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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第13話 - それぞれの距離感

数日後、班行動の予定を決めるために、淡たちは放課後の教室に残っていた。


机を向かい合わせて、夕日が班長ミーティングでもらった資料を広げた。

淡は夕日の斜め前に座る。

今までの中で一番近い距離にいる。


雛華が仕切る形で、話し合いが始まった。


「初日から決めようか」


「奈良って、どれくらい時間ある?」


夕日は行程表を確認する。


「現地に着いてから夕方まで。そこから全員で京都のホテルに移動」


「じゃあ奈良では、バスからあんまり遠くまでは行けないか」


雛華と淡が同時に観光パンフレットを開く。

先に口を開いたのは淡だった。


「東大寺は行きたい」


雛華もパンフレットに目を落としたまま頷く。


「確かに、移動時間考えるなら、東大寺周辺でまとめた方が楽そうだね」


夕日は二人の話を聞きながら、三人に向けて言った。


「それなら余裕あると思う」


淡の提案に対する返事ではなかった。

それでも、少し不思議な感覚があった。


一年半以上、同じ家にいるのに、声を交わさない歪な関係。

そんな二人が今は、一つの予定について話している。


直接言葉を交わしているわけではない。

それでも、同じ会話の中にはいた。


奈良の班行動の予定が決まった。

東大寺周辺を中心に回り、その後集合場所へ戻る。


続けて、二日目の京都での班行動のスケジュールを決める。


「清水寺は?」


「混んでそう」


「京都なんてどこでも混んでるでしょ」


「それはそうだよな」


「この辺、お店も多いよ」


観光パンフレットを見ながら、雛華と澄都が軽快に言葉を交わす。

雛華がパンフレットを夕日の方へ向けると、夕日もそれを覗き込んだ。


「朝の方がいいと思う」


「じゃあ最初に清水寺?」


「その方が動きやすい」


そこから周辺を回り、昼食を取り、別の場所へ移動する。

候補を出し、移動時間を確認して削る。

また別の候補を追加する。


四人で相談しながら、大まかな行程を作っていった。


話し合いの結果を提出用の資料に夕日がまとめる。


「これで提出する」


「私は大丈夫」


「俺も」


「問題ないよ」


雛華、澄都、淡の順に答えた。


夕日は淡を見なかった。

淡も夕日を見なかった。


それでも、四人で一つの予定が完成した。


*


話し合いが終わり、夕日は足早に教室を出ていった。

澄都も鞄を手に取り、雛華と淡へ声をかける。


「じゃあ俺も帰る」


「また明日」


雛華が答え、淡も軽く手を上げる。

澄都が出ていったあと、雛華が小声で言った。


「今日、どうする?」


「ここではやめとこう」


「だよね」


二人だけで教室に残れば、また目立つ。

淡と雛華もすぐに教室を出て昇降口に向かった。

靴を履き替えているところで、後ろから男子の声が飛んでくる。


「月城、桜さん!今日もデート?」


淡と雛華が同時に振り返る。


「どうだろうね」


「否定しろよ!」


雛華は否定する代わりに、軽く手を振った。


「また明日ね」


「絶対デートじゃん!」


さらに声が飛ぶが、二人はそのまま学校から離れた。


*


学校の最寄り駅から二駅先にあるカフェに向かった。

同じ学校の生徒がわざわざ足を運ぶような場所ではない。


「毎回ここまで移動するの面倒だね」


「教室で作戦会議して、変に騒がれるのも嫌でしょ」


「それはそうだけど」


雛華は呆れたように、飲み物を一口飲む。


「で、どうだった?今日、四人で話してみて」


淡は、さっきまでの話し合いを思い返す。


「思ったより普通だったかも」


「灯さんと近い席でも?」


「うん。でも、怖くなかったわけじゃないよ」


夕日はすぐ近くにいて、声も聞こえた。


「少しくらい自然に話せるかと期待したんだけどね。ダメだったね」


班で集まること自体を、チャンスだと考えすぎていたのかもしれない。

結局、夕日から淡に話しかけることもなかった。


「このまま旅行行って、急に二人で話せると思う?」


