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俺たちは塔を登っていた。ただし、内部から登るのではない。
塔の側面に足をついて、垂直に駆け上がっているのだ。
やり方としては単純である。俺たちにかかる重力の向きを、壁側へと変更したのだ。
これにより、塔からの落下を防ぐことができる。
俺、リィナ、メルクリウスは塔の側面を走る。
内部での余計な戦闘をカットし、最短距離で最上階を目指すためだ。
「まってろ、ヴィーナスっ」
リィナが遥か上空を睨みつけながら叫んだ。
彼女の大切な友達を、ヴィーナスが操っているのだ。
リィナとしては、そんな酷いことをした魔人を許せないのだろう。
一方で、メルクリウスはずっと黙ったままだった。
あのナメクジ人間を相手にしてから、どうにも様子がおかしい。妙に元気がないように思える。
全く苦戦などしていなかった。
相手に特に不審な点も見られなかったはずなのだが。
メルクリウスはなぜ黙っているのだろうか。
分からないが、深く考えている余裕もなくなってきた。
俺たちの登る塔は雲を抜け、さらに高高度の空へと続いている。
徐々に空気が薄くなっていくのを感じた。
この星は地面に近い方が空気が多く、空へ向かうとその分、空気量が減っていく。
だから、通常上へ上へと登っていくと、厳しい寒さと、空気の薄さという問題に直面する。
だが、そこでメルクリウスの出番だった。
彼女は音波を自在に操ることができる。
音とともに、それを震わせる空気をまた操ることができるのだ。
空気弾を使えたのも、そういう理屈である。
彼女に空気を操作してもらい、俺たちへ常に酸素を供給してもらう。
音波による空気供給、そして俺の重力操作を組み合わせることで、高所だろうと普通に活動できていた。
ここへは、俺一人だけでは到底辿り着けなかった。
メルクリウスが居るから、仲間として協力してくれるからこそ。
「ここが、最上階」
塔の頂。
そこには、雲ひとつない澄み切った蒼空が広がっていた。
最上階は広いお盆のような構造になっている。
中央には巨大な祭壇があり、そこに裸身の女が跪いて、一心に祈りを捧げていた。
今なお、周囲では祭壇が徐々に構築されていっている。
おそらく、まだ祭壇は完成していない。だが、もう間もなくといったところだろう。
「リィナ」
「飛燕斬っ」
リィナが鋭く剣を振るう。剣士のスキル、飛燕斬。
剣を勢いよく振ることで風の刃を作り出し、遠くにいる敵を攻撃する絶技だ。
だが、飛ばした刃はヴィーナスに届く前に、明後日の方向へと逸れて消えてしまった。
「う、ぐっ」
リィナが苦しげに喉を押さえ、その場に崩れ落ちる。
「リィナっ。どうし、た」
突如として、俺も激しい息苦しさを覚えた。
なんだ、これは。
ヴィーナスの力への対抗策は講じてきたはずだ。
なら、これはどういうことだ。
俺も耐えきれず、片膝をつく。視界が激しく明滅する。これはまるで、急激に酸素が奪われているような。
「解せませんね」
ヴィーナスがゆっくりとこちらを振り向く。
空色の髪をした、露出の激しい女だ。
彼女が、ひどく不満そうに呟いた。
「わたくしはお前たちを支配しようと力を使った。しかしそちらはキャンセルされてしまい、結局、メルクリウスを操ることしかできなかった」
やはり対抗策はきちんと効いていたのだ。
しかし、メルクリウスを操る。
背後を振り返ると、メルクリウスが静かに立っていた。
だがその目は、ギンコさんたちと同じ、生気のない虚ろな目をしている。
支配を受けている。馬鹿な。きちんと俺たちはそうならないための策を。
俺たちの周囲の空気を奪っているのは、操られた彼女の仕業だったのだ。
「なるほど。あなたたちは、ミスリル銀を頭に巻いてきたのですね」
俺たち三人は、ここへ来る前に帽子を深く被っていた。
マジコさんが身につけていたのと同じ、ミスリル銀が細かく編み込まれた特別な布地だ。
「確かにミスリル銀は、我が力を遮断する性質がある。なるほど、小賢しい。貴様の策ですね、重力の魔人」
そう、奴の力は。
「しかし、貴様が小細工をするのは分かっていた。だからこちらもまた、小細工をもって対抗させてもらったのです。この愚妹に、アンテナを立てることで」
「アンテナ。そう、か」
見れば、メルクリウスの側頭部、髪の毛に隠れた見えにくい位置に、金色の針が深く刺さっていた。
ナメクジ人間にされたゲーヒィンが、戦闘のどさくさに紛れて刺したのだろう。
そのアンテナのせいで、俺たちの対策をすり抜け、奴の力は通じてしまったのだ。
「我が能力を看破したことは褒めてあげましょう、重力の魔人。褒美に名乗りを聞く権利を与えます。わたくしは、ヴィーナス。御星様より与えられし力は、電波」
そう、こいつは。
ヴィーナスは、電波の魔人なのだった。




