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ダンジョン配信で死んだことになっている俺、仲間たちが曇っているとは知らない  作者: 座間あぜん


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第7話 災厄級の魔物を圧倒した俺、仲間4人を守るため謎の研究者に協力することに。死んだ人間が魔物に生まれ変わるか、俺の【因果掌握】で調べたいらしい。日本が滅ぶ危険もあるけど、みんなを助けたいんだ。

「おお、まだ間に合ったみたいだな」


俺たちが第45階層に到着すると、目の前では大勢のモンスターが暴れ回っていた。通路の壁には大きな穴が開き、天井から石が落ちている。奥では5人の探索者が、必死にモンスターと戦っていた。


A級探索者パーティー『絶界零区(セクター・ゼロ)』だ。


そのうち2人は怪我をしているらしい。仲間に支えられながら、少しずつ後ろへ下がっていた。


「おーい、助けに来たぞ!」


俺が手を振ると、大きな剣を持った男性が振り返った。


「鳴瀬朔斗? 昨日、死んだってニュースになってた……」

「いやあ、ちゃんと生きてるぞ。まあ、その話は後にしようぜ」


俺は剣を抜こうとした。しかし、レイナが俺の右腕をつかんだ。


「朔斗、待って。先に配信を止めてもらうわ」


レイナは絶界零区のリーダーへ近づいた。


「月虹クロニカの御影院レイナです。申し訳ありませんが、そちらの配信を停止していただけませんか。朔斗の体については、その、色々あって。これ以上、本人の許可なく映像を公開されたくないのよ」


男性は俺を見た。それから、戻ってきた右腕へ目を向ける。


「分かった。助けてもらうんだ。配信くらい止めるよ」


男性が端末を操作した。頭上を飛んでいた配信ドローンのランプが消える。レイナは自分の端末でも確認した。


「ありがとうございます。保存した映像も、協会へ提出する前に私へ連絡してください」

「ああ。分かった」


レイナは俺へ向き直った。


「これでいいわ。ただし、朔斗。血を流すような戦い方は絶対にしないで。あなたの体にグランゼルの血が混ざっていることを知られたら、何をされるか分からないのよ」

「分かってるって。今度は怪我しないように戦うよ」

「……お願いだから、約束を守ってちょうだい」


レイナは俺の右手を両手で握った。こはくも反対側から抱きついてくる。


「朔斗くん、昨日みたいなことはもう嫌だよぉ。あたしたちも一緒に戦うから、絶対に1人で無茶しないでねぇ」

「おう。頼りにしてるぞ」


いぶきが盾を構えた。


「自分が前に出る。お前は後ろから援護してくれ。もう2度と、お前を盾にはさせない」

「分かった。よろしくな」


紫苑さんは刀を抜き、俺の隣へ並んだ。


「アタシもいるんだから、ちゃんと頼ってよね。昨日みたいにアンタ1人で全部引き受けられたら、今度こそ怒るから」

「はは。分かってますよ」


4人とも、ずいぶん心配してくれている。でも、今回は大丈夫だと思う。何しろ、俺には【因果掌握】があるんだからな。


「よし。じゃあ、全員助けようぜ」


俺は剣を構え、モンスターの群れへ走り出した。先頭にいた狼のようなモンスターが飛びかかってくる。鋭い牙が俺の首へ迫った。


俺は【因果掌握】を使う。


牙は俺の肩をかすめて空を切った。そのまま剣を振ると、刃がモンスターの首へ命中する。倒れたモンスターを飛び越え、次の敵へ向かった。右から3匹。左から5匹。背後からも、巨大な虫が迫っている。


「いやあ、ずいぶん多いな」


俺は床を蹴った。正面の3匹を斬り倒し、左へ走る。狼の爪が次々に空を切る。俺の剣は、どれだけ敵が逃げても当たった。剣を振るたびにモンスターが倒れていく。天井を走っていた大きな蜘蛛が、俺へ糸を吐いた。


