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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第30話 - 落ち着く服を着て

男子部屋へ戻ると、澄都はすでに朝食会場へ向かった後だった。

淡は夕日と一緒に部屋へ入り、澄都へ電話をかける。


「もしもし、雪」


『どした?』


「事情があって、夕日が今からうちの部屋のシャワー使うから、部屋に戻ってこないでほしい」


電話の向こうで、澄都が一瞬黙った。


『何で?なんかあったのか?』


「ちょっと色々……」


『今、食堂で女子が怒られながら床拭いてるけど関係あるか?』


「あると思う」


『あー……。了解。なんか必要なことあったら連絡してこいよ』


「ありがとう」


淡は電話を切って夕日を見る。

濡れたまま待たせてしまったことに、今さら気づいた。


「とりあえずシャワー浴びようか」


淡は夕日を浴室まで案内する。


「下着は今、雛華が持ってきてくれてる。制服は洗濯乾燥機にかけてくるね」


「うん。ありがとう」


「今着けてる下着はどうする?制服と合わせて洗濯乾燥機かけちゃう?」


「それも……お願いしたいかな」


「分かった。なら、それは雛華が来てからだね。タオルは僕の予備使えばいいんだけど、着替えの予備はある?」


「持ってきてないよ」

「何もない?」


「昨日の汗かいたシャツならあるけど……」


「それ着るのも嫌でしょ」


「……うん。できれば嫌だ」


「制服の洗濯が終わるまでは、僕の部屋着を使えばいいか。とりあえずシャワーを浴びておいで」


夕日が浴室へ入ったのを確認して、淡はその場を離れた。

しばらくすると、シャワーの音が聞こえてきた。


淡はタオルと、予備のシャツとハーフパンツを用意して、脱衣所の外から声をかけた。


「夕日、着替えここ置いとくね」


「ありがとう」


やがて、部屋のドアがノックされた。

開けると、雛華が夕日の荷物を一式持って立っていた。


「お待たせ」


「ごめん。面倒ごとに巻き込んで」


雛華はすぐ首を振る。


「二人が悪いわけじゃないし。夕日はシャワー浴びてる?」


雛華は部屋に入ると、そのまま浴室の前まで向かった。

ドア越しに声をかける。


「夕日、荷物ここ置いとくよ」


「ありがとう」


淡は財布から札を取り出した。


「雛華、脱衣所にある夕日の制服と下着を洗濯乾燥機にかけてきてほしい」


雛華に札を差し出した。


「了解だよ。右曲がった奥だよね?」


「そうだよ。お願いね」


雛華はすぐに向かってくれた。


夕日の制服が乾くまで、早くても三十分はかかるだろう。

その間は、制服ではない状態で朝食会場へ戻ることになる。


淡はスマートフォンを取り出して、水野へ電話をかけた。


『どうした、月城』


「今、夕日にはシャワーを浴びてもらってます」


『おう』


「制服は洗濯乾燥機にかけて、出発する前にはそれを着る予定です」


『了解』


「ただ、他に予備の服がないそうで。朝食会場に戻るときは、僕のシャツとハーフパンツを着てもらいます」


電話の向こうで間が空いた。


『昨日着た制服を――』


そこで水野は言葉を止める。


『いや、それはかわいそうか。被害者だしな。分かった。それでいい』


「ありがとうございます」


『何か言われたら、水野先生に許可もらってるって言ってくれ』


「分かりました」


水野との電話を切ったところで、ちょうど雛華が戻ってきた。


「入れてきたよ」


雛華は、まだ険しい表情を崩していなかった。


「ったく、どんな人がこんなことしたの?」


「他クラスの女子だった」


「ちゃんと見てないの?」


「見てないし、興味もない」


「興味ないって……」


「夕日のケアが最優先だから」


その瞬間、淡の表情から柔らかさが消えた。

視線も声も冷たくなる。


「それに、こんなことで名前と顔覚えるの腹立つ。だから、存在しないものとして扱う」


「はいはい」


雛華はため息をつく。


「でも許せない」


しばらくして、浴室のドアが開き、夕日が出てきた。


淡のシャツとハーフパンツを着ている。

淡と夕日の身長差はおよそ二十センチあるため、どちらも夕日には大きい。


シャツはかなりゆったりしていて、袖を何度か折っている。

胸元は第二ボタンまでしっかり閉められていた。


雛華は夕日の格好を下から上へと見ていった。


「てか、その格好全部予備なんだよね」


「そうだよ。僕も夕日も昔から心配性だからね。だから荷物は増えるけど」


雛華はこの部屋に来てから初めて笑顔を見せた。


「似た者同士だ」


淡はスマートフォンで時間を確認した。


「とりあえず、その格好で朝食取るのは許可取ってるから、行こうか」


三人で部屋を出ようとしたところで、雛華が夕日の顔を改めて見た。

いつもの眼鏡がないことに気づく。


「あ、今日コンタクト?」


「うん。持ってきてたんだ」


夕日は少しだけ照れたように答える。


「その……みんなと仲良くなれたし、今日はつけようかなって」


