↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/33

第14話 - 大切な人への気持ち

研修旅行当日の午前五時三十分。

六月の空はすでに明るく、学校前には朝の光が差していた。


校門の前には大型バスが並んでいる。

東京から奈良までの長距離移動になるため、普段学校へ来る時間よりずっと早い。


眠そうな顔をした生徒たちが大きな鞄を荷物室へ預け、次々と車内へ入っていく。

クラスメイトの女子グループが淡を見つけ、取り留めのない話題で声をかけてきた。

少し遅れて、雛華もやってきた。


「おはよう、淡」


「おはよう。眠そうだね」


「眠いよ。四時前に起きたからね」


「僕も似たような感じ。雪は?」


「来てる。ちゃんと自力で起きたみたい」


「偉いね」


「普通だから」


バスに乗ると、二人は決めていた二人掛けの席まで向かった。

窓側が雛華、通路側が淡だった。

ほどなくして、後ろから女子たちの声が聞こえてきた。


「やっぱ隣なんだ」


「仲いいね」


雛華が振り返る。


「班一緒だから」


「部屋は別なのに?」


「それ男女だからでしょ」


笑いが起きる。

淡はあくび混じりに呟いた。


「朝から元気だね」


雛華は苦笑しながら窓側へ座った。


*


午前六時を少し過ぎた頃、点呼を終えたバスがゆっくり学校を出発する。

市街地を抜け、高速道路へ向かう。

しばらくは車内も騒がしかったが、早朝ということもあり、三十分ほど経つ頃には眠り始める生徒も増えていた。


淡は窓の外を見る雛華に声をかける。


「雛華。一個聞いていい?なんでここまで協力してくれるの?」


雛華は少しだけ間を置いて答える。


「今さら?交換条件だからでしょ」


「最初はね。でも、雪のことだけなら、ここまでやる必要ないでしょ」


「……確かに」


「夕日と話すために班まで作って、部屋も合わせて、旅行中の作戦まで考えてる」


「そうだね。言われて考えると結構いろいろやってるね」


「なんで?」


雛華は前の座席にいる夕日の方向に目を向ける。


「最初は、澄都のこと知れるならいいかなって思っただけだよ」


「最初は?」


「うん。それと、淡と灯さんが何なのか気になった」


「野次馬じゃん」


「だから最初はね」


雛華は笑ってから、少し声を落とした。


「でも、あの話聞いたら変わった」


あの話とは、中学二年の十一月に起きた事件と、その後、夕日と話せなくなった経緯のことだ。


「淡が、灯さんと付き合いたいとか、自分を好きになってほしいとか言ったなら、多分ここまではしなかった」


「そうなの?」


「うん、それは恋愛の話だから。でも淡が言ったの、『話したい。また名前を呼んでほしい』だったでしょ?」


雛華の言葉に間違いはなかったが、淡は何も答えなかった。


「それくらいなら、戻ってほしいと思った」


雛華は淡に微笑んだ後、窓の外へ視線を移した。


「私も澄都とずっと一緒にいるからかな。今の関係がなくなるって考えたら、普通に嫌だし。そんな状態、無理だと思う。だから、淡たちも何とかなるなら、何とかした方がいいかなって」


