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ガイアとメルクリウス。
二人の完璧な連携を前に、ヴィーナスは苛立ちを隠せずにいる。
(なぜ。なぜなのだっ。愚妹はどうして、重力の魔人の味方をするっ)
ヴィーナスには相手の脳波を読み解くことができた。
体内に流れる微弱な電気信号を電波として受信し、相手の思考をダイレクトに読むことができるのだ。
電波の魔人は電波を発することができる。そして発することができるのなら、他者の電波(脳の電気信号)を受信することも当然可能なのだ。
また、発火も電波能力の応用だ。
電子レンジのように特定の周波数の電波を照射し、相手の体内の水分を激しく振動させ、蒸発させる。
どれもこの剣と魔法の世界においては、未だ知られていない未知の概念だ。
ヴィーナスを含めた魔人たちは、皆等しく星の声を聞くことができる。
星。
ガイアたちの住む、この青い星。
そこには古代から続く全ての歴史が保管されている。
歴史とはつまり、過去の出来事だけではない。過去、現在、そして未来。
時間という概念を超越した全ての記憶が、星という巨大な情報体に存在しているのだ。
魔人たちは、人間達とは全く異なる特殊な感受性を持っている。
星に記録されている膨大な情報を、無意識のうちに収集することができるのだ。
ヴィーナスの理外の攻撃方法は、まさに星から読み取った未来の世界の記憶そのものであった。
この星には昔から、異世界転生者、あるいは転移者が多数やってきている。
大賢者ノア・カーター、大悪魔ケースケ・サクダイラ、山の神ミカデス。そういった超越者たちが将来、この世界に異世界の高度な技術や知識を授ける。
それを星は克明に記録し、魔人たちはそんな彼らの異能の情報を読み取っているのだ。
言うなれば、ヴィーナスたち魔人は、異世界知識チート、およびチートスキルを生まれながらに持っていると言えた。
この世界の現地人では、まず勝ち目がない。それこそ、数多の転生者達が現地人相手にチート無双をしているように。
ヴィーナスもまた、この地で圧倒的な無双をするはずだった。
だが、想定外の邪魔者がやってきたのだ。
「重力の魔人ぅ……っ」
ふらふらと、ヴィーナスが無様に立ち上がる。
頭を強く打った。身体もだ。全身の骨はバキバキに折れている。折れた肋骨が肺に刺さっていた。呼吸するたびに胸が激しく痛み、血の味がする。視界がかすみ、焦点が合わない。
「もうやめるのだ、ヴィーナス。もう、あんたの力はわたしたちには通用しない」
確かに発火能力は、風を操るメルクリウスと相性が最悪だ。
脳波を読む力も、魔人が二人居ると連携によって対策を取られてしまう。
毒電波による支配も、強靭な魔人を従わせるためには、アンテナを物理的に直接刺す必要がある。
だが、二人同時にアンテナを刺すのは困難を極める。特に相手は重力の魔人ガイアなのだ。
不用意に近づいた瞬間、アンテナごと地面に叩き落とされるのが目に見えている。
(御星様……っ。わたくしに力を……っ。力をぉっ)
ヴィーナスは強く目を閉じ、己の全てを懸けて星の声に耳を傾ける。
ズズズゥッと、星の深淵から膨大な量のエネルギーが彼女の体内へと流れ込んでくる。
ヴィーナスは流れ込んでくる圧倒的なエネルギー量に驚愕しながらも、歓喜の涙を流した。
「おお……星……よぉ……貴方の声、しかと……ヴィーナスめが受け取りましたぁ……っ」
ヴィーナスは側頭部から伸びる二本のアンテナを、自らの手で力任せに引きちぎった。
折る、ではない。根元から強引に引き抜いたのだ。
彼女のアンテナは、いわば角のようなものだ。ただしその角は、脳髄に直接深く突き刺さって伸びている。彼女の肥大した脳神経そのものと言えた。
それを、思い切りヴィーナスは引っこ抜いたのである。
自身の神経を無麻酔で引きちぎるかのごとき、狂気の所業。当然、頭蓋の内に言語を絶する激痛が走る。
常人ならその場で白目を剥いて倒れるか、ショック死しているだろう。
気が遠くなる。死にかけながらも、ヴィーナスは狂ったように笑っていた。
