世界を壊す選択
ドロドロに溶けた防爆扉を蹴り破り、俺は『第零研究施設・中枢』へと足を踏み入れた。
無機質で広大な地下空間。その中央に鎮座していたのは、見上げるほど巨大な黒い金属の円柱——脈打つ赤黒い管が無数に這い回る、醜悪な『メインコア』だった。
そして、そのメインコアから伸びる無数のケーブルの先。ガラス張りの培養カプセルの中で、アイリスが静かに目を閉じ、浅い呼吸を繰り返している。
「驚いたよ。まさか、最高傑作であるカイン君を退けてここまで来るとはね」
カプセルの傍らから、あの白衣の男がゆっくりと姿を現した。
男の背後には、重武装の親衛隊が十数名、一斉にアサルトライフルを俺に向けている。
だが、俺の歩みは止まらない。左腕の盾を構え、じりじりと距離を詰める。
「システムはすべて聞いた。その薄汚いデカブツが、シャトラから水と空気を奪い、俺たちのチップへ魔力を送っている心臓だな」
「そうだ。空間跳躍と環境搾取を統括する神の機械。……それをどうするつもりだ、泥犬君?」
「決まってる。木端微塵にぶっ壊して、アイリスを連れて帰る」
俺の言葉に、白衣の男はひどく可笑しそうに肩を揺らして笑った。
「馬鹿め、学のない下級兵士はこれだから困る。……いいか? 彼女の命を繋ぎ止めている『自己再生』のエネルギーは、すべてこのメインコアから供給されているのだぞ」
「……!」
「お前がそのコアを壊せば、魔法の供給ネットワークは完全に沈黙する。当然、彼女の胸のチップも停止し、元の『致命傷を負った少女』に戻る。……つまり、三分と経たずに失血死するということだ」
男の言葉が、冷たい刃となって俺の胸をえぐった。
わかっていた。薄々は気づいていた事実だ。この狂った魔法の恩恵を断ち切るということは、魔法によって生かされているアイリスの命をも断ち切るということだと。
「さあ、どうする? 武器を捨てて土下座しろ。そうすれば、彼女だけは生かして——」
「……ふざけんな」
俺は、三十キロの鋼鉄の盾をギリッと握り直した。
カプセルの中で眠るアイリスの顔を見る。青白く、それでも必死に呼吸をしている彼女の命は、今この瞬間も、敵国の子供たちの命を啜って成り立っている。
「あいつは……他人の血を啜ってまで生きたいなんて、絶対に思わない。そんな呪われた命で生きながらえるくらいなら、人間のまま死ぬことを選ぶ奴だ!」
俺の咆哮と同時だった。
「やれ! 殺せ!」
白衣の男が金切り声を上げ、親衛隊のライフルが一斉に火を噴いた。
無数の銃弾が嵐のように俺に襲いかかる。
「おおおおぉぉぉぉぉッ!!」
俺は鋼鉄の盾を前面に突き出し、銃弾の雨の中を突進した。
ガガガガガンッ!!
火花が散り、強烈な衝撃が腕の骨をミシミシと軋ませる。だが、重歩兵の分厚い盾を小銃の弾で貫通できるわけがない。
俺は銃弾をすべて盾で受け止めながら、一直線にメインコアへと肉薄した。
「なっ……バカな、魔法も使わずにこの弾幕を!?」
狼狽する親衛隊を、盾の突進で次々と撥ね飛ばす。
残るは、見上げるほど巨大なメインコアの装甲だけ。
俺は右手に、自身のチップに残された『最後の魔力』をすべて集束させた。
これが終われば、俺はもう魔法使いではなくなる。
奇跡の時間は、これで終わりだ。
「——これで、全部終わりだァァァッ!!」
極大の炎を纏わせた右拳を、三十キロの盾の裏側から渾身の力で叩きつける。
熱と質量。魔法と重歩兵の力が完全に融合した一撃が、メインコアの分厚い黒鋼の装甲を紙屑のようにブチ破り、内部の駆動中枢を完全に粉砕した。
ドゴォォォォォォンッ!!
鼓膜が破れるほどの爆音とともに、コアから莫大なエネルギーが暴走して吹き荒れる。
光の奔流が施設全体を包み込み、そして——不気味な駆動音を立てていた機械が、完全に沈黙した。
パツン、と。
施設中の照明が落ち、非常用の赤いランプだけが点滅し始めた。
「あ、あぁ……私の、私の奇跡が……!!」
白衣の男が頭を抱えて悲鳴を上げている。
俺の胸の奥でドクンと鳴っていた「悪魔の心臓」も、二度と動くことはなかった。魔法は世界から消え去ったのだ。
だが、歓喜している暇はなかった。
ピーーーーーーッ!!
アイリスの入ったカプセルの心電図が、けたたましい警告音を鳴らし始めたのだ。
「アイリス!」
俺は盾を放り捨て、カプセルを力任せにこじ開けた。
管に繋がれた彼女を抱き起こす。魔法の供給が途絶えた彼女の腹部から、塞がっていたはずの傷口が開き、おびただしい量の血が溢れ出していた。
「アイリス、おい! 目を覚ませ!」
俺は血まみれの手で傷口を強く圧迫したが、血は止まらない。
彼女の体温が、急速に失われていく。
魔法を終わらせた。世界は救った。だが、俺の一番大切な幼馴染は、俺の腕の中で死にかけている。
「くそっ、止まれ! 頼む、死なないでくれ……ッ!」
俺が絶望の涙をこぼした、その時だった。
——ズドオォォォォォンッ!!
地下施設全体が、大地震のような激しい揺れに見舞われた。
真上——つまり、アーベント王都の地上から、凄まじい砲撃の音が連続して響き渡ったのだ。
「な、なんだ!? 敵襲だと!? 魔法の防壁はどうした!」
パニックを起こす親衛隊たち。
当然だ。メインコアが破壊され、魔法の防壁も消え失せたアーベント王都は今、ただの「無防備な都市」に成り下がっている。
瓦礫が崩れ落ちる天井の向こうから、重々しい軍靴の音が聞こえてきた。
そして、非常灯の赤い光に照らされた通路の奥から現れたのは——。
「——本当に壊しおったか、あの泥犬は」
ボロボロのガスマスク。重たい酸素ボンベ。
王都の防衛線を突破し、この地下深くまでたどり着いた、シャトラの決死隊。
その先頭に立っていたのは、包帯まみれの巨体を揺らす、クルーガー大佐だった。




