第35話 - 女子だけの答え合わせ
女子側では、雛華と夕日、それに雛華が普段から仲良くしている女子三人が、補助席を一つ使って横一列に座っていた。
「そういえば、灯さんとは今まであんまり話してなかったよね。今さらだけど、改めて自己紹介しとこっか。私、椿 光陽。よろしく!」
補助席に座っている光陽が、夕日に声をかけた。
レッドブラウンのショートボブに、片側を留めた二本の細いヘアピンが特徴的な少女だ。
「私は山吹 環。よろしくね」
環も夕日に笑いかける。
ダークオリーブグリーンのボブに、頬の両側でまっすぐ揃えられた姫カットが印象的だった。
「蜜林 柚だよ。よろしくね、灯さん」
柚も穏やかに微笑んだ。
三人の中では最も小柄で、ダーティーブロンドの髪を低い位置で二つに結び、左右の結び目には小さなリボンをつけている。
「うん。みんな、よろしくね」
夕日が笑顔で答えると、環は夕日の奥の雛華に問いかけた。
「で、雛華、朝の写真は結局何だったの?」
来ると思っていた質問に、雛華は少しだけ笑う。
「寝てただけだよ!」
「手も繋いでるけど?」
「重なっているだけだから!寝てて、いつそうなったか知らないもん。それに、私の手は下だったから、繋いだとしたら淡からだからね」
「ほんとに?」
「ほんとに!」
環はまだ疑わしそうだったが、光陽は隣の夕日を見る。
「でもさ、月城くんって、雛華より灯さんの方が距離近くない?」
夕日の肩がわずかに揺れた。
雛華は少し笑う。
「ようやく気づいた?淡と私は付き合ってないよ」
環と光陽が一斉に雛華を見る。
柚も一拍遅れて上体を前に倒し、雛華の方へ顔をのぞかせた。
光陽が真っ先に口を開き、そのまま質問を重ねていく。
「え、ほんと?じゃあ朝のあれは?」
「だから、事故だって」
「着物デートは?」
「四人でいたの」
「密会してたのは?」
「淡からの相談」
「じゃあ、本当に何もないの?」
「ないよ」
雛華が質問に答えるたび、三人の表情が少しずつ変わっていった。
雛華は少し考えてから付け加える。
「仲はいいけどね。かなり」
「かなりなんだ。見てたら分かるけど」
「この旅行までに色々話してたから」
それ以上の事情までは説明しない。
淡と交わした約束も、夕日と淡をもう一度話させようとしていたことも、わざわざここで話すことではない。
光陽が夕日を見る。
「じゃあ月城くんと灯さんはどんな関係?」
夕日は明らかに困った顔をした。
「今日ずっと気になってた。朝も手繋いでたし、月城くんの服着てたし。髪も月城くんがやったんでしょ?それに名前で呼び合ってるし」
光陽に立て続けに問いかけられ、夕日は視線を落とした。
雛華でも、あれだけ畳みかけられたら答えに困るだろう。
いかにも光陽らしい。
「……幼なじみだよ」
「それだけ?」
「それだけって言われても……」
「いつから?」
「生まれたときから」
三人が一瞬固まった。
夕日は少し間を置いて続けた。
「零歳から一緒で、家も隣なんだ。親同士も昔から仲がいい」
「待って、それ初めて聞いた。幼なじみっていうレベル超えてない?」
夕日は困ったように雛華を見る。
雛華は助け舟を出すどころか、夕日の反応を少し面白がっていた。
「私も最初聞いたときそう思ったよ」
「雛華はいつから知ってたの?」
「ゴールデンウイークをあけたころからかな。私は淡から聞いたけど」
「じゃあ、月城くんの服着て落ち着くって言ってたのも?」
夕日の顔が赤くなり、小さな声で答えた。
「昔からよく着ることがあるから」
「昔から?」
「うん」
「家行くの?」
「行くよ」
「どれくらい?」
「……ほぼ毎日」
「毎日?」
三人の声が揃った。
「淡のご飯も作るし」
夕日が何気なく続けると、三人は返す言葉を失った。
雛華も淡から聞いていた話だったが、夕日の口から直接聞くと、どこか初々しく感じられ、少し照れくさくなった。
「……え?月城くんに?」
夕日は顔を赤くしたまま頷く。
「灯さん、月城くんと付き合ってるの?」
「付き合ってないよ」
「即答なんだ」
「だって本当に付き合ってないから」
夕日はそう答えてから、少しだけ黙った。
「ただ……一番、大切な人ではあるよ」
光陽たち三人が、一瞬だけ黙った。
雛華は何も言わずに夕日を見る。
淡からも何度か、同じような言葉を聞いている。
二人から別々に聞いていたが、こうして改めて聞くと、本当に互いを大切に思っているのだと感じた。
