第34話 - 見ている人は見ている
集合場所のバス乗り場には、帰りの席について話すクラスメイトたちがすでに集まっていた。
行きは最初に決めた席だったが、帰りは生徒同士で自由に決められるらしい。
「帰るだけだしな」
「結構適当なんだ」
淡がそう言うと、澄都は肩をすくめた。
そんな話をしていると、少し離れたところから明るい声が飛んできた。
「雛華、おつかれ!」
振り返ると、雛華と普段からよく一緒にいる女子三人だった。
「おつかれ!」
三人がこちらへ近づいてきた。
そのうちの一人が淡と澄都を交互に見て、妙にかしこまった口調で尋ねた。
「旦那さん方、奥さんお借りしてもいいですか?」
「は?」
澄都は露骨に動揺した。
一方、淡は一瞬だけ雛華を見てから、何事もないように答えた。
「どうぞ」
「お前、即答すんなよ」
澄都が隣から小声で抗議したが、もう遅かった。
そんな澄都の反応を見て、女子たちは楽しそうに笑った。
「やった!」
「雛華、近く座ろ」
「この三日間、ゆっくり話せてなかったし」
「確かに。いいよ」
雛華も嫌がる様子はなく、むしろ友人たちとゆっくり話せるのが嬉しそうだった。
夕日は少し離れたところから、そのやり取りを見ていた。
すると、女子三人のうち一人が夕日のもとへ駆け寄った。
「あ、灯さん。灯さんも近くに来てよ」
「私も?」
夕日は戸惑いながら、一瞬だけ雛華に目を向けた。
その視線に気づいた雛華は、すぐに頷いた。
「夕日、一緒に座ろ」
「……うん」
夕日も女子たちの近くへ移動した。
その様子を見ていた淡の隣に、さっき「旦那さん方」と言った女子が寄ってくる。
そして、口元に手を添えた。
明らかに内緒話をする格好だ。
淡も身体を寄せ、耳を女子生徒の口元に近づけた。
「月城くんと灯さん、雛華と雪くんのカップルでしょ?」
思いがけず核心に迫る質問をされ、淡は思わず女子生徒の顔を見た。
雛華と澄都については、ほぼその通りだと思っている。
一方、淡と夕日については、そもそもカップルという言葉で括る気があまりない。
それに、ここで肯定するのは都合が悪かった。
雛華との噂は、まだ残しておきたい。
淡も女子生徒に合わせて声を落とした。
「君たちは僕のこと好きにならないの?」
淡が少し茶化すように聞くと、女子生徒は一瞬きょとんとした。
しかし、すぐに大げさに肩をすくめ、今度は普通の声で答えた。
「いや、あの空気見たら入れないことくらい分かるわよ」
少し離れたところにいた澄都が反応したように見えた。
しかし、女子生徒はそれには触れず、そのまま話を続けた。
「雛華も月城くんのこと、まんざらでもなさそうだったから、最初はそっちかと思ってたけど」
女子生徒は再び声を落とし、淡にだけ聞こえるように続けた。
「月城くんと灯さん見て、なんとなく察した」
「何を?」
「それは自分で考えて」
女子生徒は楽しそうに笑い、言葉を続けた。
「あんたたち、密会は堂々としてるくせに、昼食は別だったりして不自然だったからね」
そう言われて、淡は少し考えた。
放課後に雛華と二人でカフェへ行ったことはあるが、ほかの生徒の前ではなかったはずだ。
「確かに」
淡が小さく呟くと、女子生徒は満足そうに頷いた。
それから、少し離れたところにいる夕日へ目を向けた。
「まあ、月城くんに灯さんとの関係を聞いても、まともに答えなさそうだし。だから灯さんに聞くことにするよ」
「はいはい」
女子生徒は楽しそうに夕日のほうへ戻っていった。
淡はその背中を見送りながら、小さく笑った。
やっぱり、見ている人は見ているらしい。
*
帰りのバスは話し合いの結果、男子と女子で固まって座ることになった。
雛華と夕日は隣同士に座り、いつもの女子三人組も加わって、補助席を一つ使った五人横並びになった。
淡と澄都は、ほかの男子たちと一緒にバスの最後尾の座席に座った。
この三日間、ほとんど四人で行動していた。
だから、こうして男女に分かれて話すのは少し新鮮だった。
同じ列に座っていた男子生徒が、淡のほうを向いて尋ねた。
「月城、ナンパってどうやったら成功する?」
淡は一度瞬きをした。
周囲に目を向けると、ほかの男子たちもこちらの反応をうかがっていた。
どうやら一人だけの質問ではないらしい。
淡は少し考えたあと、真顔で答えた。
「ナンパって、するものなの?」
「え?」
「されるものだと思ってた」
周囲が静かになったが、隣の澄都がぼそっと言う。
「怖ぇ……」
「何が?」
「今の返しだよ」
「だって僕、したことないし」
完全に空気を壊しにいった淡に、質問した男子が頭を抱える。
「そこをなんとか頼むよ。モデルなら女の子との接し方とか分かるだろ?」
「そう言われてもな……。僕は、知らない人に突然話しかけられるの結構不快だけど」
「マジ?」
