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ダンジョン配信で死んだことになっている俺、仲間たちが曇っているとは知らない  作者: 座間あぜん


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第4話 無敗の剣姫に託して、俺は死んだ

「いやあ、やっとこの日が来たな」


俺は左手を大きく伸ばした。

今日は、あの健康診断から10日後。待ちに待った復帰試験の日だ。試験に合格すれば、またダンジョンへ潜れる。配信だって再開できる。しかも、対戦相手はS級探索者の天城紫苑。異名は『無敗の剣姫』。


1度も負けたことがないらしい。いやあ、楽しみだな。ぶっちゃけ、勝てる気しねえけど。でも、強い人と戦えるのは楽しみだ。


「朔斗。何度も言うけれど、今日は試験なのよ」


隣を歩くレイナが、俺の顔を見た。


「分かってるって」

「相手に勝つことより、安全に戦えることを証明しなければならないの。危険だと思ったら、すぐに降参しなさい」

「おう。無理はしないよ」

「……本当でしょうね?」

「そんなに信用ないのか、俺」


レイナは答えず、俺の右肩を見た。


服の右袖は、今日も空っぽだ。


こはくが俺の左腕に抱きついてくる。


「朔斗くん、怪我しないでねぇ……」

「分かってるよ」

「血も流さないでねぇ……」

「気をつけるって」

「……約束だよぉ?」


こはくは黄緑色の目で俺を見上げた。


その後ろでは、いぶきが俺の荷物を持ってくれている。


「朔斗。試験中、自分たちは手を出せない」

「そうだな」

「……何かあれば、すぐに棄権しろ」

「おっけ」


俺がうなずくと、いぶきは少し安心したようだった。


3人とも心配性だなあ。でも、俺のことを考えてくれているのは嬉しい。


よし。今日はいいところを見せて、安心させてやろう。


そう思っていたときだった。


ウウウウウウウウウウウウウ――――――――。


「……ん? なんだ!?」


突然、街中に大きなサイレンが鳴り響いた。


通りを歩いていた人たちが足を止める。近くのビルにある大型モニターが、テレビ番組から緊急ニュースに切り替わる。


『緊急速報です。東京都心の地下ダンジョンで、大規模な異常が発生しました』


画面には、空から撮影された東京の街が映っていた。道路の真ん中に、大きな穴が開いている。そこから黒いものが突き出していた。


『現在、巨大な魔物が地上へ出現しているとの情報が入っています。周辺地域の方は、直ちに避難してください』


「……なんだよ、あれ」


遠くから大きな音が聞こえた。足元が揺れる。


黒いものが動いた。地上へはい上がってきた魔物は、遠くから見ても形が異様だった。まず目に入るのは、左右に4本ずつ生えた、合計8本の腕だ。どの腕も太い電柱よりずっと太く、先には大きな爪が5本ずつついている。爪は黒くにぶく光っていた。


その腕が近くのビルを横から叩いた。ビルの外壁が大きくへこみ、窓が割れ、上の階が崩れ始めた。


『現在、魔物の全体像を確認しています。危険度は災厄級と推定されており……』


ドオオオオオン。


「きゃあああ!」

「地震か?」

「違う、あっちを見ろ!」


人々が指さした方向を見た。


体は人の形に近いが、頭も胸も腹も、ひび割れた岩のようにごつごつしていて、ところどころに赤黒い筋が走っている。固まった血が、そのまま体の中で脈を打っているみたいだった。顔らしい顔はない。胸の少し上あたりが縦に裂け、そこがゆっくりと開く。奥は暗い穴ではなく、赤黒い光で満ちていた。そこから熱い息のようなものがもれて空気がゆがんで見えた。


