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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第28話 - 本当の恋バナ

雛華はベッドに座り、寝る前のケアをしていた。

夕日はその様子をしばらく見ていたが、やがて口を開いた。


「雛華。ありがとう」


雛華は不意を突かれたように手を止め、夕日を見た。


「ちゃんと言いたかったから。それに……」


雛華は黙って続きを待っていた。


「私、もう無理だと思ってた。……淡と普通に話すのも。名前呼ぶのも。淡から名前呼んでもらうのも」


それが今日、全部できた。

しかも、それだけじゃない。


「一緒にご飯食べて、普通に話して。買い物して、また『おやすみ』って言えた」


諦めていたことが、全部叶った。

それが嬉しかった。


夕日は手元に視線を落とした。


「私が逃げたから、もう戻れないと思ってた」


「夕日だけじゃないよ。淡も怖くて動けなかったんだから。二人とも同じだったんでしょ」


夕日はすぐには答えず、間を置いてから頷いた。


「ならもういいじゃん」


「雛華は簡単に言うね」


「難しく考えて一年半以上止まってたんだから、今くらい簡単でいいでしょ」


そんな考え方はしたことがなくて、夕日は雛華を見て思わず笑った。


「そうかも」


少し間が空く。

夕日は今日一日を思い返すように視線を落としたあと、雛華を見る。


「雛華に会えてよかった」


雛華が少し目を見開き、そのまま照れたように視線を逸らした。


「急にそういうこと言われると恥ずかしいんだけど」


「でも言っておきたかった」


「じゃあ受け取っておく」


「うん」


「私も夕日と友達になれてよかったよ」


夕日の表情が柔らかくなる。


「ありがとう」


その後も、明日のことや学校のこと、互いの幼なじみとの昔の話まで、二人はいろいろなことを話した。


しばらくして、夕日が雛華を見る。


「眠くない?」


「ちょっと」


「寝る?」


「もう少しだけ」


部屋の照明を暗くしたが、どちらもすぐには眠らなかった。


*


ロビーから部屋に戻ると、澄都はすぐにベッドへ腰を下ろした。

淡は買ってきた土産や荷物を整理していたが、やがて手を止める。


「雪。ありがとう」


澄都は驚いたように淡を見る。


「急だな」


「ちゃんと言ってなかったから。朝のこと」


澄都は視線を逸らす。


「勝手に喋っただけだぞ。灯を嫌な気持ちにさせる可能性もあったし……雛華には実際怒られたし」


「それは雪が悪いね」


「礼言う流れでそれ言う?」


淡が笑う。


「でも、本当にありがとう。僕だけだったら多分、今日も話せなかった」


「そうか?」


「タイミングはうかがってたけど、たぶん無理だったと思う」


「お前、思ったよりヘタレだったからな」


淡はそのときのことを思い出して、口元を緩めた。


「夕日が名前呼んでくれたとき、本当に嬉しかった」


「泣いてたもんな」


「……忘れてくれ」


「あんなに泣いてた姿、なかなか忘れられないぞ」


澄都は思い出したように笑った。


「雪と話すようになってよかったよ」


唐突な言葉に、澄都の笑い声がふっと途切れた。


「何だよ。また急だな」


「別に。思っただけ」


「俺もまあ。前よりは話しやすい」


淡はベッドに移動して、仰向けになった。


今日は本当にいい日だった。


朝までは、夕日とまともに話せるかどうかすら分からなかった。

それが今は名前を呼び合い、二人で何時間も話し、買い物をして、一緒に笑った。

それだけでも十分だったのに、夕日から『私も淡のこと大好きだよ』と言ってもらえた。


淡自身の力だけではない。

雛華と澄都には、本当に感謝している。

そう思ったところで、淡は一つ思い出す。


雛華との交換条件。


夕日のことでは、雛華に随分助けてもらった。

だから、以前交わした約束を少しでも果たしておきたい。


学校では、淡と雛華が付き合っていると思っている人間がかなり多い。

今日に至っては、二人で着物デートをしていたという噂まで増えた。


実際には四人で行動していたのに、噂というのは都合よく一部分だけが残るらしい。


そのおかげで、雛華を見ている男子はいても、直接言い寄ってくる者はほとんどいない。

ただ、この関係をいつまでも続けるわけにはいかない。


夕日とも普通に話せるようになった以上、恋人同士だという周囲の誤解も、解消していく必要がある。


そうなれば、今まで淡との噂を気にしていた男子たちも動き始めるだろう。

雛華に言い寄る男子が増えることも、簡単に想像できた。


「雪……。雪から見てさ、雛華ってどんな女の子?」


澄都は怪訝そうに淡を見た。


「は?何で急にそんなこと聞くんだよ」


「恋バナ的な。夕日に恋バナしたって言ったんでしょ?」


「言ったけど」


「じゃあ現実にしようと思って」


「なんだよそれ」


「それか、雛華以外に気になる子いるの?」


「いない」


返事は早かった。

お互い何も言わず、短い沈黙ができた。


「じゃあ、雛華はどんな子?」


「……何で俺が説明すんだよ」


「雪が一番長く知ってるでしょ」


「そうかもしれないけど……」


澄都は顔をしかめた。


「周りをよく見てる。共感力が高い。人が困ってたら結構すぐ気づく」


一瞬だけ言いづらそうにした。


「外見は……まあ、可愛い。それに、意外と負けず嫌いで、すごい努力家」


「めちゃくちゃ出てくるじゃん」


「笑うな。だから言いたくなかったんだよ」