俺は振り返らずに【因果掌握】を使う。糸は俺の横を通り過ぎ、後ろにいた狼の群れへ絡みついた。


「おお、便利だな」


俺は剣を握り直した。そのとき、通路の奥から巨大な炎が飛んできた。絶界零区の探索者たちが悲鳴を上げる。


「避けろ!」


しかし、負傷した2人は動けない。俺は炎の前へ飛び込んだ。【因果掌握】を使い、炎が飛ぶ向きを変える。巨大な炎は天井へぶつかり、熱い風が通路を吹き抜ける。


「よし。みんな無事だな」


俺が振り返ると、絶界零区の男性が口を開けていた。


「……今、何をしたんだ?」

「スキルですよ」

「スキルって……。あんな大きな炎を、何もないところで曲げたのか?」

「いやあ、俺もまだ使い始めたばかりなんですけどね」


男性は何も言わなくなった。その間にも、モンスターは増えていく。俺は次々に剣を振った。巨大な蜘蛛の脚を斬り落とし、狼の群れをまとめて倒す。床から飛び出してきた虫のモンスターも、頭を狙って剣を突き刺した。気がつけば、100匹以上いたモンスターのほとんどが倒れていた。


「おお。結構片づいたな」


少し離れた場所では、レイナたちも戦っている。


「いぶき、右側をお願い。紫苑さんは左の通路を塞いで。こはくは怪我人の治療を続けてちょうだい」

「了解した」

「任せてよ。アタシだって負けてられないじゃん」

「うん。あたしがみんなを治してあげるねぇ」


いぶきが盾でモンスターの突進を止める。紫苑さんが刀を振るたびに、敵が次々と倒れた。こはくは絶界零区の怪我人へ回復魔法を使っている。レイナも周囲の状況を見ながら、逃げ道を確保していた。やっぱり、仲間と一緒に戦うのは楽しいな。


俺は最後に残った大きな虫のモンスターへ飛びかかった。


「よっと」


剣を振り下ろす。硬い甲殻が割れ、モンスターが床へ倒れた。


「よし。これで終わりかな」

「……朔斗くん、アンタ強すぎでしょ」


紫苑さんが近づいてきた。額には汗が浮かんでいる。


「アタシもかなり倒したつもりだったんだけど、朔斗くん、何匹斬ったの?」

「数えてないですね」

「……アハハ。もう笑うしかないじゃん」


紫苑さんは笑った。しかし、すぐに俺の体を調べ始める。


「怪我してない?」

「してませんよ」

「本当に?」

「ほら」


俺は両腕を広げて見せた。紫苑さんは胸をなで下ろした。


そのときだった。ドン、と大きな音が響いた。床が揺れる。通路の奥で、壁が崩れ落ちた。その向こうから、巨大なモンスターが姿を現した。長い角が何本も生えている。黒い体には硬そうな鎧が何枚も重なっていた。太い腕の先には大きな爪があり、口の中には鋭い歯が並んでいる。


「……でっか」


俺が見上げていると、グランが低い声を出した。


『……やはり、骸喰いか』

「骸喰い?」

『我が生きていたころ、何度も戦った魔物だ』

「へえ。グランの知り合いか」

『知り合いなどではない。あやつは我の敵だった』


グランは、骸喰いについて話し始めた。骸喰いは、ほかの魔物を殺すたびに強くなる。倒した相手の魔力を取り込み、力や速さを増していくのだという。昔、グランが支配していた場所にも、骸喰いは何度も現れた。そのたびに仲間の魔物が殺された。グランが倒した強敵の死体まで奪い、残っていた魔力を食べてしまったこともあるらしい。


