第25話 - 覚えていること
しばらくして、四人の料理が運ばれてきた。
雛華と澄都も、湯葉を中心にした定食を選んだようだ。
嬉しそうに箸を取る淡を見て、雛華が笑った。
「ほんとに好きなんだね」
「うん。湯葉と豆腐は両方好き」
「なんか意外だね。そもそも高校生で湯葉と豆腐が好物って珍しそうだよね」
「分かり合えたのは夕日だけだね」
淡が夕日の方を向くと、夕日は小さく頷いた。
「小さい頃だけど、誕生日に高級料亭で湯豆腐を食べに行ったからね。あのお店で、いい豆腐はほんとにおいしいって知ったよ」
「誕生日に湯豆腐って変わってんな。同じ誕生日だと一緒に祝われるのか」
淡と夕日の両親がまだそれぞれの家で暮らしていた頃は、誕生日に二家族で食事へ行くのが定番だった。
淡か夕日の好物を食べられる店を選ぶのだが、その日は淡がどうしても湯豆腐を食べたくて、少し駄々をこねたことがある。
当時のことを思い出して淡が笑うと、夕日が不思議そうに見る。
「なんで笑ったの?」
「行く前に夕日がすごい嫌がってたの、思い出してた」
「だって、誕生日のご飯で豆腐食べに行くってどうなの、とは思ったよ」
「あそこの豆腐はテレビで見たときから、食べたいと言い続けてたからね。僕はすごい嬉しかった」
「俺も誕生日に豆腐って言われたら、文句言うと思う」
「ごめん、淡、私も多分言う」
「ちなみに、小二の時だったからね。今考えたら洋食を求めたりするよね」
「淡、大丈夫だよ。今は私も豆腐好きだから」
取り留めのない会話をしながら、それぞれの定食を食べ進めていった。
雛華は向かいに座る淡と夕日のやり取りを見ながら、ふと夕日に尋ねた。
「そういえば、夕日ってなんでこの高校選んだの?」
「私?」
夕日は少し考えた。
「近いから」
「それだけ?」
「それだけ」
あまりにあっさり返されて、雛華は一瞬言葉に詰まった。
夕日は箸を置いた。
「中学の最後の方、もうどうでもよくなっちゃってたから」
その言葉に、淡も少し胸が詰まる。
その言い方だけで、当時の夕日も進路を真剣に考える余裕がなかったことが伝わってきた。
夕日はそのまま続けた。
「進路も、どこでもいいかなって。家から近くて、普通に入れそうなところで決めた」
「誰かに相談とかしなかったの?」
夕日は少しだけ苦笑する。
「淡から、うちの両親のことは聞いてる?」
雛華が頷く。
「親もどこでもいいよって言ってくれたし、相談する相手もあんまりいなかったから。ほんとだったら淡と相談しながら決めてたと思うし……」
雛華は少しだけ柔らかい表情になって、淡を見る。
「淡も似たような理由だよね」
その言葉に、夕日も淡を見る。
「淡も?」
淡が頷く。
「あの頃は学校選びにこだわりなかったし、近いところでいいかなって」
「相談しなかったの?」
「してないよ。あの頃、誰に相談できたと思う?」
夕日は何も返さず、少しだけ俯いた。
淡は、昔のように何気なく返した言葉が、少しきつく聞こえたかもしれないと気づいた。
責めるつもりはなかった。
「俊哉さんと楓子さんとかは?」
「してない。っていうか、あの二人なかなか捕まらないからね」
夕日の両親も淡の両親も海外を飛び回っているため、仕事や時差もあって、なかなか連絡がつかなかった。
淡と夕日は進学先について話し合っておらず、互いがどこを受けるかも周囲から聞いていなかった。
それなのに、二人とも家から近いという理由で、同じ高校を選んでいた。
夕日は少し嬉しそうに笑った。
「最初にクラス分け見たときはびっくりしたよ」
「僕も」
「しかも私たち以外、同じ中学の人いなかったから」
「まあ、いなかったから他の人と話しやすくてよかったけど。雛華と雪は?なんでこの高校?」
「私は学力的にこの辺がちょうどよかったから」
「俺も似たようなもん」
「あれ、雪って中間考査、補習になりかけたんじゃなかった」
「なってないからいいんだよ。高校入るときはそれなりに勉強した」
「補習なりそうだったんだ。二人は相談したの?」
「一応。受けるところくらいはな」
夕日は三人を順番に見た。
淡と夕日。
雛華と澄都。
進学先を選んだ理由は、それぞれ違う。
それでも今、四人は同じテーブルを囲んでいた。
