第11話 カイルと市場調査?
ランフォード総合商会を全員で見学に行ったその日に、私はカイルが用意したテナント契約書に署名した。
その後、私は従業員たちをヴェルナ薬花商会に連れて帰り、各々新商品のアイディアを考えてくるように宿題を出した。
見学に行って二日が過ぎ、私は家の前の草の上に寝っ転がって、空を流れる雲を見ていた。
薬花の収穫もないし、ポーション制作も止まっているので、従業員たちは出勤してきていない。
うちは薬花の苗の販売や乾燥薬花の販売もしているが、それはフロルハイムの治療院や王都の薬剤店が定期的に買いにくるだけなので、私だけいれば十分なのだ。
明日までに皆でアイディアを持ち寄って会議の予定だから、私も机にかじりついて自分なりに考えてみたけど、いまいちぴんと来なかった。
だから、空を見ていたのだ。
前までマルベルトでは、うちの低級ポーションを銀貨一枚で売ってたけど、一般家庭向けに銀貨一枚は、高いよね。だとしたら、もっと効果とか用途を限定して安くできないかな。
でも、そもそもお客様がどんなものが欲しいのかが、分からないのよね。
雲を眺めながら、そんな事を考えていると自分の頭に影が差した。
「何してんだ」
「うわ、カイル!?」
青い空にひょっこりとカイルが顔を出した。考え事をしていたから、近づいて来ているのに全く気がつかなかった。
今日のカイルもスーツで仕事モードだ。
私はがばっと起き上がって、背中についた細かい草を払った。
「もう、急に来ないでよ」
「そんなこと言っていいのか? お前んとこに売場を貸してるのは俺だぞ」
すました顔で笑うカイルに私は眉を寄せた。
もしかしたら、今回のテナント契約は、カイルに自由に我が家を出入りする口実を与えてしまったのではないだろうか。
「はいはい、分かりましたよ専務。それで、我が商会にはどういった御用でしょうか」
「ちゃんと新商品の開発が進んでいるか偵察に来たんだ」
「専務なのにわざわざ来たの?」
……もしかして、暇なの?
「フロルハイムには、お前のとこ以外にも取引先があるんだ。ついでだよ」
本当だろうか。
私は、じっとりとした目でカイルを見た。
「それで、どうなんだ。進んでんのか」
「従業員の皆には明日の昼までに考えてくるように頼んだよ。あと、私も考えてるんだけど、なんかぴんと来なくてさ」
私の言葉にカイルがニヤリと笑った。
そして、私の腕を掴んで立たせた。
「よし、じゃあ市場調査だ」
「え、今から?」
「当たり前だろ」
カイルは私の腕を引っ張ってずんずんと庭を歩く。
家の前に着くとダイニングの窓を叩いた。
するとすぐに母が窓から顔を出した。
「ミラさん、マティを借りていきます」
母は、あらまあと口に手を当てるだけで反対してくれない。
「明日には戻ります」
「あした!?」
私は、カイルの言葉に驚いた。
カイルが私の顔を見て眉を寄せる。
「今から王都に行って、市場調査してたら帰りが遅くなる。ついでにうちの家族にもマティのことを紹介したい」
「なんで!?」
じょ、情報量が多すぎる!
市場調査だけじゃなくて、ランフォード総合商会の商会長に挨拶するってこと?
「だから、ついでだ。お前の所は、今少しでも出費を抑えたいだろ? 部屋くらい貸してやるからうちに泊まればいい」
カイルが何を言っているのか分からなくて、私は頭が混乱した。
「ほら行くぞ」
「ちょっと待って、せめて着替えさせて!」
商会長に挨拶に行くのに、普段着のままというのはさすがに失礼だ。
私は、カイルの手を振り払って、大急ぎで家に駆けこんだ。
* * *
商談用の恰好に着替えた私は、カイルの向かい側に座り馬車に揺られていた。
前に我が家の前に止まっていたランフォード総合商会の家紋が入った馬車だ。
すごく座り心地が良くて、逆に落ち着かない。
カイルは、私を見てなぜか上機嫌だ。
「何よ……じろじろ見ないでくれます? 専務」
「別に見てない。俺の前にお前が座ってるから、たまたま視界に入ってくるだけだ」
鬱陶しいって言いたい。
私は、ぐっと心の声を腹のうちに留めた。
切り替えろ、私。これは、仕事だ。目の前にいるのは、腹の立つ同級生ではなくて、腹の立つ上司だ。
私は、ふぅっと長く息を吐いてから、仕事用の笑顔をつくった。
「では、専務。市場調査には、どこに行くのか教えてください」
カバンからノートとペンを取り出す。
「そうだな……その前にうちの客層について話をしておこう」
カイルのにやけていた顔がすっと切り替わった。
「うちの客の大半は主婦や家族連れだ。あとは、一般女性客と近隣の職人や労働者も少しは来る」
「じゃあメインターゲットは、主婦層ってことね」
私はノートにカイルが説明してくれたことをメモしていく。
「そうだな。当面はそれでいいだろう。あとうちの売り上げは食料品が三割、衣料品が二割、洗剤なんかの日用品が二割といった感じだ。他は、本、文具、雑貨などの他の物だ」