『我は何度もあやつを追い払った。だが、戦うたびに強くなり、最後には我の住む場所を奪おうとしたのだ』

「それで、どうしたんだ?」

『斧で体を切り裂き、地下の大穴へ叩き落とした。あれほどの傷を負って生き延びるとは思わなかったが……』

「生きてたんだな」

『……そのようだ』


グランは低い声で続けた。


『それに、様子がおかしい。あやつは強い相手を見れば、どこまでも追いかけてくる魔物だった。だが、今は我の気配を感じても、こちらへ突っ込んでこぬ』

「……確かに」


骸喰いは俺を見ている。しかし、襲ってくる気配がない。まるで、何かを待っているみたいだった。


「まあ、向こうから来ないなら、こっちから行くか」


俺は剣を構えた。骸喰いが大きな口を開く。黒い光が集まり始めた。


「おっと」


俺は床を蹴った。骸喰いが光を放つより先に、口元へ剣を突き刺す。大きな音が響き、黒い光は天井へ向かって飛んだ。岩が崩れ落ちる。骸喰いは怒ったように腕を振り回した。俺は【因果掌握】で攻撃を外し、横から剣を振った。


硬い皮膚が裂け、黒い血が飛び散る。続けて右腕を斬り、左脚を斬る。骸喰いが後退した。


「結構硬いな」

『我が生きていたころでも、あやつを正面から倒せる魔物は我くらいしかおらなんだぞ』

「へえ。じゃあ、俺が倒してやるよっ!」


骸喰いが再び飛びかかってくる。俺はその巨体の下へ潜り込み、腹へ剣を突き刺した。黒い血が床へ広がる。骸喰いは大きな悲鳴を上げ、後ろへ下がった。


「よし。次で終わらせるぞ」


俺は剣を構え直した。しかし、骸喰いは急に動きを止めた。それから、俺ではなく通路の奥へ顔を向ける。


「……ん?」


骸喰いが後ろへ下がり始めた。


「逃げるのか?」

『……おかしい』


グランがつぶやく。


『骸喰いが、自分から戦いをやめるとは……』


骸喰いは俺たちへ背中を向け、壊れた壁の奥へ進んでいく。このまま逃がしたら、また誰かを襲うかもしれない。俺はレイナへ振り返った。


「レイナ、あいつを追いかけたいんだけど」

「……1人では行かせないわ。私たちも一緒に行くから、少し待ってちょうだい」

「おう」


俺は足を止めた。そのとき、骸喰いが壁を叩いた。大きな音が響く。天井から石が落ちてきた。


「危ない!」


俺は近くにいた探索者を抱え、横へ跳んだ。石が床へ落ちる。土ぼこりが広がり、前が見えなくなった。


「朔斗!」


レイナの声が聞こえる。


「大丈夫。こっちは無事だ!」


俺は返事をした。助けた探索者を床へ下ろし、レイナたちのもとへ戻ろうとする。しかし、さっきまであった通路が見つからない。


「あれ?」


右側へ進んでも、知らない場所に出る。左側へ戻ると、また別の通路があった。

おかしいな。さっきまでこんな道、なかったはずだけど。


『……朔斗、気をつけろ』

「どうした?」

『この道は、自然に変わったものではない。何者かが、通路のつながりを変えておる』

「……誰かのスキルってことか?」

『その可能性が高い』

「……」





そのとき、奥から男の声が聞こえてきた。


「そのとおりだよ、鳴瀬朔斗君」


俺は顔を上げた。通路の先に、黒いコートを着た男が立っていた。年齢は40代くらいだろうか。やせた体に、白い顔。目の下には深いくまがあり、片手には小さな手帳を持っている。男は俺を見ると、軽く頭を下げた。


「初めまして。鵺坂史郎という。君に会うために、ずいぶん長い時間をかけて準備してきたんだ」

「……俺に?」

「ああ。君のような存在は、ほかにいないからね」


俺は周囲を見渡した。


「その前に、仲間のところへ戻りたいんすけど」

「今は無理だよ。この通路は、私のスキル【帰路喪失】で出口を変えてある。君がどれほど速く走ろうと、どれほど強く壁を壊そうと、私がつないだ道を進むことになる。もっとも、君なら力ずくで何とかするかもしれないがね。でもよければ、その前に少し話をしないか」


