第六話 ダンジョン関係各所とMr.傍若無人
半ば以上強制的な招集を受けた二人は、佐久間に先導される形でダンジョンに併設されている探索者協会の支部を歩いていた。
「悪いな。探索を終えたばかりなのに、此方の事情で付き合わせてしまって」
「あ、全然大丈夫です。大して疲れてませんので」
申し訳なさそうに謝罪する佐久間に対して、華はとても気軽に返事をする。
なし崩し的に案内人の役目を請け負った佐久間も、蓮たちと同じ探索者。探索明けの疲労度は身をもって経験している為、二人を付き合わせる事に罪悪感を感じているのだろう。
だが、華からすると罪悪感を感じられるの方が申し訳無い。【ロータス】の二人は例外に属する探索者だ。華は基本、少し重めの荷物を持ってダンジョンの中を歩き回るだけだし、戦闘を行う蓮に関しても、本人が規格外過ぎるので疲労しているのかすら不明という有様。
そもそも今回の件に関しては、佐久間は完全にとばっちりで仕事が増えているのだ。これで謝られると、逆に辛いというのが華の本音である。
「凄いな。流石は中層の探索者だ」
「いえいえ! 私達なんて碌なもんじゃありませんよ。非常時に率先して動ける佐久間さんの方が、余程凄いです」
「いやいや。謙遜はしなくて大丈夫だ。実は私達のパーティーも、中層に足を運んだ事はあるんだよ。だが一度戦って、即座に撤退した。あそこで戦っていては身がもたないと全員が判断してね。そんな場所を若い二人だけで探索しているんだ。キミたちは十分以上に優秀さ」
お互いに罪悪感がある為か、謙遜とお世辞のループが発生しだした。まあ、自分たちの事を碌なもんじゃないと言っている辺り、華の方は間違いなく本音を言っているのだが。
尚、碌なもんじゃない代表の蓮は、面倒な会話になった事を察した時点で、歩く速度を落としてフェードアウトしている。ただでさえ華に佐久間の対応を投げているというのに、本当にロクでなしだ。
結局、同行者の制止がなかった為、二人のループは目的地である会議室に到着するまで続いてしまった。
「到着だ。では私はこれで。ああ、最後でこれを言うのもなんだが、私のパーティーは【東雲一門】という。探索中に縁があったら、その時は宜しく頼む」
最後にそう言い残し、佐久間は来た道を戻っていった。
キビキビと去っていく後ろ姿は、正しく出来る大人といった雰囲気だ。特に会話をしていた華はそう感じており、一歩引いた所でボケっとつっ立っている相方との差に悲しくなった。
「はぁ……。何で同じ男なのに、佐久間さんと蓮じゃこうも違うんだ……」
「皆違って皆良いって言うだろう」
「お前は違ってるんじゃなくて間違ってるんだよ」
偉大な文化人の名言でも、流石に蓮のようなロクでなしは範疇外の筈だ。
「まあ良いじゃねえか。ほれ、さっさと済ませて帰ろうや」
「それ絶対お前の言って良い台詞じゃねえ!」
まあ良いで済ませられる問題ではないのだが、蓮は暖簾に腕押しといった様子で扉を開ける。尚、ノックはしていない。
「おまっ、せめてノック!」
慌てて華が呼び止めるが、蓮はそれを無視してズカズカと部屋の中に入っていく。
「呼ばれたから来たぞ千さん」
「……四扇君。一応、会議中だからね? せめてもう少し静かに入ろう?」
甚平の少年という闖入者のせいで固まった面々の中、唯一蓮とマトモに面識のある【小川公園ダンジョン探索者協会支部】支部長の千田川涼介が、ため息を吐きながら蓮の事を窘める。
だが、くたびれた中年といった風体の千田川では、蓮の相手は少々荷が重い。実際、蓮は千田川の注意を気にする事なく、適当な空いてる席に勝手に座ってしまった。……後ろをついて行く事になった華が、とても身を小さくしているのがホロりと涙を誘う。
「……えっと、千田川さん。このマナーのなってない少年たちは?」
固まっていた面々の内、特に厳しい風体の男が最初に復帰し、それに続くように残りの人間も再び動き始めた。
