第9話 ランフォード総合商会
「ねーね! お城!」
王都の西門から入ってすぐ――
目の前に現れた建物を見た弟のエミルが一番に声を上げた。
それにつられてヴェルナ薬花商会の荷馬車から顔を出した全員が感嘆の声を漏らした。
「ほんとに城みたい……」
実際フロルハイムの領城よりはるかに大きい。
石造りの二階建ての建物で横に長い。一階にはアーチの形をした大きなガラス窓が並んでいて、日差しを受けて建物自体が光っているようにさえ見えた。
驚くべきはその敷地面積だ。
建物以外にも馬車を止めるためのスペースも大きく取られていた。すでに何十台もの馬車が並んでいる。大きな馬用の厩舎もあり、王都の外から来た客が利用することを考えているのだろう。
王都の西門を入ってすぐという好立地。
これだけ広さを一つの商会が所有しているというのは、とんでもないことのように思えた。
御者台に座っていた私は、荷馬車を止め、隣の弟を抱き上げて降ろした。
私が引いてきた荷馬車から、ぞろぞろと従業員たちが降り、後続の荷馬車も止まる。
デューにつけていた荷馬車の留め具を外して、厩舎に連れて行こうとした時、後ろから声がした。
「全員でって……本当に全員で来たのか」
「あら、カイル」
振り返ると、そこにはカイルがいた。
商会の荷馬車を総動員してぎゅうぎゅう詰めで来た私たちを見て、苦笑いを浮かべている。
前もって見学したいことを手紙で知らせていたので、出迎えに来てくれたみたい。
「私、ちゃんと手紙に書いたよね?」
「役員全員でってことだと思ったんだよ。三十人全員で来るとは思わなかった」
カイルは、駆け寄っていったエミルを抱き上げながら、やや呆れたような顔をした。
「これがうちなの。みんなで納得しないと良いものは作れないもの」
カイルが少し驚いたようにしてから、すぐに笑った。
「だからお前のとこは面白いんだな」
私が馬たちを厩舎に預けて戻ってくると、ヘルカおばちゃんが待ちきれないようで声を上げた。
「もう、お嬢! 早く行きましょうよ!」
ヘルカおばちゃんたちのおばちゃんグループが皆してそわそわしている。
男衆は、大きな建物を見上げてぽかんと口を開けていた。
「ヘルカおばちゃん落ち着いて、買い物に来たんじゃないからね!」
「でも、自由時間はあるのよね!?」
私はおばちゃんの反応に吹き出して笑った。
これではまるで学生の遠足だ。
「では、ここからはランフォード総合商会専務――私、カイル・ランフォードがご案内させていただきます」
カイルがエミルを私に預けて頭を下げるとおばちゃんたちからは、拍手が湧いた。
「うちの商会は今年で創業八十年になります。創業者のカルロ・ランフォードは農産物などの食品を王都に運んで売る行商をしていました。この土地に店舗を構えたのは、二代目からになります」
「はいはい! 質問!」
この際だから、聞きたいことは何でも聞く。
私はメモ帳とペンを手に手を上げた。
「マティ、どうぞ」
「どうやって、王都にこんな大きな土地を買ったの?」
この国は魔物が出るから、大きな都市は基本的に城壁で囲まれている。
そんな限りのある土地をこれだけ買うには相当な苦労があったに違いない。
「この大きさの土地を買って、拡張計画を進めたのは三代目だ。この辺は元々市場で小さな商店が立ち並ぶ区画だったんだ。そこにテナント制度を持ち込み、店舗の一部を貸し出すことで土地の買い占めに成功した」
「なるほど」
私は真剣にメモを取る。
「あと、西側の城壁はうちの商会で新しくしたものだ」
「へ?」
商会が城壁を建てる?