史郎は落ち着いた声で話した。俺は少し考える。


「……話をしたら戻してくれるんですか?」

「君の返答によるね」

「じゃあ、とりあえず聞きますよ」


史郎は笑った。


「君は、ずいぶん素直なんだね」

「そうですか?」

「そうだよ。普通なら、得体の知れない男に道を変えられた時点で、もう少し警戒するものだ」

「いや、警戒はしてますよ。でも、話したいって言うなら、聞いてもいいかなって」

「……なるほど」


史郎は手帳を閉じた。


「では、まず君に聞きたい。君は1年前、この階層で両手に斧を持った災厄級の魔物を倒したね。そのとき、魔物の血が傷口へ入り込んだ。そして昨日、君は死んだあとに生き返り、失われていた右腕まで取り戻した。私はその記録を調べて、1つの疑問を持ったんだ。君は今、自分が何者なのか分かっているのかな?」


俺は少し驚いた。


「……よく知ってますね」

「当然だよ。君の復活映像を外へ流したのは、私だからね」

「……えっ?」


あの映像を流したのは、この人なのか。そういえば、レイナたちも困っていたな。


「それ、やめてほしかったんですけど。俺、検査を受けたら討伐されるかもしれないんですよ」

「知っているとも。人間の体に災厄級の魔物の力が混ざっているのなら、探索者協会は君を放っておかないだろうね。危険な魔物として扱う者も出てくるはずだ。だが私は、君を殺したいわけではない。むしろ、君に生きていてもらわなければ困るんだよ」

「……何でですか?」


史郎は俺を見つめた。


「私は、魔物が死んだ人間の生まれ変わりではないかと考えているんだ」

「……えっ?」


思ってもみなかった話だった。史郎はゆっくりと続ける。


「人間は死ねば、その体を失う。だが、魂まで消えるのかどうかは誰にも分からない。私は長年、ダンジョンの魔物を調べてきた。人間が使うような武器を持つ魔物もいれば、人間の言葉に似た声を出す魔物もいる。だからといって、元人間だと決まったわけではないよ。ただ、死んだ人間の魂が別の体へ移り、魔物として生まれ変わる可能性を、私は捨てきれないんだ」

「へえ……」


俺は腕を組んだ。


「そんなことがあるんですね」

「まだ仮説だよ。証拠を集めても、決定的なものは見つからなかった。だが、君が現れた。人間の体へ魔物の血が入り、死後も意識を保って生き返った男だ。君は人間と魔物の間にある境界を調べるうえで、非常に貴重な存在なんだよ」


なるほど。確かに俺の体は普通じゃない。でも、死んだ人が魔物になるかどうかは、まだ分からないらしい。


「それで、俺に何をしてほしいんですか?」


史郎は笑みを深めた。


「君の【因果掌握】を使わせてほしい。あのスキルは、攻撃が命中するかどうかといった結果に干渉できるようだね。私は、その力が人間と魔物の生まれ変わりにも影響するのではないかと考えている。死んだ人間が魔物になるという因果が本当に存在するなら、そのつながりを君の力で調べられるかもしれない。そうなれば、何十年も追い続けてきた疑問に、ようやく答えが出るんだよ」

「……でも、そんなことできるんですか?」

「分からない。だから実験する必要がある」

「実験?」

「東京ダンジョンの地下には、巨大な魔力が集まる場所がある。そこを起点に、日本各地のダンジョンへ魔力が流れているという説があるんだ。君の力を利用して、その流れへ干渉する。うまくいけば、人間と魔物の関係を調べられるかもしれないと考えている。ただし、失敗すれば日本中のダンジョンに異常が起きる可能性がある。最悪の場合、日本の地上まで魔物に飲み込まれるかもしれないね」


俺は目を丸くした。


「……それ、駄目じゃないですか」

「どうしてだい?」

「日本がなくなるかもしれないんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ、俺はやりませんよ」


史郎はしばらく黙っていた。それから、小さく笑った。


「君ならそう答えると思っていたよ。君は自分の命を失うことには驚くほど無頓着なのに、他人が死ぬことにはずいぶん敏感だからね。1年前は3人の仲間を救うために右腕を失い、昨日は天城紫苑を守るために本当に死んだ。私はその2つの出来事を何度も調べたんだ。君が自分の意思でどんな選択をする男なのか、よく分かったつもりだよ」

