第3話 健康診断の結果、ダンジョン探索禁止になった
「はい、もう少し左腕を伸ばしてください」
「こうですか?」
「そうです。そのまま動かさないでください」
俺は言われたとおり、左腕を前に伸ばした。目の前には、大きな検査機械がある。腕や足の動き、筋肉の力を調べるためのものらしい。今日は、探索者専門病院で健康診断を受けている。1年前に右腕を失ってから、まともな健康診断なんて受けていなかった。
まあ、そりゃそうだよな。ダンジョンの中に病院なんてないし。
「それでは、できるだけ強く握ってください」
「はいよ」
俺は左手で測定器を握った。ぐっと力を入れると、機械から短い音が鳴った。画面に数字が表示される。白衣を着た男性医師が、その数字を見て目を丸くした。
「……鳴瀬さん。もう1度お願いします」
「えっ? 失敗しました?」
「いえ。測定値を確認したいだけです」
「分かりました」
俺はもう1度、測定器を握った。さっきと同じような数字が表示される。医師は画面を確認し、隣にいる女性の検査技師と顔を見合わせた。
「……機械に異常はありませんね」
「はい。正常に測定できています」
「そうですか……」
医師は俺の左腕を見た。
「鳴瀬さん。1年前と比べて、筋力が大幅に上昇しています」
「おお、やっぱりですか」
「驚かないのですか?」
「いやあ、自分でも強くなったと思ってたんですよ」
そりゃ、1年間も毎日モンスターと戦ってたんだからな。右腕がなくなった最初のころは、剣を振るのも大変だった。今では左手で大抵のことができる。慣れってすごいな。
「では、次は反射速度を調べます」
「了解です」
俺は別の機械の前に座った。机には小さなボタンがいくつも並んでいる。ランプが光った場所を、できるだけ早く押す検査だ。
「準備はよろしいですか?」
「いつでもどうぞ」
ランプが光った。俺は左手を動かしてボタンを押す。次のランプも光ったので、すぐに押した。
右、左、上、下。
どんどん光る場所が変わる。最初はゆっくりだったが、だんだん速くなってきた。
おっ。これ、結構面白いな。
「もっと速くできます?」
「……えっ?」
「まだ余裕あるんで」
医師は何も言わず、機械を操作した。ランプがさらに速く光り始める。俺は順番に押していった。しばらくすると、機械から音が鳴った。
「終了です」
「おっ、もう終わりですか?」
「……これ以上、速度を上げられません」
「へえ。じゃあ、全部押せたんですね」
俺が笑うと、医師は難しい顔で画面を見つめた。そのあとも、足の力や走る速度、体の動きなどを調べられた。どの検査でも、1年前より数値が上がっていたらしい。
いいねえ。これは次のダンジョン配信が楽しみだ。
「では、次に傷の状態を確認します。上着を脱いでください」
「はい」
俺は左手で上着を脱いだ。診察台に座ると、医師が俺の右肩を確認し始めた。
「……これが、1年前に失った右腕ですね」
「そうです」
俺の右腕は、肩のすぐ下からなくなっている。切断された場所は皮膚で閉じているが、大きな傷跡が残っていた。胸や腹にも、何本か傷がある。医師は傷の周りを軽く押した。
「痛みはありますか?」
「ないですね」
「ここは?」
「大丈夫です」
「では、右肩を動かしてみてください」
俺は言われたとおりに動かした。肩は問題なく動く。
「可動域には大きな問題はなさそうですね」
「よかった」
「次は背中を見せてください」
俺は後ろを向いた。医師が息をのんだ。
「……これは、かなり大きな傷ですね」
「災厄級モンスターに斬られたやつです」
背中には、右肩の下から腰の近くまで、大きな傷跡が残っている。1年前、いぶきを助けたときについた傷だ。
「深い傷だったようですが、どうやって治療したんですか?」
「最初は仲間のこはくが応急処置してくれたんですよ。そのあと、ダンジョンの避難所で医療用品を見つけまして」
「……自分で処置したんですか?」
「はい。片手だったんで、結構大変でしたけど」
医師の手が止まった。
「……片手で、この傷を?」
「まあ、背中は届きにくいですからね。苦労しましたよ」
