第8話 3か月の実験でボロボロになった俺、殺されて災厄級の魔物に転生。仲間4人にも討伐され日本滅亡。だが【因果掌握】で歴史を変え、4人と結婚して幸せになりました。
鵺坂史郎に連れ去られてから、3か月が過ぎた。
「……なあ、史郎さん。そろそろ帰してくれません?」
俺は目の前に立つ男へ話しかけた。史郎さんはいつもの黒い服を着て、手帳に何かを書いている。ここは東京ダンジョンの地下にある研究施設だ。部屋には大きな機械が何台も置かれていて、床には太い管が伸びている。
俺はその真ん中にある台に寝かされていた。両手足には金属の輪がつけられ、体を動かすことができない。右腕は肩から黒くなっているし、左足は膝から下がなくなっていた。胸にも大きな傷がある。史郎さんの実験に付き合っていたら、こうなってしまった。
グランの力で傷は治るんだけど、最近は治るまでに時間がかかるようになっている。さすがに疲れたな。
「君を帰すには、まだ確かめなければならないことがあるんだよ」
「でも、もう3か月ですよ? みんなが心配してると思うんですけど」
「その仲間たちを守るために、君は私に協力してくれたのだろう?」
「……そうですけど」
確かに、俺は自分からここに来た。レイナたち4人を助けるためだ。あのとき史郎さんは、俺が協力すれば骸喰いを止めると約束してくれた。実際、みんなへの攻撃は止まった。だから、そこは感謝している。ただ、3か月も帰れないとは思わなかった。
「……グラン。みんな、元気かな」
『我に聞かれても分からぬ』
「だよなあ」
『朔斗。もう十分だ。これ以上、この男に従う必要はない』
「でも、また骸喰いを暴れさせたら困るだろ?」
『……お前は、自分の体がどうなっているか分かっておるのか』
「うん。かなりひどいよな」
俺は笑おうとした。しかし、うまく顔が動かなかった。史郎さんは手帳を閉じ、俺の横へ来た。
「鳴瀬君。今日は最後の実験をしようと思っている」
「おっ、本当ですか? じゃあ、終わったら帰れるんですね」
「結果が出れば、君をここに置いておく理由はなくなるだろうね」
「よかったあ」
やっと帰れる。帰ったら、まずはみんなに謝ろう。また心配かけちゃったしな。そういえば、4人から告白された返事もまだだった。あれから3か月もたっている。さすがに待たせすぎだよな。
「それで、今日は何をするんですか?」
「君に死んでもらう」
「……え?」
俺は史郎さんを見た。冗談を言っている顔ではなかった。
「これまでの実験で、君の肉体が死後に再生することは確認できた。しかし、私が知りたいのは肉体のことではない。死んだ人間の魂が、本当に魔物へ移るのかどうかなんだよ」
「……でも、俺がそのまま死んだら困りません?」
「君にはグランゼルの力がある。君が本当に魔物として生まれ変わるなら、その過程を観察できるかもしれない」
「いや、ちょっと待ってください。俺、ちゃんと生き返れるんですよね?」
「それはまだ分からない。だからこそ、確かめる価値があるんだ」
いやいや。そこは分かってからやってほしいんだけど。俺は鎖を引っ張った。金属の輪が音を立てたが、外れなかった。3か月前なら簡単に壊せたと思う。でも、今は腕に力が入らない。
体の中の魔力も、ほとんど残っていなかった。
『朔斗。今すぐ【因果掌握】を使え』
「……分かってる」
俺は目の前の鎖を見つめた。でも、鎖を壊そうとしても何も起きなかった。そもそも、まともに攻撃できない。史郎さんは俺の様子を見て、首を横に振った。
「無理はしないほうがいい。君の魔力は実験装置へ移してある。今の君には、ほとんど残っていないんだよ」
史郎さんが端末へ手を伸ばした。そのとき、部屋の外から大きな音がした。ドン、と扉が揺れる。続けて、男たちの声が聞こえてきた。
「探索者協会だ! 全員、その場から動くな!」
「災厄級モンスターの反応を確認した! 警戒しろ!」
扉が壊れ、武装した探索者たちが入ってきた。俺は顔を上げた。
「おお、助けに来てくれたんですか?」
やった。これで帰れるかもしれない。俺は嬉しくなって、左手を少し上げた。
「すみません、鎖を外してもらえます? ちょっと動けなくて」
しかし、探索者たちは近づいてこなかった。全員が俺を見て、武器を構えている。
「……あれ?」
先頭に立っていた男が端末を確認した。
「対象を発見。鳴瀬朔斗で間違いない」
「確認した。災厄級モンスターとして討伐命令が出ている」
「……討伐?」
俺は首をかしげた。何の話だ?
