第26話 - ツーショット
昼食の会計を済ませて、店から一番近い着物レンタル店へ向かう。
店先に着くと、雛華がお腹を押さえて苦しそうな顔をした。
「失敗した。食べすぎた」
「デザートが思ったより多かったからね」
「着物の前にあんなに食べるんじゃなかった……」
雛華の後悔があまりに分かりやすくて、淡は口元を緩めた。
「帯締めたらもっと苦しくなるんじゃない?」
「今言わないで」
「現実逃避」
「淡嫌い」
二人のやり取りを聞いていた夕日が、楽しそうに口を挟む。
「さっきまで仲良かったのに。雛華、大丈夫?」
「夕日だけ優しい」
「僕も心配してるよ」
「絶対面白がってるでしょ」
淡は指先で、面白がっているのはほんの少しだけだと示し、そのまま店へ入った。
それぞれ着物を選び、着付けをしてもらった。
淡と澄都は、紺色系のオーソドックスな着物を選んだ。
夕日はオレンジの小花柄、雛華はピンクの桜柄の着物にした。
着物の柄を選んでいるときも、着付けの順番を待っているときも、淡は夕日から目を離せずにいた。
夕日が楽しそうにしているだけで、こんなにも嬉しくなる。
そして、着付けを終えた夕日の姿は、想像していた以上だった。
髪はすべてをまとめ上げず、長さを生かしながら、着物に合うように整えられていた。
女子たちと入れ替わるように、淡と澄都も着付けに入った。
淡も着付けを終え、下駄を履いて顔を上げると、夕日と目が合った。
夕日は淡に向けて、少し微笑んでくれた。
『似合ってるよ、可愛い』
そう伝えようとして、ほんの一瞬ためらった。
その間に、雛華が夕日を連れていってしまった。
昔なら、こんな言葉を伝えるのに迷うことはなかったはずだ。
会話を再開して自然に話せているのに、こういう何気ないひと言には躊躇してしまう。
そんな瞬間に、二人の間にできた空白を実感する。
店を出ると、雛華は早速夕日と並んで写真を撮り始めた。
外に出たばかりだというのに、もう何枚も撮っている。
教室にいる夕日は、話しかけるのをためらうような空気をまとっている。
それなのに今は、雛華と並び、当たり前のように写真に収まっていた。
四人で清水寺周辺を歩き、産寧坂や二年坂の石畳を進んでいく。
気になった店があれば立ち止まり、景色がよければ写真を撮った。
観光客に混ざって、四人で普通に京都を楽しんでいた。
土産物屋を見つけると、雛華が真っ先に入っていく。
店内にはお菓子や漬物が並び、棚いっぱいに商品が置かれていた。
夕日は箱菓子を一つ手に取って呟く。
「私たち、渡す相手いないんだけどね」
淡は夕日の横へ行き、手にしている箱を見る。
「じゃあ日持ちするもの買って、当面のおやつにしよ」
「聞こえてたの。お土産じゃなくなるじゃん」
「京都で買ったならお土産でしょ」
「そうなのかな? それで、何を買う?」
「気になったやつ全部」
「また……調子に乗って買いすぎると、食べきれないよ」
夕日は呆れたように笑う。
「二人いるから大丈夫でしょ」
「そうかな? じゃあ、買うなら甘い系にしよ」
「しょっぱいのも欲しい」
これもいい、あれもいいと言いながら、二人で食べるためのお土産を探していった。
◇
雛華は少し離れたところから、淡と夕日のやり取りを見ていた。
「やっぱ残ってるんだね」
澄都が雛華の近くに来て、聞き返した。
「何が?」
「空気感」
「まあ、十五年間一緒だったんだろ。一年半くらいじゃ消えないんじゃない」
雛華は、そう答える澄都の横顔を見た。
長く一緒にいたからこそ、説明する必要のない距離。
淡に『二人が話していると誰も入ってこない』と言われた時から、少し感じていたものだった。
淡と夕日を見ていると、澄都との間にも同じようなものがあるのかもしれないと思う。
気づけば、雛華は澄都の横顔を見たままだった。
「何?なんかついてる?」
「別に」
「その顔絶対何かあるだろ」
「ないよ」
雛華は笑って、淡と夕日のいる方へ向かった。
◇
その後も、雛華と夕日が気になる店に入り、淡と澄都は二人についていく。
「女子って店全部入るのか?」
「雪も見ればいいじゃん」
「別に欲しいものない」
「僕も、さっき結構な量を買ったからな」
そう答えたところで、淡がふと足を止める。
「……あ」
「どうした?」
店先に飾られた色や形の違う簪が、淡の興味を引いた。
淡が足を止めたことに気づき、雛華と夕日も戻ってくる。
「淡、興味あるの?」
「ちょっと」
淡の髪は、後ろで結べる程度には長い。
簪を使おうと思えば使えるが、頭に浮かんだのは淡が髪に挿す姿だけではなかった。
戻ってきた夕日の長い髪に目が向く。
夕日なら、きっと似合う。
「簪のお店、入る?」
夕日が聞くと、淡は頷いた。
四人で店に入る。
店内は通路が少し狭く、四人が固まって商品を見るのは難しい。
ごく自然に、淡と夕日、雛華と澄都に分かれて通路を歩いていった。
