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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第29話 - 考えるより先に

淡は目を覚ますと、ベッドの上で身体を起こした。

昨日のような決意も緊張もなく、頭も身体もすっきりしていた。

そのまま朝食へ行く準備を始める。


朝食の時間は、他校の生徒とも重なる。

そのため、昨日の夜に少し早めに朝食をとろうと決めていた。


澄都もすでに起きていたが、ベッドに座ったままスマートフォンを操作していた。

朝食へ行く準備を始める様子はない。


「僕は先に朝食会場に行くよ。また面倒になるのやだし」


「ん?」


澄都が画面から顔を上げる。


「お前が甘いからだろ」


「大丈夫。今日からは、他校の人には断る。学校行事なので無理です、って」


「強気だな。昨日なんてただ流されてたのに」


「昨日の出来事のおかげ」


淡は一呼吸おいてから続けた。


「別に、不特定多数と仲良くする必要ないからさ」


「急にどうした」


「今までは波風立たないようにしてたけど、今は夕日と雛華、雪と、ちゃんと話せる人ができたから。無理して他の人と話す必要ないかなって」


「ふーん」


「評価とかも、なんかどうでもいい気がしてきた」


澄都は数秒黙ったあと、眉を寄せた。


「並び順に悪意を感じる」


「仕方ない。関わってきた時間が違うから」


「雛華より俺が後ろなのは分かるけど、説明されると余計腹立つな」


「じゃあ頑張って順位上げて」


「何の順位だよ」


そんなことを話している間に、淡の準備は終わった。


「じゃあ先行くね」


淡はそう言い残して、一人で部屋を出た。


*


時間が早いだけあって、朝食会場の前にはほとんど人影がなかった。

昨日とは比べものにならないほど静かで、淡は少し気が楽になる。

入口が見えてきたところで、足を止めた。


少し先で、女子生徒が二人の男子生徒に話しかけられている。

男子は制服を見る限り他校で、女子は同じ学校の制服だった。


近づくにつれて、その女子生徒が誰なのかわかった。


夕日だ。


今日は眼鏡をかけておらず、長い前髪を分けて顔がしっかりと見えている。


淡にとっては昔から見慣れている姿だ。

ただ、学校でここまで顔を出している夕日を見るのは久しぶりだった。


その夕日に、男子二人が朝から声をかけていた。


夕日は明らかに困っていて、何度か断っている。

それでも、相手は会話を終わらせる気がないらしい。


淡はそのまま近づいた。


「夕日」


名前を呼ぶと、夕日は声のする方を振り返る。

淡の姿を認めた瞬間、張っていた表情が緩んだ。


淡は夕日の隣まで行き、そのまま二人の男子を見る。

声を荒らげることもなく、淡は普通に尋ねた。


「うちの生徒に何かありました?」


「あ、いや……」


一人が言葉に詰まる。


「用がないなら失礼します」


淡は夕日の手を取った。


「行こ」


夕日は抵抗せず、そのまま淡と一緒に朝食会場へ向かった。


朝食会場に入り、席へ向かおうとしたところで、後ろから名前を呼ばれた。

振り返ると、担任の水野 英治(みずの えいじ)が手を挙げながら近づいてくる。


淡は夕日と繋いでいた手を離した。

先に行っていて、と目で伝えると、夕日も小さく頷いた。


「おはようございます。先生。何の用ですか?」


「さっき見てたけど、なかなかスマートに助けてたね」


「いつからですか」


「ほぼ最初から」


「僕より先なら助けてくださいよ」


水野は困ったように眉を下げ、苦笑した。


「まあまあ。ああいうのは教師がすぐ口出すのも難しいんだよ」


「そうなんですか?」


「うちの学校の生徒ならまだしも、他校だからな。小さなことでも大事になる場合があるし」


淡は呆れながらも、言いたいことはわからなくもなかった。

確かに、あからさまなトラブルでもないのに、教師が他校の生徒を叱るのは難しいのかもしれない。


「まあ、いいですけど……」


納得していない淡の表情を見て、水野はその肩を軽く叩いた。


「今回の研修旅行も、このまま問題なく終わりそうで助かるよ」