「思わない」


雛華の問いに、淡は即答した。


「だよね」


「でも、どこかで話さないと何も変わらないから……」


雛華は少し考え込んでから口を開く。


「私一人で二人きりにするの、結構難しいかも」


「……雪がいるから?」


「そう。澄都だけ事情知らないでしょ」


雛華が澄都を連れていけば、夕日と淡を二人きりにはできる。

ただ、あまりに露骨だ。

夕日に警戒されるし、澄都にも疑問が残るだろう。


「雪、仲間に引き込む?」


「私もそれ考えてた」


「全部話す?」


「それはやめた方がいいと思う」


雛華はすぐに答える。

淡も同意だった。


中学二年の事件。

自分と夕日が家でどんな生活をしているか。

そこまで澄都に話すつもりはない。


「幼なじみで、今は事情があって話せなくなってる。その関係を戻したい。これくらいかな?」


「うん。澄都ならそれで十分協力してくれると思う」


「いつ話す?」


雛華は澄都の連絡先を知っている。

今すぐ伝えることもできるが、二人が出した結論は違った。


「今はやめよう。旅行まで、澄都が変に意識するのは避けたい」


「雪、不器用そうだもんね」


「そう。絶対態度に出る」


想像がつきすぎて淡は吹き出してしまった。


「雛華が言うなら間違いなさそう」


「だから旅行に入ってから」


「タイミングある?」


雛華は少し考える。


「初日の夜。班長ミーティングがあるって灯さん言ってたでしょ?灯さんが行ってる間、私と淡と澄都の三人になる」


「そこで雪に話す?」


「そう。一日目は時間が限られてるから」


「なるほど。二日目に僕と夕日をどうやって二人にするか三人で夜に話し合う」


「その方が自然だと思う」


「そうなると、実質のチャンスは二日目だけになるね。初日も四人で動くなら、話せる機会はあるかもしれないけど」


淡は窓の外を見る。


研修旅行は本来なら、ただの学校行事だった。

でも、淡にとっては違う。

一年半以上、話せなかった相手ともう一度言葉を交わすための機会になりつつある。


「雪、協力してくれるかな」


「絶対するよ」


雛華の答えに迷いはなかった。


「私が頼むから」


「それで断れないだけじゃない?」


「それでも協力は協力でしょ」


淡には、澄都が渋々頷くところまで簡単に想像できた。


「確かに。強いね」


「今さら?」


軽口を返す雛華に、淡も笑った。


初日の夜、夕日が班長ミーティングへ行っている間に、澄都にも作戦を話す。


止まったままの二人の関係を動かすために。

四人のうち、夕日以外の三人が同じ方向を向こうとしていた。


*


研修旅行まで、あと一週間。

四人の関係は、少しだけ変わっていた。


ただし、全員が仲良くなったわけではない。

むしろ、関係のある組み合わせと、ない組み合わせがはっきりしていた。


*


淡と雛華のやり取りは、クラスでは珍しくなくなっていた。


「淡、今日はバイト?」


「今日は撮影」


「じゃあ終わるの遅い?」


「多分ね」


「明日の予定、メッセージ送っとくね」


「了解」


名前で呼び、時々二人で教室を出る。

それだけで最初は騒がれていたが、一か月近く続けば、クラスメイトたちも多少は慣れてくる。


付き合っている。

まだ付き合っていない。

どちらが先に好きになった。

そんな噂は残っているものの、二人は相変わらず何も答えなかった。


本人たちの間では、話す内容の大半が作戦か学校のことだった。

夜、淡は雛華と報告のためにメッセージをやり取りする。


『澄都、今日どうだった?』


『普通』


『普通って?』


『ゲームのイベントの話した』


『それはかなり普通だね』


『雛華は?』


少しして返信が来る。


『灯さんと参考書の話した』


『何か変わった?』


『前より返事長くなった気がする』


淡はその文章をしばらく見る。


それから、『そっか』とだけ返した。


*


淡と澄都は、最初の頃よりは会話が増えた。

ただ、友人と呼べるほどではない。


淡が話しかけ、澄都が答える。

時々、そこから少し続くが、その程度だった。


昼休み、スマートフォンでゲームに熱中している澄都へ話しかける。