「すみません。俺、鳴瀬朔斗ですけど」
「分かっている。お前を討伐するために来た」
「いやいや、俺は人間ですよ?」
「お前の体には災厄級モンスターの血が混ざっている。協会はすでに、お前を人間とは認めていない」
「……ええ?」
そんなことになっていたのか。確かに、グランの血が混ざっているのは事実だ。でも、だからって殺されるのは困る。
「待ってくださいよ。俺、ちゃんと話せますし、誰も襲ってないですよ?」
男は答えなかった。代わりに、剣を抜いた。周りの探索者たちも武器を構える。俺は慌てて声を上げた。
「ちょっと待って! せめてレイナたちに連絡させてください!」
「討伐対象の要求には応じられない」
「いや、ほんとに待ってくださいって!」
男が剣を振り下ろした。避けようとしたが、体が動かなかった。胸に刃が刺さる。
「……ぐっ!」
激しい痛みが走った。口から血が出る。俺は何とか顔を上げた。探索者たちは、さらに武器を構えていた。
「……俺、何も悪いことしてないんですけど」
声がうまく出なかった。せめて説明を聞いてほしかった。でも、男はもう1度剣を振り下ろした。体から力が抜けていく。
『朔斗! 目を閉じるな!』
グランの声が聞こえた。分かってる。帰らないといけない。みんなに会わないと。レイナにも、こはくにも、いぶきにも、紫苑さんにも。ちゃんと返事をしてないんだ。
「……ごめん、みんな」
俺は小さくつぶやいた。
「帰れないかも……」
そこで、何も見えなくなった。探索者たちが記録した映像は、その日のうちに全国へ広まった。3か月間行方不明だった英雄が、災厄級モンスターとして討伐された。ニュースでは、その事実が何度も報じられた。映像には、台の上で動けなくなった朔斗が映っていた。助けを求める声も、最後まで自分は人間だと訴える声も、すべて残っていた。
その映像を、4人も見ていた。
「……嘘よ」
レイナは端末を握り締めた。画面の中で、朔斗が胸を刺されている。何度見ても、同じだった。彼は抵抗していない。抵抗できる体ではなかった。3か月前、元気に笑っていた朔斗は、もう自分で起き上がることもできなくなっていた。
「……どうして?」
レイナの声が震えた。
「どうして、誰も助けてくれなかったの……?」
自分が史郎の居場所を突き止めていれば、朔斗はこんな姿にならなかった。最初に第45階層へ向かうと決めたのは自分だった。1年前も、自分が選んだ道で朔斗の右腕を失わせた。今度こそ命まで奪われた。レイナは端末を抱え込み、床に膝をついた。
「私が……また、あなたを……」
隣では、こはくが泣きながら画面を見ていた。
「あたし、治せるよぉ……。こんな傷……」
こはくは画面へ手を伸ばした。
「お願い……。朔斗くんを返してぇ……」
いぶきは壁の前に立っていた。大きな盾を持ったまま、動かない。映像の中では、武器を持った探索者たちが朔斗を囲んでいる。誰も彼を守っていなかった。
「……自分が、あそこにいれば」
いぶきの手が震えた。
「自分が盾を持って、あそこに立っていれば……」
いぶきは盾を床へ置いた。そのまま拳で壁を殴った。何度も殴った。手から血が出てもやめなかった。
紫苑は映像を最後まで見ていた。朔斗が殺されたあと、探索者たちは討伐の成功を報告していた。その中には、笑っている者もいた。
「……ねえ、レイナちゃん」
紫苑はゆっくり立ち上がった。
「アタシたち、3か月も探したんだよね?」
レイナは答えなかった。
「朔斗くん、ずっと待ってたんだよね? アタシたちが助けに来るのを。なのに、あの人たちは殺しちゃったんだ」
いつもの明るい声ではなかった。
「……アタシ、もう許せないや」
4人は、しばらく何も話さなかった。ただ、画面に映る朔斗の最後を見つめ続けていた。そのころ、東京ダンジョンの研究施設では、鵺坂史郎が1人で実験装置を動かしていた。