「……そうですか」

「だから、君が私の実験へ進んで協力するとは考えていない。君は人を助けるためなら自分を傷つけるが、人を犠牲にして何かを得ようとはしないからね」

「それなら、帰してもらえませんか?」

「残念だが、それはできないんだよ」


史郎は手帳を開いた。そこには、俺たち5人の写真が貼ってあった。レイナ。こはく。いぶき。紫苑さん。4人とも写っている。


「君には、大切な人がいるだろう?」

「……ええ」

「では、その4人が死にそうになったら、君はどうするんだろうね」


嫌な予感がした。そのとき、遠くから大きな音が響いた。


ドン。

ドン。


床が揺れる。グランが叫ぶ。


『……朔斗、骸喰いだ!』

「えっ?」


史郎が手帳を閉じた。


「安心したまえ。あの魔物は私の命令に従う。長い時間をかけて世話をし、強くなるための獲物を与えてきたからね。今では、私の言葉を聞いてくれるようになったんだ。君が先ほど戦ったときも、私が退くよう命じた。もっとも、あれほど簡単に傷つけられるとは思わなかったよ。君は本当に強いね」

「……あの魔物、あんたの仲間なのか?」

「そう考えてもらって構わないよ」

「じゃあ、止めてくださいよ。みんなが危ないんで」


史郎は首を横に振った。


「止めることはできる。ただし、条件があるんだ」


俺は剣を握り締めた。


「……何ですか?」


史郎は静かに答えた。


「お察しの通り、君が私の研究に協力することだよ。あぁ、ちなみに、私を殺すとあれは東京を破壊するほど暴れまわるだろう。そして君は、この場所に閉じ込められる」







「……朔斗?」


レイナは、何度も通路を見渡していた。さっきまで朔斗が立っていた場所には、誰もいない。名前を呼んでも返事がない。いぶきが壁を叩いた。


「朔斗、どこだ! 聞こえているなら返事をしてくれ。自分たちはここにいる!」


こはくも周囲を走り回っている。


「朔斗くん、お願いだから返事してぇ。あたしたち、ちゃんと待ってるからぁ……」


紫苑は刀を握り締め、崩れた通路を見つめていた。


「……おかしいじゃん。アタシ、ちゃんと見てたんだよ。朔斗くん、あそこにいたはずなのに……」


レイナは端末を開いた。地図を確認する。しかし、今いる通路と地図の形が一致しない。


「……どうして?」


何度見ても、そこにあるはずの道が消えていた。1年前も、自分の選んだ道で朔斗を危険にさらした。あのとき、父親を失った日のことを思い出しながら、それでも正しい判断をしようとした。結果、朔斗は右腕を失った。今度は全員で帰ると約束した。なのに、また自分の目の前から消えてしまった。レイナは端末を握り直した。


「……いぶき、朔斗が消えた場所を調べてちょうだい。こはくは負傷者を安全なところへ運んで。紫苑さんは周囲の警戒をお願いします。私は地図と通路の記録を確認するわ。絶対に見つけるから、みんなも諦めないで」


3人はうなずいた。そのとき、通路の奥から大きな音が聞こえてきた。骸喰いが姿を現した。


「……あいつ!」


紫苑が刀を構える。骸喰いは4人を見つめ、大きな口を開けた。いぶきが前へ出る。


「自分が止める。お前たちは下がってくれ!」

「いぶき、無理はしないで!」


レイナが叫んだ。しかし、骸喰いはもう動いていた。巨大な爪がいぶきの盾へぶつかる。いぶきの体が後ろへ押された。


「……ぐっ!」


紫苑が横から斬りかかる。刀が骸喰いの腕へ食い込んだ。しかし、骸喰いは止まらない。大きな口を開き、紫苑へ噛みつこうとする。いぶきが盾で押し返す。こはくは絶界零区の負傷者を後ろへ逃がしていた。