「雪。この前言ってたゲーム、今イベントやってる?」


「やってる」


「面白い?」


「始めるなら今は微妙。初心者にはきつい」


「じゃあやめとく」


「別にイベント無視すればいいだろ」


「どっちなの?」


澄都がスマートフォンから目を上げる。


「やりたいならやれば」


「おすすめは?」


「最初ならこれ」


澄都が画面を見せる。


以前なら、一言二言で終わっていたが、今は淡が聞けば少し説明する。

それでも会話が終われば、それぞれ別の場所へ戻る。


一緒に帰ることはない。

連絡先も交換していない。


まだ、その程度だった。


*


雛華と澄都は、最初から何も変わらない。


研修旅行前日の放課後。


「澄都、明日の集合時間覚えてる?」


「六時だろ」


「それ出発時間」


「じゃあ五分前でいいだろ」


「よくないよ。五時半集合」


澄都が露骨に嫌そうな顔をする。


「三十分も何するんだよ」


「点呼とか荷物積んだりするんでしょ」


「五時半って早すぎだろ……」


「奈良まで行くんだから仕方ないよ」


「お前、起きれるの?」


「澄都よりはね」


「昔は朝弱かっただろ」


「小学生のころじゃん。何年前だと思ってるの」


澄都が少し考える。


「じゃあ四時半に起こしてくれ」


「嫌だよ。朝忙しんだもん」


「電話一本くらいいいだろ」


「自分でアラームかけて」


「起きなかったら?」


「おいていく」


「幼なじみに冷たくない?」


「遅刻する幼なじみが悪いでしょ」


周囲に何人か生徒はいるが、二人が話しているところへ、わざわざ入っていく人間はやはりいない。


淡は少し離れたところから、二人のそんなやり取りを見ることが増えていた。

二人の間にだけある空気と、説明しなくても会話が進む気安さ。

それを見るたび、やはり懐かしいと思った。


*


雛華と夕日の会話も、少しずつ増えていた。


「灯さん。この前言ってた参考書、本屋で見てきたよ」


「どうだった?」


「ちょっと難しそうだった」


「今使ってる参考書は?」


「これ」


雛華が鞄から出した参考書を夕日が受け取り、何ページかめくった。


「だったら、さっきの参考書より一つ下の方がいいと思う」


「一つ下?」


「同じシリーズにあるよ」


「一通り見たけど、そっちは本屋にあったかな」


「あると思う」


夕日は少し考える。


「私、持ってるよ」


「本当に?」


「うん。前に使ってた」


「じゃあ、どんな感じか見てみたい」


「明日持ってくる」


「ありがとう」


翌日、夕日は本当に参考書を持ってきた。


「桜さん」


夕日の方から声をかけられ、雛華が振り返る。

夕日は手にしていた参考書を雛華へ差し出した。


「これ」


「持ってきてくれたの?」


「昨日言ってたから」


「ありがとう。ちょっと借りるね」


「うん」


それだけだった。

それでも、雛華から話しかけなければ始まらなかった関係に、今度は夕日の方から言葉が向けられた。


雛華はその日の夜、すぐ淡に報告した。

淡から返ってきたのは、『すごいね』という短い文章だった。


*


淡と夕日は、何も変わらなかった。


学校では話さない。

班で集まっても、視線はほとんど合わない。


家でも同じ。

研修旅行の準備も、同じ家で別々にしていた。

リビングの端に淡の旅行鞄があり、少し離れたところに夕日の鞄もある。


同じ旅行に行くのに、『何持っていく?』『これ必要かな』という会話すらない。

淡は何度か夕日を目で追った。

それでも、声をかけることはなかった。


*


澄都と夕日も、ほとんど会話がなかった。


同じ班になったとはいえ、特別な用事がなければ接点はない。

澄都から夕日に話しかけることも、逆に夕日から澄都に話しかけることもない。


四人で同じ班になっても、実際には六通りある組み合わせのすべてがつながっているわけではなかった。


淡と雛華。


淡と澄都。


雛華と澄都。


雛華と夕日。


澄都と夕日。


そして、淡と夕日。


最後の二つだけが、まだ完全に止まっている。

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