「優しいね」


「交換条件も忘れないでよ。澄都の方もちゃんとやってもらうから」


「はいはい」


雛華は、窓の外から淡へ視線を戻した。


「それより、二人になったら、何話すか決めてる?」


何日も前から覚悟を決め、考えてきたことなのに、改めて聞かれると少し緊張した。


「一応。まず、夕日って呼ぶ。返事してくれたら……話したいって言う。それから、噂が嘘だったって。ちゃんと無実だったって言いたい」


「それは淡の中では必要なんだね」


「うん。それと、ずっと話したかったって」


淡は、あの日、夕日に拒絶されたと思っていた。

今も、夕日が噂を信じたからだと考えている。

噂が嘘だったことを伝えたくても、怖くて話しかけられない。


「そこまで言えればいいかな」


雛華はそこで一つ確認するように聞いた。


「『なんであのとき月城さんって呼んだの』は?気になってたでしょ?」


「聞きたい。でも、最初からは多分無理」


「私も後の方がいいと思う。最初に聞くと、責めてるみたいになるかもしれないし」


「じゃあ、どうするのがいいかな?」


「淡がどう思ってたかだけ先に言えば?話したかった。でも怖かった。噂は全部嘘だった。まずはそこ」


「それから?」


「灯さんが話すのを待つ」


「何も言わなかったら?」


「そのときも待つの」


「一年半以上待ってるけど」


「その待つじゃなくて。二人で話してる最中くらい、急かさないってこと」


「分かった」


「あと、台本みたいに覚えない方がいいよ」


言い終えると、雛華は一度窓の外へ視線を戻したが、すぐにまた淡を見た。


「じゃあ、もう一個聞いていい?」


「何?」


「淡は私のこと好きにならないの?」


「ならない」


あまりの即答に、雛華が一瞬黙る。


「早くない?」


「だって、ならないから」


「なんで?」


答えは決まっていたが、淡はすぐには口にしなかった。


「夕日の方が可愛いから」


「それだけ?」


「え、重要じゃない?」


「面食いなんだ」


「多分」


淡は笑いながら、あっさり認める。


今の夕日は、昔とはかなり印象が違う。


雰囲気を重く見せる眼鏡。

顔を隠すように伸びた前髪。

少しうつむきがちな姿勢で、人を寄せつけない空気。


昔のような明るさは、ほとんど見せない。


それでも淡の中では、夕日の方が可愛い。

そこは変わらなかった。


「あと、雛華は、僕に本当の笑顔向けないでしょ」


「向けてるよ」


「向けてないよ。笑顔の違いくらい分かる」


「すごい自信。それでなんでで分かるの?」


「幼なじみ経験とモデル経験。人の表情見る機会は多いからね」


撮影スタッフやモデル仲間と接する雑誌の現場では、作った笑顔を見ることも珍しくない。

それとは別に、淡は幼い頃から夕日の表情を見続けてきた。


相手に合わせて笑っているとき。

笑っているように見えて本当は楽しんでいないとき。

照れて誤魔化しているとき。


そうした表情の違いを、淡は自然と見分けるようになっていた。


「雛華が僕と話してるときの笑顔と、雪と話してるときの笑顔、全然違うよ」


「そんなことない」


「ある。雪と話してるときの方が、本当に楽しそう」


この言葉が恥ずかしかったのか、雛華の耳が赤くなる。


「別に普通だよ」


「今は自覚なしでいいんじゃない?」


「何、その上から目線」


「僕も昔そうだったから」


淡は肩をすくめる。


「夕日のこと特別だって分かってても、それを恋愛だとは思ってなかった」


『恋愛』という言葉は、雛華に合わせただけだった。

夕日への感情に、その名前をつけていいのかは、淡にも分からない。

それでも、何より大切な相手であることだけは分かっていた。


雛華は口を開きかけたが、何も言わなかった。


「でも、人としては雛華のこと好きだよ」


「急にフォロー入れた?」


「本当に」


「どういうところ?」


「話しやすいし、信用できるし。ここまで付き合ってくれてるし。あと、うちの親が好きそう」


「どこを?」


「運命ってやつ」


雛華が怪訝そうな顔をする。


「また運命?」


「雛華と雪がセットじゃなかったら、僕、多分雛華に相談してなかったから」


雛華は納得したように笑う。

それを見て、淡も口元を緩めた。


「幼なじみ共鳴だね」


「何それ?」


「今作った」


淡は雛華の方へ上半身を向けて、少し頭を下げた。


「雛華に恋愛感情は湧かない。ごめんなさい」


雛華はその仕草に、不服そうな顔で淡を見返す。


「なんでフラれたみたいにするの。告白してないけど!」


二人で笑い、それを最後に会話は途切れた。

しばらくすると、二人とも眠っていた。


*


長い移動のあと、昼過ぎにバスが奈良市内へ入る。

古い建物や緑が窓の外を流れ、歩道の近くに鹿が見えた瞬間、車内のあちこちから声が上がった。


眠っていた生徒たちも次々と目を覚ます。

淡と雛華も起き、外の景色に目を向けた。


バスは奈良公園周辺の団体バス乗降場所へ入った。


ここから、四人での班行動だ。


淡は、夕日と話せるかもしれないと少しだけ期待しながら、バスを降りる準備をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。