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テラステラ師匠は言っていた。俺たちの居るこの青い星の周りには、無数の星の欠片が散らばっているのだという。
その星の欠片は、この星の重力に惹かれて、地上へと落下してくる。
空から落ちてきたそれを、隕石と呼ぶらしい。
隕石は大抵、星の大気に突入して落下する際に摩擦熱によって燃え尽き、小さくなってしまう。だが、そうだとしても地上にあるどんなものよりも硬く、質量がある。
それを遥か上空、星の外から任意の場所へピンポイントで落とすことができれば。
この巨大な塔を一瞬で消し飛ばすことは可能かもしれない。
「……ガイアお兄ちゃんが何を言ってるのか……さっぱりなのだ」
俺たちがいるのは、塔の目の前だ。
塔の中に居た状態で隕石を落とせば、当然俺たちまで巻き添えを食らって被害を被ってしまうからな。
ある程度、俺は自分の作戦を二人に伝えてある。
「やることはシンプルだ。俺が重力を操作して、星の外にある隕石を、この塔にぶち当てる」
俺は触れたものの重力を自在に操れる。
そう、なら。この星の大地に直接触れることで、星そのものが発生させる重力を操作できるはずなのだ。理論上は。
「準備してる間にも、毒電波が世界中に発生させられているのだっ」
「……それは、大丈夫だ。この星全体を覆うほどの電波。それを発生させるためには相当なエネルギーが要る。時間はかかるはずだ」
だが、猶予が長くはないのも事実だ。放っておけば毒電波が世界中に発信され、人間達は操作されて自殺衝動に駆られ、自ら命を絶ってしまうだろう。
その前にやり切るのだ。
「でも、ガイア。大丈夫。魔人モードにはなれないのでしょ」
ノエルの危惧する通り、魔人モードはヴィーナス撃破の際に酷使してしまい、しばらくは使用できない。
この生身に近い状態で、星規模の重力操作をする必要がある。
対象が大きくなればなるほど、求められる操作技術は飛躍的に高くなる。それがこの人々が乗る巨大な青い星が相手となれば、もう神業に等しい精密な操作が必要となる。
隕石を、ピンポイントにこの塔に降らせないといけないからな。一歩間違えれば、都市ごと吹き飛ばす大惨事だ。だが。
「俺に任せてくれ。ノエルとメルクリウスは、衝撃波が拡散しないように、この都市全体に結界を張っておいてくれ」
街の人たちは既に海へと避難させた。だがここへ隕石が落下するとなると、相当なエネルギー波が周囲に拡散していく。
それが建物だけでなく、避難した人たちにも影響を及ぼしたら大変だ。
「…………」
メルクリウスが何か言いたげだ。本当にそんなことができるのかと、不安がっているのだろう。
無理もない。俺は、魔人達の中でおそらく最も力が弱い。
メルクリウスやヴィーナスと比べ、能力の練度が圧倒的に足りていない。
彼女らが言うところの星の声。
これを聞くことで、闘気とやらを取り込み、魔人はさらなる理外の強さを得られるという。
メルクリウスたちの精密な力と比べ、俺がやっていることはただの力任せだ。応用力に欠ける。ただ内なる力を、力一杯ぶっ放しているだけだからな。
今回の隕石落としは、それでは駄目なんだ。
遥か空の、否、宇宙空間にある隕石を正確に捉え、それをここに落とさないといけない。
しかも、星自身の重力を使ってだ。
難易度は絶望的に高い。それでも、俺は大切な仲間のために、やる。
「任せろ」
「……いこう、メルクリウス。ガイアに任せよう」
俺が親指を立てると、ノエルもまた、無言で親指を立て返してくれた。
仲間への確かな信頼を感じられる。俺は、それが本当に嬉しかった。
ノエルたちがその場から離れ、俺は一人になる。
巨大な塔の前で静かに目を閉じる。
かつて魔人として力を覚醒させ、俺は故郷の村を滅ぼしかけた。
それ以来、俺にはずっと魔人としての暗い影がつきまとっていた。
俺はそれからずっと逃げよう、逃げようとし続けていた。ある意味で、化け物である魔人としての自分を否定し続けてきたのだ。
多分、それが魔人としての能力の低さ、成長の限界に繋がっているのだろう。
ビビビビビビ、と塔が不気味に鳴動しだした。多分もう間もなく、破滅の毒電波が発信される。
だが、俺はまだ目をつむったままだ。
そして、考える。過去から逃げずに考える。
己の力の、真の本質。
俺は、魔人だ。
どこまで行っても、脆弱な人間とは別の生き物。だが、それであることを頑なに否定する必要はない。
俺が魔人だと知っても、普通に接してくれる優しい人たちがいる。
メルクリウスだって、魔人だったけれど、人と心を通わせ仲良くなることができた。
