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電波の魔人ヴィーナスは、俺とメルクリウスの決死の連携によってようやく倒すことができた。
まだ息はあったはずなのだが。
「死んだのか」
あいつは最期に自らのアンテナを引き抜き、迷宮の硬い大理石の床へ深々と突き刺した。
どういう意図だったのか、全くわからない。だがその後、ヴィーナスは事切れたようにピクリとも動かなくなってしまったのだ。
冷たい風が吹き抜け、彼女の水色の髪を虚しく揺らしている。
『5tp4おbm4t、gm3おtm@v3pっ』
「なんだ」
突如、脳の奥底に異質なノイズが響いてきた。
前にも少しだけ感じたことがある。メルクリウスと、星の声を聞くということについて話したときだ。
ほんの微かに聞こえたその不可解な音が、また脳内を反響している。
「お兄ちゃん、やばいのだっ。ヴィーナスが最終計画を実行しだしたらしいのだっ」
メルクリウスが血相を変えて叫んだ。
最終計画を実行。まさか。
「儀式が発動したってことか。どうして」
「自分の生命エネルギーを全てそそぎ、迷宮に直接命令を出したらしいのだ」
頭部のアンテナをダンジョンに突き刺し、自らの命を代償にして儀式を早めるよう命じたのか。
結果として、中央の祭壇は恐ろしい速度で構築を完了させ、計画が実行に移されてしまった。
「計画っていうのは」
「この塔を電波塔ってやつにして、全世界に向けて毒電波を一斉発信するのだ。人間を操り、そして、自殺するように命令するらしいのだ」
どうしてヴィーナスがそんな狂ったことをしているのか、ではない。
どうして、メルクリウスがそんな重要な情報を事細かに知っているのか、だ。
「今、星の声が聞こえたのだ。全部教えてくれたのだ。どうやら星も焦っているようなのだ」
「そうか」
星が、この星に生きる人たちを守るために、彼女へ直接ヒントを与えてくれたということか。
メルクリウスに聞こえているのなら、同じ魔人という立場である俺に聞こえていてもおかしくはない。
そうか、さっきの電子音のようなノイズが、星の声ってやつなのか。
でも、やはり俺には意味のある言葉として不鮮明にしか聞こえていなかった。どうして俺だけ。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「もう計画は止められないのか」
「この塔を完全に、一瞬で吹き飛ばせば問題ないそうなのだ」
「この巨大なタワーダンジョンを、一瞬で壊すだって」
俺はすでに重力魔人モードを解除している。全身の筋肉が軋み、かなり身体に限界近い負担がかかっている状態だ。
魔人モードは連発できない。すなわち、重力球やブラックホールを生成して塔ごと消し飛ばすという芸当が、今の俺には不可能なのだ。
メルクリウスが跳躍する。
音波に乗って急上昇し、床に向けて垂直の跳び蹴りを食らわせた。
ドゴォオオオオン。
凄まじい衝撃音が響き、床に大きなクレーター状の穴が空いた。
だが、穴はゴゴゴと不気味な音を立てながら、瞬く間に元の大理石へと修復されてしまった。くそっ。
「迷宮の修復力か」
「どういうことなのだ」
「迷宮は壊れてもすぐに元に戻る修復作用を持っているんだ」
だから、一瞬で根本から吹き飛ばせという星からの指示だったのだ。
しかし魔人であるメルクリウスが本気を出しても、この程度の局所的な破損に留まる。ならば。
「メルクリウス。俺が重力を付与する。もう一度だっ」
「わかったのだっ」
メルクリウスの小さな背に触れ、重力を操作する。
彼女はまず、減重によって遥か上空まで軽やかに飛翔する。そして最高到達点で、一転して極大の重力を加重した。
「ちぇりゃぁああああああああああああああああああああああああっ」