長年、自分が追い続けてきた仮説。死んだ人間は、魔物として生まれ変わる。その答えが、目の前にあった。鳴瀬朔斗と同じ魔力の特徴が検出されたのだ。黒い魔力が大きく膨らんだ。研究台が壊れ、床に亀裂が入る。やがて、その中から巨大な魔物が現れた。
4本の角。黒い皮膚。両手には大きな斧。グランゼルによく似た姿だった。
「……成功だ」
史郎は笑った。
「私の仮説は正しかった。鳴瀬君、君のおかげで、ようやく証明できたよ」
魔物が史郎を見下ろした。史郎は嬉しそうに近づいた。
「聞こえるかい? 君は死んだあと、別の体で生まれ変わったんだ。自分が誰だったか、覚えているかな?」
魔物は答えなかった。大きな斧を持ち上げる。史郎は足を止めた。
「……なるほど。人間だった頃の記憶は残らないのか」
次に斧が振り下ろされた。史郎は慌てて床へ転がった。背後の研究装置が砕け散る。魔物は大きな声を上げ、施設の出口へ向かった。
東京ダンジョンから、巨大な魔物が地上へ現れた。探索者協会はすぐに討伐隊を派遣した。しかし、魔物は強かった。探索者たちが攻撃しても、巨大な斧で次々に倒されていく。魔法を使う者もいたが、ほとんど効かなかった。
やがて、魔物の正体が全国へ報じられた。鵺坂史郎の研究施設から現れた災厄級モンスター。その魔力の特徴は、死亡した鳴瀬朔斗と一致していた。4人は、その知らせを聞いて現場へ向かった。東京の大通りには、倒れた探索者たちがいた。壊れた車が道路を塞ぎ、建物の壁には大きな傷が残っている。その先に、黒い魔物が立っていた。
レイナは足を止めた。
「……朔斗?」
魔物が振り返った。
4本の角と、巨大な斧。人間の姿とは大きく違っていた。それでも、4人には分かった。あの魔力は朔斗のものだった。
「朔斗くん……?」
こはくが一歩近づいた。
「あたしだよぉ。こはくだよぉ……。迎えに来たんだよぉ……」
魔物は大きな斧を持ち上げた。いぶきが盾を構える。
「こはく、下がれ!」
斧が盾へぶつかった。いぶきの体が後ろへ押される。道路が大きく割れた。
「……ぐっ!」
紫苑が刀を抜いた。
「待ってよ、朔斗くん! アタシたちだって!」
魔物は答えず、再び斧を振り上げる。レイナは必死に叫んだ。
「朔斗! 私よ! レイナよ! お願いだから、思い出してちょうだい!」
しかし、魔物は止まらなかった。4人の声が届いていないようだった。そのうち、魔物は近くにいた避難中の人々へ向かって歩き始めた。
いぶきが前へ出た。
「……止めるしかない」
こはくが首を振った。
「嫌だよぉ! 朔斗くんなんだよぉ!」
「分かっている!」
いぶきの声が震えた。
「分かっているが、このままでは人が死ぬ!」
紫苑も泣いていた。
「朔斗くん、お願い。もう誰も傷つけないでよ……」
4人は何度も呼びかけた。しかし、魔物は攻撃を続けた。ついにレイナが涙を拭った。
「……いぶき。正面から攻撃を受け止めてちょうだい。紫苑さんは右側へ。こはくは負傷者を安全な場所へ運んで」
3人がレイナを見た。彼女の目からも涙が落ちていた。
「……これ以上、朔斗に人を殺させるわけにはいかないの」
4人は戦い始めた。いぶきが巨大な斧を盾で受け止める。紫苑が横から斬り込む。レイナが魔法で動きを止め、こはくが傷ついた仲間を治す。何度も繰り返してきた連携だった。しかし、今度の相手は大好きな朔斗だった。
魔物の体に傷が増えるたび、4人は泣いた。
それでも、攻撃をやめられなかった。最後に、いぶきが斧を盾で押し返した。魔物の体勢が崩れる。いや、それよりも、魔物は攻撃してこない。まるで自分を殺せとでもいうように。レイナが魔法で足を止めた。紫苑が刀を構える。
「……ごめんね、朔斗くん」
紫苑の目から涙が落ちた。