魔人は人間じゃない。それでも、人間と肩を並べて共に歩んでいける。
そうだ。
俺は。
「俺は……魔人。重力の魔人だ」
目を開き、大地に両手を当てる。
そして、星規模の重力操作を開始する。
この星が持つ、途方もない重力の力。
物体が物体を引き寄せる、万有引力。
それを、俺の意志で操作してみせる。
デカい。俺の魔力なんて、この巨大な星と比べたら砂粒のようにちっぽけなもんだ。
だが、俺は限界を超えて力を流し込み続ける。
魔人の全生命力を流し、重力を。ぐっ。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
やばい。身体から生命力が滝のような速さで抜けていく。
やばい、なんだこれ。全身が鉛のように重くなっていく。身体が泥に沈むようだ。意識が、深く沈む。
駄目だ。全然足りない。こんなんじゃ、この星の巨大な重力を操ることなんて、できやしないっ。
「くそっ。言うことを聞けっ。聞いてくれっ」
俺の悲痛な叫びも虚しく、重力が宇宙の隕石をこの星に引き寄せる気配は一切無い。
そんな、どうして。
くそ。くそっ。認めたじゃないか。俺が人間ではない、魔人だということを。
なのにどうして、力が湧いてこない。どうして、導きとなる星の声は聞こえないんだっ。
ビビビビビビビッ。
「まずい……タイムアップかっ」
電波塔がひときわ強く、不吉に震えた。
こうなったら、自爆覚悟で無理矢理魔人モードを解放するしかないか。
塔の頂上に莫大なエネルギーが集中し、一気に毒電波が放出されようとしている。
凄まじいエネルギー波が肌を刺す。電波は目に見えないはずなのに、可視化されていると錯覚してしまうほどの強烈なプレッシャー。
駄目だ。やっぱり俺の命を犠牲にしてでも。
「諦めないで……ガイアっ」
ガキンッ、と巨大な電波塔を完全に包み込むように、分厚い銀色の結界が発生した。
「銀の結界。これは……まさまっ」
杖を大地に深々と突き立てて、ノエルが大魔法を発動させていた。
その背後には、リィナが居る。リィナは無事に目を覚ましてくれたようだ。
リィナが倒れそうなノエルを背後から支え、ノエルは限界を超えて魔力を使い、銀の結界を維持していた。
「毒電波はミスリル銀で遮断できた。なら、土魔法でミスリル銀を錬成し、それを付与した結界で塔を包めば、毒電波は拡散されないっ」
ノエル。そんな簡単な話では決してないはずだ。
この天を突く巨大な塔を、まるごと覆い尽くすほどの魔力だぞ。
そんな途方もない魔力を一体、どうやって捻出しているって言うんだ。
「チワさんが頑張ってくれてるんだよっ」
とリィナが叫ぶ。
「チワさんが」
「うんっ。チワさんの職業は巫女。そのスキルは……えっと、なんだっけ」
「そうか。巫女のスキル、祈祷っ」
祈祷は、対象の魔力を大幅に回復・増幅させる支援スキルだ。
術者と精神を深く統一することで、魔力を一体化し、それを対象へ自在に明け渡すことができる。
「まさか、チワさん。この都市にいる人たちの精神を統一し、その魔力をノエルに注いでいるのか」
ここからではチワさんがどこに居るのか見えない。
だが、島の外から大河のような膨大な量の魔力が、ノエルに向かって流れ込んでいるのが体感でわかった。
いや、確かに魔力の総量問題は解決したとしても、それを巨大な結界として緻密に運用するには、常軌を逸した集中力が要る。
現に、ノエルは両目から一筋の血の涙を流している。自身の身体に多大な無茶を強いて、結界を維持しているのだ。
「ガイア……がんばれ……っ」
ノエルが、これほどボロボロの状態になってでも、俺に希望を託している。
俺がこの絶望的な問題を解決してくれるって、心の底から信じてくれているんだ。
なのに、俺は、なんて不甲斐ないんだ。
「がいあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
リィナの、声を枯らした悲痛な叫び。
「ぐぁああああああああああああんばれぇええええええええええええええええええええええええええええええっ」
仲間達、街の人たち、メルクリウスも、皆が死力を尽くしている。
俺だけだ。俺だけがまだ、命を削り切っていない。
再び俺は大地に両手を強く突き立てて、能力を発動させる。
生命力が、魂が、全てが流れ出ていく恐怖の感覚。
それを今まで、俺は本能的に恐れ、無意識に抵抗していた。
だが、その抵抗を完全にやめた。
俺は、残っている命の全てを使って、この星の重力を操作する。操作してみせる。
俺が、これで死んだとしても。
『やっと覚悟が決まったようだな、ガイア』