高さは80メートルくらいあるだろうか。1本の腕が高架道路を叩く。道路が折れ、走っていた車が傾いた。別の腕がビルの外壁を引き裂く。大量のガラスが地面へ落ちていく。


「……おいおい。とんでもないのが出てきたな」

「朔斗、避難するわよ」


レイナが俺の左手をつかんだ。


「協会の指示が出るまで、安全な場所へ移動しましょう」

「そうだな」


俺はうなずいた。そのとき、近くで悲鳴が上がった。


「誰か、助けて!」


道路脇の小さな建物から煙が出ている。上の階が崩れ、入口を大きな鉄骨が塞いでいた。奥には人がいる。しかも、子供の泣き声も聞こえた。


「レイナ、ちょっと待っててくれ」

「朔斗?」

「あの人たち、助けてくる」


俺は走り出した。後ろから3人の足音が続く。


「朔斗、待ちなさい。私も行くわ」

「あたしも手伝うよぉ」

「自分が周囲を警戒する」


こういうときは、やっぱり4人がいいな。




「もう少しだ。動かすぞ」


俺は左手で鉄骨を持ち上げた。かなり重い。でも、ダンジョンで見つけた大岩に比べれば、なんとかなる重さだ。


「……よっ、と」


鉄骨が持ち上がる。レイナが入口へ駆け寄った。


「今よ。みんな、こちらへ来て」


中にいた人たちが走り出す。こはくは転んだ子供を抱き上げ、いぶきは落ちてきた瓦礫を盾で弾いた。


「大丈夫だよぉ。もう安全だからねぇ」

「こちらへ。足元に気をつけろ」


最後の人が出てきたのを確認してから、俺は鉄骨を下ろした。大きな音が響く。


「ふう。間に合ってよかったな」

「朔斗、手は大丈夫?」

「おう。問題ないぞ」


レイナは俺の左手を確認した。指を1本ずつ見て、傷がないことを確かめている。


「……よかった」


俺たちが助けた人たちは、何度も頭を下げてから避難していった。そのとき、近くの街頭スピーカーから声が流れた。


『探索者協会より、緊急指令を発令します』


周りにいた探索者たちが一斉に顔を上げる。


『B級以下の探索者は、市民の避難誘導および負傷者の救助を行ってください』

『A級探索者は、S級探索者の戦闘支援に参加してください』

『S級探索者は、対象魔物の討伐を開始してください』


なるほど。ちゃんと役割が決まってるんだな。俺も以前はB級だったから、普通なら避難誘導の担当だ。まあ、今は登録が消えてるけど。


「朔斗。あなたは正式な探索者ではないわ」


レイナが言った。


「分かってるよ。でもそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

「ええ、そうね。私たちも救助を手伝いながら、安全な場所へ移動しましょう」

「おう」


俺はもう1度、巨大な魔物を見上げた。8本の腕が、遠くのビルをまとめて壊している。


うーん。あれ、相当強そうだな。俺がダンジョンで会った魔物の中でも、あそこまで大きいやつは見たことない。しかも、腕が8本。ちょっと戦ってみたい気もする。だが、S級の戦いが見れるからいいか。


「……朔斗」

「ん?」

「今、何を考えていたの?」

「いや、あいつ強そうだなって」

「……戦いたいと思ったでしょう?」

「よく分かったな」


レイナが額に手を当てた。


「絶対ダメ!」

「はいはい」


仕方ない。今は救助だな。




●S級・天城紫苑視点


「……うっわ」


アタシは崩れたビルの屋上から、目の前の化け物を見上げた。


「何あれ。でかすぎじゃん」


8本の腕が、東京のビルを次々に壊している。道路は割れているし、あちこちから煙が上がっていた。空には救助用のヘリコプター。地上には消防車や救急車。遠くでサイレンが鳴り続けている。


