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俺とリィナがヴィーナスからの攻撃にやられそうになったとき。
メルクリウスが姉の支配から脱却し、戦うことを決意した。
メルクリウスが酸素の供給をしてくれたおかげで、リィナも俺も死なずにすんだ。
危ないところだった。
まだ少しふらふらする。それに、全身が火傷を負うように熱く痛む。
「電波を利用して、相手を燃やすことができるのだ。気をつけるのだ」
「あ、ああ」
正直なところ、原理はよくわからない。
電波という目に見えない波動について、理解が及んでいない部分もある。
だが、メルクリウスはずっとヴィーナスの傍にいた。姉がどこまでできるのか、ここに居る誰よりも熟知している。
ならば真実なのだろう。
「滅せよ、神敵どもよっ」
ヴィーナスが俺たちを冷酷に睨みつける。
瞬間、再び俺たちの身体が激しく燃え上がった。
電波による加温。だが、メルクリウスが瞬時に音波の風を操り、炎を吹き飛ばした。
「助かった。いくぞ。メルクリウスっ」
俺は己を縛る枷を外し、魔人状態を解放する。
周囲に強烈な重力波が発生した。ビリビリと祭壇の周囲の大気が鳴動する。
俺の肉体が、完全な魔人へと変貌を遂げた。
「■■■■■■■■■■■■■■■っ」
リィナを、そしてノエルを容赦なく傷つけた怒りが、血液を沸騰させて全身を駆け巡る。
重力の魔人となった俺は、ヴィーナスめがけて一気に駆け出した。
自らを無重力状態にし、空を駆ける。いつも以上に異常な速さだ。
背後のメルクリウスが、弦楽器の遺物を激しくかき鳴らしている。
彼女が音波を巧みに操り、俺の移動速度を限界まで後押ししてくれているのだ。
無重力の俺と、音波による推進アシスト。
二つの力が合わさることで、凄まじい速さでの飛翔が可能となる。
ヴィーナスから見れば、俺はほぼ瞬間移動したように見えたはずだ。
俺は重力を乗せた必殺の一撃をヴィーナスにお見舞いする。
だが、ヴィーナスはそれを紙一重の動きで完全に回避した。
「ハァッ」
ヴィーナスはがら空きになった俺の背中に、冷酷なかかと落としを食らわしてくる。
ズンッ。
一瞬、背中が爆発したのかと錯覚した。
ものすごい勢いで叩き落とされたのだ。
俺はそのまま硬い大理石の地面に激突する。
ボコォッと床が深く陥没するほどの、絶大な威力だった。
ヴィーナスは倒れ込んだ俺に向かって、自身の角であるアンテナをへし折り、脳髄へ突き刺そうと迫る。
俺は背後に圧縮した重力球を出現させ、そのアンテナを強引に吸い寄せた。
「ちっ」
「■■■■ぉっ」
俺は今度こそ拳に極大の重力を集中させ、跳ね起きると同時にヴィーナスを殴りつける。
だが、あいつはまたもやゆらりと回避してみせたのだ。
どうなっている。
そう思考する間もなく、ヴィーナスは俺の脇腹に鋭い蹴りを食らわせた。
空中で姿勢を崩しながらも、重力を操作して強制的に制止する。
それにしても、なんてパワーだ。あんな細身の身体で、これほどの物理的な破壊力を発揮するとは。
いや、それよりも、あの回避行動は常軌を逸している。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■っ」
駄目だ。俺の肉体が完全に暴走し始める。
頭で考える間もなく、本能のままに相手へ突っ込んでしまう。
「まるで知性のない獣ですね」
パチンとヴィーナスが優雅に指を鳴らすと、またも俺の全身が発火した。
電子レンジの原理を応用したという、恐るべき加温能力だ。
電波の力で、一体どうやって対象を発火させているのか理解が追いつかない。そもそも、電波能力は相手の精神を操るだけの力ではないのか。
「終いです」
炎に気を取られている俺の眼前に、ヴィーナスが音もなく忍び寄る。
渾身の力を込め、奴は俺の胸部へ貫手を放ってきた。
その鋭い指先は、俺の心臓を正確に捉えている。
やばい。このままじゃ重力の防御が間に合わない。