「アタシ、また助けてもらうんじゃなくて、今度こそ助けたかったのに……」
刀が魔物の胸を貫いた。巨大な体が倒れる。黒い魔力が少しずつ消えていった。そして、地面に残ったのは、人間の姿に戻った朔斗だった。
「……あ」
紫苑が刀を落とした。レイナが駆け寄り、朔斗を抱き起こす。
「朔斗! お願い、目を開けて!」
こはくは朔斗の胸に両手を当てた。何度も回復魔法を使う。しかし、傷は治らなかった。
「あれぇ……? どうしてぇ……?」
こはくは泣きながら魔法を続けた。
「治るはずだよぉ……。あたし、ちゃんと治せるもん……」
いぶきは朔斗の横に膝をついた。その手を握る。冷たかった。
「……朔斗」
何度呼んでも返事はなかった。レイナは朔斗の顔を抱き締めた。
「お願い……。もう1度、笑ってよ……」
紫苑は自分の刀を見つめていた。朔斗の血がついている。
「……アタシが、殺したんだ」
紫苑はその場に座り込んだ。
「アタシが……大好きな朔斗くんを……」
4人は朔斗のそばから離れなかった。
それから、日本では大きな事件が続いた。最初に襲われたのは、朔斗の討伐を命じた探索者協会の幹部たちだった。4人は協会本部へ向かった。レイナは討伐命令を出した者たちの名前を調べていた。誰が朔斗を魔物として扱い、誰が殺害を許可したのか。4人はすでに知っていた。
協会の警備員たちは、4人を止めようとした。しかし、止められなかった。いぶきが盾で扉を壊し、紫苑が立ちふさがる探索者たちを倒していく。レイナは幹部たちが逃げられないように建物を封鎖した。こはくは朔斗を殺した者たちの名前を、何度も口にしていた。
4人は協会幹部たちを殺害した。
その後、朔斗の討伐に参加した探索者たちも襲われた。4人は、もう誰の言葉も聞かなかった。
やがて、鵺坂史郎の居場所も突き止めた。史郎は別の研究施設へ逃げ込み、実験の記録をまとめていた。4人が現れると、彼は驚いた顔をした。
「君たちか。鳴瀬君のことは残念だったよ。しかし、彼のおかげで私の仮説は証明された。人間の魂が魔物へ生まれ変わるということを、ようやく確認できたんだ」
史郎は手帳を開いた。そこには、朔斗が魔物として生まれ変わったときの記録が残されていた。
「彼の死は無駄ではなかった。君たちも、そのことは理解してほしいね」
レイナは何も答えなかった。いぶきは盾を握り締め、紫苑は刀を抜いた。こはくは史郎を見つめたまま、泣いていた。4人は史郎を殺害した。研究施設も破壊した。朔斗を苦しめた実験装置は、1台も残らなかった。
しかし、当然のごとく朔斗は帰ってこなかった。
4人は日本中のダンジョンへ向かった。朔斗を殺した人間たちが暮らす国を、もう守りたいと思えなくなっていた。各地の封鎖設備が破壊され、魔物が地上へ出てきた。街が壊れ、人々が逃げ惑う。探索者たちは4人を止めようとしたが、次々に倒された。
レイナはもう作戦を立てるときに、人々の安全を考えなくなっていた。
こはくは治療しなくなった。
いぶきは盾で誰かを守ることをやめた。
紫苑は戦いの中でも笑わなくなった。
4人が望んでいたのは、朔斗が生きて帰ってくることだった。しかし、その願いはもう叶わない。だから4人は、何もかも壊そうとしていた。
「……ん?」
俺は目を開けた。周りには何もなかった。真っ暗な場所に、俺1人が立っている。
「……あれ? ここ、どこだ?」
体を見る。右腕がある。左足も戻っている。研究施設にいたときの傷も、全部なくなっていた。
「……俺、また生き返ったのか?」
『いや。まだ生き返ってはおらぬ』
聞き覚えのある声がした。
「グラン?」
『ああ』
「よかった。お前も無事だったんだな」
グランはしばらく黙っていた。
それから、俺の前に光が現れた。光の中には、見覚えのある街が映っていた。建物が壊れ、道路には大きな穴が開いている。魔物が歩いていて、人々が逃げ回っていた。
