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メルクリウスは、頭部にアンテナを刺され、姉の毒電波を直接浴びせられた。結果、彼女は抗うこともできず、姉の完全な操り人形となってしまった。
メルクリウスが操作する大気が奪われたせいで、ガイアたちは極度の酸欠状態に陥っている。リィナは息も絶え絶えに苦しみながらも、よろよろとこちらへ近づいてくる。
(やめて。リィナお姉ちゃん)
大好きなリィナ。優しくて、温かい。そんな彼女に攻撃なんて絶対にしたくない。だが、自らの頭から出た命令が肉体へ伝達されない。別の命令が姉から強制的に送られ、身体はその通りに動いてしまうのだ。
弦楽器の遺物をかき鳴らす。
指で弾いた途端、異常な圧力の音波がリィナへ向かって放たれる。リィナは全身に不可視の刃のような音波を浴び、柔らかな肌が裂け、血を噴き出してしまった。
生臭い血の匂いが、薄い空気に混じって漂う。
(お姉ちゃんっ)
心の中で泣き叫ぶも、口からは声が発せられない。リィナは血を流しながら、ふわりと微笑んだ。
「大丈夫、大丈夫だよ」
大丈夫なはずが全くないのに、リィナは無理に笑顔を作って無事だと主張する。どうして、とは思わなかった。リィナはそういう、底抜けに優しい人なのだ。
「めるちゃんが泣いてるの、わかってるから」
リィナは剣を乾いた石床に手放した。無防備に両手を広げ、全てを受け入れる態勢を取る。
「はっ。馬鹿な女ですね。殺しなさい、愚妹」
「命令を、止めろっ」
ガイアがヴィーナスへと向かって地を蹴る。彼が力強く拳を振り上げる。だが、それをひらりとヴィーナスが舞うように華麗にかわした。
ガイアの拳をことごとく避け、直接的な接触を巧みに避けていく。
「甘いですよ、重力の魔人。その状態の貴方に直接戦闘能力がないのはわかっています」
姉は持久戦に持ち込む腹積もりのようだ。ガイアを直接殺すよりも、いなすことで時間を稼ぎ、儀式の完成を目指す算段である。
「くそ。ならばっ」
ガイアは自らの枷を外そうと試みる。だが。
ドンッ、と空気を叩くような重い音と共にメルクリウスが衝撃波を発生させ、その動きを阻んだ。
「めるちゃん、やめて。ガイアを傷つけるくらいなら、あたしを傷つけてっ」
(そんなの、できない。おねえちゃんも、お兄ちゃんも、傷つけたくないのに)
姉の強固な支配から逃れることができない。
アンテナを介して、無機質な命令が脳髄に直接響く。リィナを殺せ、ガイアの邪魔をしろと。
身体が限界を超えて悲鳴を上げている。自分の意思に反して動くことで、心以上に肉体への負担が大きかった。
「お前は言う通りにしてやりなさい、愚妹」
忌々しげに言うと、ヴィーナスが祈りのポーズをとる。瞬間、ガイアの身体が不自然な炎に包まれた。
熱波が周囲の空気をさらに焦がしていく。
「ぎゃぁあああっ」
「ガイアっ」
姉が電波で攻撃したのだ。電子レンジの原理を応用した凶悪な技術。
電波を用いて対象となる物体の水分を激しく振動させ、その結果として急激に温度を上昇させることができるらしい。それを使っているのだ。
姉はガイアを炎で包み込み、そして妹を使ってリィナを傷つける。
リィナに向かって、メルクリウスが硬い拳を振り下ろす。
リィナは血が滲むほど唇を強く噛みしめている。
殴られた痛みに。仲間が焼かれているのに耐えなければいけない無力感に、必死に耐えているのだ。
どうして、この人はこんなにも強いのだろう。
どうして、自分は、こんなにも弱いのだろう。
大好きな友達を守ることより、姉からの理不尽な支配に従ってしまうなんて。
「めるちゃん」
リィナは、よろめきながらも真っ直ぐに進み、ハグをしてきた。この絶望的な状況で接近するなんて、馬鹿な真似だ。
メルクリウスは密着した状態のまま、リィナの背を殴りつける。
鈍い音が響くたび、自分の心が砕け散るように痛む。
(リィナお姉ちゃん)
リィナは変わらず、無抵抗だった。絶対に殴り返すような真似はしない。
いっそ殴り返してくれた方が良かった。その方が心が少しは救われたかもしれない。彼女が何もしてこないから、ひどく辛かった。
「める、ちゃ」
ぐったりと、リィナが自分の肩へ倒れ込んできた。息が極端に浅い。おそらく極度の酸欠で、限界に達したのだろう。
これ以上酸欠状態が続けば、脳に深刻なダメージが入り、下手したら後遺症が残ってしまう。
苦しいだろうに、辛いだろうに。それでも、リィナは微かに笑っていた。気を失ってなお、彼女の温もりは消えない。
(リィナ、おねえ、ちゃん)
不甲斐なかった。本当に。自分はなんて無力なのだろう。
アンテナが刺さる前から、姉には逆らえなかった。絶対的な恐怖の対象だった。怖かった。家族なのに、一度も優しくされた記憶がない。全く家族の愛など感じられなかった。
そんな存在からの支配を、メルクリウスはいつまで受けている気だ。
憎むべきは、あの冷酷な姉。
愛するべきは、腕の中で倒れる、目の前のリィナ。
大事な人を傷つけられたことで、ふつふつと腹の底から黒い怒りが湧き上がってくる。
メルクリウスは、全身を縛る支配に抗いながら、自らの頭に深く刺さったアンテナに手をかけた。
バチバチと激しい電流が脳髄を焼く。
痛い、苦しい。肉体が焼け焦げる匂いがする。だが。
「リィナ、おねえちゃん、は。もっと、もっとっ。痛かったっ」
自分が傷つけられたことよりも、大事な人が傷つけられたことの方が、何百倍も嫌だった。
それを強要する姉のことが、心の底から憎くてたまらない。
いつまで、あんな狂った姉の言いなりになっているのだ。
メルクリウスはギリギリと歯を食いしばり、アンテナを引き抜こうと渾身の力を込める。頭蓋骨が割れるように痛む。
きっと支配の毒電波が、必死になって抵抗しているのだろう。
痛まない方へ、楽な方へと、メルクリウスの精神を流そうとする。だが。
「めるめるは。わ、たしはっ」
血まみれの指でアンテナを掴み、ブチブチと肉を裂く音を立てて引き抜き、叫ぶ。
「リィナお姉ちゃんを、助けるっ」
アンテナを頭から完全に引き抜いた瞬間、身体の支配権が嘘のように戻ってきた。
メルクリウスはすぐさま大気を操り、新鮮な酸素をリィナの口元へ供給する。
「ガイアお兄ちゃんっ」
続けて、メルクリウスはガイアの身体を包んでいた炎を、圧縮した音波の塊で強引に吹き飛ばした。
熱風が散り、焦げた匂いが風に流される。
「愚妹っ。貴様何を」
「黙れ魔人っ」
弦楽器の遺物を激しくかき鳴らし、最大出力の衝撃波を発生させる。
ヴィーナスの顔面に、不可視の音波の塊を真っ直ぐに叩き込んだ。
凄まじい風切り音と共にヴィーナスが吹き飛んでいき、構築途中の祭壇に激突して大きな音を立てた。
「わたしはもうお前の言いなりにはならないっ。わたしは、わたしの意思で戦うっ。電波の魔人。お前を、倒すっ」




