表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬花の庭の主 ~倒産寸前の商会で、あなたが無駄と切り捨てた物を必要だと証明する~  作者: ポムの狼
第二章「新規事業」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/11

第10話 婚約破棄の代償

「この馬鹿者!」


 この怒声に、僕はただ目を瞑った。


 マルベルト魔道具商会の商会長室。

 机に肘をつき、怒りで額に青筋を浮かべる父に僕は内心で悪態をついた。



 父さんの考えは、前時代的だ。



「聞いているのか、エドリック!」


「聞いていますよ。商会長」



 早く終わらないかとは思ってるけどね。


 

 僕が表情を変えずに言うと、父は深いため息を吐いた。


「……どこで育て方を間違ったんだ。私は、自分の息子を浮気者に育てた覚えはない」



 ため息を吐きたいのは、こっちの方だ。



「その話は、以前ご説明しましたよね。これは浮気ではありません。そもそも僕はマティのことを愛していませんでした」


 父は、僕の言葉にまた口を引きつらせた。


「お前の言い分を聞いたとしても、私はお前が正しいとは思わない! お前には、人としての誠意が感じられない! マティに対しても、セレナ・ヴァルティア嬢に対してもだ! 『真実の愛』だなどと言うなら、先にマティとの関係にちゃんとけじめをつけるべきだったんだ! 違うか!?」


 僕はただ、父の怒りの嵐が過ぎるのだけを待った。考えるだけ無駄だ。


「どうせ、軽い考えでセレナ・ヴァルティア嬢に手を出したんだろ……はぁ、頭が痛い」


 説明しても無駄だから言わないが、僕とセレナの出会いは運命だったんだ。



 だけど、僕の表情が変わらなかったのが腹立たしかったのか、父は商会長室の机を強く叩いた。


「これを見ろ!」


 父は、机上の書類を一枚、僕に見せた。

 僕はその書類を受け取って、目を見開いた。


「なんですか、この金額……銀貨三千枚?」


 それは、マティが雇ったのであろう弁護士から届いた慰謝料請求書の書類だった。

 そこには、今後ヴェルナ薬花商会がマルベルト魔道具商会といかなる取引もしないこと、婚約破棄による精神的被害、風評被害、商会運営に関わる被害金として銀貨三千枚を請求すること、交渉には一切応じないので、期日までに請求金額を所定の口座に振り込むようにと書かれていたのだ。

 この金額は、マルベルト魔道具商会の月売上の三十パーセントほどもあたる額だ。


 全身から血の気が引いた。


「たかが婚約破棄で銀貨三千枚だなんて、おかしいです!」


「馬鹿か、お前は! これは、ただの婚約破棄ではない! お前が一方的にヴェルナ薬花商会との取引を切ったことも含めての請求だ! お前のやったことは、うちの商会にこれだけの損を出してるんだ!」


 まずい……

 まさか、マティがこんな法外な金額を請求してくるだなんて、思ってもみなかった。


 マティは、婚約破棄の話し合いの席でも泣いていた。

 なんだかんだ言って、幼馴染の情が残っているものと思っていたが、これにはそれが一切感じられなかった。


 ――あいつ。本当に自分の商会のことしか考えてないじゃないか。


 僕の中で、マティへの怒りが黒く渦巻くのを感じた。



「こ、このくらい……セレナのポーションは、水だけで作れるんですよ? 数か月で取り戻せるじゃないですか」


 僕の弁解に、父は顔の前で腕を組んだ。その表情は、依然として険しい。


「私はそうは思わない」


 何を考えているのか分からないが、父のヴェルナ薬花商会への信用は相当な物らしい。元々、マティの父親とうちの父が友人関係だったことも大きいのかもしれない。


「ヴェルナ薬花商会の技術は本物だ。私は聖女の奇跡にヴェルナと同じだけの品質を維持できるとは、どうしても思えない」


 品質も何もないだろう。

 だって、セレナの作ったポーションは、全ての不調が治る万能薬なんだ。全て治るのだから、それ以上に何がいるって言うんだ?


「僕とセレナで必ずマルベルト魔道具商会をさらに成長させてみせます」


 論より証拠だ。

 ここでなんと言おうと父が納得しないのは分かっている。

 結果が伴ってくれば、父も僕の考えが正しかったことが分かるはずだ。


 

 父は、僕の返事を鼻で笑った。


「好きにしろ。だが、もし失敗したら、マルベルトにお前の居場所はないと思え。お前はそれだけのことをしでかしたんだ。テオドール」


「な、なんでお前がここにいるんだ……?」


 お前は、隣国に最新の魔導技術を学びに留学中だったはずだ。


 父に呼ばれ、隣の部屋から入ってきたのは、弟のテオドールだった。

 テオドールは、はっきりとは顔に出していないが、どこか僕を睨んでいるように見えた。


「私が呼び戻した。テオドール、この請求書の支払いをすぐにしてきてくれ。少しでもこちらの誠意を示したい」


「承知しました」


 テオドールは、僕から慰謝料請求書の紙をすっと取った。


「兄さん、僕はマティ姉さんを尊敬してた。兄さんには失望したよ」


 テオドールは、耳もとでそう囁いてから隣の部屋へ戻っていった。


 めまいがした。

 足元の床がぐらぐらと揺らいでいるような気がした。



「あぁ、もう一つ言い忘れていた」


 父の言葉に僕は顔を上げた。


「ヴェルナ薬花商会がランフォード総合商会のテナントで店を始めるらしい」


「……は?」



 ――ランフォードだと。


 

