第11話 - 班決め
その後数日間、淡と雛華はそれぞれ、少しずつ接点を増やしていった。
淡は、澄都が近くにいたときや授業で同じ作業になったときなど、自然に話しかけられるタイミングを選んで声をかけていた。
毎日ではなく、話す内容もゲームや授業、先生、テストのことばかりで、どれも短い会話だった。
「雪、英語の課題どこまで?」
「三ページ」
「今日まで四ページじゃなかった?」
澄都の手が止まる。
「……マジ?」
「マジ」
淡を前にしても、入学当初のように警戒したり、挙動不審になったりすることはほとんどなくなっていた。
こんな短いやり取りも、構えずに交わせるようになっていた。
それでも、澄都から話しかけてくることは、まだほとんどなかった。
一方、雛華と夕日の距離も、少しずつ縮まっていた。
毎日話しかけるのではなく、会話のきっかけがあるときに夕日へ声をかけていた。
「灯さん、この参考書使いやすい?」
「普通」
「数学苦手だから迷ってるんだよね」
「基礎なら別の方がいいと思う」
「どれ?」
夕日は鞄から別の問題集を出す。
「これ」
「見てもいい?」
「うん」
それだけ。
別の日には、雛華が落とした消しゴムを夕日が拾い、そこから二、三言やり取りが続いた。
また別の日には、雛華が欠席した生徒のプリントを整理していると、夕日が何も言わず一部を手伝っていた。
「ありがとう」
「別に」
会話は短く、笑顔もない。
それでも最初の頃より、夕日が雛華へ視線を向けることは増えていた。
*
二人は、放課後の定例報告の回数もそれまでより減らした。
必要があればメッセージで済ませることが多くなった。
時々、二人で教室から出て、直接報告することもあった。
それも、今では周囲にとって見慣れた光景になっていた。
同時に、二人についての噂もさらに広がっていた。
最近では、『まだ付き合ってない方がおかしい』と言う生徒までいる。
二人は相変わらず、否定も肯定もしない。
廊下へ出ると、雛華が言った。
「澄都、淡と話すとき普通になってきたね」
「まだ雪からは話しかけてこないけどね」
「それで十分だよ」
「夕日は?」
「少し話せるようになった」
「すごいね」
淡は素直に感心する。
自分には一年半以上できなかったことを、雛華は数日でやっている。
もちろん、意味が違うことは分かっている。
「雛華って、人と仲良くなるの上手だよね」
「頑張ったからね」
「頑張った?」
「昔の話」
雛華はそれだけ言って笑ったので、淡はそれ以上深く聞かなかった。
「班決め、来週だって先生言ってたね」
「四人から六人だって」
二人は顔を見合わせる。
「ちょうどいいね」
「うん」
雛華は少し考えてから言った。
「当日は、私が先に灯さんを誘う」
「僕は雪?」
「うん。そのあとで淡が私を誘えば、結果的に四人になる」
「他の人に先に誘われたら?」
「断る」
迷いのない返事に、淡も笑った。
「僕もそうする」
「じゃあ予定通りで」
「了解」
その後も、二人は班決めの日までやり方を変えず、淡は澄都と、雛華は夕日と、それぞれ短い会話を重ねた。
週末を迎える頃には、どちらも班決めで誘っても不自然ではない程度まで距離が縮まっていた。
*
班決めの日、ホームルームの時間に担任が黒板に大きく、『研修旅行』と書いた。
「今月の研修旅行について、今日は班を決めてもらうぞー」
教室の空気が一気に明るくなる。
一年生で行われる二泊三日の研修旅行は、学年内の交流を深めることが目的で、行き先は京都と奈良。
初日と二日目は班行動で、三日目はクラスごとの行動になる。
二年生になれば、これとは別に修学旅行も予定されている。
一年生で宿泊を伴う研修旅行を行う学校は珍しい方だった。
「班は四人から六人。男女の人数は問わない。ただし、決まったら勝手に変更するなよ」
担任がそう言った瞬間、教室中が動き始めた。
椅子を引く音や名前を呼ぶ声が重なり、仲のいい者同士が集まっていく。
雛華が席を立とうとしたところで、女子二人が先にやってきた。
「雛華、一緒の班にしない?」
「あと二人くらい誘ってさ」
雛華は一瞬だけ夕日の席へ目を向けた。
夕日はまだ座ったままだった。
「ごめん、私、先に誘いたい人がいるんだ」
「え、誰?」
「ちょっとね」
「月城くん?」
一人が笑いながら聞いてきたが、雛華は笑うだけで否定も肯定もしなかった。
「ごめんね。また別のとき」
そう言って、雛華は二人から離れる。
向かった先は夕日の席だ。
「灯さん」