「……何だ、これ?」
『お前が死んだあとの日本だ』
「……え?」
俺は画面に顔を近づけた。そこには、レイナたち4人も映っていた。4人とも血だらけだった。レイナは泣きながら魔法を使い、いぶきは大きな盾で建物を壊していた。紫苑さんは刀を振り、こはくは倒れた人々のそばを通り過ぎていく。
「……みんな、何してんだ?」
『お前を失い、心が壊れてしまったのだ』
グランは、俺が死んだあとの出来事を教えてくれた。
探索者たちに殺されたこと。魔物として生まれ変わったこと。記憶を失って人々を襲ったこと。最後には、4人に倒されたこと。そのあと4人が復讐を始め、日本を壊していること。俺は何も言えなかった。そんなことになっていたのか。
「……みんな、俺のせいで?」
『そう簡単な話ではない』
「……俺、ちゃんと帰るって約束したのにな」
俺がまた4人を苦しませてしまった。こんなの嫌だ。
俺は右手を開いた。手のひらに小さな光が現れる。
【因果掌握】。
攻撃が当たるかどうかを変える力。誰が攻撃を受けるかを変える力。今までは、それしかできなかった。でも、俺は考えた。もし、あのとき探索者たちの剣が当たっていなかったら。もし、俺が魔物として生まれ変わっていなかったら。もし、4人が俺を殺さずに済んでいたら。そうなっていたら、みんなは泣かずに済んだはずだ。
「……なあ、グラン。俺が死んだ結果を変えることはできないのか?」
『それは、過去を変えるということだぞ』
「そうだよ」
『そんな力を使えば、何が起こるか分からぬ』
「……でも、やってみたい」
俺は光を見つめた。4人が笑っているところを、もう1度見たかった。レイナに怒られて、こはくにお菓子をもらって、いぶきと模擬戦をして、紫苑さんと一緒にダンジョンへ行きたい。そんな普通の毎日が欲しかった。
「俺さ、ずっと自分が傷つけばみんなを守れると思ってたんだ」
グランは黙って聞いていた。
「でも、それでみんながこんなに泣くなら、もう違う方法を探したいんだよ」
俺は右手を伸ばした。
「みんなが笑ってる未来にしたい」
手のひらの光が大きくなった。体の中から、今まで感じたことのない魔力があふれてくる。
『……朔斗』
「ん?」
『今度こそ自分自身も救え』
俺は笑った。
「おう。分かったよ」
光が俺の体を包んだ。
目の前に、研究施設の景色が見えた。鎖につながれた俺。武器を構える探索者たち。胸へ向かって振り下ろされる剣。あの剣が当たらなければ、俺は死なない。俺が死ななければ、魔物として生まれ変わることもない。
4人が俺を殺すこともない。みんなが苦しむ未来を、変えられるかもしれない。
「……よし」
俺は右手を握り締めた。
「【因果掌握】!」
光が大きく広がった。
俺は目を開けた。
「……あれ?」
目の前には、剣を構えた探索者がいた。胸には何も刺さっていない。俺は研究台に寝かされていた。両手足には鎖がついている。3か月前から続いていた研究施設の光景だった。
ただし、今度は違う。
俺の体には力が戻っていた。探索者が剣を振り下ろす。俺は【因果掌握】を使った。剣は胸を外れ、研究台へ突き刺さった。
「……なっ!」
探索者が驚いた。
「動くな! お前には討伐命令が出ている!」
「いや、ちょっと待ってください」
俺は無理やり鎖を外して、両手を上げた。
「俺、みんなと話したいんですよ。だから、ここで死ぬわけにはいかないんです」
探索者たちは近づいてきた。俺は【因果掌握】を使い、彼らの攻撃が当たらないようにした。誰も傷つけずに武器を取り上げる。全員を壁際へ座らせたところで、史郎さんが逃げようとしているのが見えた。
「おっと。史郎さん、待ってください」
史郎さんが振り返った。