そして復活した全員は、蓮たちを厳しい目で睨んでいる。華は完全にとばっちりだが。
そんな彼等を前にして、千田川はまあまあと一度全体を宥めに入る。そして話を円滑に進める意味も込めて、この場にいる全員に蓮たちの紹介を行った。
「そうですね。まずは彼等の簡単な紹介を。皆さん、この二人が先程お話した【ロータス】の桜華さん、四扇蓮君です。二人共、彼等が今回の事態の解決に当たってくださる方々です。右から【ダンジョン庁】の木村さん。陸上自衛隊の【第20ダンジョン攻略連隊】所属の鮫島一等陸尉、同じく大沢二等陸尉。【国立ダンジョン研究所】の水戸さんです」
「あ、ども」
「よ、よろしくお願いします……」
千田川に紹介されたので、軽く会釈する蓮と、恐る恐る頭を下げる華。
だが残念な事に、会議のメンバーから返事は帰ってこない。蓮は兎も角、華の方は刺々しい空気に泣きそうになった。
「……取り敢えず、少年たちが生存を危ぶまれていた中層の探索者であるという事は理解しました。無事が分かったのは喜ばしい。……ですが、何故この場に彼等を呼んだのです?」
冷え冷えとした声音で語るのは、木村と呼ばれたダンジョン庁職員だ。喜ばしいと言っているが、明らかにそれが表面上の物でしかないというのが分かる。
ただ木村の言っている事は正論ではある為、千田川も木村の態度を咎める事はなかった。
「そうですね。木村さんの疑問は尤もです。他の皆さんも、言葉にしてはいませんが同じ気持ちでしょう」
「千田川さん、前置きは結構です。今は非常時。説明は簡潔にお願いします」
「おっと、これは失礼。私が【ロータス】をこの場に呼んだ理由ですが、彼等が深層を探索した実績を持っているからです」
「馬鹿な!?」
千田川の言葉に声を上げたのは、自衛隊の鮫島だ。その目はこれでもかと開かれ、震える身体が彼の驚愕の度合いを表している。
「そんな事は有り得ない! 深層は装備を整えた我々自衛隊ですら探索を断念した魔境だ! 民間人が挑めるような領域じゃない!」
「ええ。それは私も良く理解しております。ですが、これは事実です。冗談のようですが、彼等は実際に深層の物と思われる魔石を持ち帰った。水戸さん、そうですよね?」
「……確かに先日、件の魔石は我々の元に提供されました。自衛隊の方々から提供された、深層のサンプルとほぼ同等の品質という事も確認済みです。お陰で、柴崎主任が歓喜してましたよ」
話を振られた水戸は、苦笑を浮かべながらも、確かな口調で断言する。
「いや、しかし、偶然中層で似たような品質の物が手に入った可能性も……」
「有り得ません。我々に提供された魔石は七個ですが、その全てが深層の物と同等の品質でした」
「なんと……」
悪足掻きすらも国直属の研究機関に潰され、鮫島は力なく座り込む。
そんな鮫島の反応を見て、案外簡単に引き下がるんだなと、ぼんやり彼等を眺めていた蓮は少々意外に感じていた。
だが、蓮の感想は少しばかり的外れであった。鮫島は水戸の証言によって引き下がったのではない。提供された魔石が、七個という事に衝撃を受けたのだ。
「七体だと……? あの怪物たちを……?」
鮫島は知っていた。最前線で戦った部下たちの報告で、深層のモンスターがどれだけ理不尽な存在なのかを知っていた。深層にいるのは、正真正銘の怪物なのだ。無数の銃撃による制圧射撃を容易く食い破り、無反動砲による砲撃ですら仕留める事の出来ない、意志を持った理不尽。人類の叡智の結晶で武装した数多の兵士たちを、まるで玩具のように蹂躙してみせた怪物たち。
先程言った魔境という台詞は、ちんけなプライドや保身から出たものでは断じてない。数多の部下たちの犠牲の上で確立された、純然たる事実なのだ。
「有り得ない……!」
そんな魔境の怪物達を、七体も屠った? そしてそれを成したのが、甚平と木刀しか身に付けていないあの少年と、少年よりはマシとは言え、一般的な探索者の枠から出ない装備を纏った彼女だと?