「ずぇえええええええええええええええええええええいっ」
ヴィーナスの顔面に、メルクリウスの強烈な跳び蹴りが突き刺さった。
不意を突かれたヴィーナスは、そのまま真横に吹き飛んでいく。
何度も床でバウンドし、無様に転がった。
「お兄ちゃんっ。無事なのだっ」
メルクリウスが音波の風を起こし、俺を包んでいた炎を綺麗に吹き飛ばしてくれた。
「■■」
助かった。
だが、明らかにおかしい。奴は俺の全ての攻撃動作を完全に読み切っていた。
俺相手に先読みできるのなら、メルクリウスの動きも読めるはずだ。
攻撃が来ると分かっていながら、どうしてメルクリウスの蹴りは回避できなかったのだ。
「メルクリウスぅっ。貴様ぁっ」
ヴィーナスが激怒している。
身体から立ち昇るどす黒い殺意は本物だ。つまり、妹相手だからと油断や手加減をしたわけではない。
メルクリウスからの攻撃は、完全に予想外だったのだ。
あいつはメルクリウスが裏切ったことをすでに知っている。
その上で予想外。攻撃してくるのは分かっていたはずなのに、そのタイミングを予測できなかった。
そうか。
「■■■■ぉお」
駄目だ。この状態では、人間の言葉がうまく喋れない。
どう伝えればいい。
「大丈夫、わかるよ。お兄ちゃんのうなり声。その微細な音のパターンから、お兄ちゃんの言っていることがわかるのだ」
「っ。■■■」
俺は低く唸りながら、奴の回避能力のカラクリについて予測を立てた。
「舐めるなよ、ガキどもがぁっ」
ヴィーナスが再び指を鳴らす。俺とメルクリウス、二人の身体が同時に燃え上がる。
だが。
「甘いっ」
メルクリウスは自身の炎を音波で吹き飛ばすと同時に、直線的な跳び蹴りを繰り出した。
音速を超える、回避不可能な必殺の一撃。
だが、ヴィーナスは余裕綽々とした態度で半身をよじり、これを紙一重で回避した。
ニヤリと勝利を確信して笑う奴の顔面に、俺は重力を極限まで込めた拳を叩き込む。
「ぎゃぁっ」
俺の全力の一撃をまともに受けたヴィーナスは、そのまま錐揉み回転しながら吹き飛び、巨大な祭壇に激突した。
硬質な祭壇に深い亀裂が走る。よし。
「なぜだ。なぜ」
ヴィーナスは理解できていない。自身の能力の欠陥について。
「愚妹っ。なぜ手を組むのです。そいつは魔人でありながら、人間に与する汚らわしい反逆者なのですよっ」
星から産み落とされた魔人。
魔人の真の目的は、この星の害虫である人間を皆殺しにすることだという。
つまり、人を守るために戦う俺は、魔人側からすればあいつの言う通り裏切り者の存在だ。
「決まってるのだ」
メルクリウスは桃色の髪を揺らし、堂々と胸を張って宣言する。
「わたしもまた、反逆者なのだっ」
魔人でありながら、人であるリィナを愛している。
そして、リィナの大切な人のために命を懸けて戦う。今の彼女は、俺と同じ気高き戦士だ。
「いくぞ、お兄ちゃんっ」
「■■ぉっ」
俺とメルクリウスが左右から同時に突っ込む。
俺が前に出て重力の拳を大振りに放つ。
ヴィーナスは脳波を読み取ってそれを回避しようとするが、それはフェイクだ。
「はぁっ」
すでにメルクリウスが上空へと跳躍し、眼下に向けて音速のかかと落としを振り下ろしている。
ヴィーナスはもろに頭部へ攻撃を受けた。
そう、奴はおそらく相手の思考を電波として受信し、読み取っているのだ。
俺が攻撃するという意識の波を拾い、その軌道を先読みして回避している。
しかし、その高度な先読み処理ができる対象は、一度に一人だけだ。
俺の思考を読み取っている瞬間、メルクリウスの思考までは読めない。その致命的な隙を突いた。
どちらかが派手な攻撃を仕掛けることでヴィーナスに思考を読ませ、その一瞬の隙にもう一人が本命の一撃を叩き込む。
「出会ったばかりだというのに、なんだ、その完璧なコンビネーションは。一体どうやって」
するとメルクリウスはふふんと得意げに胸を張り、眩しい笑顔で言い放った。
「わたしとガイアお兄ちゃんは、同じ人を愛する同志なのだっ」