俺は笑った。あのときは本当に大変だった。鏡もなかったし、傷の場所がよく見えなかったんだよな。でも、なんとか治せた。今じゃ、ほとんど痛みもない。
「……よく、生き延びましたね」
医師が小さく言った。
「いやあ、俺もしぶといんですよ」
そう答えると、医師は少し悲しそうな顔になった。なんでだろう。俺としては、元気になったことを喜んでほしいんだけどな。
検査が全部終わったあと、俺は診察室に呼ばれた。
今度はレイナ、こはく、いぶきも一緒だ。3人は検査中、ずっと待合室で待ってくれていた。
「いやあ、待たせたな」
「朔斗、体は大丈夫だったの?」
レイナがすぐに聞いてきた。
「おう。めちゃくちゃいい感じだったぞ。筋力とかすごい数字だったらしいし」
「……そう」
レイナは少し安心したように息を吐いた。こはくも俺の左腕を握ってくる。
「朔斗くん、痛い検査はなかったぁ?」
「なかったぞ」
「よかったぁ……」
いぶきも俺の顔を見た。
「疲れていないか?」
「全然。むしろ体を動かしたから調子がいいくらいだ」
「……そうか」
3人とも、やっと少し落ち着いたみたいだな。
俺たちは医師の前に並んで座った。
「それでは、検査結果について説明します」
医師がパソコンの画面をこちらへ向けた。
「まず、身体能力についてですが……非常に高い数値が出ています」
「おお」
「1年前の記録と比べて、筋力、反射速度、持久力が大幅に向上しています」
「やっぱりなあ」
俺は嬉しくなって笑った。
「1年間の成果だ。先生、俺B級だったんですけど、A級も夢じゃないでしょ」
「身体能力だけで言えば、A級の中でもトップクラスと言っていいでしょう」
「よっしゃー! ずっと戦ってばっかだったしなあ。そんぐらい強くなってなきゃ逆に困る」
その言葉を聞いて、こはくが俺の腕を握り直した。
「……ずっと?」
「ん?」
「朔斗くん、1年間ずっと戦ってたのぉ……?」
「まあ、ダンジョンさまよってたら、結構な頻度でモンスターに会うんだよ」
「……そっかぁ」
こはくは下を向いた。レイナも俺の顔を見つめている。
「……安全な場所で休むことはできなかったの?」
「休めるときは休んでたぞ、1日数時間くらいは」
レイナの目が潤んでいた。いぶきは黙ったまま、俺の左腕を見ている。
あれ? せっかく強くなったのに、3人とも嬉しくないのかな。
「次に、右腕と全身の傷についてです」
医師が画面を切り替えた。俺の体を撮影した画像が表示される。
「右腕は肩に近い位置から失われています。切断面の傷は閉じていますが、神経や筋肉にも大きな損傷の跡があります」
「まあ、そうですよね」
「背中にも非常に深い傷跡が残っています。それから、全身に何度も負傷した形跡があります」
俺は画面を見た。
へえ。俺の背中って、こんな感じになってたのか。
「いやあ、思ってたより傷だらけですね」
俺が笑うと、隣から小さな声が聞こえた。
「……朔斗」
レイナだった。
「本当に、こんな体になるまで……」
「ん?」
レイナは画面に映る俺の背中を見ていた。青い目から涙が落ちる。
「私のせいで、ごめんなさい……」
「いやいや、またその話かよ」
「私があの攻撃を見抜けていれば……、あなたは……」
レイナは口元を押さえた。こはくも泣きそうな顔で俺を見ている。
「朔斗くん……。あたしが罠を見落とさなかったら、こんな怪我しなかったのにぃ……」
「こはく、もう治ってるからさ」
「……治ってないよぉ」
こはくが首を横に振った。
「だって、傷が残ってるもん……。」
俺の左手を握る力が強くなった。いぶきも画面を見つめていた。
「……その背中の傷は、自分が守れなかったときのものだな」
「そうだな。でも、今は痛くないぞ」
「自分が盾役として、もっと強ければ……」
いぶきは両手を握り締めた。
「本当にすまない……」
おいおい。せっかく健康診断に来たのに、また3人とも泣きそうじゃないか。俺は慌てて笑った。
「まあまあ。今は元気なんだから、そんな顔するなって」
3人は何も言わなかった。医師も俺の顔を見つめている。
なんだよ。そんなに変なこと言ったか?
