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薬花の庭の主 ~倒産寸前の商会で、あなたが無駄と切り捨てた物を必要だと証明する~  作者: ポムの狼
第一章「守りたいもの」

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第4話 噂はもう広がっていた

「よ、マティ、元気にしてたかって……なんだこれ? 葬式の相談か?」


 私は、この無神経な男を睨みつけた。


「カイル! いつも勝手に家に入って来ないでって言ってるでしょ!」


 この男は学園時代の同級生、カイル・ランフォードだ。

 顔だけはいい。

 だけど、その口を開けば人を怒らせる天才である。

 卒業してからは、勝手に我が家にも遊びに来るようになってしまって、正直言って迷惑だ。


「マティ! ランフォードさんに失礼なこと言わないの!お友達でしょ!」


 ぴしゃりと私を叱ったのは母だ。

 このカイル・ランフォードという男は、王都に本店を持つランフォード総合商会の跡取り息子でもある。だから、我が商会の私以外の全員がカイルに頭が上がらないのだ。


 ていうか友達じゃない。ただの元同級生よ。



「あぁ、ミラさん。今日もお美しいですね。これ、お土産です。商会の皆さんで召し上がってください」


「まぁ、いつもありがとうございます」


 カイルは我が家のダイニングにもお構いなしで入ってきて、母に大きな箱を手渡した。エミルもカイルが持ってくるお土産のお菓子をいつも楽しみにしているので、カイルに飛びつく。

 カイルはひょいとエミルを抱き上げて、そのもちもちほっぺに勝手に頬ずりをした。


「人の弟で遊ばないで!」


 私は、カイルからエミルをもぎ取って、もちもちほっぺにキスをした。

 弟のほっぺは私だけのものなんだから。




「お嬢」


 ゴードンおじが小声で私を呼んだ。


「ランフォードさんに相談してみたらいいんじゃないか」


 私はゴードンおじの言葉に眉を寄せた。


「嫌よ」


「でも」


「ぜったいに嫌!」


 学生時代の嫌な思い出がよみがえる。


 私がエドリックの隣を常に歩いていたから、それを見たカイルが私に「お前はマルベルトの金魚のふんか?」って言ったのよ。

 思い出したら、また腹が立ってきた。


 私が婚約破棄したなんて話をこいつにしたら、絶対に腹を抱えて笑い転げるに決まっている。



「お、なんだなんだ? 教えてくれよ」


 カイルはもうすでにニヤニヤした顔をしている。

 絶対に言いたくない。


 私はここでハッとして時計を見た。

 早いこと領主様に報告に行かないと。

 時は一刻を争うのだ。



「じゃあ、ひとまず領主様の所へ行ってくるから、皆は仕事に戻って」


「お嬢、従業員の皆にこのことは?」


 ヘルカおばちゃんだ。おばちゃんの心配はもっともである。


「まだ言わないで。きっと心配するだろうから。私が今月中に新しい取引先もなんとかする。それでいいよね? お母さん」


「そうね。今月くらいなら、なんとかなるわ」


「じゃあ出かけてきます」


 何があったのか知りたいのか、きょろきょろとみんなの顔を見ていたカイルを後目に、私は急いでダイニングを出た。




 私は、着替えのために階段を駆け上がり、二階の自分の部屋に入った。

 入ってすぐの姿見で自分の顔と向き合った。

 

 頬には涙の痕。私はそれを手でなぞって整えた。

 日に焼けた作業用のワンピース。


 この格好じゃ、戦えない。


 作業用のワンピースを脱いだ。

 くるぶし丈の深緑のキュロットに白のスタンドカラーのブラウス。同じ深緑のジャケットを羽織ってから髪をさっと引き抜いた。リボンで髪をまとめ、ジャケットの襟には銀のヴェルナ薬花商会のブローチも止めた。


