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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第33話 - 自信の理由

東海産業技術記念館を四人で回っていると、途中で同じ学校の生徒たちと遭遇した。

その中に、雛華と顔馴染みらしい女子がいた。


軽く言葉を交わしたあと、その女子は雛華の隣にいる淡を見て、スマートフォンを取り出した。


「そういえばさ、写真、出回ってるよ」


楽しそうに画面を淡と雛華へ向ける。

表示されていたのは、先ほどバスの中で寄り添って眠る淡と雛華を撮った写真だった。


淡は額に手を当てて言った。


「流出だー」


「棒読みじゃん」


「困ったな。ほんとに出回っているんだ」


そう言いながらも、淡は大して困った様子を見せなかった。


スマートフォンを見せてきた女子生徒と同じグループらしい生徒たちが、何人か近づいてくる。

その中には、男子も混ざっていた。

男子たちは写真を覗き込むと、淡と雛華を見比べた。

だが、視線が長く留まるのは雛華の方だった。


淡はその様子を見て少し考え、人差し指を口元へ当てた。


「内緒」


いつもより甘めの声で答えた。


「え?どういうこと?」


女子たちが目を丸くする。


「そのままの意味だよ。じゃあね」


淡は笑いながら、問い詰められる前にその場を離れた。


「ちょ、待って――」


背後から雛華の声が飛んでくるが、淡は足を止めず、そのまま歩き続けた。


少し遅れて、雛華が淡に追いついた。

二人は先を歩く夕日と澄都に合流し、四人で歩き始めた。


「淡!なに、今の!」


「何って?」


「『内緒』じゃないよ!なんであんな返答したの?」


「何となく。強いて言うなら、まだ噂を利用したいから。誰かさんのために」


澄都は露骨に目を逸らした。

その反応を見て察したのか、雛華はわざとらしくため息をついた。


「はぁ……。そういうことね」


澄都は気まずそうにしていたが、やがて雛華に目を向け、心配のにじむ声で尋ねた。


「でもさ、付き合ってないって思ってるやつとか、信じてないやつがしつこくしてこないか?」


淡は二人を交互に見たあと、いたずらっぽく笑った。


「まあ、その場合は、その人の前でキスでもする?」


雛華は嫌そうな顔をすると、間髪入れずに答えた。


「しないよ。やだよ」


予想以上に真剣な反応が返ってきて、今度は淡のほうが引いてしまった。


「いや、冗談だよ……」


「普通そんな冗談言わないの」


そのやり取りを見て、夕日がくすくす笑った。


「ほんとに仲いいね」


「どこが?」


「淡、昔からそんな感じだから」


澄都は淡に目を向けながら、夕日に聞き返した。


「昔から?」


「うん。結構な冗談を普通にやるタイプだよ」


夕日は少し考えてから、付け足した。


「あ、仲いい人にだけだけど」


それを聞いた澄都は、呆れたような顔で淡を見た。


「二日前と同一人物?」


「仮面だったんだね」


雛華も納得したように呟いた。

淡は特に否定しなかった。


そんな三人のやり取りを見て、夕日は話を続けた。


「キスまではしなくても、本当にそう見えるようなことを目の前でやったりするから、気をつけてね」


淡は特に気にする様子もなく、展示物のほうへ歩いていった。

澄都もその後に続き、夕日と雛華から離れた。


◇


二人が離れたことで気が緩んだのか、夕日は小さく呟いた。


「その中にたまに本気が混ざるから、その都度ドキドキさせられるんだよ」


その呟きは、雛華にも聞こえていたらしい。


「夕日、淡にキスされたことあるの?」


夕日は雛華の顔を見たまま、ぴたりと動きを止めた。

さっきまで普通に話していたのに、みるみる顔が赤くなっていく。


「あ、えっと……」


夕日は答えに詰まり、雛華から視線を逸らした。


雛華は前を歩く淡と澄都に目を向けた。

二人は先の展示物を見ながら話していて、こちらの会話は聞こえていないようだった。


それを見て、雛華は安心したようだった。


「……あるの?」


「……ある。事故だけど」


「え、本当に?」


「中一のときだけど」


興味が一気に強まったのか、雛華は一歩近づいてきた。

一方の夕日は、頬をさらに赤く染めていた。


「聞いてもいい?」


「うーん……。恥ずかしい」


「嫌ならいいけど」


少し悩んだ末、夕日は声を小さくした。


「壁ドンって流行ったじゃん。それで、淡にやってほしいって女の子が多かったの。中一の頃から淡、背が高かったから」


夕日は当時を思い出しながら話す。


「でも壁ドンするとき、わざと背伸びしてやるの」


「背伸び?」


「うん。女の子の顔が淡の胸の辺りに来る感じでやるの」


「それ、壁ドンではあるけど何か違うね」


「それを何回かやってて。周りに『夕日ならちゃんとやるんじゃない?』って言われたの」


「それで淡がやったの?」


「うん。でも、私のときも同じやりかたをしたの」


「淡らしい」


「周りも『えー』ってなって。だから私も、終わったと思って離れようとしたんだけど」


すでに赤い夕日の顔がさらに赤くなる。


「急に淡に肩をつかまれて、壁に押さえつけられて……」


「ちゃんとした壁ドンされたの?」


「うん。そのとき勢いが強くて……」


夕日の声がさらに小さくなる。


「当たったというか。……一瞬だったから、最初何が当たったのか分からなかったんだけど」


思い出すように唇へ軽く触れる。


「柔らかかったし、あとから考えたら多分そうだったんだなって」


「周りは?」


「見えてなかったみたい」


あれを周囲に見られていたら、当時どれだけ騒がれていたか分からない。