夕日は少しだけ笑った。
「ほんとに運命みたいだね」
思ったことが、そのまま口から出たようだった。
夕日の言葉に、淡と雛華は同時に顔を見合わせて笑った。
「何?」
夕日が首を傾げると、淡が答える。
「いや。雛華と前にも似た話したなって」
澄都が眉を寄せる。
「何の話?」
「この四人じゃなかったら、今みたいにはなってなかったって話」
「幼なじみ共鳴だからね」
雛華が発した聞きなれない言葉に、澄都が聞き返す。
「何その言葉?」
「前に淡と話したときに出てきたんだ。淡が私と澄都を見て、思い出したって話」
「思い出したっていうか、重ねたんだけどね」
「そこは訂正するんだ」
「似てるけど、僕の中では違うんだよ」
「淡は細かいんだって」
「雛華が意外に大雑把なんだよ」
「ひどいな」
「事実でしょ」
気づけば、夕日と澄都は会話から少し置いていかれていた。
この数週間、互いの幼なじみのことを話してきた分だけ、淡と雛華の間にはこういう会話も増えている。
澄都は少し面白くなさそうな顔をした。
「二人だけで話進めんなよ」
澄都の言葉に、雛華が意地悪そうに返す。
「澄都も入ってこればいいじゃん?」
「何にだよ」
「幼なじみ共鳴」
「絶対入らねえ。ってか、なんだよそれ」
「淡が作った造語」
「共鳴して今ここにいるってこと?」
夕日の言葉に、淡は少し考えた。
共鳴とは、一方の振動を受けて、もう一方にも同じような振動が起こることだ。
何を振動と考えるかにもよるが、振動元を淡とするなら、厳密には違う。
今回、行動を起こしたのは淡自身であって、雛華と澄都が淡の影響を受けて動いたわけではない。
「本来の意味とはちょっと違うけど」
「違うのかよ」
「こういうのはイメージの問題だよ。インスピレーション」
「いいように言うな」
「でも、僕が雛華と雪を見て動いた結果、今こうして四人でいるわけだから。そういう意味なら、共鳴でもいいかもね」
「無理やりじゃね?」
「まあ、造語なんてそんなもんだよ」
「でもさ、片方が動いたことで、別の幼なじみも動いたなら共鳴っぽくない?」
「あ、それならイメージわくかも」
夕日はすぐに頷きながら答え、雛華も少し得意げな表情を見せた。
「雛華と夕日は優しいな。それに対して雪は……」
「おい、続きを言えよ」
その後も、淡と雛華が澄都をからかい、四人の軽いやり取りは食事が終わるまで続いた。
定食を食べ終えたところで、淡はメニューの甘味欄に目を止めた。
そのまま隣の夕日に見せる。
「ねえ、夕日。これとこれ、半分ずっこで食べない?」
湯葉ソフトクリームと黒蜜きなこ豆腐プリンを順番に指さすと、夕日はメニューと淡の顔を交互に見た。
「両方食べるの?一つにしたら」
「でも、どっちも気になる」
「さっき湯葉と湯豆腐の定食食べたばっかりでしょ」
「デザートは別」
「豆腐ばっかりじゃん」
「いや、湯葉ソフトクリームは確定。夕日、黒蜜好きでしょ。だから片方はこっちにしたけど」
「黒蜜は好きだけど……」
「淡、甘いもの好きなの? 私とカフェ行くときはコーヒーしか飲まないじゃん」
その言葉に、澄都がわずかに反応した。
淡と雛華の間に何もないことは分かっていても、二人で過ごしている時間までは気にならないわけではないらしい。
「カフェだとケーキが多いから、あんまり食べないかな。和菓子が特別好きってわけでもないけど。そういう雛華は今日は食べなくていいの?」
「食べる。メニュー見せて」
淡は雛華にメニューを手渡した。
「結局どれにしたの?」
「夕日が食べないなら、一つにするよ」
「……どうしても食べたいなら半分ずっこにするよ」
「あ、でも、このあと散策しながら何か食べるかもね」
「ここでお腹いっぱいにしない方がいいかもね」
「じゃあ湯葉ソフトクリームだけ頼んで、半分ずっこしない?」
「いいよ」
「私も決めた」
雛華はそう言って、店員を呼ぶために思いきり手を挙げた。
淡と夕日が同じ予定の中に並んでいることも、今はもう特別に触れられることではなかった。
少し前まで止まっていたはずの二人の時間が、今は四人の予定と一緒に、当たり前のように先へ進んでいる。
次は、着物を選びに行く。