「ところで、鳴瀬さん」
医師が話題を変えた。
「この1年間で、新しいスキルを獲得したという申告がありますが」
「ああ、はい」
俺はうなずいた。
「ロックオンっていうんです」
「……ロックオン?」
「はい。俺が名前をつけました」
医師が手を止めた。
「ご自分で?」
「結構いい名前でしょ?」
医師は何かを入力した。レイナたちも俺を見ている。
「朔斗。そんなスキル、いつ手に入れたの?」
「ああ。ほら、災厄級モンスターと戦ってたとき」
レイナの顔が変わった。こはくも俺の腕を握ったまま動かなくなる。
「……あの戦いで?」
「おう、たぶんそうだ。あいつを倒せたのも、このスキルのおかげだったんだよ」
俺は1年前のことを思い出した。配信ドローンが壊されて、画面が途切れたあとも、俺はあの化け物と戦っていた。右腕はなくなっていたし、背中も斬られていた。あいつの攻撃は速くて、避けるのも大変だった。
しかも、こっちの攻撃はなかなか当たらない。左手で剣を振っても、すぐにかわされる。それが、あるときから急に変わったんだ。俺が剣を振ると、あいつがどれだけ動いても攻撃が当たるようになった。
最初は偶然だと思った。でも、何度振っても当たった。それで、ようやく倒せたんだ。
「いやあ、あのときは驚きましたよ。急に攻撃が全部当たるようになったんですから」
「……全部ですか?」
「はい。条件を満たした相手には、攻撃が絶対に命中するんです」
医師は目を丸くした。
「それは、非常に珍しい能力ですね」
「でしょ?」
「発動条件は分かっているのですか?」
「はい。1年間かけて調べました」
俺は左手の指を3本立てた。
「条件は3つ。順番は関係ありません」
まず、人差し指を折る。
「1つ目。対象の攻撃を3回受けることです」
「……攻撃を3回?」
「はい。避けたり、武器で防いだりしたら駄目です。実際に体で受けないと」
医師の顔が険しくなった。俺は2本目の指を折った。
「2つ目。自分の血を相手につけること」
「……血?」
「戦ってるときに流れた血ですね。前もって用意した血じゃ駄目でした」
こはくが小さく息をのんだ。
俺は最後の指を折った。
「3つ目。相手の体に素手で触れることです」
「……素手で?」
「はい。武器越しだと駄目なんですよ。直接触らないと」
医師はしばらく黙っていた。
「その3つを満たすと、その相手に俺の攻撃が必ず命中するようになるんです」
俺は笑った。
「すごいでしょ?」
医師は笑わなかった。レイナたちも、誰も笑っていない。
あれ?