「……どういうことだい? 君の魔力は残っていないはずなのに」
「いやあ、ちょっと色々ありまして」
俺は笑った。
「でも、もう実験は終わりにしましょうよ。俺、帰りたいんで」
史郎さんは答えなかった。俺は彼の手帳を取り上げ、研究施設の記録を確認した。ここで何が行われていたのか。俺が何をされたのか。全部残っていた。これなら、協会にも説明できるだろう。
「……さて、と」
俺は通信端末を手に取った。連絡先には、レイナの名前が残っていた。3か月ぶりだ。ちょっと緊張するな。俺は通話ボタンを押した。レイナはすぐに電話に出た。
「おう。久しぶり!」
しばらく返事がなかった。
『……本当に、朔斗なの?』
「そうだよ。いやあ、帰るのが遅くなっちまってさ」
向こうから大きな音がした。何かが床に落ちたらしい。
『……どこにいるの?』
「東京ダンジョンの地下にある研究施設だよ」
『今すぐ迎えに行くわ! 絶対に動かないでちょうだい!』
「分かった、分かった。待ってるよ」
通話が切れた。俺は端末を見つめた。レイナ、泣いてたな。やっぱり心配かけちゃったか。その後、こはくからも電話が来た。みんな、俺の声を聞いた途端に泣き出した。俺は何度も大丈夫だと伝えた。それでも、誰も信じてくれなかった。まあ、3か月も帰らなかったんだから仕方ないか。
しばらくして、研究施設の扉が開いた。
「朔斗!」
レイナが走ってきた。銀色の髪が大きく揺れている。白い服は汚れ、目は真っ赤だった。
「おう、レイナ!」
俺が手を振ると、レイナはそのまま抱きついてきた。
「……っ!」
「うおっ!」
かなりの勢いだった。レイナは俺の胸に顔を押しつけ、泣き始めた。
「生きてる……。本当に、生きてるのね……」
「おう。ちゃんと生きてるぞ」
「あなた、また私たちを置いて……!」
「ごめんって」
こはくも走ってきた。
「朔斗くぅぅん!」
小さな体で思い切り抱きついてくる。俺は慌てて受け止めた。
「こはくも久しぶり!」
「ばかぁ……! 3か月もいなくなっちゃ嫌だよぉ……!」
「うん。ごめんな」
こはくは俺の右腕を握った。何度も触って、傷がないか確かめている。いぶきは少し離れたところに立っていた。大きな盾を背負い、俺を見つめている。
「いぶき?」
俺が呼ぶと、いぶきは近づいてきた。そのまま俺の前に膝をついた。
「……すまなかった」
「えっ?」
「自分はまた、お前を守れなかった」
「いやいや。みんなが無事なら、それでいいって」
いぶきの目から涙が落ちた。
紫苑さんが近づいてきた。いつものように笑っている。でも、目には涙がたまっていた。
「……朔斗くん」
「紫苑さん。久しぶりです」
「うん。久しぶり」
紫苑さんは俺の顔を見つめた。
「アタシさ、3か月ずっと考えてたんだよ。あのとき、朔斗くんを1人にしなければよかったって」
「いや、紫苑さんたちが助かってよかったですよ」
「……もう」
紫苑さんは笑ったまま泣き始めた。
「ほんと、そういうところだよ……」
4人が俺に抱きついている。身動きが取れない。でも、悪くないな。やっと帰ってこられたんだから。俺は4人を抱き締めた。
「みんな、ごめんな。もう大丈夫だからさ」
その言葉を聞いた4人は、さらに泣き始めた。研究施設に残されていた記録は、探索者協会へ提出された。史郎さんが俺を実験に利用していたこと。俺が自分から人間を襲ったことはないこと。3か月間、施設に閉じ込められていたこと。すべて確認された。
協会は調査をやり直し、俺への討伐命令を撤回した。史郎さんは逮捕された。日本も無事だった。どうやら、歴史を書き換えることには成功したらしい。あのとき見た、壊れた街も、泣きながら戦っていた4人も、もういない。
誰も死なずに済んだ。よかった。俺はようやく安心できた。
それから数日後。