いやあ、ひどいな。こんなに街が壊されてるの、初めて見た。


「紫苑、遊びではないぞ」


後ろから低い声がした。振り返ると、大きな盾を背負った男が歩いてきた。


轟塚玄武。


38歳のS級探索者で、異名は『不落の巨盾』。黒い鎧を着ていて、背中の盾は本人より大きい。アタシたちの中では、現場の指揮を任されることが多い男だ。


「あっはは。分かってるって」

「市民の避難が終わっていない。敵の攻撃を街の外へ向けさせろ」

「了解」


その横に、赤い戦闘服を着た女性が立った。


焔坂瑠璃。30歳のS級探索者。異名は『紅蓮の魔女』。長い紫色の髪を揺らし、手のひらに小さな炎を浮かべている。


「紫苑。今回はあなた1人で突っ込まないでよ」

「分かってるってば」

「前もそう言っていたでしょう」

「あっはは。そうだったっけ?」


さらに、屋上の端に男が立っていた。


鷹峰迅矢。32歳のS級探索者で、異名は『狩人』。大きな弓を持ち、遠くの魔物をじっと見ている。


「おしゃべりはそこまでにしようぜ。そろそろ、こっちにも来る」


迅矢が指さした。魔物の腕が1本、こちらへ向いた。


「来るぞ」


玄武が盾を構える。次の攻撃で、黒い腕が屋上へ振り下ろされた。玄武の前に、巨大な光の壁が現れる。


【絶対防壁】


腕が光の壁へぶつかった。


ドオオオオン。


足元の屋上が大きく揺れた。


「……重いな」


玄武が歯を食いしばる。アタシはその横を走り抜けた。


「じゃあ、アタシが先に行くよ」


ビルの屋上から跳ぶ。魔物の腕へ着地し、そのまま走った。黒い甲殻が足元で鳴る。


「でっかい腕だねえ」


アタシは刀を抜いた。魔物が別の腕を振る。アタシは跳んで避け、空中で刀を振り下ろした。硬い甲殻の隙間に入る。黒い血が飛び散った。


「おっ、斬れるじゃん」


アタシは笑った。もう1度、刀を振る。腕に深い傷がつく。そこへ瑠璃の炎が飛んできた。


「紫苑、離れて」

「了解」


アタシが跳んだ直後、魔物の腕が炎に包まれる。


【炎獄葬】


巨大な炎が甲殻を焼き、黒い煙が立ち上った。さらに、迅矢の矢が魔物の目を狙う。何本もの矢が飛び、同じ場所へ命中した。


「よし。目を潰した」


いいねえ。みんな、さすがS級だ。でも、アタシだって負けてられない。


「もっと楽しませてよ」


アタシは刀を握り直した。胸が高鳴る。体が軽くなる。


固有スキル【バトルジャンキー】が、力を上げ始めた。アタシは魔物の肩へ跳び、腕の付け根に刀を振り下ろした。大きな腕が1本、根元から切り落とされる。地面に落ちた腕が道路を壊した。


「よっしゃあ。まず1本」


そのときだった。切り落とした場所から、黒いものが伸び始めた。


「……ん?」


腕が元どおりになった。


「……あれ?」


アタシは目を丸くした。


「再生するんだ?」


しかも、さっきより甲殻が厚くなっている気がする。魔物が腕を振り回した。アタシは刀で受け流す。


重い。さっきより速い。


「……へえ」


口元が緩んだ。


「いいじゃん。そうこなくっちゃ」


アタシは笑って、もう1度走り出した。




そこからの戦いは、かなり激しかった。玄武が魔物の攻撃を防ぎ、瑠璃が炎で焼く。迅矢は離れた場所から目や関節を狙い、アタシが接近して斬る。A級探索者たちも周りの建物から援護してくれた。


敵の動きを止めるため、足元へワイヤーを張る者もいる。腕を切り落としたとき、市民のいる方向へ落ちないように支援する者もいた。


でも、魔物は止まらなかった。斬った腕が再生する。焼いた甲殻が元に戻る。矢で潰した目も、少しすると回復してしまう。それどころか、攻撃がどんどん速く重くなっていた。


「……ねえ、玄武!」


アタシはビルの壁へ着地しながら叫んだ。


「こいつ、どんどん強くなってない?」

「分かっている。長期戦は危険だ」

「だよねえ」


アタシは笑った。


「じゃあ、早く倒しちゃおうか」


刀を構え直す。体は十分に温まっていた。


【バトルジャンキー】の効果もかなり上がっている。


今なら、さっきよりずっと速く動ける。


「行くよ」


アタシは走り出した。8本の腕が同時に動く。1本目を避ける。2本目を刀で弾く。3本目の上を跳び、4本目の甲殻を斬る。5本目が横から迫る。アタシは体をひねって避けた。そう思ったところへ、6本目の腕が飛んできた。