「……鳴瀬さん」
医師が口を開いた。
「その能力の発動条件を、どうやって調べたのですか?」
「えっ? 普通に戦いながらですよ」
「……実際に攻撃を受けて?」
「はい」
「血を流して?」
「そうですね」
「素手で魔物に触れて?」
「はい。最初は何が条件なのか分からなかったんで、色々試しました」
俺は笑った。
「結構苦労したんですよ。3回攻撃を受けないと駄目だって分かるまで、何度も試しましたからね」
診察室が静かになった。
「……朔斗」
レイナが震える声で言った。
「あなた、そんなことを1年間も……?」
「まあ、そうだな」
「……わざと攻撃を受けていたの?」
「そりゃ、条件を調べるためにな」
レイナは俺の右肩を見た。
「……あなたは、もう右腕を失っているのよ」
「おう」
「それなのに、まだ自分から傷ついて……」
レイナの目から涙がこぼれた。
こはくも泣き始めた。
「朔斗くん……。何回も血を流してたのぉ……?」
「まあ、そうなるな」
「……痛かったでしょぉ?」
「そりゃ痛いけど、途中から痛みにも慣れたぞ」
「……っ!」
こはくは俺の左腕を抱き締めた。
「慣れちゃったのぉ……? 朔斗くん、怪我するのに慣れちゃったのぉ……?」
「いや、そんなに大したことじゃ……」
「大したことだよぉ……」
こはくの涙が俺の服に落ちる。
「ごめんねぇ。あたしが、あのときちゃんと助けられてたら……。朔斗くんは、そんな目に合わなくてもよかったのに……」
いぶきも口を開いた。
「……素手で触れる条件は、左手で満たしているのか?」
「おう。右腕ないしな」
「そうか」
いぶきは俺の左手を見た。それから、右肩へ目を向ける。
「……その大事な左腕まで失ったら、お前はどうするつもりだ。魔物によっては毒持ちだっているんだ」
「大丈夫だって。見極めれば」
「そんなことを言って。右腕も、失うつもりなどなかったはずだ」
いぶきは拳を握り締めた。
「自分が盾役として守れていれば、お前はそんな戦い方を覚える必要など……」
ああ、もう。3人とも、なんでそんなに悲しそうなんだよ。俺としては、強いスキルを手に入れられて大満足なのに。
「まあまあ。細かいことは気にすんなって。今の俺は、1年前よりずっと強いからさ。むしろあの経験があって良かったと思ってるくらいさ。アハハハハハ」
俺は笑った。
3人はさらに暗い顔になった。……なんでだよ。
「鳴瀬さん。最後に、探索者としての活動再開についてお話しします」
医師が真剣な顔で言った。
「おっ、いよいよですか」
俺は椅子に座り直した。
「検査結果はよかったですし、これでダンジョンに戻れますよね?」
「……いいえ」
「えっ?」
医師は机の上に書類を置いた。
「現在のあなたには、探索者としての活動を認められません」
「……は?」
俺は思わず聞き返した。
「いやいや、ちょっと待ってください。身体能力は1年前より上がってるんですよね?」
「はい。それは間違いありません」
「じゃあ、何が問題なんですか?」
「まず、制度上の問題。あなたは1年前に死亡したものとして扱われ、探索者登録が抹消されています」
「……えっ?」
俺は目を丸くした。
「登録までなくなってるんですか?」
「はい。あなたは1年間、死亡認定された状態でした。現在は生存が確認されていますが、探索者としての資格はまだ復活していません。データ上は」
「なるほど……」
そりゃそうか。俺、世間では死んだことになってたんだもんな。
「じゃあ、もう1回登録すればいいんですね?」
「それだけではありません」
医師は俺の右肩を見た。
「あなたは右腕を失っています。以前の探索者登録は、両腕がある状態での戦闘能力や装備を前提としていました」
「まあ、そうですね」
「今は武器の扱い方も、防御の方法も変わっています。総合的に以前と同じ能力があるとは判断できません」
「でも、左手でも戦えますよ」
「それを、正式に証明する必要があるのです」