 すぐに学生時代のカイルの顔が頭をよぎった。

 胸の奥がざわついた。



「お前が捨てたマティの価値をよく考えるんだな」


 父は、それだけ言うと満足したのか、机上の書類に視線を落とした。

 僕は、よろめきながら父に頭を下げて、商会長室を出た。



 廊下へ出ようと、扉を押すといつも以上に扉が重かった。

 廊下へ出てみると、そこにいたのはセレナだった。その目は、涙で潤んでいた。


「……盗み聞きしていたのか」


「ごめんなさい……だって、私のせいでエドリックがお父様に叱られているかと思うと」


 僕はセレナを抱きしめた。



「……大丈夫だ。セレナさえいれば、絶対に挽回できるはずだ。結果が出れば、商会長だって分かってくれるさ」


 そう思わないと息もできそうになかった。


 セレナの金の髪を撫でる。セレナは、僕の腕の中でぐすぐすと泣いた。



「あの……さっきの話」


「ん?」


「マティさんの商会がランフォード総合商会に出店する話です。どうして急にそんな話になったんですか?」


「あぁ……」


 僕は、セレナの手を引きながら、商会の長い廊下を歩いた。



「たぶん、カイル・ランフォードがマティに手を貸したんだ。あいつは僕とマティの元同級生なんだ」


 カイルの顔を思い出すと、今でもむかむかする。


 ランフォード総合商会の次期跡取りだったあいつは、いつも特別だった。

 同じクラスにいるはずなのに、教師も他の生徒たちもあいつを見るときだけは目の色を変えた。


 期待、羨望、そして嫉妬。


 それは、僕がどんなに足掻いても手に入れることのできないものだった。




 * * *




 僕は一人、呆然と廊下に張り出された期末考査の結果を見ていた。


 一番上には、カイル・ランフォード。

 その下には、マティの名前があった。


 そして、僕の名前もマティの下にあるが、点数は二人には、はるかに及ばなかった。



「今回の考査もカイルとマティが満点で首席?」


「見て、あれ。またやってる」


 僕は、皆の視線が集まっている方を見た。



「また同点だったな、マティ」


「ほんといや。どうしていつも勝てないのよ!」



 マティは心底嫌そうな顔をし、カイルはそれを見てからかって笑っている。


 カイルがそれをどこか嬉しそうにしている気がして、僕はそれが嫌だった。



 本当は、自分があそこに立っていたかった。



 寝る間も惜しんで勉強した。

 マティともほとんど一緒にいて、勉強時間は変わらないはずだ。


 だけど、結果は一緒じゃない。

 それが腹立たしかった。



 このまま卒業して、結婚してもずっとマティと並んで生きていかなきゃいけないんだろうか。僕だけがずっとマティより劣ったまま。



 僕は、自分の中に沸き上がった思いを首を振って誤魔化し、いつもの顔を作ってからマティに声をかけた。



「……マティ、今回も首席だ。すごいね」


「 ありがとう! エドが試験勉強に付き合ってくれたおかげだよ」


 マティは僕に声をかけられるだけで、本当に嬉しそうに笑う。

 それが僕に対する嫌味になっているとも気づかずに。


 だけど、ちょっとだけすっとすることもある。

 マティが僕を見て笑うと、カイルはすぐ目を逸らすんだ。

 

「マティ」


 僕がカイルに見せつけるようにマティの手を取ると、マティは頬を少し赤らめた。


「お祝いにケーキでもごちそうするよ。放課後に一緒に行こう」


「ありがとう!」


 マティが喜ぶとカイルが唇を噛む。


 それを見ると優越感を感じるのと同時に、マティがいないとカイルに勝てないことの裏表のような気がして、胸の奥が気持ち悪かった。





 * * *





「エドリック?」


 僕の顔を見て、横を歩くセレナが心配そうに首を傾げた。


「あぁ、ごめん、考え事をしてた。何か心配なの?」


「その……カイルさんという方が同級生なら、どんな方だったのか知りたいなと思って」


「え?」


「ほら、マティさんの薬をその人が売るなら、私たちのライバルになるかもしれないでしょ?」


 セレナは頬を膨らませて、ふんと意気込んだ。

 こういう健気なところも愛らしい。


 マティだったら、絶対こんな反応はしない。



「そうだな……カイルは、僕たちの学年でマティと一緒に常に首席争いをしてたかな」


 大商会の跡取り息子。

 高身長で容姿端麗。

 女にもモテて、勉強までできる男。

 それがカイル・ランフォードだ。嫌いになるなと言う方が無理がある。


「へ、へぇ……マティさんって勉強ができたんだね」


「そうだね。それだけがマティの唯一の特技だから」


 そして、僕が一番嫌いなところだ。



 セレナは不安なのか、自分の金の髪先を指でくるくると巻いた。

 不安そうに揺れる瞳を見ると安心できた。


「セレナと出会えて、本当に良かった」


 僕は、小さく震えるセレナの頭を撫でた。



 ――大丈夫。今はまだ結果が出ていないだけ。


 ヴェルナ薬花商会とランフォード総合商会が手を組んだとしても、セレナのポーションには勝てない。


 すぐに、商会長もテオドールも、マティもカイルも、僕が正しかったことが分かるんだ。

お読みいただき、ありがとうございました!


本当は、ここまでにしようと思ったのですが、エドリック視点で終わったら、気持ち悪いかなと考えを改めまして、もう一話おまけで投稿しようと思います!


明日こそ最終日ですw

マティとカイルが出ます(/・ω・)/



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