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【Web版】追放された【重力使い】は万有引力を支配し、最強に至る  作者: 茨木野
二章

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 ヴィーナスは何人かの人間たちへの命令が途絶えたことを、直感的に理解した。

 彼女の力に双方向性はない。だが、こちらからの命令が正常に伝わらなかったことだけは、はっきりと感知できるのだ。


「はぁ。全く。役立たずが」


 星への祈りの時間を邪魔されたヴィーナスが、苛立ち混じりの溜息を吐く。

 ギリリと奥歯を噛み締め、爪を立ててガリガリと水色の頭皮を掻き毟った。


「このままだと、重力の魔人がこちらに来てしまうか」


 現在、計画は最終段階に入っている。

 もうまもなく、彼女が永きにわたり準備してきた崇高な計画が実行に移されるのだ。


 その最大の障害になり得るのが、自分と同じ存在である魔人。

 超自然の力を操るあの男に、神聖な儀式を邪魔されるのは非常に困る。


「こうなったら、仕方ない」


 本来なら、支配の力を直接ガイアたちへ向けるのがベストだ。

 そうすれば、ガイアが儀式の邪魔をすることはなくなる。


 だが、それを行うには膨大な量の魔力が必要となるのだ。

 大規模な術を行使するため、ヴィーナスは多大な魔力を体内に溜め込んでいる。それを今切り崩すわけにはいかない。


 ガイアたちを支配した後、再びゆっくりと魔力を溜め直し、邪魔者が完全に排除されたと確信してから計画を実行に移すべきだろうか。


 否。


「そうしたら、星の賢者が出張ってくる可能性もある。やはり、早く計画を進めた方がいいですわね。ソルが言うには、ガイアはテラステラの弟子。ならば、ガイアを直接支配下に置いてしまったら、あの天敵に感づかれる可能性がある」


 星の賢者テラステラ。

 魔人たちの長であるソルが言うには、自分たちの天敵たりうる存在だという。


 もし感づかれれば、儀式が中断されるどころか、二度と実行できなくなる危険性すらあった。

 ガイアを放置することはできないが、直接支配するのも厄介だ。


 ガイアの排除は直接的な支配に頼らず、最小限の消費魔力で済むように仕向けるのが最善である。

 すなわち。


 ヴィーナスは静かに目を閉じ、すでに支配下にある者たちへ一斉に命令を下す。


「殺せ。ガイアやその仲間を、速やかに殺すのです」


 瞬間、彼女のベールを支える装飾品が不気味に揺れ動き出した。

 それは側頭部から生える二本の角。雄牛を思わせる鋭く尖った器官である。


 牛の角がバチッと青白い雷光を発し、直後に白亜の塔全体がぐらぐらと大きく揺れ動いた。

 だが、その不気味な鳴動も少しするとピタリと収まる。


「あまり長く強い命令は、力を消費しますからね」


 全裸に純白のベールだけを纏うヴィーナス。

 透き通るような白い肌には、じっとりと玉の汗が浮かんでいた。


 長い水色の髪は汗で濡れ、熱を帯びた肌にべったりと張り付いている。

 事情を知らない男が見たら、それはそれは官能的な姿に映るだろう。

 甘い汗の匂いを漂わせ、荒い呼吸を繰り返しながら、彼女は天を仰ぐ。


「おお、神よ。まもなく、もうまもなくでございます」


 ヴィーナスはその場の大理石の床にぺたんと座り込み、またも狂信的な祈りを捧げ始めた。


「この星に巣食う害虫どもを、わたくしめが綺麗に掃除してみせます。どうか、みていてくださいまし」


 虚空へ向かって祈りを捧げる彼女の背後から、不快な足音が近づいてくる。


「うう、うぅ」


 全身傷だらけの巨漢が、バルコニーの奥から姿を現した。

 血だまりを踏むような、べちゃべちゃという耳障りな音を発している。


「ゲーヒィン」


 高所からの落下に加え、メルクリウスの超音速の蹴りを食らい、全身の骨を砕かれた男。

 意識は混濁し、生臭い血反吐を吐きながらも、這うようにしてヴィーナスのもとへ辿り着いたのだ。


「近づきなさい」


「うぅ」


 ゲーヒィンがにじり寄り、ヴィーナスの前で力なく跪く。

 彼女は血まみれの男の頭に、躊躇いなく白く細い手を置いた。


 バチッと、青い火花が散る。

 瞬間、ヴィーナスの脳内に、彼が敗北した時の鮮明な映像が直接流れ込んできた。


「なるほど。メルクリウス、裏切ったのですか」


 ギンコ経由で話は聞いていた。

 だが、こうして直接記憶の映像を見るまでは、半信半疑だったのだ。


 ヴィーナスに敵対した。

 それはつまり、魔人の理を裏切り、脆弱な人間に与したということを意味する。


 ひと筋の涙が、ヴィーナスの美しい瞳からこぼれ落ちた。


「そうですか、メルクリウス。貴方は御星様を裏切るというのですね。我らが母なる存在を」


 魔人は星から生み出されたという説がある。

 ヴィーナスはそれを誰よりも深く信奉しているのだ。


 魔人への裏切りは、そのまま星への裏切りとなる。

 自分たちを産んでくれた偉大なる母に背くという、決して許されざる大罪だ。


 ヴィーナスは、これでもメルクリウスをたった一人の家族として愛しているつもりだった。

 メルクリウスからすれば、常に虐げられ、雑用を押し付けられ、奴隷のようにこき使われていたとしか思えなかっただろうが。


 それでも姉として、妹を気遣っていたのだ。

 自身の毒電波の力で、完全な操り人形にしていなかったのは、彼女なりの情があったからに他ならない。


「わかりました。もう、お前は敵です。駒として、せいぜい利用させてもらいましょう」


 ヴィーナスは冷酷に告げると、自らの頭部から生える牛の角を、素手で無造作にへし折った。

 メキリという硬質な音が響く。


 不思議なことに、折られた角の断面からは新たな角が瞬時に生え出し、自動で再生を果たした。

 ヴィーナスの手に残された角は、鋭利な針、あるいは通信用のアンテナのように見える。


「ゲーヒィン」


 ヴィーナスは手にしたアンテナを、跪くゲーヒィンの頭頂部へ容赦なく突き刺した。


「ぐ、ぎ、ぐやぁあああああああああああああああああああああっ」


 ゲーヒィンの頭蓋骨が軋み、ボコ、ボコと異様な音を立てて肉体が変形していく。

 肥満体の人間とは思えない、醜悪で冒涜的な化け物の姿へと変貌を遂げていく。


 ヴィーナスは肉塊がうごめくそのおぞましい光景を、路傍の虫けらを見るような冷ややかな目で見下ろしていた。


「残り一本のこのアンテナを、あの裏切り者に突き刺してくるのです。死ぬ気でやるのですよ」


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 理性を失い、すっかり人間ではなくなったゲーヒィンが、ヴィーナスからもう一本のアンテナを受け取る。

 そして、獣のような雄叫びを上げながらバルコニーを飛び出していった。


 残されたヴィーナスは、冷たい風を浴びながら小さく息を吐く。


「馬鹿な妹。お前が悪いのですよ。お前が裏切るから、こうせざるを得ないのです」


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