「……えっ?」


速い。さっきまで、こんな動きはしてこなかったのに。アタシは刀を構え直す。しかし、7本目が先に動いた。大きな爪が肩をかすめた。


「いった……」


血が流れる。でも、まだ大丈夫。


アタシは笑って跳んだ。


そのとき、魔物の8本目の腕が、アタシではなく遠くの道路へ向いた。そこではB級探索者たちが市民を避難させていた。


「……あっ」


腕が振り下ろされる。あそこには、まだ大勢いる。


「ちょっと、そっちは駄目だって!」


アタシは走った。


目の前の腕を斬り、すぐに次の腕へ向かう。市民を狙っていた巨大な腕へ刀を振り下ろした。腕が切れる。


「よし」


でも、別の腕が迫っていた。背中から大きな衝撃が走る。


「……がはっ!」


体が吹き飛んだ。




ビルの壁へぶつかり、そのまま道路へ落ちる。息が詰まった。体を起こそうとする。足に力が入らない。


「……マジか」


アタシは笑おうとした。でも、うまく笑えなかった。離れた場所では、玄武の防壁が砕けていた。瑠璃も倒れている。迅矢の弓は折れ、本人も動けなくなっていた。


みんな、やられちゃったのか。


……困ったな。


アタシ、無敗の剣姫なんだけど。こんなところで負けちゃうわけにはいかないじゃん。刀を握り直そうとした。右手が震えていた。


魔物の腕が、ゆっくりとアタシへ向いた。


大きな爪が開く。


その奥に、壊れたビルと逃げる市民が見えた。


「……くそ」


体が動かない。このままじゃ、みんな死んじゃう。アタシは歯を食いしばった。しかしまぶたが重たい。視界が暗くなっていく。そのときだった。


アタシの体が持ち上がった。


「……え?」


気づけば、アタシは少し離れた場所へ運ばれていた。目を開けると、左手だけでアタシを支えて走る男がいた。右腕がない。見覚えのある顔だった。


「……鳴瀬、朔斗くん?」

「はい。初めまして」


男は笑った。


「本当は今日、試験で戦う予定だったんですけどね」


……なんで。どうして、ここにいるの?





●鳴瀬朔斗視点


「いやあ、間に合ってよかった」


俺は紫苑さんを崩れた壁のそばに下ろした。右腕がないと、人を運ぶのも少し大変だ。でも、なんとかなった。紫苑さんは俺を見上げている。


「……アンタ、なんでここにいるの?」

「助けに来ました」

「……助けに?」

「はい。S級の人たちも倒れちゃってたんで」


俺は魔物を見上げた。いやあ、やっぱりでかいな。近くで見ると、8本の腕がすごい迫力だ。


「紫苑さん、動けます?」

「……ちょっと厳しいかも」

「じゃあ、ここで休んでてください」

「……待って」


紫苑さんが俺の服をつかんだ。


「アンタ、1人で戦うつもり?」

「まあ、そうですね」

「……無理だよ」

「えっ?」

「アタシたち4人でも倒せなかったんだよ。アンタ1人でなんて……」


紫苑さんの声が震えていた。俺は少し考えた。確かに、あの魔物は強い。しかも、斬っても再生する。俺1人で倒すのは、かなり大変そうだ。


「じゃあ、紫苑さん」

「……何?」

「最後の一撃、お願いできます?」

「……え?」

「俺があいつの攻撃を引きつけます。その間に、紫苑さんが倒してください」


紫苑さんは目を丸くした。


「……アンタ、何言ってんの?」

「いや、2人ならなんとかなるかなって」


俺は笑った。


「紫苑さん、すごく強いですから」

「……そんなこと」

「さっきの戦い、見てましたよ。8本の腕をあんなに斬れるなんて、すごいですね」


紫苑さんは黙った。俺は剣を抜いた。


「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「……待って、朔斗くん」


紫苑さんがもう1度、服をつかむ。


「アンタ、右腕……」

「ああ。1年前になくしちゃいまして」

「……分かってるよ」


紫苑さんは俺の右肩を見ていた。その金色の目に、涙が浮かんでいる。


「……そんな体で、また戦うの?」

「大丈夫ですよ。左手で戦うのには慣れましたから」


そう言って、俺は魔物へ向かって走り出した。





さて。どうしたもんかな。目の前には、8本腕の化け物が立っている。遠くでは、まだ市民の避難が終わっていなかった。倒れたS級探索者たちを運ぼうとしているA級もいる。このまま敵が攻撃を続けたら、被害が増える。だから、まずは敵の攻撃を俺だけに集めたい。


