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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第9話 - 最初のきっかけ

雛華は次の言葉を探すように、しばらく川を見ていた。


「私さ、話を聞く前は、普通に喧嘩した幼なじみだと思ってた」


「まあ、そう見えるよね」


「想像してたのと全然違ったよ」


「僕も説明しにくいんだよ」


「だろうね……」


少し間が空いたあと、雛華が続けた。


「でも、やっぱり変だよ」


「何が?」


「灯さん。嫌いな人の家に一年半以上毎日行く?」


「分からない」


「嫌いな人のために毎日ご飯作る?」


「分からない」


「嫌いな人の服着て、その人のベッドで寝る?」


「分からない」


「全部分からないじゃん」


「だから困ってるんだよ」


二人とも少しだけ笑ったが、雛華はすぐに話を戻した。


「私には、灯さんが淡を嫌ってるようには見えない。学校で見てても」


「話しかけるなって感じでしょ」


「それはそう。でも、みんなに対してでしょ?」


その指摘には、すぐに返せなかった。

確かに、今の夕日は淡以外に対しても距離を取っているように見える。


「淡にだけ冷たい、とは違う気がする」


「でも僕とは話さない」


「淡も話しかけないじゃん」


「そうだけど」


「それは、怖いからでしょ?」


「……うん」


「じゃあ、灯さんも怖い可能性は?」


『怖い』という言葉だけは、淡の中に引っかかった。


「灯さんも、淡に話しかけるのが怖いんじゃない?」


「なんで?」


「知らないよ。私は灯さんじゃないから。でも、淡と同じように、何か怖いものがある可能性はあるでしょ」


淡は何も答えなかったが、考えたことがなかったわけではない。

夕日が毎日家に来て、食事を作り、家で過ごし続けていることと、淡に一言も話さないことは、どう考えてもきれいにはつながらない。

嫌われているという一つの答えだけで考えれば、今も続いている夕日の行動の方が説明できなかった。

それでも、夕日も同じように怖がっているのだと期待するのは、淡にはできなかった。


*


しばらくして、二人はベンチを立った。

雛華はスカートを軽く整え、淡は空になったペットボトルを手に、並んで駅の方へ歩き始める。

少し歩いたところで、雛華が口を開いた。


「二つ聞いていい?」


「何?」


「まず一つ目。淡は、灯さんとどうなりたいの?」


どうなりたいのか。

付き合いたい、恋人になりたいという話ではない。

淡が望んでいるのは、もっと前の、もっと単純なところだった。


「話したい。また名前を呼んでほしい」


「名前?」


「うん……。僕が『夕日』って呼んだら、普通に『なに?』って返してほしいし、夕日からも普通に『淡』って呼んでほしい」


昔なら、何百回、何千回、何万回、いやそれ以上に、当たり前のように繰り返していた呼び方だった。

何か特別なことがあったわけでもなく、名前を呼べば返事があって、夕日に呼ばれれば淡が振り向く。

以前は意識する必要すらなかったことが、今は二人の間で一番遠い。


淡が求めているのは、新しい関係ではなく、失ったそのやり取りをもう一度取り戻すことだった。


「まずはそこからかな」


「分かった」


雛華はそのまま次の質問へ移った。


「もう一つ。なんで私だったの?相談する相手、クラスに人はいっぱいいるのに、どうして私?」


「ああ。理由はいくつかあるよ」


「例えば?」


「一番は、雪との関係を見てたからかな」


「私と澄都?」


「うん。幼なじみって、お互いの名前を出すと、すぐにのろけとか、夫婦とか言われて、まともに話を聞いてもらえたことなかったから。他の人に話しても、たぶん伝わらないと思った」


