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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第31話 - 付き合うより近く

淡たちは、ホテル前に停まったバスへ乗り込んだ。

行きと同じく、淡は雛華の隣へ座った。

席に着くと、後ろから声をかけられる。


朝の出来事から時間も経ち、淡の機嫌もだいぶ落ち着いていた。

今ならいつも通りに話せそうで、声のした方を振り返る。


「月城くん、朝から大変だったね。酷いことする子がいるよね。やった子、D組の――」


「言わないでいいよ!」


思ったより大きな声で制止してしまい、女子生徒が驚いた表情を見せる。

周囲の視線も一瞬集まった。


「その人のことを記憶すること自体にイライラするから、言わないでほしい」


一度気持ちを落ち着かせ、なるべく穏やかな声で答える。

それでも、機嫌が戻っていないことまでは隠せなかった。


「……分かったよ。ごめんね」


それ以上、その話が続くことはなかった。


前へ向き直ると、雛華が淡の顔を覗き込んでいる。


「あんまり淡が機嫌悪いと、夕日が気を遣っちゃうよ」


確かに、夕日は自分のせいだと思うかもしれない。

昨日、話せるようになってからに比べると、今朝からの夕日は明らかに口数が減っていた。


そのことに気づいて、淡は反省しながら視線を落とした。

そんな淡に、雛華が明るい調子で続ける。


「夕日はヘアアレンジしてもらって満更でもなかったよ」


「そうなの?」


「鏡めっちゃ見てた」


淡の表情が少し緩むと、雛華は続けた。


「やったこと自体は許せないけど、結果だけ見れば悪いことばっかりじゃなかったでしょ」


「……そうだね」


朝からずっと引っかかっていたものを、一度頭の中から追い出すように息を吐いた。


「いつまでも考えてても仕方ないな」


「そうそう」


全員がバスに乗り込んだ。

水野が点呼を取り、簡単な説明を終えると、バスはゆっくりとホテルを離れ始めた。


しばらくして、淡はふと思ったことを口にした。


「そういえば雛華に、ちゃんとお礼言ってなかったよね。昨日は本当にありがとう」


一瞬だけ目を丸くしたあと、雛華は笑った。


「いいよ。どういたしまして」


少し間をおいて雛華は続ける。


「今の二人見てるとさ、なんで一年半以上も話さなかったのか謎だけどね」


「自分でも思う」


昨日から夕日とほとんど以前と変わらない調子で話せている。

あれほど話しかけるのが怖かったのに、話し始めてしまえばあまりにも自然だった。


雛華が窓の外を見る。


「まあ、話せるようになったならいいんじゃない?」


「うん」


淡は一度だけ雛華の様子を窺ってから、話を変えた。


「それでさ、昨日の夜、雪と話した。……雛華について」


雛華は分かりやすく顔が赤くなった。


「なんで?」


「夕日に恋バナしたって嘘ついてたから。本当にしてやろうと思って」


雛華は呆れたように笑った。


「でも結構聞けたよ」


その一言で、表情が変わる。


「ほんと?」


「うん、その上で聞くけど。……雛華は雪と、どうなりたいの?」


雛華の返事はすぐにはなかった。

窓の外へ視線を向け、走る景色を見ながらしばらく考える。


雛華は弱々しい声で答えた。


「……付き合いたいかも」


「そっか」


あまりにも淡々とした返事に、雛華がすぐこちらを見る。


「何、その反応。駄目なやつ?」


「微妙」


「微妙?」


淡は言葉を選ぶ。


聞いたことを、そのまま全部話すつもりはない。

澄都が淡に話したことだから。


「僕から言える範囲だけど、雪は、雛華の隣に立つことについて、色々考えてるみたいだね」


雛華が首を傾げる。


「隣に立つ?」


淡は昨日の澄都の言葉を思い出す。


「今のままじゃ駄目だって、雪自身が思ってるみたい。だから、すぐ何か起こることはないと思うよ」


「……そっか。……ちょっぴり残念」


「だろうね」


「そこは慰めてよ」


「うん。でも、本心ではお似合いだと思ってるけどね」


淡は雛華から視線を外し、正面を向いて続ける。


「雪が気にしてるのは、二人が合うかどうかっていうより、周りからどう見えるかみたい」


そこで雛華は納得したような顔をした。


「あー……」


「分かった?」


「私も淡も、逆側だもんね」


淡も雛華も、人から声をかけられる側。

だから本人たちは、隣にいる相手が周囲からどう評価されるかを理由に、その相手から距離を取ろうとは考えにくい。


嫌なことを思い出したように、雛華は肩を落とした。


「今朝、それをやられた感じだしね」


淡も少しだけ苦笑する。

夕日自身には何の非もない。

淡の隣にいるというだけで、悪意を向けられた。


「周りの評価とか、どうでもいいのに」


「本人にとってはね」


「ままならないね」


二人とも少し黙る。


「まあ、とりあえず、僕との関係が利用できてるうちは、変なやつが来ないようにガードするよって雪には伝えてある」


「何その報告」


「交換条件の一部」


「そこまでしなくてもいいのに」