今の四人を学校の誰かに見られたら、きっと不思議に思われるだろう。
淡と雛華が付き合っていると思っている生徒も多い。
けれど今、淡の隣にいるのは夕日で、雛華の隣には澄都がいる。
学校で周囲から見られていた関係とは、まるで違っていた。
「これ綺麗」
夕日が一本の簪を手に取る。
「うん。すごい綺麗」
「淡にはこっちじゃない?」
夕日が指をさした先には、シンプルな装飾で男性でも使えるものが並んでいる。
その簪の棚の前に移動し、淡は一本手に取った。
淡の分は早々に決めて、今度はカラフルな簪が並ぶ棚へ向かう。
一本手に取り、夕日がその簪を髪に挿した姿を想像してしまう。
今の着物姿なら、なおさら似合いそうだ。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
夕日に似合いそうなものを一通り手に取っていると、夕日が呆れた声をかけてきた。
「淡、何本買うの?」
「えっと……今八本買おうと思ってる」
「八本?また収集癖が出てるよ」
「気に入ったから」
「わかるけど、使わないもの出てくるんじゃない?」
「使うよ」
淡は言い切って、そのまま会計をしに行った。
八本のうち、淡のために選んだものは一本だけ。
残りの七本は、夕日の髪につけたところを想像して選んだものだった。
もちろん、今は言わない。
夕日は八本全部を淡が使うつもりだと思っているだろう。
「絶対多いよ」
「そのうち分かるよ」
「何が?」
淡は笑ってごまかした。
その顔を見て、夕日は呆れたように笑った。
簪屋を出た四人はその後も、菓子、小物、雑貨と、気になれば店に入っていった。
欲しいと思ったものを買っていった結果、荷物はどんどん増えた。
「ちょっと使いすぎた」
雛華が財布を鞄にしまいながら言った。
澄都も財布の中を見て、少し渋い顔をしている。
「俺も結構きつい」
「だから貸すって言ったのに」
「借りない」
「無利子だよ」
「利子の問題じゃねえ」
雛華も同意するように頷いた。
「高校生同士で借金はよくないよ」
結局、雛華も澄都も淡からお金を借りることはなかった。
残っているお金を気にしながら、それぞれ買うものを選んでいる。
一方、夕日は、ほとんどお金を使えていなかった。
夕日が会計をしようとすると、淡は自分の買う商品も同じレジカウンターに乗せた。
「淡、これ私の」
夕日が財布を出しながら言った。
けれど、その時には淡が会計を済ませていた。
「自分で買うよ」
「一緒でいいよ」
「……淡。私今日ほとんどお金使ってない」
二人で話したカフェも昼食も、土産を買った時も淡が支払っている。
「よかったね」
「よくないよ」
「次払ってくれればいいから」
「それ、さっきも言った。払わせてくれないじゃん」
「そうだっけ?」
「もう」
昔から、夕日と出かける際は、ほとんど淡が支払っていた。
支払いをされ続けることに、夕日は納得していないようだった。
次の店では、夕日が先に払おうとする。
けれど、また淡が気づいて一緒に会計を済ませた。
「もう。絶対後で払うからね」
「覚えてたらね」
「覚えてるよ」
その後も支払いがあるたびに、夕日は同じセリフを言う羽目になった。
いくつか店を回ったあと、四人は買ったものを手に、そのまま坂を下っていった。
しばらく歩くと、町家の並ぶ通りの先に五重塔が見えてくる。
「あ、八坂の塔」
夕日は足を止めて、その先を見上げた。
雛華が三人を振り返った。
「せっかくだし、ここで写真撮らない?」
「四人で?」
「うん。着物も着てるし」
反対する理由もなく、近くにいた観光客に声をかけ、四人で並んだ。
撮り終えたあと、淡は雛華と澄都を見る。
せっかくなら、二人でも残しておけばいいと思った。
「雛華、雪と撮ってあげよっか」
「うん。お願いしてもいい?おばさんとおじさんに見せないとだね」
「見せなくていい」
そんなやり取りごと、淡は二人の写真をカメラに収めた。
撮り終えると、雛華が今度は淡と夕日を見る。
「淡も夕日と二人で撮りなよ。夕日、こっち来て」
雛華に言われ、淡は夕日の隣に並んだ。
「二人で写真なんて、ほんとに久々だね」
「一年半以上ぶりだね」
「それがまさか京都で着物姿とは思わなかったよ」
夕日が雛華のもとへ向かおうと、一歩踏み出した。
その瞬間、淡は無意識に夕日の手を掴んでいた。
夕日が驚いた顔で振り返る。
「ごめん。……その。……着物似合ってる。可愛いよ」
「……ありがとう。……淡もカッコいいよ。……いつもだけど」
夕日は顔を赤くしながら、そう伝えてくれた。
その瞬間を、雛華がしっかりと写真に収めてくれた。
掴んでいた手がするりと離れ、夕日は雛華のもとへ小走りで向かっていった。
そのとき、ちらりと見えた夕日の表情は、どこか嬉しそうだった。
二人一緒の写真を撮ってもらえたことを、夕日も喜んでいるのかもしれない。
そう思うと、淡も少しだけ嬉しくなった。




