はひび割れた唇を歪めて、ヒュー、ヒューと痛ましい呼吸を漏らした。強引に埋め込まれたチップの拒絶反応か、彼の口端からはどす黒い血が絶え間なく溢れている。
「答えろ。あんたは魔法を放つ直前、『祖国の海を返せ』と言ったな。どういう意味だ」
「……魔法、だと?」
大佐は血を吐きながら、心の底から軽蔑するような冷たい笑い声を上げた。
「無知な泥犬どもめ。あんなものを『魔法』だとか『神の奇跡』だと崇めているのは、世界でお前たちアーベントの馬鹿共だけだ。無から有が生まれるわけがないだろう……それはただの、等価交換だ」
「等価交換……?」
「そうだ。その忌まわしい『M.A.G.I.C.』……局地環境搾取システムは、空間を跳躍して『他国から環境エネルギーを根こそぎ強奪し、自国で出力する』という、最悪の寄生兵器だ」
大佐の言葉が、暗く冷たいトーチカの中に響く。
俺は息を呑んだ。意味が、うまく頭に入ってこない。
「お前たちが指先一つで放つその『炎』は、我が国シャトラの大気から急激に酸素を奪い取り、燃焼させている。お前たちが降らせるその『雨』は、我が国の湖や川から強制的に水分を吸い上げたものだ」
大佐は憎悪に満ちた目で、俺の胸ぐらを睨みつけた。
「お前たちが魔法を使うたび、我が国の国土は干からびていく! 木々は枯れ、大地はひび割れ、残された子供たちは泥水をすすって死んでいく!……我々がなぜ、あの重苦しい酸素ボンベと防毒マスクを手放せないのか、考えたこともなかったのか!!」
ガツン、と。
頭を巨大な鉄のハンマーで殴られたような衝撃だった。
敵が狂ったように特攻してくる理由。
どんなに炎で焼かれても、絶対に退かなかったあの執念。
彼らは、国境やイデオロギーのために戦っていたのではない。ただ「息をするため」「水を飲むため」に、文字通り命を懸けて俺たちという悪魔を殺しに来ていたのだ。
「そんな……嘘だ……」
俺は後ずさり、壁に背中を打ち付けた。
じゃあ、俺たちが喜んでいたあの雨は? 枯れた大地に緑が芽吹いたと、国民が歓喜していたあの豊かな国は?
すべて、何万ものシャトラの民を干殺しにして奪い取った、血塗られたユートピアだったというのか。
その時、俺の脳裏に「最も恐ろしい事実」が閃いた。
炎が酸素を。雨が水を奪っているのなら。
「……ま、待て。じゃあ……『自己再生』は……?」
声が、ガチガチと震えていた。
「アイリスの……俺の幼馴染の胸に埋め込まれたチップは、細胞を強制再生させている……あれは、一体何からエネルギーを……ッ!」
大佐は哀れむような、そして絶望的な目で俺を見た。
「動植物の生命力……そして、土壌の養分だ。彼女の肉体が再生するたび、我が国の土地は完全に死滅し、二度と作物が育たない『死の砂漠』へと変貌している」
吐き気がした。
胃袋が裏返るような強烈な吐き気に襲われ、俺は泥の地面に四つん這いになって胃液をぶちまけた。
アイリスは、シャトラの子供を庇って撃たれた。
誰よりも優しく、敵国の命すら見捨てられなかったあの少女が。
今、安全な王都のベッドで眠りながら、彼女が助けようとしたシャトラの子供たちから「命を吸い上げて」生きながらえている。
「あぁ……ああぁぁぁぁ……ッ!!」
俺は泥だらけの頭を抱え、獣のように呻いた。
なんという残酷な皮肉だ。
俺が彼女を救うために使った力が。軍の言いなりになって放ち続けた魔法が。結果的に、一番彼女の心を壊す「最悪の罪」を犯させていた。
「俺たちは……英雄なんかじゃない……」
泥の味を噛み締めながら、俺は嗚咽した。
「ただの……世界を食い殺す、バケモノじゃないか……!」
トーチカの暗闇の中、大佐は何も言わず、ただ静かに俺の絶望を見下ろしていた。
神の奇跡(魔法)が崩れ去り、残酷な真実だけが残された、血も凍るような夜だった。