「それって好きってこと?」
夕日は少し間を置いた。
顔は赤いままだったが、迷う様子はなく、はっきりと答えた。
「好きだよ」
「え?」
夕日はその反応に気づくと、すぐに言葉を足した。
「いや、そういう意味かは分からないけど」
「そういう意味じゃない好きって何?」
「だから……ずっと一緒にいた人だから。家族とは違うけど、他の友達とも違うし。……いなくなるのは嫌な人」
夕日は言葉を探すように答えた。
一年半もの間、淡と話せなかったことは、夕日にとって本当につらかったはずだ。
けれど昨日、ようやく言葉を交わせた。
今の夕日は、安心したような、どこか嬉しそうな、柔らかい表情をしている。
そんな夕日を見て、雛華も自然と頬を緩めた。
光陽も夕日を見て笑った。
「それ、月城くんも同じ顔してるよ」
「同じ顔?」
「灯さんのこと見てるとき」
「……そう?」
「うん。朝なんて分かりやすすぎたよ。ずっと機嫌悪かったのに、灯さんには優しい表情だったから」
雛華も頷いた。
「それは私も思った」
「雛華まで」
「事実だもん」
夕日は少しためらってから、光陽たち三人を見る。
「あの……今話したことなんだけど、できれば、他の人には言わないでほしい。淡と幼なじみなのは別にいいんだけど、家に毎日行ってるとか、ご飯作ってるとか……そういうのは」
夕日は少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「わざわざ学校のみんなに知られたいわけじゃないから」
雛華も言葉を添える。
「私と淡のことも含めて、今ここで話したことは内緒にしてくれると助かる」
「もちろん。さすがに本人から聞いた話を勝手に広めたりしないよ」
光陽がすぐ答える。
「私も」
「噂で遊ぶのと、こういう話をばらすのは別だからね」
柚と環も続けた。
夕日は少し安心したように笑った。
「ありがとう」
「でも私たちの中では聞いていい?」
光陽が夕日に尋ねた。
「それは……まあ」
「よし」
「ほどほどにしてね」
雛華が笑いながらも釘を刺した。
会話が落ち着いたところで、環が夕日を見る。
「そういえば灯さん。学校でも、雛華がいないときに普通に話しかけていい?」
夕日は少し目を丸くした。
「今まで、あんまり誰かと話してなかったから。話しかけていいのか分からなかったんだよね」
「別に、気にしなくていいよ」
「じゃあ遠慮しない」
夕日が笑うと、三人もつられて笑った。
そのまま話が途切れかけたところで、柚が夕日に尋ねた。
「じゃあ今度、お昼も一緒に食べない?」
「私も?」
「もちろん。雛華だけ誘うのも変でしょ」
「私、いつからセット扱いなの」
雛華へ確認することなく、夕日は頷いた。
「うん。一緒に食べたい」
「決まりだね」
何気ない約束だった。
夕日はいつも参考書を読みながらお昼を食べていたので、学校でも一緒に食べられるのは、雛華にとって少し嬉しいことだった。
これまでも何度か誘いたいと思っていたが、研修旅行前に淡から無理に誘わない方がいいと言われていた。
結局、初めて一緒にお昼を食べたのは、研修旅行の一日目だった。
環が少し身を乗り出し、雛華の顔を覗き込む。
「じゃあ、雛華は月城くんじゃないんだ。お似合いだと思ってたのに」
「違うよ」
「じゃあ、やっぱり雪くん?」
雛華は思わず固まった。
「あー、なるほど。やっぱりね」
「何?」
雛華が警戒する。
「別に」
三人が揃って笑う。
雛華は頬が熱くなるのを感じた。
「何なの」
「こっちも前から分かりやすいんだよ」
横を見ると、夕日まで小さく笑っていた。
「夕日まで笑わないでよ!」
「ごめん」
「絶対なんか思ってるでしょ」
「何も思ってないよ」
そう言いながら、夕日の口元はまだ緩んでいる。
三日ぶりに、雛華たち四人の間にいつもの会話が戻っていた。
そこには夕日も自然と混ざっていた。
何気なく、旅行後の約束もできた。
そのとき、バスがゆっくりと速度を落とした。
雛華が窓の外を見ると、名古屋駅の駅ビルが見えていた。
「もう着くね」
夕日も窓の外へ目を向けた。
やがてバスが停車する。
研修旅行最後の自由時間。
雛華は、後方の席にいる淡と澄都のことを思い浮かべた。
二人が何を話していたのかは分からない。
けれど、雛華たちが何を話していたのかも、二人には秘密だった。