 もう一度鏡を見て、化粧もしっかりと直す。


 私の顔が商会の顔。

 ――もう、泣かない。


 私は、口紅を引きながら、自分に言い聞かせた。


 領主様に報告に行った後、すぐに王都に行って商談もできるようにスーツケースを二つ引っ張り出した。

 一つには、替えの下着などの簡単な旅支度。

 もう一つは、空のまま持って部屋を出た。


 階段を駆け下りると、気の利くゴードンおじがもう一つのスーツケースに詰めるものを玄関に準備しておいてくれた。


「お嬢、ポーションを商会のサンプル用に瓶詰めしてきた。持って行ってくれ」


「ありがとう、ゴードンおじ」


 ゴードンおじと一緒に空のスーツケースにぎっしりとポーションを詰めた。

 ポーションは実際に使ってもらわないと商談ができないから、どうしても荷物が多くなってしまう。


 でも、使ってもらえば、絶対にうちのポーションの良さが分かってもらえるはずだ。

 私には、その自信があった。


「じゃあ、行ってくるね」


「あぁ、気をつけてな」


 ゴードンおじに見送られながら、私は家を出た。




 家を出てすぐの厩舎に向かう。

 うちは、馬車や御者なんていう贅沢な移動方法は使えないので、基本的に移動は馬だ。


 厩舎に入ると愛馬のデューが私を見て嘶いた。


「デュー。重いけどお願いね」


 デューに手綱や鞍、両側にスーツケースも専用の皮具で止めていると、カイルがまたそこへひょっこりと顔を出した。



「何よ。何も言わないからね」


「マルベルトがセレナ・ヴァルティア子爵令嬢に乗り換えた話のことか」


 私は、カイルの言葉にあんぐりと口を開けた。


「もしかして、お母さんが何か言ったの!? それかヘルカおばちゃんか」


 裏切ったわね。あんなに言わないでって言ったのに。


「違う。聞かなくても分かる。お前は知らないかもしれないけど、王都ではその話が結構噂になってるんだ」


「噂って……ついさっきの出来事よ。噂になるはずがないじゃない。変な冗談は、やめて」


 私はデューの手綱を引いて、厩舎を出た。

 すぐにカイルも勝手に我が家の厩舎に入れていた自分の馬を出して跨った。


 私は、馬に跨るカイルを下から睨みつけた。


「まさかとは思うけど、ついてこないでよね」


「残念。たまたま行先が一緒なんだ。今日はフロルハイムに宿を取ってる」


「あっそ」



 私もさっとデューに跨り、先に走らせた。カイルを見ながらの移動は考えたくもない。

 姿勢を低くして、愛馬の腹を蹴った。


 かなりの速さで走っていたのだが、すぐにカイルが追い付いてきた。


「もう! ついてこないでってば! そんなに私のことを馬鹿にしたいわけ?」


「自意識過剰か。俺は、誰かの後ろを走るのが嫌なんだ。別にお前だからじゃない」


 頭の中で何か金属がぶつかり合う音がした。



 私は、愛馬の腹を蹴って、さらにスピードを上げた。

 だけどすぐにカイルも追いついてくる。


 互いに抜きつ抜かれつを繰り返し、領都につく頃には、お互いの馬がぜえぜえと苦しそうに息をしていた。




「今日のところは、引き分けにしておいてやる」


「はあ? どこ見てんのよ。うちのデューの鼻先の方が先に領都に入ってたわ」


「それを言うなら、うちのポピーの足の方が先に領都の石畳を踏んでた」


 カイルはニカっと笑いながら腕を組んだ。私を怒らせるのがよっぽど楽しいらしい。こういうところが嫌なんだ。



 私はふんとそっぽを向いて領門近くの共同厩舎に向かう。これ以上カイルと話していてもイライラが募るだけだ。

 共同厩舎には、顔見知りのおじいちゃん厩番がいて、私とデューを見るとにっこりと微笑んだ。


「おじいちゃん、夕方には迎えに来ます」


 お爺ちゃんがにっと笑う。


「なんだ、隣のにいちゃんとデートかと思ったぞ。明日まで預かってもいいんだぞ」


「な」


 他人から見たら、私とカイルってそういう風に見られてるの!?

 考えただけで鳥肌が立った。


 カイルの馬を預かっていたおばあちゃんがゴツンとおじいちゃんにげんこつをした。


「もう、あんた! 余計な事言わないの!」


「ほんとに、私とこの男はなんの関係もないから、勘違いしないで。夕方には戻ります」


 私はとにかくカイルから離れたくて、急いで厩舎を出た。


「マティ、昼飯一緒に食わないか? おごってやるぞ」


 後ろからカイルの声がした。本当にしつこい。


「結構です! 本当に急いでるから、もう声かけないで!」


 私は領都の中央にそびえ立つ領城へ向かって、石畳を蹴って走った。




 * * *




 領城ですぐに兵士に声をかけた。ヴェルナ薬花商会のマティ・ヴェルナが急用で領主様に謁見を願いたいことを伝える。すると程なくして、城の中へと通される。


 我がヴェルナ薬花商会は、このフロルハイム領の屋台骨。

 領主のローガン・フロルハイム様には、私が子供のころから可愛がってもらった仲だ。


 城の執事に案内され、領主の執務室へと通された。


「失礼いたします」


「あぁ、マティ。よく来てくれた。私もちょうどマティに話があったんだ」


 ――領主様が私に話?

 私は首を傾げた。


 領主様に導かれ、向かい合う応接用のソファに座った。


「マルベルト魔導具商会の息子と婚約破棄になって、ポーションの取引も打ち切られたそうじゃないか」


「ど、どうしてそれを知っているんです!?」


 エドリックと婚約破棄の話し合いをしたのがつい数時間前のことだ。領主様の耳に入るにしては、早すぎる。


 領主様は深いため息を吐いた。


「ヴァルティア子爵が社交界で触れ回ってるんだよ。だから王都では噂になってる」


 私は、全身の血の気が引いた。


「……え、でも、マルベルトから婚約破棄の話があったのは、ついさっきの出来事なんです」


「こちらがマルベルトやヴァルティアの悪評を広げる前に先手を打たれたんだよ。向こうは『真実の愛をヴェルナの娘が認めず、なかなか婚約破棄にならない』と」


「わ、私、そんなことしてません! さっき、エドリックから初めて話を聞いて、婚約破棄に合意したんです!」


 領主様は首を横に振った。


「私はマティに何の落ち度もないことは分かってる。だけどそれだとヴァルティア子爵の肩身が狭い。大方そんなところだろう」


 信じられない。人の気持ちを踏みにじるだけじゃ飽き足らず、こんな仕打ち……


「こんなの……あんまりだわ」


 私は、両手で顔を覆った。


「マティ……気の毒だが、社交界の噂もあって、表立ってヴェルナ薬花商会を私が支援することができない。私が動くと、ことがより一層大きくなる恐れがある」


 何も言い返せなかった。


「大変だとは思うが、マティ、君がやるしかないんだ」




 領主様の執務室を出た私は、拳をぎゅっと握った。


 期待していた領主様の支援は受けられなかった。

 ならもう、王都へ行くしかない。


 一件でもいい。


 新しい取引先を私が見つけるしかないのだ。

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