淡は、教師から見れば派手で目立つ生徒に映るだろう。

制服もラフに着こなし、いわゆるチャラい部類に入るかもしれない。


それでも、水野からの評価は悪くないと思っている。

学年一位という肩書もあるが、それ以上に、普段から教師に対しても礼儀正しく接していることが大きい。


小学生の頃からモデル撮影で多くの大人と接してきた。

意識しなくても、自然と相手に合わせた話し方をするようになっている。

淡にとっては、昔から身についた処世術だった。


水野の言葉に返そうとしたとき、朝食会場に大きな声が響いた。


「きゃあっ!」


淡と水野は同時にそちらを振り返った。


夕日の声だった。


考えるより先に淡は走っていた。

水野もその後をすぐに追う。


近づくと、同じ学校の女子生徒が夕日に強い口調で言葉をぶつけているのが聞こえた。


「今日ちょっとイメチェンしたか知らないけどさ、月城くんのこと、馴れ馴れしく名前で呼んでんじゃないよ。昨日も月城くんとカフェのテラス席で二人でいたでしょ。さっきだって手をつないで歩いてたし、調子乗っていい気になんなよ」


夕日は立ったまま動けずにいた。


その女子生徒の手には、大きなピッチャーが握られていた。

中にはわずかにオレンジ色の液体が残っている。


夕日の制服には同じ色の液体が広がり、裾から滴っていた。

満タン近く入っていたものをそのままかけられたらしく、髪もシャツもスカートもかなり濡れている。


女子生徒は、淡と教師が来たことに気づき、気まずそうに表情を曇らせた。


淡は、夕日の目の前にいる生徒の顔に見覚えはなかった。

同じ学校の生徒だということ以外、何も分からない。


一度だけ相手を確認し、すぐに夕日の方へ視線を戻した。


「夕日、大丈夫?」


夕日は驚いた表情のまま、小さく頷いた。


「うん……」


淡はすぐに水野を見る。


「水野先生。夕日をうちの部屋のシャワーに入れます」


「え?」


「男子の部屋に入りますけど、問題にしないでください」


水野は一瞬言葉を失ったが、淡はそのまま続けた。


「あと、洗濯乾燥機使います」


本来、洗濯乾燥機は混雑防止のため、生徒は使用しないことになっている。


「お、おう」


いつもと違う淡の強い口調に、水野は反射的に返事をした。


夕日の手を取り、周囲の視線も気にせず、そのまま朝食会場を後にした。


エレベーターへ向かいながら、雛華へ電話をかける。

数回の呼び出し音ですぐに繋がった。


『もしもし。おはよう』


「おはよう」


『どうしたの?今部屋出たよ』


「雛華、トラブル発生した。僕たちの部屋に来てほしい」


『何?どうした?』


「夕日がオレンジジュースまみれになった」


『なんで?』


「女子にかけられた」


『は?』


雛華の声色が変わる。


「とにかく僕は部屋に戻って夕日をシャワーに入れる。部屋番号はメッセージする」


『うん、分かった』


まだ時間が早く廊下には誰もいなかったが、淡は周囲をしっかり確認してから夕日を見る。


「夕日。下着まで染みてるよね?」


夕日は恥ずかしそうに俯きながら答えた。


「うん。結構染みてる」


「この施設、下着売ってるかな?」


『多分あるよ』


電話の向こうから雛華の声が返ってきた。


「一応、予備の下着ある」


夕日が続ける。


「雛華、夕日が予備を持ってきているらしいから鞄ごと僕らの部屋に持ってきて」


『分かった。でも、うちらの部屋に来た方がよくない?』


「夕日を男子部屋に連れていくこと、水野先生には許可取ってるから。それに、洗濯乾燥機もあの階にしかないし」


『あ、なるほど』


「じゃあ、お願い」


『分かった』


電話を切って、夕日の方を向く。

オレンジジュースの雫が髪を伝って落ちていく。


どうするべきか迷う時間はなかった。

夕日が困っているなら、必要なことをする。

オレンジジュースをかけた相手のことは、今の淡の頭にはなかった。


「もうちょっとだけ我慢して」


手を繋いだまま、男子部屋へ向かった。

夕日も、その手を一度も離そうとはしなかった。

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