「夕日のことでかなり助けてもらったから」


雛華は考え込むように黙った。

淡はその横顔を見た。


「雛華?」


「んー……」


しばらくして、雛華が小さく呟いた。


「なんで両想いなのに止まっちゃうのかね……」


好きだから進めるとは限らない。

大切だからこそ、壊れるのが怖い。

失いたくないから動けない。

恋愛感情と一致するかはわからないが、その気持ちを淡は嫌というほど知っている。


「難しいね」


結局、出てきたのはそれだけだった。

雛華も小さく笑う。


「淡がそれ言うと説得力あるね」


それから少しの間、二人とも窓の外を眺めていた。


バスは高速道路を進み、目的地まではまだ時間がある。


雛華が不意に淡の顔を覗き込むようにして聞いてくる。


「淡は今、夕日と付き合いたい?」


「前にも言ったかもしれないけど、僕はその枠組み、あんまり気にしてないんだよね」


「付き合うかどうかが?」


「うん。ただ、夕日がどう思ってるかは気にするかな」


「淡らしいなと思って」


雛華は前を向いたあと、また淡を見る。


「さっきバスを待ってる間、同じクラスも他クラスも、夕日のこと可愛いって言ってる男子がめちゃくちゃ多かったから、ちょっと気になった」


「そうなんだ」


淡の反応は薄い。


「気にならない?」


「今さら夕日が可愛いって気づいても無駄だよ」


夕日はもともと、明るく、よく笑う可愛い女の子だった。

中学三年になってから外見や雰囲気が変わったものの、それまでは男子からの評判もよかった。

今も表情には少し硬さが残っているが、今日の髪型は顔がよく見える。

以前の夕日を知らない人でも、その可愛さには十分気づくだろう。


「すごい自信だね」


「そうだね。百パー負けないと思う」


「……すごい自信だね」


「二回言ったね」


根拠のない自信ではない。長い時間を夕日と一緒に過ごしてきたからこその自信だ。


夕日の隣には、いつも淡がいた。

だから、少なくとも淡の知る限り、夕日が直接告白されたことはないはずだ。


ただ、ラブレターを受け取っているところは何度か見たことがある。

返事を書いているかどうかまでは知らない。

それでも、誰かの呼び出しに応じたことは、一度もなかったはずだ。


「まあ、夕日を困らせたり傷つけるような奴がいれば、そいつには容赦はしないけどね」


淡は、先ほどまでとは違う冷えた声で言った。


淡にとって、告白はどうしても厄介な出来事だった。

誰かから向けられる好意が、必ずしも嬉しいものになるとは限らない。

その好意が、夕日を傷つける行動につながることもある。


今回の件については、夕日が怪我をしたり、心に深い傷を負ったりするほどのことではないと判断し、相手が誰なのかは聞かずにいた。


ただし、夕日がこれ以上傷つけられるなら話は別だ。

持てる力を使い、容赦するつもりはない。


次の言葉を続ける頃には、もういつもの調子に戻っていた。


「昔と変わってなければ、夕日と僕って恋愛観が近いんだよね」


「どんな?」


「信頼した人と一緒にいたい。だから、お試しで付き合ってみる、とか意味分からないと思ってるタイプ」


雛華は共感するように、すぐ頷いた。


「私もそうだよ」


「だと思った」


「幼なじみあるあるなのかな」


「どうだろう」


淡は雛華を見たまま、少し間を置く。


「雪のことをほとんど知ってる雛華がいて、雛華のことをほとんど知ってる雪がいる。それなのに雪が他の子と付き合ったら、『そんなに知らないのに、何で?』って思うでしょ」


例え話だとしても、嫌だったのか雛華の眉がわずかに寄った。


「……それ嫌だね。澄都の何を知ってるの?ってなる」


「長く一緒にいたことが偉いって話じゃないけど、それだけ知ってることは多いから」


「そうなんだよね」


雛華は考えてから息を吐いた。


「だから、澄都じゃない人と一からそういう関係になるの、今はあんまり想像できないかも」


「雛華の気持ちは結構はっきりしてるね」


雛華は照れたように、小さく頷いた。

その様子を見て、淡も笑った。


「話逸れたけど、僕も夕日に対しては近いかな」


「近い?」


「付き合うかどうかっていうより、夕日とはもともと、そういう枠では測れないくらい近い関係だったと思ってるから」


毎日一緒にいて、家族同士も近く、互いの家を行き来することに理由はいらなかった。

相手がいることそのものが日常だった。


「だから、またそうなれたらいいなとは思うよ」


「それって、彼氏彼女じゃなくて、夫婦レベルってこと?」


淡は一度瞬きをした。

それでも、特に照れた様子はなく答える。


「そうかも。できるなら、夕日とそうなりたいなとはずっと前から思ってるから」


淡は何気なく窓の外へ視線を移した。

雛華は、しばらく淡の横顔を見つめていた。


夕日に直接言えばいいのに、とでも言いたげな目だった。

淡もその視線に気づいて雛華を見る。

ただ、雛華はそれ以上、何も言わなかった。


走り出した頃は騒がしかった車内も、今ではだいぶ静かになっている。

バスはそのまま目的地へ向かって進んでいた。

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