加重、星の重力、そしてメルクリウスの音速キック。
大気との摩擦で足先から炎が上がるほどの必殺の一撃。
それがダンジョンの床に激突する。
瞬間、さっきとは比べものにならないほどの巨大な轟音が発生した。
ぐらぐらと塔全体が激しく揺れるほどの威力。
それでも、完全にぶち抜けたのはダンジョンの床一枚分だけだった。
「お兄ちゃん、どうしよう」
階下の穴から顔を出したメルクリウスが、不安げに尋ねてくる。
星がまだ何も言ってこないとはいえ、刻一刻と時間がなくなっているのはわかりきっている。
魔人二人分のパワーを乗せて、やっと塔の一階層分しか破壊できないのだ。
アイディア自体は悪くないと思う。
つまり、超重力での落下と音速攻撃の掛け合わせだ。
そういえば、師匠は言っていた。圧倒的な強さとは、速さと質量だと。
そう、メルクリウス一人分の小さな質量では、いくら速度を上げてもこの程度の破壊力しか生み出せない。
裏を返せば、とんでもない質量を持ったものを上から同じように落下させれば。
そうかっ。
「メルクリウス、一旦チワさんたちの元へ戻るぞっ」
「わかったのだっ」
気を失ったリィナの身体を抱え、俺とメルクリウスは塔の開いた穴から下層へと飛び降りる。
重力制御でふわりと減速し、チワさんたちが居る安全な階層へと着地した。
「チワさんっ」
「ガイアさんっ。皆さん目を覚ましましたわっ」
チワさんの後ろには世話役のキースホンド、そしてギンコさんやノエルたちの姿があった。
毒電波を放っていたヴィーナスが事切れたことで、精神支配の命令がキャンセルされたのだろう。だから、無事に目を覚ましたのだ。
「リィナっ」
ノエルが真っ先に俺の腕の中のリィナに気づいて、涙ぐみながら走ってくる。
よかった、彼女が無事に目を覚ましてくれて。大切な仲間が無事で、本当によかった。
だが、まだ気を抜いていい状況じゃない。
「チワさん、聞いてくれ。あなたの権限で、全員をこの都市の外に避難させてください」
「都市の外に。どういうことですの」
「今からこの塔を吹っ飛ばします。その影響で、都市にも甚大な被害が出る可能性が高いんです。だから、みんなを安全な、それこそ島の外へ避難させてください」
チワさんは当然のように驚愕の色を浮かべた。
そりゃそうだ。俺がこれから何をするのかさっぱりわからないうえ、故郷の都市に被害が出るというのだから。こんな提案、すぐに承諾できるわけがない。
「わかりましたわ」
しかし予想に反して、彼女はあっさりと承諾してくれた。
「いいんですか」
「ええ。魔人を倒してくださった貴方の言葉を信じます。それに、守るべきは石の街ではなく、そこに住む人です。人が居なければ、街はただの空っぽな箱ですから」
立派な考え方だ。チワさん。
傍らでキースホンドが静かに泣いている。「ご立派になられて。御父様たちもきっと喜んでいます」と呟いた。
そういえば、元々の都市長の姿がどこにも見えない。ということは。
チワさんも身を切られるように辛いはずだ。でもそんな極限状態の中で、きちんと覚悟を決め、指導者としての決断を下したのだ。
俺も、腹をくくって覚悟を決めないと。
「我々はチワ殿を手伝おう」
ギンコさんたち黄昏の竜のメンバーは、避難誘導を手伝ってくれるようだ。
助かる。大勢の避難にはどうしても人手が必要になってくるだろうからな。
チワさんとギンコさんたちは、さっそく行動を開始した。
気を失ったままのリィナは、マジコさんが優しく背負っていってくれた。彼女は本当に死力を尽くして戦ってくれた。あとは俺に任せてほしい。
薄暗い通路に残されたのは、俺とノエル、そしてメルクリウスの三人だけだ。
「でも、ガイア。一体なにをするの」
ノエルの不安げな問いに、俺は真っ直ぐに答える。
「この塔に隕石を落とす」