俺たちは5人で家に帰っていた。久しぶりの自分の部屋だ。ソファも、テーブルも、全部そのままだった。俺が座ると、4人も隣へ来た。レイナは左手を握り、こはくは右腕に抱きついた。いぶきはすぐ近くに座り、紫苑さんは俺の肩に頭を寄せている。
「……なあ、みんな」
俺は4人を見た。
「そういえば、返事してなかったよな」
レイナが顔を上げた。
「……返事?」
「ほら、3か月前にみんなから告白されたじゃん」
4人が動きを止めた。あのときは、ダンジョンの救助に向かうことになって、ちゃんと答えられなかった。そのまま3か月も帰れなかった。そろそろ返事しないとな。
「俺、みんなのことが大好きなんだ」
こはくが目を丸くした。
「……みんな?」
「おう。レイナも、こはくも、いぶきも、紫苑さんも。みんな大好きだよ」
レイナが俺の手を強く握った。
「……それは、仲間として?」
「いや、そうじゃなくてさ」
俺は少し考えた。4人と離れたくない。ずっと一緒に暮らしたい。4人が笑っているところを見ていたい。それが俺の気持ちだった。
「俺さ、みんなと結婚したいんだよ」
4人は黙った。俺は慌てて続けた。
「もちろん、嫌なら無理にとは言わないけど。でも、俺は4人とも大切なんだ。誰か1人を選んで、ほかの3人と離れるのは嫌なんだよ」
レイナの目から涙が落ちた。
「……あなた、本当に欲張りね」
「……そうかな?」
「ええ。でも……」
レイナは俺に抱きついた。
「私も、あなたとずっと一緒にいたいわ」
こはくも泣きながら笑った。
「あたしもぉ……! 朔斗くんのお嫁さんになりたいよぉ……!」
いぶきは顔を赤くして、うなずいた。
「……自分も、お前と生きていきたい」
紫苑さんは涙を拭いながら笑った。
「アタシも賛成。朔斗くん、ちゃんと全員幸せにしてよね」
「おう! 任せとけ!」
俺は笑った。4人も笑ってくれた。よかった。今度こそ、ちゃんとみんなを幸せにできそうだ。
それから数年後。
俺は4人と結婚していた。レイナ、こはく、いぶき、紫苑さん。みんな、俺の大切な妻だ。それぞれとの間に子供も生まれ、家の中は毎日大騒ぎだった。
「あなた! 子供たちを連れて、勝手にダンジョンへ行こうとしないでちょうだい!」
レイナの声が聞こえた。
「いやいや、入口まで散歩するだけだって!」
「その言葉、何回聞いたと思っているの!」
また怒られた。
こはくは子供たちにお菓子を配っていた。
「みんなぁ、今日はクッキーを焼いたよぉ。朔斗くんも食べてねぇ」
「おっ、ありがとな!」
いぶきは庭で子供たちに剣の持ち方を教えている。
紫苑さんも隣で楽しそうに笑っていた。
「ほら、もっと足を開いて。そうそう、いい感じじゃん!」
「紫苑。まだ小さい。無理をさせるな」
「分かってるって。アタシだって加減くらいできるよ」
みんな元気そうだ。子供たちも笑っている。家の中は毎日うるさいけど、俺はそんな生活が大好きだった。昔は、仲間を守るためなら自分が傷ついても構わないと思っていた。
でも、今は違う。俺が傷つくと、みんなが泣いてしまう。だから、これからは自分のことも大切にしようと思う。
「……いやあ」
俺は庭を見渡した。4人の妻と、たくさんの子供たち。みんなが笑っている。こんなに幸せな毎日が来るとは思わなかった。
「俺って、本当に幸せな男だな!」
そう言うと、レイナが笑った。こはくが抱きついてきた。いぶきが小さくうなずき、紫苑さんが俺の背中を叩いた。子供たちも走ってきた。俺はみんなを抱き締めた。
「よし! 今日も楽しくやっていこうぜ!」
かつて死んだことになっていた俺は、今では大勢の家族に囲まれている。何度も死んで、何度も帰ってきた。でも、もうどこにも行くつもりはない。だって、俺が帰りたかった場所は、ここにあるんだから。
完




