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薬花の庭の主 ~倒産寸前の商会で、あなたが無駄と切り捨てた物を必要だと証明する~  作者: ポムの狼
第一章「守りたいもの」

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第8話 割れる意見

「少しだけ考えさせて」


 ここで私一人だけで決められる話ではなかった。

 冒険者ではなく、一般消費者向けの販売となると、商品の形も今のドリンク剤の形でいいのか検討するべきだろう。


「もちろんだ。しっかり悩んでもらって構わない。また一週間後に来る」


 カイルは、さっとソファから立ち上がって出口へ向かった。


「ねぇ」


 さっさと帰ろうとするカイルを思わず呼び止めてしまった。


「なんだ」


「どうして、こんなに良くしてくれるの」


 テナントの出店に、婚約破棄の弁護士まで貸してくれるだなんて。

 

 私には、カイルの心が分からなかった。


「……さっきも言っただろ。ヴェルナ薬花商会がうちの利益になる。それだけだ」


 カイルは振り返らず、それだけ言うと部屋を出て行った。







 私は、ことの報告のために全従業員三十名を工房へ集めた。

 全員が丸椅子に座り、私の話を聞いてくれた。


 エドリックと婚約破棄になって、ポーションの取引まで打ち切られたこと。

 新しい取引先を探すために王都の商会をいくつも回ったが、悪評のせいで門前払いされたこと。

 ダンジョン前で行商の真似事もしてみたが、マルベルトの新しいポーションの価格に勝てなかったこと。

 ランフォード総合商会がテナントの貸し出しを提案してくれたことを全従業員の前で説明したのだ。


 その話を聞いてわっと一番に声を上げたのは、ヘルカおばちゃん率いる薬花栽培士のおばちゃんたちだ。かたや薬師のベテランを中心に表情が硬い。


「え、じゃあ、お嬢。私たちの薬があのランフォードの店に並ぶってことかい?」


 ヘルカおばちゃんは、嬉しそうに頬を緩め、他のおばちゃんたちと弾むように喜んでいた。


「う、うん。引き受けたら、そういうことになるね」


 おばちゃんたちは、またわっと沸き立った。

 ランフォード総合商会に行ったことのあるおばちゃんたちの感覚では、夢のような話なのかもしれない。


「ちょっと待て。儂は反対だ」


 ここで待ったをかけたのは、調薬主任のゴードンおじだ。

 ゴードンおじが反対するであろうことは、私も想像していた。


「ランフォード総合商会で売るってことは、今までの冒険者向けの薬じゃなくて、一般家庭向けの商品を新しく開発しなきゃいけないってことなんじゃないか?」


 ゴードンおじの考えは的を射ている。顧客が違うのだから、商品もそれに合わせて作り変えないと売れる形にはならないだろう。


「そういうこと。市場調査をして、どんな薬の形にすべきか検討と検証が必要になるね」


「儂は先代たちが守り続けてきた秘伝の製法から離れるのは反対だ。品質だって、今みたいに均一にできるか分からないじゃないか」


 ゴードンおじが腕を組み、周りのおじちゃんたちもうんうんと頷いた。


「僕は、新しいことに挑戦するのは賛成です。だって楽しそうだ」


 おじちゃんたちに睨まれるのを気にせず発言したのは、うちに入って三年になる薬師のリオ・カスティルだ。

 リオは、王都に治療院を持つ医師の家系の出なのだが、三男ということもあり、実家を出てうちに働きに来ている。


 リオの能天気とも取れる発言におじちゃんたちがため息を吐いた――が、リオは全く気にせずに話を続けた。


「それに、そのカイル?って人が提案してきた想定月売上が銀貨千二百枚ってのも、良い読みだと思う」


「どういうこと?」


 私の発言にリオは頷く。


「治療院って、やっぱり料金が高いから貴族とか平民でも商家の富裕層とか、そういう人しか使えないんだ。だから、もっと低所得者層をターゲットにした家庭用の薬っていうのは、需要があると思う。顧客の数から考えたら、銀貨千二百枚もむしろ少ないくらいじゃない?」


 全員がリオの考えにあんぐりと口を開けた。

 ヘルカおばちゃんは、味方ができたとリオの肩をがっしりと掴み、丸椅子ごとおばちゃんチームに引っ張っていく。


「待て待て、そもそも、そのカイルって男は信用できるのか!?」


 丸椅子を倒して立ち上がったのは、荷役担当のハルトだ。私とそんなに歳は変わらないのだが、力仕事からちょっとした雑務までよく気がついて動いてくれる人材だ。


「お嬢は、エドリックってくそ野郎に長年騙されてきた前科がある」


「前科って」


 私は思わず苦笑いを返した。


「そのカイルって男にもお嬢が騙されてないか、俺は心配だ!」


 よく言ったと言わんばかりに薬師のおじちゃんたちがハルトの肩をがっしりと組んで自分たちの陣営に引き入れた。


 会議の意見が賛成派と反対派にぱっくりと別れてしまった。


 私は、何も発言しないでカイルが置いて行った資料を見ていた母に視線を送った。


「経理担当としては、どう思う。お母さん」


 全員の視線が母に集まった。

 

 いつもおっとりしている母だが、考え込むように首をひねってから顔を上げた。


「私は、うちの商会が生き残るためには、四の五の言わずにランフォードさんの提案を飲むしかないと思うの」


 おじちゃんたちががっくりと肩を落とした。


「でも、『はい、やれ!』って皆に言うのは、マティらしくないわ。だから、こうやって皆を集めて説明してくれたんでしょ?」


 母は私ににっこりと微笑んだ。


 私は、胸に引っかかっていたもやもやの正体が見えた気がした。


 やらないと生き残れないのは分かる。だけど、ずっと胸に引っかかっていたものがあったのだ。

 私は、皆に納得してもらって、全員で前を向いて進みたいのだ。


 母がそのことに気がついてくれたのが嬉しくて、少しだけ胸が詰まった。


「……ありがとう、母さん。よし……決めた」


 私は、皆の顔を見た。

 皆が私の言葉を待っていた。


「皆でランフォード総合商会を見に行こう。話はそれからだ」

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