医師は続けた。
「それに、あなたのスキルにも問題があります。発動には、敵の攻撃を3回受ける必要があるのでしょう?」
「はい」
「探索者の資格を認める側としては、負傷することを前提にした戦い方を、安全だと認めるわけにはいきません」
「……いや」
「あなたが1年間、生き延びたことは事実です。しかし、その戦い方が今後も安全だという証明にはなりません」
うーん。そう言われると、確かにそうかもしれない。でも、俺としては問題ないと思ってるんだけどな。
「それで、どうすればいいんですか?」
「医師としては、身体能力と健康状態にはお墨付きが出せますが、現時点での探索復帰を認める判断は下せません。あとは探索者協会の判断になります」
「……つまり、協会から復帰許可が出るまで、ダンジョンに潜ることはできない?」
医師は真剣な顔でうなずいた。
参ったな。せっかく地上に戻ってきたのに、ダンジョンに入れないなんて。俺が困っていると、隣でレイナが小さく息を吐いた。
「……よかった」
「ん?」
レイナは俺の顔を見た。
「……いえ。ごめんなさい、朔斗。あなたがダンジョンに潜れない方が、もう傷つかなくて済むと思うと安心してしまったの……」
レイナは下を向いた。
「私はまた、自分のことばかり考えているわね……」
「いや、心配してくれてるんだろ? ありがとな」
レイナの目が潤んだ。
こはくも俺の左腕に頬を寄せてきた。
「朔斗くん……。しばらくお家でゆっくりしようよぉ……」
「うーん。でも、配信も再開したいしな」
「……ダンジョンじゃなくても、配信はできるよぉ」
いぶきも深くうなずいた。
「自分も、今は休むべきだと思う」
3人とも、俺の体を心配してくれているらしい。ありがたいけど、やっぱりダンジョンには行きたい。
「先生。何か方法はないんですか?」
医師は少し考えてから、机の書類を1枚めくった。
「……特別復帰試験という制度があります」
「試験?」
「はい。身体に大きな障害が残った探索者や、通常の基準では安全性を確認できない探索者が、実戦形式で能力を証明するための試験です」
「へえ。それに合格したら、またダンジョンへ行けるんですか?」
「そういうことです」
おお。それなら話は早い。
「受けます」
「……即答ですか。しかし私ではなく、探索者協会にその書類を提出してください」
「了解っす。ありがとうございました」
俺が笑うと、レイナたちはまた心配そうな顔になっていた。でも、試験に合格すれば3人も安心してくれるはずだ。
俺は診察室を出る直前、気になることを先生に尋ねた。
「先生、ちなみに身体能力検査の日本記録保持者って誰なんですか?」
●天城紫苑視点
「よっしゃあ。次、誰か来なよ」
アタシは刀を肩に担いで、訓練場の真ん中に立っていた。場所は東京都内にある探索者協会の特別訓練施設。広い床には細かい傷がついていて、壁には厚い防護板が並んでいる。
アタシの前には、5人の探索者が立っていた。
全員Aランク。
盾役、剣士、槍使い、弓使い、格闘家。
この5人が、まとめてアタシに挑んでくるらしい。いいねえ。楽しそうじゃん。
「天城さん。本当に5人同時でよろしいんですか?」
職員の池上さんが心配そうに聞いてきた。
「いいってば。早く始めようよ」
「ですが、相手は全員Aランク探索者ですよ」
「あっはは。誰の心配してんの?」
アタシは笑った。
アタシの名前は天城紫苑。27歳のSランク探索者だ。異名は『無敗の剣姫』。
オレンジ色の髪は顎のあたりで切り揃えていて、右側だけ少し長くしてある。目は父親譲りの金色で、肌はよく日焼けしている。黒いノースリーブの戦闘服に、短いオレンジ色の上着。腰には細身の日本刀を下げている。
昔から、じっとしているのが苦手だった。暇な時間があれば体を動かしたいし、強い相手がいると聞けば戦ってみたくなる。今日も朝から訓練に来ていた。
せっかく5人も相手をしてくれるんだ。ちょっとは楽しませてほしいな。