夕日は、今思い出しても恥ずかしかった。


雛華は少し迷ったように聞く。


「それ、ファーストキスだった?」


「……うん」


「そっか」


「だから恥ずかしいんだって」


「ごめんごめん」


雛華は笑ったあと、何かを思い出したように口を開いた。


「でも、それなら私も同じかも。私も、記憶にある最初のキスって澄都との事故なんだよね」


「雪くんと?」


「うん。澄都が覚えてるかは分からないけど」


目を丸くした夕日を見て、雛華は恥ずかしそうに笑う。

そんな雛華の姿を見て、夕日もつられて笑った。


「幼なじみあるあるに追記かな」


「かな」


いつの間にか、雛華とはこんな恥ずかしい話までできるようになっていた。


◇


少し先を歩いていた淡と澄都も、展示を見ながら話していた。


「で、なんでさっきあんなこと言った?『内緒』とか」


「そのままだよ。噂を利用するため」


「本心は?」


「本心は、代理王子はへたれ王子のために身を粉にして働いています」


「おい」


「結構本気だよ。やっぱり雛華っていろんな人に声かけられてるから。さっきも男子たちの視線が気になったから」


「……まあな」


「それに平等に優しいでしょ。だから、雛華と距離がある男子ほど、その優しさを自分だけに向けられたものだって勘違いする人は出てくると思うよ」


澄都は何も答えなかった。

淡も返事を急かすことなく、その隣を歩き続けた。


少し間を置いて、淡は再び口を開いた。


「だから、澄都自身が納得できるまでは、可能な範囲で守ろうと思っただけだよ。恩返しとしてね」


「努力はする。自信がつくように」


澄都は少し考えたあと、息を吐いた。


「その……相談には乗ってくれるのかよ?」


「乗るよ。もちろん」


澄都は先ほどまでと違い、真剣な眼差しを向けた。


「ならさ、お前の自信ってどこから来てるんだ?顔か?スタイルか?学力か?」


淡は答えを考えるまでもなかった。


「夕日だよ」


澄都の足が止まった。

淡も数歩先で止まり、振り返る。


「そんな驚く?」


「いや……。もっと違う答えだと思ってた」


「例えば?」


「今言ったようなやつとか」


「じゃあ逆に聞くけど、澄都から見て、僕の自信っていつからあるように見える?」


澄都はしばらく考えた。


「二日前もあったけど、今とはなんか違う気がする」


「そうだと思う。夕日と話す前は、澄都が言うように外見とか成績とか、そういうのが自信だったと思う」


「今は?」


「夕日」


さっきと同じ答えだった。

納得していない澄都の顔を見て、淡は言葉を探す。


「素の僕を知ってて、それでも認めてくれてる人がいて、帰れる場所があること」


「帰れる場所?」


「……その表現が正しいかは分からないけど。前は、人からの評価を落とさずにいられる自信だったと思う」


仕事でも学校でも、周囲からどう見られるかを考え、求められる振る舞いをしてきた。

それをうまくこなせるという自信はあった。


けれど、今感じている自信は、それとは明確に違う。

正確には、新しく自信がついたのではなく、以前から持っていた自信が戻ってきた感覚だった。


「でも今は、周りが何を言ってても夕日が見ててくれるから、あんまり気にならない。だから、さっきみたいな態度も取れる」


澄都は考え込むような表情を浮かべた。

完全に納得した様子ではなかったが、淡の言いたいことは伝わったらしい。


「……でも、それハードル高いな」


「最初からそこ目指さなくてもいいんじゃない?まずは分かりやすい目標でいいと思うよ」


「例えば?」


「成績とか、運動部なら試合の結果とか記録とか」


淡は人差し指を立てた。


「あと、土日は必ずお洒落して外に出るとか」


「そこも?」


「自分を変えたいんでしょ?そういう積み重ねだと思うよ」


淡は澄都に目を向け、言葉を続けた。


「自分自身に少しずつ自信がつけば、そのうち雛華の存在も自信につながると思う」


「雛華が?」


「だって、陰キャのへたれでも、ずっと変わらず関わってくれてるんだから」


「誰が陰キャのへたれだ」


「澄都」


「即答すんな。……まあ、考えてみる。お洒落は聞いてもいいのか?」


「僕に?」


「他に誰がいるんだよ」


「僕より夕日の方が得意かもね」


「灯が?」


「親もファッション系だし、夕日自身も昔から服が好きだよ。昔は僕も服選んでもらってたし。今は一応モデルだけど、どちらかというと着せ替え人形だから、僕」


澄都は露骨に困った顔をした。


「灯に聞くのはちょっとな。なんか恥ずかしいだろ」


「そう?」


「お前は気にしなさすぎ」


澄都はしばらく迷ったように言った。


「まあ、お願いするかもだけど」


そんな会話を続けていると、後ろから雛華と夕日の楽しそうな話し声が聞こえてきた。

淡と澄都は、二人が追いつくのを待った。


その後も四人で館内を回り、班のレポートに必要そうな情報を集めていった。

途中で何度か同じ学校の生徒に声をかけられた。

雛華との写真について聞かれたり、一緒に写真を撮ってほしいと頼まれたりと、内容はさまざまだった。


昨夜のロビーと同じように、話しかけてきた生徒がそのまま四人の輪に加わることはなかった。

少し話しては別れ、気づけばいつも四人に戻っている。

それを何度繰り返しても、四人の距離が崩れることはなかった。


夕日が時計を確認すると、集合時間が迫っていた。

四人は見学を切り上げ、バス乗り場へ向かった。


次は名古屋駅。

そこで昼食を取り、自由時間を過ごしたあと、東京へ帰ることになる。


研修旅行も、残りわずかになっていた。

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