夕日が顔を上げる。
「何?」
「班、まだ決めてないよね?」
「うん」
「私と一緒に組まない?」
夕日は少し驚いたように目を見開いた。
「……私?」
「うん」
夕日は数秒黙ったまま、次々と班ができていく周囲へ視線を向けた。
「嫌なら無理にとは言わないけど」
「別に」
「じゃあ、いい?」
「うん」
雛華が笑うと、夕日も口元を少し緩めた。
「ありがとう」
夕日は雛華に誘われて、残りの班員を探しに行こうと椅子を引いて立ち上がった。
一方、淡もすぐには澄都の席へ向かえなかった。
澄都の席へ向かおうとすると、男子三人が行く手を遮るように声をかけてきた。
「月城、一緒に組もうぜ」
「あと一人誘えば、五人くらいでちょうどいいだろ」
その横から、別々の女子グループも声をかけてきた。
「月城くん、うちの班来ない?今三人なんだけど」
「月城くん、こっちもまだ空いてるよ」
男女両方から声が飛ぶ中、淡は笑いながら首を横に振った。
「ごめん。ちょっと誘いたい人いるんだ」
「誰?」
「まだ声かけてない」
「桜さん?」
淡は何も答えず、笑うだけだった。
周囲はその笑顔を肯定と受け取ったのか、相手は雛華だと納得したような顔をした。
淡はその予想を裏切るように、人の間を抜けて澄都の席へ向かった。
「雪。僕と班、組まない?」
澄都は少し不思議そうに淡を見た。
「俺と?他に誘われてたじゃん」
「うん。けど雪と組みたいから断ってきた」
「何で?」
「嫌?」
「嫌っていうか……」
澄都は少し離れた雛華へ目を向けた。
それから淡へ視線を戻し、少しためらって答えた。
「……別にいいけど」
「じゃあ決まりだね」
「他は?」
「今から誘ってくる」
澄都は怪訝そうな顔をしたが、淡は気にせず、そのまま雛華の方へ向かった。
淡は他の班への誘いを断り、雛華も女子からの誘いを断っていた。
その二人が、澄都と夕日をそれぞれ誘った。
四人で班を組むと察したのか、周囲の視線が淡たちへ集まっていた。
「雛華」
淡が呼ぶと、雛華が振り返る。
「なに、淡?」
「僕と雪で組むんだけど、雛華も一緒にどう?」
雛華は夕日を見る。
「私、灯さんと組むことになったんだけど、四人になるし、ちょうどいいね」
雛華は夕日にも澄都にも確認せず、四人で組む話を進めた。
淡も二人の返事を待たずに続けた。
「そうだね。じゃあ一緒に組もう」
淡は一瞬だけ夕日を見る。
本当に一瞬だけ、視線が合った。
夕日はすぐに目を逸らし、淡も何も言わなかった。
「これで四人だね」
雛華が淡、澄都、夕日を順番に見て言った。
予定していた四人が、表面上は自然な流れで一つの班になった。
澄都も席を立ち、三人の近くまでやってきた。
ただ、そこで終わらなかった。
先ほど淡を誘った男子二人が近づいてくる。
「月城、俺らも入っていい?」
「ごめん。四人で行こうと思ってる」
班は最大六人で、あと二人は入れたが、淡は即座に断った。
「マジ?六人の方が楽しくない?」
「今回はこの四人で」
雛華のところにも、先ほどの女子がやってきた。
「雛華、やっぱりうちら入れてもらうのダメ?」
雛華も首を横に振る。
「ごめんね。もうこの四人で決めたから」
「そっか……」
人数を増やせるのに、淡も雛華も断ったことが余計に周囲の興味を引いた。
「やっぱ月城と桜さん、一緒になりたかっただけじゃない?」
「わざわざ四人だもんな」
「でも雪もいるじゃん」
「灯さんもいるし」
「ダブルデート?」
「それは違うでしょ。灯さんなら月城くんにちょっかい出さなさそうだからじゃない?」
好き勝手な声が聞こえるが、淡も雛華も何も言わない。
澄都だけが、明らかに面白くなさそうだった。
「……お前ら、最近本当に仲いいよな」
澄都が小さく呟くと、淡が聞き返した。
「僕と雛華?」
名前を出した瞬間、澄都の眉が少し動いた。
「……別に」
「何?」
「何でもない」
雛華はそのやり取りを見ていたが、澄都の苛立ちの理由までは掴めていない様子だった。
夕日は三人から少し離れたところへ移動していた。
淡とは一度も言葉を交わさないままだった。
それでも一年半以上の空白を経て、二人は同じ班になった。
京都と奈良へ向かう二泊三日の研修旅行で、初日と二日目はこの四人で行動する。
淡は、担任へ提出する班員表を見る。
月城 淡。
桜 雛華。
雪 澄都。
灯 夕日。
四つの名前が並んでいた。
ただ、それだけのことだった。
それでも、一年半以上続いた空白の中では初めてのことだった。