「俺たちは『絶界零区』っていう名前で活動してるAランクパーティーです。天城紫苑と戦えるなんて光栄です」
「うぃっす。いいから早くやろ」
「では、模擬戦を開始します」
池上さんが手を上げ笛を吹いた。
5人が一斉に動いた。最初に盾役が正面から突っ込んでくる。大きな盾を構え、その後ろに槍使いが続いていた。剣士は右側へ回り込み、格闘家は左側から近づいてくる。後ろでは弓使いが矢をつがえていた。
へえ。ちゃんと連携してるじゃん。
「いいねえ」
アタシは刀を抜いた。弓使いが矢を放つ。アタシは刀の側面で矢を弾き、そのまま前へ走った。盾役が大きな盾を突き出してくる。アタシは右足を横へ出し、盾の端をすり抜けた。
「なっ!」
盾役が声を上げる。その横から槍が伸びてきた。アタシは首を傾けて避け、槍の柄を刀で軽く叩く。槍使いの両手が大きく動いた。
「うおっ!」
その間に、アタシは槍使いの横を通り抜ける。剣士が振り下ろした剣を刀で受け流し、その手首へ刀の背を当てた。剣が床に落ちる。
「まず1人」
背後から格闘家が飛びかかってきた。その足音を聞いて、アタシは体を横へずらした。格闘家の拳が空を切る。
「惜しいね」
アタシは相手の腕をつかみ、軽く引っ張った。格闘家が前のめりになる。その背中を手のひらで押すと、相手は床へ転がった。
次の矢が飛んでくる。アタシは刀で弾いた。そのまま弓使いへ走る。
「速っ……!」
弓使いが慌てて後ろへ下がった。でも、遅い。アタシはすぐ目の前へ近づき、弓を刀で叩き落とした。
「3人目」
振り返ると、盾役と槍使いが同時に迫ってきた。2人とも顔が真剣だ。いいじゃん。最後まで諦めないところ、好きだよ。アタシは盾役の足元へ滑り込み、盾の下から刀の背を当てた。
膝をついた盾役の横を通り抜け、槍使いの懐へ入る。槍は長い。でも、近づかれたら振り回しにくい。アタシは相手の胸元へ刀の背を当てた。
「はい、おしまい」
池上さんが笛を吹いた。
「試合終了!」
訓練場が静かになった。5人の探索者は、全員床に座り込んでいる。アタシは刀を鞘に戻した。
「あー、楽しかった」
職員が時計を見た。
「開始から20秒で、Aランク探索者5人を制圧しました」
「あっはは。そんなもん?」
アタシは肩を回した。まだ全然動き足りないな。床に座っていた剣士が顔を上げた。
「天城さん……。今の、本気だったんですか?」
「え? 全然」
アタシは笑った。
「スキルも使ってないし」
5人が黙った。おっと。そんな顔しないでよ。せっかくいい連携だったのに。
「でも、みんな結構よかったよ。最初の陣形とか、ちゃんとしてたじゃん」
「……ありがとうございます」
「次はもうちょっと速く動いてみなよ。その方がアタシも楽しくなるからさ」
剣士は苦笑いした。
「天城さん」
職員が近づいてきた。
「もしよろしければ、もう1つ訓練をお願いできますか?」
「おっ、何?」
「Sランク探索者向けの大型模擬戦闘機械の試作品でして」
「へえ」
アタシは目を輝かせた。
「それ、強い?」
「人間1人で勝つのは、ほぼ不可能なレベルです」
「いいじゃん」
アタシは刀を抜いた。
「やろうよ」
訓練場の奥にある大きな扉が開いた。そこから、黒い金属でできた巨大な機械が出てきた。高さは6メートルほど。太い腕が4本あり、それぞれの先には大きな刃がついている。体の中央には赤い光があり、床を踏むたびに重い音が響いた。
「おお、メカって感じでかっこいい」
池上さんが説明を始める。
「この機械は、災厄級の魔物を想定して作られています。攻撃速度も非常に高く、通常は複数人で……」
「いいから、早く始めようよ」
「……天城さん、ちゃんと説明を」
「大丈夫だって」
アタシは刀を肩に担いだ。
「壊してもいいんでしょ?」
「……停止させることが目標です。設備の破損はできるだけ」
「了解了解」
池上さんは少し困った顔をしていた。