実は、そのためのスキルを持っている。


【逆ロックオン】と俺は名付けた。


1年間のダンジョン生活で、【ロックオン】とは別に見つけた能力だ。こいつを使うと、対象の攻撃が全部俺へ向かう。


ただし、発動するには条件がある。


1つ目は、自分の攻撃を対象に3回当てること。

2つ目は、敵の血を自分につけること。

3つ目は、敵に素手で触れられること。


全部満たせば発動する。順番は関係ない。


「よし。やるか」


俺は左手で剣を構えた。魔物が腕を振り下ろす。俺は横へ跳んだ。巨大な爪が地面へ突き刺さる。その腕へ、剣を振った。


ガキン。硬い。でも、斬れないほどじゃない。甲殻に傷がつく。


「1回目」


次に、別の腕が迫る。俺は体を低くして避け、腕の付け根へ剣を振った。黒い血が飛び散った。


「2回目」


血が左腕へかかった。よし。2つ目の条件達成だ。魔物がさらに腕を振る。俺はその上を跳び、肩の近くへ剣を突き立てた。


「3回目」


よし。あとは、素手で触れられるだけだ。俺は魔物の腕の上へ立った。敵が別の腕を伸ばしてくる。巨大な指が開いた。俺は少しだけ服の襟を下げ、左肩を出した。


「ほら、こっちだ」


指先が左肩へ触れる。硬い爪が皮膚をかすめた。これで、全部揃った。


【逆ロックオン】が発動するはず。


その直後だった。魔物の8本の腕が、一斉に動きを止めた。市民へ向かっていた腕が、こちらへ向く。倒れた探索者を狙っていた腕も、俺へ向き直る。8本全部が、俺を狙っていた。


「……よし」


俺は笑った。


「成功だな」


これで、ほかの人を狙われずに済む。あとは、俺がなんとか耐えればいい。8本の腕が、同時に振り下ろされた。俺は剣を握り直した。


「さあ、来いよ!」





●天城紫苑視点


「……え?」


アタシは倒れたまま、目の前の光景を見ていた。8本腕の化け物が、急に朔斗くんばかり狙い始めた。さっきまで、アタシたちや市民へ攻撃していたのに。今は8本全部が、朔斗くんへ向かっている。


「……何、あれ」


朔斗くんは左手の剣で攻撃を受け流していた。でも、8本全てを受け流すなんてことはできない。血が飛び散る。


「……っ!」


アタシは息をのんだ。朔斗くんは倒れない。しかし腕が横からぶつかって、体が大きく飛ばされる。


「朔斗くん!」


アタシは叫んだ。朔斗くんは地面へ落ち、すぐに立ち上がった。


アタシは震える手で地面を押した。立とうとする。でも、足が動かない。朔斗くんが、また8本の腕で攻撃される。右腕はない。左手1本で血を流しながら戦っている。


その姿を見た途端、昔の記憶がよみがえった。





アタシがまだ小さかったころ。お父さんと一緒に街へ買い物に出かけた。その日、街に災厄級モンスターが現れた。


大勢の人が逃げていた。建物が壊れ、道路には車が転がっていた。


アタシは怖くて泣いていた。でも、お父さんは逃げなかった。お父さんも探索者だった。


「紫苑。お前はみんなと逃げろ」

「お父さんは?」

「俺は、あいつを倒してくる」


お父さんは剣を持って、魔物へ向かった。アタシはその姿を見ていた。魔物が腕を振り下ろす。お父さんが剣で受け止める。でも、次の攻撃で右腕が飛ばされた。


「お父さん!」


アタシは叫んだ。地面に、お父さんの右腕が落ちていた。血が流れている。それなのに、お父さんは立っていた。左手で剣を拾い、魔物へ向かっていく。


「大丈夫だ、紫苑」


お父さんは笑った。


「俺が、みんなを守る。だから逃げろ!」


そして、お父さんは本当に魔物を倒した。災厄級を撃破し、街の人たちを救った。右腕は戻らなかった。それどころか、お父さんは生きて戻らなかった。命をかけて街のみんなを守ったのだ。でも、誰もお父さんを守ってくれなかった。だからアタシは、探索者を守れるくらい強くなるって決めた。お父さんみたいに強くなりたかった。全てを守れる探索者になりたかった。


だから、ずっと剣を振ってきた。


S級にもなった。


無敗の剣姫なんて呼ばれるようになった。


それなのに。






「……やめて」


アタシは小さくつぶやいた。目の前で、朔斗くんが何度も攻撃を受けていた。右腕がない。血だらけになっている。でも、笑っている。お父さんと同じだ。あの日のお父さんも、あんなふうに笑っていた。