普通なら一蹴するレベルの冗談だ。だが、冗談では無いという。ダンジョン発生当初の地獄を知っている身としては、あまりに衝撃的過ぎる事実。部下である大沢も絶句しているのだから、やはりこの感想は間違っていないのだろう。
まさか強力な未発見のスキルか?と鮫島は思考を巡らせるが、その可能性も低いと直ぐに結論を出す。スキルの痒い所に手が届かないもどかしさは鮫島も承知しているのだ。幾らファンタジーに侵食されようが、ここは現実。そんな破格の性能のものがドロップするなど、それは奇跡と大差ない。勿論奇跡が起きた可能性はゼロではないが、探索者制度が施行されて現在まで、膨大とまでは言わないがそこそこの数のスクロールが報告されている。その中で人間の限界を大きく突破するようなものは見つかっていないのだから、やはり可能性としては低いと言わざるおえない。……じゃあアレは何だという話になるのだが、そんなこと鮫島にも分からない。
そんな風に鮫島の思考が堂々巡りをしている中、口を開いたのは木村だった。
「……ふむ。彼等が優秀なのは理解しました。つまり、彼等にも手伝って貰うと、千田川さんはそう仰っているのですね?」
「ええ。そういう事です、木村さん」
「いや、流石にそれは駄目でしょう。千田川さんの意見にケチをつけたい訳ではないですが、幾ら優秀と言っても民間の探索者ですよ? それにまだ子供じゃないですか。そんな二人が増えた所で、何が変わるというんです。むしろ、何かあった時の事を考えると、リスクの方が大き過ぎます」
【ロータス】に協力を要請するという千田川の方針を、木村は常識という観点から否定する。
官僚である木村にとって、ダンジョン関係は非常にデリケートな問題だ。世論はただでさえ、ダンジョン関係に敏感なのである。今でこそダンジョン肯定派がやや優位な形で拮抗しているが、かつて否定派が優勢だった時期には、国内全てのダンジョンを封鎖するなんて意見が出た事もあった。
そんな過去があるからこそ、日本政府としてはダンジョン否定派が活気づくようなネタを与える訳にはいかないのだ。
「今、我が国はダンジョン先進国としての地位を世界で確立しつつあります。そんな中で、世論が否定派に流れるような方針は流石に看過できません。それに子供に武力で頼るというのは、我が国の安全保障の面でも問題です。ですのでダンジョン庁としては、【ロータス】に協力を要請するのは認められません」
「そうですか……。それは残念ですね」
官僚としての立場から、木村は最終的な決定を降してみせる。探索者協会は所詮、ダンジョン庁の下部組織である。木村がダンジョン庁として否と言えば、千田川がそれを跳ね除けるのは難しい。
「ちょっと待って頂きたい」
故に、そこで鮫島が待ったを掛ける。
「……なんでしょうか? 鮫島さん」
「確かに木村さんの言っている事は尤もです。ですが、子供に頼る情けなさを承知した上で、私は彼等に協力を要請します」
「んなっ!? 正気ですか!?」
「正気です。面子や世論も確かに大事ですが、私は部下の命も預かっています。部下が生き残る可能性が上がるなら、彼等には是非協力して貰いたい」
木村が官僚としての立場で意見するというのなら、鮫島は兵士の命を預かる指揮官としての立場で主張する。
彼等は自衛隊だ。国を護る、国民を護る事を志した者たちだ。当然、彼等は国の為に命を懸ける可能性がある事を理解しているし、それに殉じる覚悟もある。
