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魔法が世界を壊した三百六十五日〜愛する者を救うため魔法を手にした重歩兵は、世界を救うために再び「クソ重たい鉄の盾」を構える〜  作者: 祐希ケイト


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愚か者の盾

 圧倒的な水圧が、三十キロの鋼鉄の盾をへし折らんばかりに襲いかかる。


「がああああッ!!」


 地下通路のコンクリート床を、俺の軍靴が削りながら後退していく。腕の筋肉が悲鳴を上げ、皮膚の下で毛細血管が次々と弾けるのがわかった。


「なんで魔法を使わないんだ、レオン!!」

 濁流の向こうで、カインが血を吐くような声で叫んだ。


「お前の『炎』なら、俺の水ごと蒸発させられるだろ! なんであの時みたいに、俺を灰にしようとしない!」


「……そんなこと、できるわけねぇだろッ!」

 盾を構えたまま、俺は一歩、無理やり泥水(コンクリート)を踏み締めて前へ出た。


「俺たちは一緒に泥水をすすって、同じ釜の飯を食ってきた『家族』だ! お前を焼いてまで進むくらいなら、俺はこのクソ重たい盾と一緒に押し潰されてやる!」


「綺麗事言ってんじゃねぇ!!」

 カインの瞳から涙が溢れ、水流の勢いがさらに増す。


 水温が急激に下がり、俺の盾の表面から凄まじい速度で氷結し始めた。刃のように鋭い氷の破片が俺の頬を切り裂き、野戦服を血に染める。


「俺だって……俺だって、あの狂った魔法なんかに頼りたくなかった! でも、これ以外に俺たちが人間らしく生きる方法はなかったんだ! 世界の誰かが死ななきゃ、俺たちが死ぬんだよ!!」


「だからって、アイリスにそんな『血塗られた命』を押し付けて、あいつが笑ってくれると本気で思ってんのか!!」


 俺の怒声に、カインの顔が痛ましげに歪んだ。

 その一瞬の動揺。水圧がわずかに緩んだ隙を、俺は逃さなかった。

 胸の奥でドクンと脈打つチップの「魔力」を、炎への変換ではなく、すべて自身の『脚力』の強化へと強引に回す。


「おおおおぉぉぉぉぉッ!!」


 バキィッ! と床のコンクリートを蹴り砕き、俺は盾を構えたまま砲弾のような速度で距離を詰めた。


「しまっ……!」


 カインが慌てて分厚い氷の障壁を展開する。魔法使い同士の戦いなら、絶対に通らない防御壁。だが。



「俺は、第8重歩兵小隊のレオンだ!!」



 三十キロの鋼鉄の質量と、俺の全速力の突進。

 重歩兵の誇りを乗せた『盾の突撃(シールドバッシュ)』が、カインの氷壁に激突した。


 ガシャアアアアアンッ!!


 神の奇跡であるはずの氷の魔法が、泥犬の持つ無骨な鉄の塊によって粉々に打ち砕かれる。


「がはっ……!」

 盾の平面がカインの胴体にクリーンヒットし、彼は息を詰まらせて数メートル吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちた。

 激しい水流が嘘のように止む。

 静まり返った地下通路には、ひび割れた氷の破片と、俺の荒い息遣いだけが響いていた。


「……あ、あぁ……」

 壁際でうずくまるカインは、肋骨を何本か折ったのか、血混じりの咳をしながら俺を見上げた。


「なんで……盾なんかで……」

「……痛ぇだろ。俺たちの痛みは、これで十分だ」

 俺は血だらけの右手を伸ばし、彼の首筋に手刀を振り下ろした。

 カインは小さく痙攣し、そのまま意識を手放した。殺してはいない。ただ、彼にはもう戦う理由はなかった。

 気絶した親友の横顔を見下ろし、俺は静かに呟く。


「ごめんな、カイン。雨が止んで……もし孤児院のパンがなくなったら、俺がお前らのために、何度でも泥水をすすって稼いでやるよ。だから……許してくれ」


 俺は再び三十キロの盾を左腕に固定し、通路の奥へと歩き出した。

 そこにあるのは、厳重なロックで封鎖された分厚い防爆扉。


『第零研究施設・中枢』。


 他国から水と空気を奪い、俺たちに奇跡と呪いをもたらしている『メインコア』があり、そしてアイリスが眠る場所だ。

 俺は右手にありったけの魔力を集中させ、極大の炎で防爆扉を焼き切った。

 ドロドロに溶けた鉄の向こう側。眩しいほどの白い光に包まれた部屋の奥に、俺がぶっ壊すべき「世界を殺す心臓」が鎮座していた。

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