「……やめてよ」


アタシは歯を食いしばった。


「なんで、アンタまで同じことするの……?」


朔斗くんがこちらを見た。


「紫苑さん。そろそろ、お願いします」

「……え?」

「俺が攻撃を引きつけてる間に、あいつを倒してください」


アタシは目を見開いた。


「紫苑さんならできると思うんで」

「……アタシが、倒せると?」

「はい!」


朔斗くんはうなずいた。


「さっき見てました。紫苑さんの攻撃、ちゃんと通用してたんですよ」

「……でも」

「今なら、あいつは紫苑さんを狙えません」


朔斗くんは左手の剣を構え直した。


「だから、思いっきりやっちゃってください!」


……なんで。どうして、そんなこと言えるの?


アタシのせいで、アンタは怪我してるんだよ。

アタシが負けたから、アンタが戦ってるんだよ。


「……分かった」


アタシは震える足で立ち上がった。


刀を拾う。手が痛い。背中も痛い。でも、そんなこと言ってられない。朔斗くんが時間をつくってくれている。だったら、倒さなきゃ。


アタシは刀を構えた。


「……絶対、倒すから!」


朔斗くんが笑った。


「お願いします」


アタシは走り出した。





●鳴瀬朔斗視点


よし。紫苑さんが動けるようになったみたいだ。


さすがS級探索者だな。あれだけ怪我してるのに、もう刀を握ってる。すごい根性だ。俺も負けてられない。魔物の8本の腕が、まとめて襲いかかってきた。


俺は左手の剣で受け流す。避けることは不可能だ。避けても絶対に当たる。それが【逆ロックオン】というスキル。マイナススキルともいえるが、こういう使い道もあったとは。今となっては感謝だぜ。


しかし、全部は防げない。1本が胸に当たった。息が止まりそうになった。


「……ぐっ」


痛い。さすがに、これは痛いな。でも、まだいける。


紫苑さんは魔物の背後へ回っていた。


「はああああああああああああああ!」


黒い甲殻が割れた。敵が紫苑さんへ腕を向けようとする。しかし、途中で攻撃は俺へと向き直った。よし。【逆ロックオン】がちゃんと効いてる。8本の腕がまた俺へ向かってきた。剣で弾いても、どれかの腕が俺に当たる。肩と背中を斬られた。


「……うおっ」


足が少しふらついた。でも、まだだ。紫苑さんが魔物の胸へ跳んでいる。あと少し。俺は剣を構え直した。魔物の胸元にある核が赤黒く光り始める。


……まずい。


何か大きな攻撃が来る。


8本の腕が大きく広がった。爪がより鋭くなる。その全部が俺へと向いている。


紫苑さんは、もう敵の胸元にいる。もう少しの辛抱だ。ここを耐えれば、紫苑さんが倒してくれる。


「……さあ、来い」


俺は笑った。


魔物の8本の腕が、一斉に動いた。全部をさばくことは不可能だ。要するに、根性で生き残るしかない。


「……がっ」


8本の腕が、体の至るところを貫いた。俺の中で、何かが壊れたような音がした。口から血が出た。


……あー。これは、さすがにまずいかもな。


もう腕にも足にも力が入らない。


……参ったな。まさか、ここまで強いとは。


それでも、逃げるわけにはいかない。ここで俺が逃げたら、魔物はまた市民を狙うかもしれない。紫苑さんだって、最後の攻撃を当てられない。だったら、あと少し耐えればいい。


「……紫苑さん」


俺は声を出した。


「あとは、頼みますよ……」






●天城紫苑視点


アタシは魔物の胸元にいた。刀を握り締めている。目の前には、再生の中心になっている大きな核があった。ここを壊せば、倒せるはず。


分かっていた。でもアタシの目は、地面へ向いていた。朔斗くんが倒れていた。彼の体は、ピクリとも動かなくなっていた。


「間に合わなかった……」


そのとき、魔物が大きく動いた。


胸の核が光る。アタシは歯を食いしばった。倒さなきゃ。朔斗くんがつくってくれた時間が、無駄になる。


「……うあああああ!」


アタシは刀を振り下ろした。


核に刃が届いた。さらに力を込める。もう力は入らないけど、全力を振り絞った。


「くっそがあああああああああっ!」


そして核が砕けた。魔物の体が大きく揺れた。8本の腕が力を失い、地面へ落ちる。巨大な体が倒れていった。地面が激しく揺れる。ビルの窓が割れ、道路に亀裂が走った。もう魔物は動かなかった。