「いいじゃん。髪も分けて顔出してるから、めっちゃ可愛いよ」


「そういうのいいよ」


「実際、朝から他校の男子二人にナンパされてたしね」


淡が伝えると、雛華が目を丸くした。


「え、あの前にも?」


夕日は露骨に嫌そうな顔をする。


「あれは不快だったよ」


その反応に、淡も苦笑した。

そのまま夕日をじっと見る。


「夕日、ここ座って」


椅子を指すと、夕日が首を傾げた。


「何するの?」


「いいから」


夕日は不思議そうにしながら座る。


淡はその後ろへ回って、長い髪に触れる。


「ちょっと髪借りるね」


こめかみ付近から髪を細く編み込んでいく。

耳へ沿わせながら、残りの髪はそのまま下ろす。

顔周りだけをすっきり出す形に整え、前髪も邪魔にならないよう軽く流した。


もともと整った顔立ちが、さらに見えやすくなる。

そこに編み込みが加わることで、少し可愛らしい印象も増した。


雛華は夕日を見た瞬間、嬉しそうに声を上げた。


「可愛い!」


夕日は少し恥ずかしそうに髪へ触れる。


「ほんとに?」


「さっきよりさらにいい」


雛華が興味津々な目で淡を見る。


「淡、こんなこともできるんだね」


「メイクさんにヘアアレンジを教えてもらってるからね。結構レパートリーあるよ」


「へぇー。今度、私にもやってよ」


「夕日にしかしたことないからな」


「何それ。私の髪じゃ不服?」


眉を寄せる雛華の表情を見て、淡は少しだけ折れた。


「雛華ならいいよ。何か機会あったらね」


その返答に、雛華は満足そうな顔をした。

夕日は鏡を見ながら、嬉しそうに笑っていた。


*


三人で部屋を出てエレベーターを待っている。

早めに朝食をとると決めていたおかげで、まだ時間には余裕があった。


淡は夕日の服装を見る。

本人が気にしていることは、見れば分かった。


学校行事で、男子生徒の大きなシャツとハーフパンツを着ている。

事情を知らない人間からすれば、当然目立つ。


淡は俯いている夕日の手を取った。

一人では心細いだろうと思うと、自然と手が伸びていた。


「行こ」


「……うん」


そのまま手を繋いで食堂まで向かった。


*


朝食会場で、先に来ていた澄都と合流した。


澄都は夕日の格好を見て、一瞬だけ驚いた表情を見せる。

だが、すぐにいつもの顔に戻った。


「大丈夫だったか?」


「うん、ありがと」


朝食会場に戻ってきたことで、オレンジジュースをかけられた夕日の姿が頭に浮かんだ。

淡の機嫌は、明らかに悪くなった。


夕日、雛華、澄都には、いつもと変わらない調子で話した。


それでも、淡の周りだけ妙に人が寄ってこない。

代わりに、少し離れたところからこちらを見ながら話している生徒が何人もいた。


その声が耳に入るたび、淡の機嫌はさらに悪くなる。


ただ、そんな空気を気にする様子もなく近づいてくる人間もいた。

雛華の友人たち三人が近づいてくる。


「雛華!おはよう」


「灯さん大丈夫だった?大変だったって聞いたよ」


話しかけられて、夕日は少し驚く。


「うん。大丈夫」


女子生徒は夕日の格好を改めて見た。


「てか、不謹慎だけど。……めっちゃ可愛くない?」


夕日が固まる。


「いつもと全然違う。可愛いよ」


「眼鏡ないし、髪もアレンジしてるし」


雛華が楽しそうに言う。


「それ淡がやったんだよ」


「え、月城くんが?すごいね」


淡は表情を変えないまま頷く。


「服も男子のだよね?もしかしてそれも月城くんの?」


「うん」


「めっちゃいいな。彼シャツみたい。ぶかっとしてるのが余計可愛い」


夕日は困ったように笑った。


「でも月城くんの服着て緊張しない?」


夕日は答えを探すように考える。


「うーん……。落ち着くかな」


その返答に、女子たちの会話が一瞬止まった。


「落ち着く?」


その疑問に、淡が横から答える。


「普段から夕日は僕の服を勝手に着てるから」


声には、まだ不機嫌さが残っていた。


もちろん、夕日が淡の服を着ていることに腹を立てているわけではない。

今朝の出来事のせいで、夕日がこんな格好で人前に出なければならなくなったことが、ただ気に入らなかった。


女子たちはまだ何か聞きたそうな顔をしていた。

けれど、誰も続きを聞こうとはしなかった。


その様子を見ていた澄都が、小声で「怖っ」と呟く。


雛華も笑いを堪えていた。


「昨日まであんなに愛想よかったのに、振れ幅すごいな」


「でも夕日には普通なんだよね」


「分かりやすすぎるだろ」


二人は淡の分かりやすさがおかしいのか、顔を見合わせて笑った。


*


朝食を終える頃には、洗濯乾燥も終わっていた。

夕日は、淡のぶかぶかの服から制服へ着替えた。


ただし、眼鏡はない。

前髪も顔を隠しておらず、淡が編み込んだ髪もそのままだった。


淡は荷物を持ってバスを待っていた。

やがて夕日と雛華が来ると、淡は自然と二人のもとへ歩いていった。

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