「僕から見てもそうだね。同じ意見かも」


「だろ」


澄都は得意げな顔をした。

それから、昔のことを思い出したのか、ふっと笑った。


「昔はそうでもなかったんだけどな」


「どういうところが?」


「友達作るの下手で、一人だったよ」


淡は意外に思った。

今の雛華からは、あまり想像できない。


誰とでもある程度話せて、人の輪の中にも自然に入れる。

クラスだけじゃなくて学校内でもとても目立つ方だ。


「意外だね」


「俺と一緒に公園行って、俺の友達と最初遊んでたからな」


その一言で、淡には何となく雛華が澄都を特別に見ている理由がわかった気がした。


単に幼なじみだからではない。

一人だった頃に、澄都が自分の世界へ連れていってくれた。

雛華にとって、澄都は自分と外の世界をつないでくれた最初の相手だったのかもしれない。


「ただ、中学からめきめき人気出てきてさ、その頃から、俺とは違う存在になったよ」


「でも話はしてたんでしょ?」


「まあな。でも影でよく言われてたよ。なんで雪なんだって」


自嘲気味に笑う。


雛華の隣にいるのが、なぜ澄都なのか。

昔から知っている人間には当たり前でも、後から二人を知った人間には、不釣り合いに見えたのだろう。


「どちらかと言うと、今もそうかもね」


「おい」


澄都も呆れながら笑っていた。


「冗談だよ」


少し笑ったあと、澄都は淡に背を向けるように姿勢を変えた。


「だから、雛華の隣に立つために、中三くらいから色々自分を変えてみようとはしたんだけど。服とか、髪とか、人と話すようにするとか」


澄都はもっと何も考えていないように見えていたので、淡は驚いた。


「実践はしたけど、元の性格までは急に変わらなかったわ」


澄都の声には苦笑いが混じっていた。


「そこは別にいいんじゃない?ロビーで話してた時とか、他の人、会話には入ってこなかったじゃん。だから言いたい奴にだけ言わせておけばいいんじゃないの」


「お前がいるからだろ」


「そんなことないよ。僕が話してた割合、結構すくないよ」


「そうか?」


「雛華と雪が二人で言い合ってること多かったでしょ。内輪で完結するから、挨拶レベルの人たちじゃ入ってこれないよ。あれは」


「……そうなのか」


返事が少しだけ小さく、照れているようにも聞こえた。


「やっぱり特別なんだよ。雛華にとって雪が」


澄都は何も言わない。


「逆もだろうけど」


「うるさい」


ただ、そこで終わらせるつもりはなかった。

今までの会話から、澄都の気持ちは何となくわかっていた。

背中を押すなんておこがましいが、それでも何かしたいと思った。


「でも、そこにあぐらをかくと痛い目見るけどね」


澄都が淡を見るために体を反転させた。

その表情は真剣に見えた。


「急に怖いこと言うなよ」


「雛華、モテるから」


「……知ってる」


「今は僕との見せかけの関係があるから、直接行動してくる人が少ないだけ」


視線はあるが、淡と付き合っていると思われているからこそ、そこで止まっている者も多い。


「この関係なくなったら、普通に声かかると思う」


「わかってるよ。……でも、どうすることもできないだろ」


澄都は諦めたような表情と声色だった。


「どうだろうね」


「何だよ」


「ただ、いなくなるのは辛いから」


澄都の表情が変わるのを見て、淡は穏やかに続ける。


「僕と夕日見てて分かったでしょ。だから、努力は続けろ」


澄都が少しだけ笑い、適当な返事をした。


淡は少し間を置いてから、切り出してみる。


「付き合いたいとかはないの?」


今までの会話で一番長い沈黙が続いた。

それでも、淡は急かさなかった。


「……あるよ」


「あるんだ」


「一応。……でも今の関係壊れるの嫌だから言えないだろ」


「散々人にヘタレって言ってたのに。自分もじゃん」


言いたいことはわかる。

幼なじみでなくても、仲の良い男女が告白をきっかけに関係を壊す話はよく聞く。


「まあ、僕が口出すことじゃないけどね」


澄都はため息をついた。


「お前みたいに外見も内面もよければ――」


淡はその言葉を否定するように続けた。


「よくても駄目なのは見てたでしょ」


澄都は苦笑した。


外見がいい、人当たりもいい、勉強もできる、仕事もしている、そんなものが揃っていても、一番大切だった人と、一年半以上、話せなくなる。

人との関係は、条件だけでどうにかなるものではない。


澄都はしばらく考えてから口を開いた。


「今すぐには無理でも、いつかは動けるようにしていきたいとは思ってる」


「とりあえず、すぐには変な人がよって来ないように僕も見ておくよ」


澄都は短く返事をした。

それきり、しばらく会話が途切れる。


それから澄都が、床に置かれた買い物袋へ目を向けた。


「そういや、お前、簪八本もどうすんだよ」


「一本は自分用。それ以外は、夕日用」


「七本全部?」


「うん。全部似合いそうだったから」


澄都は呆れたようにため息をついた。


「灯、知ってんの?」


「言ってないから、知らないと思うよ。勘づいてはいるかもだけど」


「完全にお前の趣味じゃん」


「そうだよ」


あまりにも素直に返され、澄都が一瞬黙る。

淡自身も、普段より声が弾んでいるのがわかった。


「……今日のお前、ほんと機嫌いいな」


「いい日だったからね」


まさか澄都と恋愛の話をするとは思っていなかった。

夜が更けるまで、友人同士の何でもない会話を続けていた。

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