「みんな、早く逃げてぇ! あたしが怪我を治してあげるから、もう少し頑張ってぇ!」


骸喰いの爪が床を砕いた。通路が大きく揺れる。4人は必死に戦った。しかし、朔斗がいない。その事実が、全員の胸を締めつけていた。







「……みんなを襲わせてるのか?」


俺は史郎を見つめた。


「ああ。君が協力してくれれば、すぐに止めるよ」

「……本当にか?」

「約束しよう。少なくとも、私が命令している攻撃は止められる。骸喰いは今の私にとって大切な協力者だからね。無駄に傷を負わせるつもりもないんだ」


俺は考えた。こいつの言葉を、そのまま信じていいのか分からない。でも、グランも骸喰いが命令に従っているように見えると言っていた。それに、さっき本当に骸喰いは戦いをやめていた。


『……朔斗、聞くな。この男は危険だ。お前を利用するつもりで、最初からここへ誘い込んだのだ』

「分かってる。でも、みんなが危ないんだろ?」

『……だが、お前まで危険にさらされるぞ』

「じゃあ、どうすればいいんだ?」


グランはすぐには答えなかった。俺は【因果掌握】を使い、通路の出口へ攻撃が届くように剣を振った。壁に大きな傷がつく。しかし、その奥にも別の通路が続いていた。何度試しても、レイナたちの場所へ戻れそうにない。


史郎は俺を見つめていた。


「君は本当に強いね。私のスキルで閉じ込められても、力ずくで出口を探そうとする。ただし、君がここから抜け出すまでに、仲間たちが生きている保証はない。君が協力してくれれば、私は今すぐ骸喰いへ攻撃をやめるよう命じよう。どんな選択をするかは、君にゆだねるよ」


俺は剣を下ろした。史郎の言うとおり、ここで時間をかけている間にも、みんなが怪我をするかもしれない。最悪の場合、死ぬかもしれない。それは嫌だな。


「……分かりました。協力するんで、ちゃんとみんなを助けてくださいよ」

『朔斗! お前はまた、自分の身を差し出すつもりか!』

「だってさ、みんなが死ぬよりはいいだろ?」

『あいつらがそれを望むと思うのか!』

「……謝るよ」

『お前という男は……』


グランは、それ以上何も言わなかった。


史郎はうなずいた。史郎が手帳に触れる。遠くから聞こえていた大きな音が、少しずつ小さくなった。どうやら、骸喰いが動きを止めたらしい。俺は胸をなで下ろした。


「……よかった」


史郎は俺を見つめていた。


「君は本当に不思議な男だね。自分がこれからどうなるか分からないのに、仲間が助かったと聞くだけで安心してしまう。君のような人間に出会えたことを、私は幸運だと思っているよ」

「……それ、褒めてます?」

「褒めているとも」


史郎は笑った。


「では、行こうか」






骸喰いが急に動きを止めた。4人は驚いていた。さっきまで激しく攻撃していた魔物が、後ろへ下がり始めたのだ。


「……何?」


レイナがつぶやく。骸喰いは4人を見たまま、通路の奥へ歩いていく。紫苑が追いかけようとした。しかし、レイナが止めた。


「待って。あの魔物より、朔斗を探すほうが先よ」

「……分かってるよ」


紫苑は刀を下ろした。そのとき、全員の端末が鳴った。画面には、見知らぬ男の顔が映っていた。


『初めまして。君たちの大切な鳴瀬朔斗君は、今、私と一緒にいるんだ』


レイナが画面へ顔を近づけた。


「朔斗はどこにいるの? 今すぐ返してちょうだい。何かしたのなら、絶対に許さないわ」


史郎は穏やかに答えた。


『彼は無事だよ。少なくとも、今のところはね。君たちを助けるために、私の研究へ協力してくれることになった。実に立派な男だと思うよ。自分がどんな目に遭うか分からなくても、君たち4人の命を守れるなら構わないと言ってくれたんだからね』