戦いが始まった。機械の赤い光が強くなる。4本の腕が、一斉に動いた。最初の1本が頭上から振り下ろされる。アタシは右へ跳んだ。巨大な刃が床に突き刺さり、大きな音が響く。
続いて横から2本目。アタシは体を低くして避ける。
さらに3本目が迫ってきた。アタシは刀で刃を受け流し、後ろへ跳んだ。
「おおっ」
思わず笑ってしまった。
「この子、結構いいじゃん!」
機械は止まらない。4本の腕を次々に振り回し、アタシへ攻撃してくる。
速い。さっきのAランク5人より、ずっと速い。いいねえ。やっと面白くなってきた。
「もっと来なよ!」
アタシは笑いながら走った。機械の刃が頬のすぐ横を通り過ぎる。風が髪を揺らした。アタシの胸が高鳴る。
もっと速く。
もっと強く。
もっと危ない攻撃を見せてほしい。
アタシの固有スキルは【バトルジャンキー】。
戦いに興奮するほど、体が強くなる能力だ。相手が強いほど楽しくなる。楽しくなるほど、体が速く動く。だから、強い敵と戦うのが大好きなんだ。
「よっしゃあ!」
アタシは刀を握り直した。機械が4本の腕を同時に振り下ろしてくる。
アタシは正面へ踏み込んだ。
1本目を避ける。2本目を刀で弾く。3本目の下をくぐり、4本目の刃へ刀を振り上げた。
金属が割れる音が響く。大きな刃が床へ落ちた。
「まず1本!」
機械は残った腕を振り回してきた。
笑いが止まらない。体が軽い。さっきよりずっと速く動ける。
もう1度踏み込み、次の腕を斬る。2本目が落ちた。
続いて3本目。最後の腕も、刀の一撃で切り落とした。
機械の赤い光が点滅する。でも、まだ止まっていない。胸の中央から、太い金属の棒が突き出してきた。
「へえ、そんなのもあるんだ」
アタシは横へ跳んだ。棒が壁にぶつかり、大きな音がした。アタシは床を蹴り、機械の胸元へ飛び込む。刀を両手で握った。
「じゃあ、これで終わり!」
横へ大きく振り抜く。金属の装甲が真っ二つに割れ、中央の赤い光が消えた。機械の体がゆっくりと倒れていく。床に重い音が響いた。
池上さんが慌てて機械へ駆け寄る。
「…………」
アタシは刀を鞘に戻した。
「あー、楽しかった!」
汗を拭いながら笑う。いやあ、やっぱり強い相手はいいね。さっきよりは体も温まったし。
「天城さん……、いくらかかってると思ってるんですか」
職員が壊れた機械を見つめていた。
「ごめん、ごめん。つい」
「ついって……。ああ、どう上に説明すれば」
「あっはは。面目ない!」
アタシは腰に手を当てた。
「ていうかさ、災厄級ってより、天災級って感じだったけど。もっと強いのある?」
池上さんは黙ってしまった。
「なんだよ。睨むなよ……。ごめんって」
「はぁ……、あなたって人は」
訓練場の入口から協会の職員が入ってきた。手にはタブレットを持っている。
「お休み中の所すみません。『絶界零区』の皆さん、少しお時間よろしいでしょうか」
職員が声をかけたのは、アタシではなくさっき戦った5人の探索者だった。
「俺たちですか?」
剣士が顔を上げる。
「はい。お願いしたい仕事がありまして」
「仕事?」
「ある探索者の復帰試験です。模擬戦の対戦相手をお願いできないでしょうか」
アタシは水を飲みながら、何となく話を聞いていた。
「復帰試験って、怪我で休んでいた探索者のですよね? A級にもそういう仕事回ってくるんですね」
「はい。今回は少し特殊な事情がありまして」
「俺たちでよければ、協力しますよ」
盾役がうなずいた。職員はタブレットを操作した。
「ありがとうございます。対象者は、1年前にダンジョンで行方不明になり、最近帰還した男性探索者です。しかも、右腕を失っています。今回の試験では、片腕で安全に戦えるかを確認する必要があります」
槍使いが何かを思い出したように顔を上げた。
「おい、それって……」
職員が名前を告げた。
「鳴瀬朔斗さんです」
「……えっ?」
5人が一斉に声を上げた。アタシも水を飲む手を止めた。
鳴瀬朔斗?