だが、だからと言って皆死にたい訳では無い。仕方ない事もあると理解はしていても、生きられるのなら生きたいという思うのは当然だ。
そして鮫島には、そんな彼等の当然の願いに最善を尽くす義務がある。【ロータス】に協力を要請するのが最善ならば、鮫島は全責任を負った上で協力を要請してみせる。
「だが子供ですよ!? 子供を荒事に引っ張っていって、貴方たちは恥ずかしくないのですか!?」
「恥ずかしいに決まってます。ですがね、ダンジョン関係は我々の常識が通用しないのです。専門外である貴方にも分かり易くお教えしましょう。深層のモンスターは単体で戦車に匹敵する戦闘力を持っています。そんな怪物が無数に存在するのが深層です」
無反動砲の直撃にも耐える肉体と、土嚢で造った防壁を容易くぶち破る攻撃を持ち、それでいて銃撃すら躱してみせる敏捷性を誇るのが深層のモンスターだ。
「そこに挑み、あまつさえ七体のモンスターを屠った彼等は、人類最高峰と言っても過言ではない単体戦力です。最低でも深層並の強さを持つと推測される特殊個体を相手にするには、彼等の力は絶対に必要です」
「ですがねぇ!」
方や政府の役人として、方や兵を指揮する指揮官として。立場の異なる二人の主張は、交わる事なく平行線を辿っていく。
しかし、状況というのは時間と共に進む者だ。木村も鮫島もそれは理解している為、話の内容はやがて妥協点の探り合いに変わり、程なくして終息を迎えるだろう。
「あー、ちょっと良いっすかねぇ?」
だが、それを許さぬ者がいた。彼等のやり取りを、今の今までボケっと眺めていた蓮である。
突如として割って入ってきた蓮によって、話し合いは一時中断となる。
「俺たちが協力するかしないかを、俺たちに聞こうともせず話し合ってるのはまあ……んー、良いとしときましょう。こっちが決めてから二転三転される方が腹立つし」
まず牽制とばかりに、木村に鮫島、あとついでに千田川に対して、蓮はぶっとい釘を刺す。
大人に対してなんとも不敵な行為であるが、地味に正論でもある為、木村と鮫島を頬を引き攣らせ、千田川は苦笑するしか出来ない。
「そんじゃ本題に入る前に、まず確認を。この会議は今日現れた特殊個体、二面四臂の鬼神への対応って事でおーけー?」
「ああ。そうだよ」
「はいはい。んで、鬼神の対応するのに、文官武官で意見が割れてるのが今」
「そういう事だね」
千田川の肯定を聞き、蓮は件の二人に向き直る。
「個人的な意見としては、アンタらの話し合いは見てて結構楽しいのよ。これで意外と、議論とか話し合いとか眺めるの好きなのね、俺」
「……一体、何が言いたいのかな? 」
「いやね? 俺としては見ていたいのは山々なんだけど、そろそろ帰らないといけないんだわ。ほら、探索って一応労働扱いだし。俺まだ高校生だから、労基で探索関係は二十二時までって制限されてんだよ」
いきなり法律の話をされ、木村も鮫島も少々面食らう。しかし、話の脈絡は兎も角として、内容自体またも正論である為、なんとコメントを返せば良いのか悩んでしまった。
蓮の言う通り、現在時刻は夜の二十時四十五分。まだ時間はあるとはいえ、確かにゆっくりしている余裕は無いだろう。
なので蓮は、大変名残り惜しそうな表情を浮かべながらも、この会議を終わらせる言葉を発した。
「真剣に話し合ってる所悪いんだけどさ、もう実は倒しちゃってんだよな。宿儺ーー件の特殊個体である、二面四臂の鬼神をよ」
仕事やめたい……ずっと書いてたい……