「何が?」


「ずっと一緒にいた人との距離感的なもの。雛華と雪が二人で話してるときって、誰も入ってこないでしょ」


「そうかな?」


「そうだよ」


周囲に人がいても、二人で話している時だけはそこに二人の空気がある。

無理に会話を盛り上げなくても続くし、沈黙しても気まずくならない。

相手が何を言うのかも、ある程度分かっているように見える。


「入学した頃から見ててさ。あの感じ、懐かしいなって思った」


「懐かしい?」


「僕と夕日も、昔はあんな感じだったから」


淡はうまく説明できる言葉を探した。


「独特の空気っていうのかな。他の人と仲がいいのとは、ちょっと違う」


学校で多くの人間と話すようになって、余計に分かるようになった。

誰かと会話をして、笑って、一緒に過ごすことだけならできる。

けれど、何もしなくても相手がそこにいて当然だと思える関係は、それとは同じではなかった。

相手が隣にいることを確認する必要もなく、そのこと自体について考えることもない。


淡にとって、昔の夕日との距離はそういうものだった。

だからこそ、雛華と澄都の間にあるものを見た時、恋愛かどうかより先に、その距離の近さが目に入った。


「雛華なら、少しは分かるかなって思った」


夕日との関係を説明しようとすると、いつも言葉に困った。

恋人ではない。

けれど、友達という言葉だけでも足りない。

雛華と澄都の間にある距離なら、その感覚を最初から説明しなくても伝わる気がした。


すぐには次の言葉が返ってこなかった。


「……それだけ?」


「もう一個、大きい理由がある」


「何?」


「雛華は僕のこと、絶対に好きにならないから」


雛華が足を止めた。

淡も止まり、振り返った。


「なんでそうなるの?」


「違う?」


「分からないでしょ、そんなの」


「分かるよ」


「どうして?」


「雛華、雪のこと好きでしょ?」


「……好きじゃないよ」


雛華は顔が赤くなりながら、弱く答えた。


「そういう意味じゃなくて」


「どういう意味?」


「雪が特別でしょ」


今度は、雛華は返事すらしなかった。


「好きとか、付き合いたいとかは別としてさ。雪だけは他の人と同じじゃない」


「それは幼なじみだから」


「僕もそうだったよ。僕もずっと、『夕日は幼なじみだから』って思ってた」


何でも話し、毎日一緒にいて、家族より長い時間を過ごす。

夕日がいなくなることなど考えたこともなかったが、それを恋愛と呼ぶ必要はないと思っていた。


「だから、雛華が雪のことを好きじゃないって言うのも分かる」


「じゃあ何で好きって言ったの」


「僕から見たら、もう十分好きだから」


「勝手だねー」


「うん。でも、少なくとも僕が入り込める場所じゃないと思ってる」


雛華は何も言わなかったが、淡は再び歩き始め、少し遅れて雛華も隣へ並んだ。


「だから安心して相談できた。それに、雛華が僕を好きになるより、雪が僕を嫌いになる方が先だと思う」


雛華が吹き出した。


「それはもうなってそう」


さっきまでの話より、少しだけ空気が軽くなった。

しばらく歩いたあと、雛華は少し小走りで前に出て振り返った。


「じゃあさ、研修旅行、使えないかな」


「研修旅行?」


「六月にあるでしょ」


「研修旅行があることくらいは知っているよ」


「そこで灯さんと同じ班になれたら、学校より話すきっかけ作りやすくない?」


淡は驚いた表情をしたが、雛華はそれを無視して「うーん」と考え込んだ。


「研修旅行のことって、まだ何も決まっていないよね?」


「そうだよ。だから、私も手伝うから、四人で同じ班になる方法を考えようよ」


「四人?」


「淡と灯さん。それから私と澄都」


「夕日はわかるとして。なんで、雪?」


「これなら淡は澄都を観察できるでしょ。それなら、交換条件との釣り合いもとれるし」


淡は四人が同じ班になったところを思い浮かべた。

夕日と同じ班になることを、今の淡が一人で選ぶことはできない。

けれど、雛華が一緒なら、自分から夕日に話しかけるのとは違う形で同じ場所にいられる。

少なくとも、今のまま何も変えずにいるよりは、何かを変えるきっかけになるかもしれない。


自分から夕日に話しかけることすらできない今の淡にとって、同じ班になるだけでも十分に大きな変化だった。


「……できるかな」


「やってみないと分からないよ。そのための協力関係でしょ?」


「そうだったね」


止まっていた二人の関係を動かすための最初のきっかけが、そこでようやく形を持ち始めた。

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