「うん。特に、これから楽しいことが待ってるときとか」
「例えば?」
「友達と遊びに行く途中とか、欲しいもの買いに行っているときとか。そこに知らない人が入ってきて時間取られる時点で、僕ならないなって思う」
淡は本心から答えたが、男子たちは期待していた答えと違ったらしく、微妙な表情を浮かべた。
淡はその反応を無視して、言葉を続けた。
「そもそも、本来なら縁がない相手なんだから諦めた方がいいんじゃない?」
「夢なさすぎだろ。そこを作るのがナンパじゃん」
「僕なら芸能人見るのと同じ感覚でいた方がいいと思うけど」
周りの男子たちが首を傾げた。
「知らない女性なんて、基本的には自分と関係ない人でしょ。テレビで見た芸能人を可愛いと思ったからって、いきなり声かけに行かないじゃん」
「極端じゃね?」
「僕の感覚では似たようなものかな」
「参考にならねえ……。月城ならもっと必勝法みたいなのあると思ったのに」
「ないよ」
隣に座る澄都が、思わず笑った。
「珍しく正論だな」
そんな話をしていると、別の男子生徒が唐突に話題を変えた。
「じゃあさ、桜さんとはどこまでいったんだよ」
唐突な質問に、澄都の動きがぴたりと止まった。
淡はその反応を横目で確かめ、少しだけ口元を緩めた。
「どこまでだと思う?」
「え?」
男子たちは一瞬面食らったものの、すぐに興味津々といった様子で淡を見た。
「まさか……」
「想像に任せる」
「おい!マジかよ!」
男子たちが一斉に騒ぎ始めた。
隣を見ると、澄都だけが引きつった笑みを浮かべていた。
その反応がますます面白くなり、淡はからかうように尋ねた。
「何、その顔」
「お前ほんと性格悪いな」
「何も嘘言ってないよ」
「だから余計たち悪いんだよ」
そんなやり取りを聞いていた隣の男子が、澄都の肩をぽんと叩いた。
「どんまい!」
「は?」
「モデル相手は無理だろ」
からかわれる側になった澄都は、露骨に嫌そうな顔をした。
淡は隣で笑いを堪えていた。
「お前も笑うな」
「ごめん」
まったく反省していない声で返した。
その後も男子たちの会話は続き、話題はいつの間にか好きなタイプへと移っていた。
そして、最終的にはフェチの話にまで発展した。
「月城はおしり派?胸派?」
「何その二択」
「答えろよ」
「どっちでもないかな」
「じゃあ何フェチ?」
「秘密」
「またそれかよ!」
淡はのらりくらりと質問をかわしていた。
男子たちがいくつか候補を挙げる中、一人が淡に聞いた。
「髪?」
「髪は好きだよ」
「お、食いついた」
「見るのも好きだけど、いじる方ね。ヘアアレンジするの、結構得意だから」
周りの男子たちは意外そうな顔をして、淡を見た。
そのうちの一人が聞き返した。
「お前が?」
「うん。仕事でメイクさんに教えてもらってるから、割と色々できるよ」
「女子の髪も?」
「できる。今朝も夕日の髪やったし」
淡は少し得意げに笑った。
その言葉に、周りの男子たちが一斉に淡を見た。
「夕日って、灯さんだよね?灯さんのあの髪、月城がやったの?」
「うん。編み込み入れて、顔周りすっきりさせただけだけど」
「普通に上手かったけど」
「でしょ」
淡はその話題に限っては、素直に満足そうな笑みを浮かべた。
すると、当然のように次の質問が飛んできた。
「ていうか、なんで月城が灯さんの髪やってんの?お前ら結局どういう関係なんだよ」
淡は一瞬だけ間を置いた。
それから、先ほどと同じようにいたずらっぽく笑って答えた。
「想像に任せるよ」
「また逃げた!それしか言わねえじゃん!」
淡はそれ以上答えなかった。
男子たちも深追いせず、話題は別の質問へと移っていった。
淡自身、夕日との関係を詳しく話すつもりはなかったので、これ以上追及されずに済んでよかった。
ひと通り淡への質問が終わると、今度は澄都がターゲットになった。
澄都は雛華の話題が出そうになるたびに、分かりやすく挙動不審になっていた。
「雪は?桜さんみたいなタイプ好き?」
「なんで雛華が出てくんだよ」
「名前呼びだからだよ。桜さんのこと名前で呼んでるのお前と月城だけじゃん」
「昔からだよ!」
「顔赤くね?」
「赤くねえ!」
澄都が否定すればするほど、周囲の男子たちは面白がった。
淡は助け舟を出すこともなく、隣でその様子を楽しんでいた。
「淡、お前何とか言えよ」
「頑張れ、澄都」
「何をだよ!」
澄都がからかわれるたび、周りの男子たちから笑い声が上がった。
それに重なるように、女子たちの席からも笑い声が聞こえてきた。
淡の席からは夕日と雛華の姿も見えなかった。
周囲の声も大きく、二人が会話に加わっているのか、何の話で盛り上がっているのかまでは分からなかった。
そんな中、雛華と仲の良い三人組の一人の声が、ひときわ大きく聞こえた。