どこかで聞いた名前だな。
「あの死亡配信の鳴瀬朔斗ですか?」
「はい」
みんな立ち上がって話し出す。
「俺、あの配信を何十回も見たぞ」
「災厄級モンスターと一人で戦ったやつだろ?」
「そうそう。仲間を逃がすために」
5人が急に騒ぎ始めた。さっきアタシに負けたときより、ずっと元気そうだ。
アタシは椅子に座ったままきいてみた。
「ねえ、その鳴瀬って子、そんなに強いの?」
剣士が振り返った。
「天城さん、鳴瀬朔斗を知らないんですか?」
「名前は聞いたことあるけどさ。そんなにすごい子?」
「すごいなんてもんじゃないですよ」
剣士は興奮した様子で話し始めた。
「1年前、『月虹クロニカ』っていうパーティーが災厄級モンスターに襲われたんです。鳴瀬は仲間3人を逃がすために、1人片腕の状態で残って戦って生き残ったんですよ。配信ドローンが壊されて、そこで映像が途切れたんです。だから、もちろん世間じゃ死んだと思われてましたけど、最近になってダンジョンから戻ってきて。ずっとニュースになってたくらいです」
「へえ……」
アタシは水の入ったボトルを机に置いた。面白そうじゃん。
格闘家がうなった。
「俺だったら1週間も生き残れる気がしないな」
「俺もだ。しかも片腕だぞ」
5人はまた騒ぎ始めた。
アタシは顎に手を当てた。災厄級モンスターと戦って、右腕を失った。それでも生き残って、1年間ダンジョンにいた。なるほどねえ。
「ねえ、その死亡配信って今でも見られる?」
「見れますよ」
剣士がすぐにスマートフォンを取り出した。
剣士が動画を再生した。画面には、ダンジョンの通路が映っていた。大きな斧を持った化け物が、4人の探索者を追い詰めている。3人の少女が転移装置へ向かって走り、1人の男が化け物の前に残っていた。
「こいつが鳴瀬です」
「ふうん」
アタシは画面へ顔を近づけた。右腕を失っても、足の動きがしっかりしている。斧を避けるときも、ただ後ろへ逃げているわけじゃない。相手の横へ回り込みながら、剣を振れる場所へ移動している。
「……でも、せいぜいB級って感じかな」
「だから不思議なんですよ。どうやって生き残れたのかって」
「SNSでは、スキルが覚醒したんじゃないかって言われてますけどね」
アタシは職員に尋ねた。
「どうなの?」
「1年前の情報では、彼はスキルすら持っていませんでした。それでB級まで上がる探索者は珍しいですね」
次の攻撃で配信ドローンが壊され、画面が真っ暗になった。
「……あれ、終わり?」
「はい。ここまでしか残ってないんです」
このあと、どう戦ったんだろう。気になる。
「本人は、災厄級モンスターを討伐したと説明しています。ですが普通に考えれば、逃げ切った可能性の方が高いでしょう」
アタシは職員を見た。
「……逃がしてもらえるほど、災厄級は甘くないよ」
「でも、単独片腕でなんて、そんなこと――」
「私の親父がそうだった。無理なんてことはない」
右腕を失いながらも、化け物へ向かっていった男。さっきの彼の闘志を見て、私の父と姿が重なった。
アタシの口元が緩んだ。
「……あっはは」
笑い声が漏れた。
「最高じゃん」
アタシは立ち上がった。
「ねえ、その復帰試験、アタシがやる」
職員が目を丸くした。
「天城さんが、ですか?」
「うん。お願いね。でも今週は探索で忙しいから、来週以降で。よろしく」
「わ、分かりました……」
アタシは刀の柄を握って歩き出す。
さっきの動画が頭から離れない。あの化け物を、片腕で倒した男。今は、どんな剣を振るんだろう。どれくらい速く動くんだろう。アタシの攻撃を、どこまで避けられるんだろう。考えるだけで楽しくなってくる。
「鳴瀬朔斗くんかあ……」
早く会ってみたいな。