「地域の生活を支えてるんだね」
カイルは頷く。
「うちの理想は、ここさえ来れば欲しいものが一通り揃うっていうことなんだ。だからヴェルナ薬花商会に出店を依頼した。医薬品は今うちでは扱ってない。そこがうちの弱い所だ」
私はうんうんと相槌を打ちながらメモしていく。
「何か、お客様のかゆいところに手が届くような商品にできるといいね」
「そう言うことだ。今日の市場調査は、王都にある他の薬剤店を見に行くぞ」
* * *
馬車が止まったのは、王都で一番大きい薬剤店のアルバレス薬舗だった。ここは実はうちの乾燥薬花も卸しているので、店長は知り合いだ。
馬車が止まると御者が馬車の扉を開け、カイルが降りた。
私も続いて降りようとしたのだが、カイルが馬車の外から私に手を差し出していたからぎょっとした。
「いや、専務。私、スカートじゃないから自分で降りられます」
普段は馬で移動するから、私の商談服はスカートではなくてキュロットなのだ。
「そういう問題じゃない。俺が女性をエスコートしていないところを誰かに見られて、うちの評判が悪くなったらどうする。四の五の言わずに、さっさとしろ」
まぁ、それもそうか。
つまりこれは、私の所作もランフォード総合商会の営業につながるってことね。
「分かりました。では、お言葉に甘えて失礼いたします」
私はカイルの手を取って、馬車を降りた。
降りるとカイルが腕を出すので、仕方なく腕を組んだ。
これは、営業活動だ。
アルバレス薬舗のガラスの扉を開けると、ドアベルのカランカランという音が鳴った。
「いらっしゃいませ……おや、マティじゃないか」
「ご無沙汰しております。アルバレス店長」
接客に来てくれたのは、店長のヴィクトル・アルバレスさんだ。ベテランの薬師で私とも顔見知りだ。
店長は私とカイルの顔を交互に見て、ほっと息を吐いた。
「マティ、そちらの方は」
「ご紹介いたします。こちらランフォード総合商会専務のカイル・ランフォードさんです」
カイルは店長に笑顔で挨拶をした。
店長は、カイルの名前を聞いて、白い髭を揺らして驚いた。
「これはこれは、ランフォード総合商会のご子息でしたか、失礼いたしました」
店長も深く頭を下げた。
「マティ、マルベルトとのことを噂に聞いていたから、私も心配していたんだ。うちの薬花を買う量は増やせないが、うちの息子の嫁に来てもらえないかと思っていたんだが、いらない心配だったみたいだな」
「まったくです」
カイルが変な相槌を打ったので、私は足でカイルの足を蹴飛ばした。
「おかげ様でランフォード総合商会で出店させていただけることになりました。今日は勉強のために店を見学したいのですが、よろしいですか?」
店長はひげを揺らして、笑った。
「もちろんだ。ゆっくり見ていってくれ。何か質問があれば答えるから」
カランカランとドアベルが鳴って、店長は私たちに頭を下げてから新しい客の元へと向かった。
私とカイルは腕を組みながら、店の中を順番に見て歩いた。
うちが以前マルベルトに卸していたような回復薬の他にも、解熱剤や咳止めといったような粉薬が大きな瓶に詰められて棚に並んでいる。客が注文し、店員が必要な量を測り売りするスタイルらしい。
「あ、これ、うちの薬花を使ってる」
整腸薬の大びんに貼られたラベルにヴェルナ薬花商会の文字を見つけて嬉しくなった。
「値段も見てみろ」
「え、あ、はい」
私は値札の所を見た。一日分で銀貨一枚、三日分で銀貨二枚、七日分で銀貨四枚と書かれていた。なるほど、まとめ買いをした方が少しだけお得なのね。
私は、カバンからノートを取り出して、値段をメモした。
「貴族や治療院向けの価格帯ですね。うちだとこの値段では売れませんね」
「そうだ。アルバレスと戦う必要はない。客層がそもそも違う。だけど参考にはなるはずだ」
そうこう話をしているうちに、店長がこちらへ戻ってきてくれた。
「何か気になることはあったかい」
「あ、では、質問してもいいでしょうか?」
店長は、もちろんだとにっこりと微笑んでくれた。
「最近お客様から多いご相談などありますか?」
「そうだな……慢性的に多いのは、喉の痛みや咳、熱といった風邪症状だな。あとは、貴族は机と向かい合ってする仕事が多いから、目の疲れや肩こりみたいな相談も多いかな」
「なるほど! 普段の生活やお仕事からくるお悩みがあるんですね」
これは何か大きなヒントをもらった気がするぞ。
じゃあうちの商会で作るとしたら、主婦の悩みや困りごとから商品を考えると良いのか。
母さんとか商会のおばちゃんたちの意見が参考になりそうだ。
私は、新商品の糸口がつかめた気がした。
なろうには、これで完結にします!
カクヨムにて、7月より本編を投稿しますので、また遊びにきてくださいませ(/・ω・)/