「ちょうど西側の城壁が老朽化していたから、国にうちが建て替えることを提案したんだ。それで、城壁の外の土地も大きく荷馬車の停車スペースや馬用の厩舎のスペースとして確保することができた」
うちの商会の全員があんぐりと口を開けていた。
ゴードンおじが「銀貨千二百枚も納得だな」と小声でぽつりとつぶやいた。
「ランフォードさん! 早く中へ入りましょうよ!」
ヘルカおばちゃんたちが我慢できないようでカイルをせっついた。
「では、次は店舗の中でご説明させていただきます」
私たちはカイルの案内で大きな石造りのアーチをくぐった。
「ねーね! お城の中にお庭があるよ!」
手を繋いでいたエミルがぴょんぴょんと跳ねた。
私もその光景に息を呑んだ。
入口を入ってすぐは広いエントランスになっていた。
二階まで広がる高い吹き抜けに、ガラス張りの天井。
その下には、樹木や花が白い花壇に植えられ、その周りを囲むようにベンチまで置かれている。
「……まるで、公園ね」
私がこぼした言葉にカイルはにっと笑った。
「だから言っただろ。うちの商会は街そのものだって」
「お嬢! 私、衣料品コーナーが見たいわ!」
「ヘルカおばちゃん、一回落ち着いて! ちゃんと後で自由時間あげるから!」
私はそわそわが止まらないおばちゃんたちを見て笑ってしまった。初めて、社会科見学を引率する先生の気持ちが分かった気がする。
「では、先にヴェルナ薬花商会のために確保してあるテナントからご案内しましょう」
カイルが私たちを案内してくれたのは、食料品がたくさん並ぶ本館の一角だった。
壁沿いのスペースで、近くには食器が並んだスペースや寝具が並んだスペースが並んでいる。
その並びに衝立が立てられ、「準備中」の札がかけられたスペースが一区画あった。
「ここって」
「なんだ、不満か?」
「違うわよ!」
カイルが衝立を脇に避けて、私たちに中を見せてくれた。
――思っていた以上に大きい。
マルベルト魔導具商会に薬を降ろしていた時は、うちの商品が置かれているスペースはせいぜい棚一つ分ほどだった。
だけど、ここはまるで小さな店のようですらある。
入口を除いた三方向の壁を明るい色の木製の棚が囲み、中央には丸い円形のテーブルまで置かれている。
「このテーブルは、何に使うの」
私の問いにカイルは得意げに笑う。
「試供品をここに並べることを想定して用意してみた。実際に使ってみた方が欲しくなるだろ」
その言葉を聞いた従業員たちは皆顔を見合わせて喜んだ。
私は、ぐるっと全て棚を見て、どの程度の商品のバリエーションが必要かを思案した。
――三種類、いや五種類くらいの製品が少なくとも必要だわ。
この区画に見劣りしない、うちの最高の商品を並べるのよ。
想像するだけで鳥肌が立った。
――やりたい。やってみたい。
私は振り返って従業員たちの顔を見た。
皆、顔には期待や希望があふれ、私と同じ気持ちのようだった。
「ゴードンおじ。私、ここに最低でも五種類は新商品を並べたいわ」
ゴードンおじは、ぼりぼりと頭を掻いてから笑った。
「お嬢にそんな顔で言われたら、儂らは頑張るしかない。なぁ、皆」
ゴードンおじの呼びかけに、ベテランの薬師たちも頷いてくれた。
「もちろんお嬢にもきりきり働いてもらいますよ。なんてったって、お嬢の薬花の効能を見分ける目がないと、新商品なんて夢の話になってしまうからの」
「分かってる。皆で力を合わせて頑張りましょう」
私は、力強く頷く従業員たちを見て、胸の中に新たな灯が灯るのを感じた。
もう一度振り返って、空の棚を見る。
アイボリー色の棚にずらっと並ぶ商品。
テーブルでは、商品を手に取って試し、笑顔になるお客様。
店に香る、薬花の香り。
その全てが目に浮かぶようだった。
こんにちは! ポムの狼です!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第一章は、ここまでです。
本当は、なろうにはここまでにしようと思っていたのですが、もしかしてざまぁも読みたいかなと思って、次の話もおまけで投稿することにしました。
リアルタイムで読んでくださっている読者様は、明日で最終話です。
本編は、7月からカクヨムにて投稿予定ですので、気に入っていただけましたら、遊びに来てくださいませ(/・ω・)/