4人の動きが止まった。レイナが端末を握り締める。


「また、私たちのために……?」


史郎は続けた。


『私は彼に無理やり命令したわけではないよ。選択肢を与えたんだ。君たちを見捨てれば、彼は自由に帰ることができた。だが彼は、君たちを助けるために私のもとへ残ることを選んだ。君たちは愛されているんだね。自分の未来まで差し出してくれる男など、そう簡単には見つからないよ』


こはくの端末が床へ落ちた。


「あたしたち、朔斗くんを助けに来たんだよぉ……。なのに、また朔斗くんに助けてもらっちゃったのぉ……?」


いぶきが盾を握り締める。


「……お前はどこにいる。自分が代わりに行く。朔斗を返してくれ」


紫苑も画面を見つめた。


「ねえ、アンタ。朔斗くんを傷つけてないよね? もし傷つけてたら、アタシ、絶対に許せないんだけど」


史郎は落ち着いた声で答えた。


『君たちの気持ちはよく分かるつもりだよ。だが、今さら私を責めても仕方がない。鳴瀬朔斗君は自分の意思で私と一緒にくると決めたんだ。それに、彼は君たちを守るためなら何度でも同じ選択をするだろう。君たちを守るためなら、彼はこれからも自分を犠牲にするんじゃないかな』


レイナの顔から血の気が引いた。こはくは両手で口を押さえる。いぶきは盾を持ったまま動けなくなった。紫苑は唇をかんだ。

史郎は最後に言った。


『彼を取り戻したければ、探してみるといい。君たち4人がどこまでできるのか、少し興味があるんだよ』


通信が切れた。

しばらく、誰も動かなかった。最初に口を開いたのはレイナだった。


「……探すわ。あの男が何者なのか、どこに朔斗を連れていったのか、全部調べる。協会が協力してくれなくても構わない。今度こそ、私たちが朔斗を助けるのよ」


こはくが顔を上げた。


「あたしも探すよぉ。朔斗くん、きっとどこかで怪我してるもん。今度こそ、あたしがちゃんと治してあげたいのぉ……」


いぶきは盾を背負い直した。


「自分も行く。あいつを連れ戻すためなら、何でもするつもりだ」


紫苑は刀の柄を握った。


「アタシも同じだよ。もう誰にも朔斗くんを連れていかせないから」





朔斗が姿を消してから、4人は第45階層を何度も調べた。


しかし、朔斗が消えた通路は見つからなかった。


そんな中、探索者協会の調査によって、朔斗が消えた場所には何者かのスキルが使われた痕跡が残っていることが判明した。4人はその特徴を手がかりに、過去に同じような能力を使った探索者を調べた。その結果、固有スキル【帰路喪失】を持つ鵺坂史郎という男が浮かび上がった。


4人は第45階層で起きた出来事と照らし合わせ、史郎が朔斗を連れ去った人物だと突き止めた。そこから、4人は史郎の経歴を調べ始めた。史郎は以前、ダンジョンの魔物について研究していた。特に、死んだ人間が魔物へ生まれ変わる可能性を長年調べていたらしい。


しかし、危険な実験を繰り返したことで研究機関を追放され、その後は行方をくらませていた。さらに、史郎が日本各地のダンジョンを訪れ、魔物の死体や魔力を集めていたことも分かった。


4人は、史郎の研究目的と朔斗の体に共通点があることに気づいた。朔斗はグランゼルの血と融合し、人間と魔物の両方の性質を持っている。さらに、【因果掌握】という特殊なスキルまで手に入れていた。史郎は、その力を自分の研究に利用するため、朔斗を連れ去った可能性が高かった。4人は史郎の過去の研究施設や関係者を調べ、行方を追った。


しかし、史郎も朔斗も見つからなかった。1か月、2か月と時間が過ぎていく。



そして3か月が過ぎた頃、探索者協会から全国へ緊急速報が流れた。


『鳴瀬朔斗を災厄級モンスターに認定。発見次第、討伐せよ』

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