アタシは地面へ降りた。刀を落とした。


「朔斗くん……」


走ろうとした。足が痛い。でも、無理やり動かした。朔斗くんのそばへ行く。彼は血の湖の中央にいた。右腕がない。残った左腕も、力なく地面へ伸びている。全身が血だらけだった。


「……ねえ」


アタシは膝をついた。血を止めようにも、どうしようもなかった。


「朔斗くん?」


返事がない。肩に触れたけれど、動かない。


「……起きてよ」


アタシは声をかけた。


「勝ったんだよ。アタシ、ちゃんと倒したよ」


返事がない。


「……ほら」


アタシは笑おうとした。


「アンタが言ったとおり、倒せたじゃん」


でも、朔斗くんは笑わなかった。目を閉じたままだった。


「……ねえ」


声が震えた。


「なんで、起きないの?」


アタシは朔斗くんの左手を握った。冷たい。


「……嘘でしょ」


急いで胸に耳を当てた。何も聞こえない。


「……いや」


アタシは首を横に振った。


「いやだ……」


周りから足音が聞こえた。救護班が駆け寄ってくる。


「負傷者です。すぐに救命処置を!」


隊員たちが朔斗くんの体を調べ始めた。


「……助けて」


アタシは救護班の人に言った。


「お願い。彼を助けて!」


隊員たちは必死に処置を続けた。アタシはそのそばで、ずっと祈っていた。


お願い。目を開けて。もう1度、笑ってよ。アタシ、まだアンタと戦ってないんだよ。せっかく会えたのに。やっと会えたのに。


なんで、こんなことになるの?


しばらくして、救護班の隊員が顔を上げた。その表情を見たとき、嫌な予感がした。


「……ねえ」


隊員は何も言わなかった。


「……なんで黙ってるの?」


別の隊員が、静かに首を横へ振った。


「……残念ですが」


アタシの体が固まった。


「鳴瀬朔斗さんの死亡を確認しました」

「…………」


何を言ってるの? 死亡? 誰が? 朔斗くんが?


「……違う。そんなはずない」


隊員が何かを言っている。でも、耳に入らなかった。アタシは朔斗くんの左手を握り締めた。


「……ねえ、起きてよ」


涙が落ちた。


「アンタのおかげで、勝てたんだよ……!」


アタシは顔を伏せた。


「……なんで」


涙が止まらない。


「なんでまた、アタシだけ生きてるの……」


遠くから歓声が聞こえてきた。


「討伐成功だ!」

「無敗の剣姫が倒したぞ!」

「東京が助かった!」


みんな、喜んでいる。アタシが魔物を倒したから。街を守ったから。でも、違う。アタシ1人じゃ勝てなかった。朔斗くんが、全部の攻撃を引き受けてくれた。アタシの代わりに傷ついた。そして、死んだ。


「……アタシのせいだ」


声が漏れた。


「アタシが、もっと強かったら……」


お父さんみたいになりたかった。右腕を失っても、みんなを守ったお父さんみたいに。だから、ずっと剣を振ってきた。S級になった。無敗の剣姫って呼ばれるようになった。


なのに今日、アタシは守られていた。

朔斗くんは、誰からも守ってもらえなかった。


「……ごめん」


アタシは朔斗くんの左手を両手で包んだ。


「ごめんね……」


涙が彼の手に落ちる。



そのとき、遠くから女の子の声が聞こえた。


「……朔斗?」


顔を上げる。3人の少女が、こちらへ走ってきていた。銀色の髪の女性。桃色のツインテールの女の子。紺色の短い髪の女性。あの死亡配信に映っていた、月虹クロニカの3人だ。


「……朔斗!」


銀色の髪の女性が、もう1度呼んだ。その目が、アタシのそばに倒れている朔斗くんへ向いた。3人の足が止まった。アタシは何も言えなかった。


ただ、朔斗くんの左手を握ったまま泣き続けた。

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