根元から抜いたそれは、思った以上に長かった。血まみれのそれらを二本併せて、大理石の地面に深々と突き刺す。
「迷宮よぉっ。さっさと祭壇を仕上げるのです……っ。そして……そしてそしてっ。我が願いを全世界に届けるのです……っ」
全てのエネルギーを込めて、極大の電波の力を行使する。
そのエネルギーは自分の中で極限まで練り上げられた、魔人としての生命エネルギーそのもの。それを全て使い果たす代償として、このダンジョンそのものに絶対の命令を下したのである。
ガクンと、自身の中から何かとても大切なものが抜け落ちていくのがわかる。
身体に全く力が入らない。地べたに冷たい頬を付ける。眼球すら動かせない。
凄まじい虚脱感。自分が巨大な氷の塊にでもなったかのような、圧倒的な寒さが全身を襲う。
これが、死。
だが、ヴィーナスは至上の歓喜に打ち震えていた。
(感じる……御星様を……今まで以上に強く感じる……っ。これなら……これなら絶対に聞こえるはずだわ……っ。今までぼんやりとしか聞こえなかった、星の声がぁ……っ)
肉体があるときは、声を聞くためにどうしても耳という余計な物理パーツが必要だった。
だが今、肉体を失い、純粋な精神体だけとなったヴィーナスに耳は存在しない。
星の声を、魂そのもので直接聞き取ることができるはずなのだ。
(さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁっ。聞かせて……っ。その声をっ。わたくしにっ)
そのときだった。
ハッキリと、声が聞こえたのだ。
子供のようでもあり、大人のようでもあった。
若人のようにも、老人のようにも聞こえた。
男のような、女のような。
ともかく、不思議な声。
その声は言ったのだ。
星は、言ったのだ。
彼女が何よりも愛する星は、ヴィーナスに向かってはっきりと告げたのだ。
『きっっっっっっっっっっっっしょ』
と。
(…………え?)
『普通にキモいから、お前。そもそも全裸で祈るとか、キモい。頭いかれてるし』
ここまで鮮明に、星の声を聞いたことはなかった。
星の言葉は、いつもひどいノイズがかかって聞こえていたのである。
だが、クリアになった星の言葉は、ヴィーナスをただただ辛辣に批判するような内容だった。
『第一、愛しのガイアを傷つけた。お前のことを、地球は憎む』
……。
…………。
……………………。は?
理解不能だった。今、星は言ったのだ。自分は……星は、地球はガイアを愛していると。
誰よりも星の言葉を代弁しようと、己の全てを捧げて頑張っていた自分よりも。
あんな、人間の味方をする裏切り者の異端児を。
『お前は勘違いしている。人もまた、地球が生み出した子。それを殺そうとする、お前たち魔人が敵だ』
(うそ……だ。うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだっ)
ヴィーナスの自我は完全に崩壊していた。
自分が盲信していた星は、ガイアの、そして人間の味方だった。
そして、魔人の、敵だったのだ。
(そうよっ。星は嘘をついている……っ。こんなの本心ではないっ。そうよ、あんたなんて大嫌いと言いながら、実は好きってこともあるわけだしっ。わたくしたちを嫌うっていうのは、好意の裏返しに違いないっ。そうでなくてはならない……っ)
ヴィーナスは崩壊する自我を保つため、必死に自分をだます。浅ましい欺瞞だ。
星の言葉をひたすら都合の良いように解釈し、自らに課した狂った偽りの使命を果たそうとする。
(塔よっ。我が毒電波を……世界中へ拡散するのですっ)
全身全霊で、最後の毒電波を放出する。それは塔を、巨大な電波塔を介して、この星全体を覆い尽くそうとする。
『マジキショい……。電波塔は完成し、電波は既に地球の全土に発信された。ほっとけば数分でみんな毒電波におかされて、自殺しちゃうだろう』
星は、全てわかっているのだ。
ヴィーナスの狂気に満ちた計画を。
彼女の最終的な狙いは人類抹殺。
自身の毒電波で、全人類の脳に直接命令を下すのだ。
――人間は、全員死ね、と。
『こうなったら、ガイアに頑張ってもらうしかないか』




