慢心の代償
それからの数週間、俺たちはまさに「無双」だった。
数十キロの鉄の盾を捨てた俺とカインは、指先一つで戦場を支配した。俺の炎が敵の陣地を灰に変え、カインの呼ぶ豪雨が敵の進軍を泥濘に沈める。
かつて「泥犬」と嘲笑っていた歩兵たちは、今や俺たちに畏怖と敬意の眼差しを向けていた。
最高だった。この力さえあれば、もう誰も死なない。幼馴染のアイリスも、すぐに安全な王都へ送られるはずだった。
だが、俺は知らなかったのだ。奇跡に酔いしれた代償は、最も残酷な形で支払われるということを。
その日、俺たちは前線を押し上げ、敵国シャトラの国境付近まで進軍していた。
後方の野戦病院テントでは、アイリスがまだ負傷者の手当てに追われている。「全員の治療が終わるまでは行かない」と、彼女は王都への出発を渋っていたのだ。
「まあいいさ。俺たちが敵を全部焼き尽くせば、ここは完全に安全になる」
俺はそう嘯き、完全に油断しきっていた。
日が沈みかけた頃だった。
「敵襲! シャトラの決死隊だ!!」
見張りの悲鳴。見れば、ボロボロの軍服に不気味なガスマスクを被った数十人の敵兵が、自らの体に大量の爆弾を巻きつけて突撃してきていた。
狂気の特攻。だが、俺は焦りもしなかった。
「ふん、無駄なことを」
右手に熱を集束させる。重歩兵だった頃なら、仲間を守るためにあの重たい盾を構え、痛みに耐えながら前に出ただろう。
だが今の俺には、敵を近づける前に消し飛ばす力がある。
「——灰になれ!」
俺は、いつもより多めに魔力を込めた極大の爆炎を放った。
轟音。
だが、その直後に起きたのは、敵の消滅という生易しいものではなかった。
俺は自分の火力を過信しすぎていた。特攻隊の巻いていた大量の火薬と、俺の魔法が空中で大連鎖爆発を起こしたのだ。
「なっ……!?」
爆風が竜巻のように膨れ上がり、周囲の岩山を丸ごと吹き飛ばした。無数の鋭い岩の破片が、散弾銃のように後方の味方陣地へと降り注ぐ。
その軌道上には——アイリスのいる野戦病院のテントがあった。
「アイリス!!」
俺は血の気を失い、爆煙の中を駆け出した。
テントは無惨に引き裂かれ、なぎ倒されていた。
土煙の中で、俺は見つけてしまった。
「あ……あぁ……」
逃げ遅れた若い歩兵に覆い被さるように倒れている、アイリスの姿を。
彼女の背中から腹部にかけて、鋭く尖った巨大な岩の破片が、深々と突き刺さっていた。
「アイリス! おい、嘘だろ、アイリス!!」
泥の中に膝をつき、彼女を抱き起こす。手が真っ赤に染まった。
ドクン、と異常な速度で脈打つ自分の心臓が、ひどく冷たく感じた。
俺だ。俺の放った炎が、この岩を吹き飛ばしたんだ。
かつて彼女を守るために構えていた『鉄の盾』を持っていれば、こんなことにはならなかった。力に溺れ、敵を殺すことだけを考えた俺の魔法が、彼女を貫いたのだ。
「レ、オン……」
血を吐きながら、アイリスが弱々しく俺の腕を掴む。その手から急速に熱が失われていく。
「死ぬな! 頼む、死なないでくれ……ッ!」
絶叫する俺の背後に、静かな足音が近づいてきた。
「——嘆くことはない、レオン」
そこに立っていたのは、あの『第零研究施設』の白衣の男だった。男の後ろには、銀色のケースを持った数人の軍医が控えている。
「言ったはずだ。我々のシステムを使えば、どんな致命傷でも繋ぎ止めることができると」
男の視線は、アイリスの命を心配するものではなく、壊れた部品を見るようなひどく冷酷なものだった。
「彼女は今から、君たちの魔法を維持するための『優秀な人質』として生まれ変わるのだ」




